47- ──【犯罪=即死刑】がもたらすもの──
リエリの表情と反対に、シンは珍しく興奮気味な口調でリエリに語る。
「ここで疑問に思ったんだ。もしそうだとしたら、『どうやってあのサイトは、能力者が死んだことを知るのか』って。ここから、本当に面白い発見があったんだ」
「な、なんだか珍しく嬉しそうね、シン」
「それで、デリーターのプログラムをもう一度、解析してみたんだ。当然だけど暗号化されてて、内容は見れなかった。――でも、一つ仮設があったんだ。能力者が死んだことを把握するには、能力者の生死に関する信号を定期的にあのサイトは受け取って、能力の空きの有無を判定しているはずだって。――調べてみたらアタリだった。俺のビットからは二十四時間に一度、〇・九バイトの信号が外部に向けて送信されてたんだ」
「よ、よく分かんないけど、信号出してるのって、もしかして私もだよね?」
「だと思う。そのあと、信号の送信先の追跡もしてみたけど、世界中の人間のビットとサーバーの間を、確認できただけでも数万カ所経由していて、やっぱり無理だった。でも、そこで一つ、疑問がわいたんだ。じゃあ今度は、『その信号を遮断したら、何が起きるのか?』って。信号は俺自身のビットから送信されているから、止めるだけなら比較的簡単だから」
「……信号を止めれば、死んだことになって、……能力に空きが出るって――そういうこと?」
「だと期待してる。信号遮断プログラムも既に完成してる」
「す、すごい、すごい!! すごいよシン!! ――私! 私で試してみてよ、そうすればセレクターの力をシンが手に入れることができるんでしょ?」
「ありがとう、でもやめておく。実際には何が起きるか分からないから。もしかしたら、その能力者の記憶を消したりとか、色々とあるかも知れない」
「心配してくれるんだ?」
「一応」
「一応だとー!」
リエリは再びシンの耳たぶを摘まんで引っ張った。
「でも試さないと分からないのよね? 本当に能力に空きでるのか……」
「――だから覆面男を実験体として使えばいい。こんな機会は二度とないかもしれない、奴はもう途方もない数の殺人を犯してる。まあそれか、俺がもし逮捕されたとき、君にデリーターを渡せるか実験してみるよ」
「ヤダ! 絶対捕まらないでよ」
「もしもの話。そう簡単に捕まるつもりはないよ」
「じゃあ私も逮捕されたとき、それ使う。シン以外に私の能力使ってほしくないもん」
「……」
シンはリエリの言葉に僅かに照れくさそうにして、下を向いて閉口した。
「ねぇ、シン。覆面男は、何がしたいんだろうね? あんなにたくさん殺して……」
「……とにかく、悪と見做されている者を根こそぎ殺したいんだと思う」
「正直、その気持ちは、私は分からなくもないと思っちゃう。……でも、殺人はダメだよね」
「ダメ。必ず止めないといけない。覆面男が殺しているのは、凶悪犯だけじゃなくて、窃盗・暴行犯も含まれているし、中には横領・詐欺犯も多くいた。覆面男は、そういう受刑者達を罪の重さに関係なく、ある意味平等に全員殺してしまった」
「……そっか、シンは選別して、凶悪犯だけを《DĒŁĒTĒ》してるもんね」
「俺の方法も全然完璧じゃない。だからこそ、神の眼を実現させようとしてる」
「でも、やっぱり正直ちょっと思っちゃったんだけど、このまま覆面男が全世界の悪人をみんな殺しちゃったら、それはそれで平和にならない? 実際、犯罪で悲しむ人が結構減るんじゃないの?」
「おそらく軽犯罪の発生確率は下がると思う。でも、凶悪犯罪の確率は、そうはならないと思う、むしろ高まる可能性がある」
「なんで? 犯罪をしたら覆面男に必ず殺されちゃうんだよ? そんな事分かってたら、誰も犯罪なんてしないんじゃない?」
「比較的軽微な犯罪っていうのは、本人の明確な意思ではない原因でも起きることが多々あるんだよ。酔った勢いとか、ちょうどその日は日頃のストレスを溜め込んだ我慢の限界で、些細なきっかけで爆発してしまったりとか、あらゆる環境的、偶発的要因で。それでも、結構な数の軽犯罪は減るとは思う、でも必ず一定数残るんだよ」
「……確かに、私も前にムシャクシャして、ぬいぐるみとかマネージャーに当たっちゃうこともあったもんな……。そういうのがエスカレートすれば……か。でもそれでなんで凶悪犯が増えちゃうの?」
「例えば、人を殴ってしまったら、故意に関わらず一律に〝殺される〟という認識が浸透していると、その暴行犯は自暴自棄になって何をしでかすか分からない。軽微な犯罪でも有無を言わさず覆面男に処刑されるとなれば、そこから別の罪を犯す歯止めが消える。要は、一度どんな罪であろうが犯してしまえば、それより凶悪なあらゆる犯罪に抵抗がなくなってしまう。そうなってしまうと極端な話、軽微な犯罪者が結果的に全て凶悪犯にまでシフトしてしまうことになる。軽犯罪の発生件数は凶悪犯罪よりも比較にならないほど多いから、結果として今よりも凶悪犯罪はかなり増加してしまう可能性がある。だから、このままいけば、俺がアムとして広めてきた『凶悪犯は必ず粛清、軽犯罪者は粛清されない、だから凶悪犯になるな』というメッセージが全くの無意味になる」
「……そっか、そういうことか。治安悪化は絶対だめ……凶悪犯が増えたらまた……」
リエリはうつむいて、隣に座るシンの袖を握りしめた。
「町田刑務所事件の状況を見ると、覆面男は看守と職員の記憶をロックして病院送りにはしたけど、殺してはいない。奴なりの基準があるんだと思う。だから、囚人以外を銃でいきなり撃つということはないと思う。でも、危険には変わりない。それでも、明日できる?」
「…………。うん、やるよ、私。任せて。……リエリ様に任せなさいな!!」
リエリは自身を鼓舞するかのように、得意げな表情で胸に手を当てた。
「――何かあったら守ってくれる?」
「もちろん」
リエリは満面の笑みで、シンの肩に頭を寄せた。




