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49- ──リエリの挑発──

「はい、本番いきまーす。五秒前! ……三、二、……」


 番組スタッフの大きな掛け声で収録が始まり、スタジオを俯瞰するようにカメラが上昇した。すぐに拍手と共に番組のオープニングVTRが流れ始めた。


『皆さん、こんにちは。今日の〈徹底討論〉では、〈日本の治安悪化・徹底検証スペシャル〉と題してましてお送ります。司会のクダンです』


 クダンと名乗った中年の男性司会者と若い女性アナウンサーが〈徹底討論〉と表示されたモニターをバックに頭を下げた。クダンが女性アナウンサーに話を振る。


『本番始まる前にね、今日のコメンテーターの皆さんの顔ぶれ見るじゃないですか』

『ええ、はい』


『今日はね、――嫌な予感しかしないです』

『ハハハッ』


 スタジオが笑いに包まれ、三段ある雛壇に座るコメンテーター達が映し出された。


『今日の論客の皆さんです!』


 女性アナウンサーが透き通った声でそう言うと、拍手が起こった。


『大丈夫かな、これー。すっごいメンツだな~。あ! あ! あそこに、犬と猿!! ――じゃない、失礼しました、一ノ瀬議員とリエリちゃんがいるではないですか! お二人こんにちは~!』


 クダンによるコミカルな紹介にスタジオは笑いに包まれた。笑いが落ち着いたところで、女性アナウンサーが話し始める。


『それではさっそく、最初のテーマに参りましょう。十一月八日に起きた惨劇、町田刑務所テロ事件についてです。VTRを用意しております、まずはこちらをご覧ください』



 しばらくの間、事件内容がまとめられたVTRが流れた。



 VTRは、【犯人の目的は何だと思いますか?】というナレーターからの質問で締めくくられている。


『まずは、この事件について、一斉に皆さんの意見を見てみましょう。はい、――ドン』


 クダンがそう言うと、コメンテーターの右手にある縦長モニターに、各々の回答が一斉に表示された。


『おおぉ! リエリちゃん。犯人の目的は、〝ストレス解消〟?』

『そうです、それ以外ないと思います。ストレスの溜まったバカが破壊衝動に駆られてやったことだと思います。だってメサイアとかいう名前からして、小学生が付けそうなダサい名前じゃないですか。そのダサい名前で全世界に向けて犯行声明を出しちゃって、更に〝悪を粛清する〟とか恥ずかしげもなく言っているのが、更にダサいです』


 リエリのストレートな物言いに、他のコメンテーターも驚いた様子を見せた。


『ちょ、ちょっとリエリちゃん。あんまり言うと、危ないよ? 犯人はまだ逃走中なんだから、狙われちゃうかもしれないんだよ?』

『私は全然構いません』

『い、いや~。そうはいってもね、リエリちゃん。オジサン達にも色々あるんだって』


 クダンは苦笑いを浮かべて、リエリにそう言った。


『なにが〝悪を粛清する〟よ? ただの殺人鬼の分際で調子に乗っちゃって。私があんたを粛清したいわよ』


 リエリの勢いは止まるどころか、むしろ加速していく。


『ちょ、ちょっとストップストップ、ホントにリエリちゃん! 犯人からの声明文知ってるでしょ』


 クダンはさきほどまでの笑顔から、一気に真剣な表情に変わっている。


『ほら! 今すぐ私も粛清してみなさいよ、ほら! ほら!』

『す、スタッフ、だれか止めろ! マイク切れ!』

『あんたなんて全然怖くないわ! なにが〝メサイアを誹謗中傷する者は、永遠の眠りにつかせる〟よ! いちいち、セリフがクサいのよ。そんな脅し私には通用しな――』


 リエリはしゃべり続けたが、マイクを切られたことに気付くと、隣の一ノ瀬の胸元のピンマイクを掴んで引き寄せる。一ノ瀬は一瞬驚いたような表情をしたが、抵抗することなくリエリを見据えた。


『明日、横浜グリーンフォーラムで握手会があるの。メサイア君、文句があるなら直接言いに来てみなさいよ。来なかったら、君を腰抜け認定してあげる。君に文句言ったら粛清云々も嘘っぱちってことね』


 リエリはそう言うと、満足気な表情を浮かべた。番組は映像も音声も切られ、出演者の安全性を考慮して別番組の再放送に切り替えられた。その間、リエリはクダンにこっぴどく叱られ、番組スタッフからも集中砲火を浴びた。マネージャーのマキノはリエリの横で必死に頭を下げていた。


 シンとクレイはそそくさとビルを出ると、タクシーを捕まえて乗り込んだ。


「はぁあああ。今日は超疲れたよ、シン」

「頑張ったね、お疲れさま」


 解放感と滅多に出ないシンの労いの言葉のせいか、リエリは目に涙を浮かべて、すぐに水滴をいくつも落とした。

 シンがリエリの頭にポンと手をおいたまま、しばらく時間は過ぎていった。


「ねぇ、シン。明日来るかな? 覆面男」

「来るしかないさ。自分自身でメサイアを誹謗中傷する者は、永遠の眠り、つまり《LOCK》するって宣言してたから」


「どこで私を狙ってくると思う?」

「握手するには当日券しかないんだろ? しかも、何人もいるアイドルの中で、ちょうど君と握手できる券を当てる確率はかなり低い。覆面男が狙うとしたら、やっぱりそのあとのミニライブの時だと思う」


「〝君〟?」

「……」


「〝君〟?」

「リ……エリと握手できる当日券を当てる確率はかなり低い」


「やっぱり、そうだよね。特にライブ中は気を付けなきゃ」

「本当にいい? 今日よりも遥かに危険な行為だよ」


「いい。私、シンの彼女だもん。協力できることはしたいの」

「……そう。ありがとう。俺も今日のうちに準備しないと」


「なにを?」

「銃」


「――こわっ、なんで? デリーターがあれば無敵じゃない?」

「いや、覆面男は能力者だからデリーターは効かない。銃を乱射されでもしたら、とても勝てないよ」


「や、ヤバい。不安になってきた」

「大丈夫、一瞬で片づける」

「片づ……うううぅ……」


 リエリはシンの物騒な発言を聞いてから、マンションに戻るまで終始肩を震わせていた。




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