44- ──矩形をたどる──
カレーやニンニクの匂い、何とも分からぬ湯気、水やら茶やらがぶち撒かれた床、支えを失った受刑者達は、縦横無尽に倒れている。
床にうつむきで倒れている者、テーブルに頭を付けている者、イスに仰向きでもたれている者、尻をつき膝を抱えている者、足をたたみ頭を床に付けている者、コップを握ったまま互いの腕を掛け合って倒れている者、この世に存在する人間の倒れ方の標本を集めたかのように受刑者はあらゆる体勢で意識を消失している。
三人の狂気は瞬く間に底知れぬ万能感のような快感に変質し、核の衝撃波のごとく脳内三六○度を隅々まで駆け巡る。そしてそれは、脳を何度も周回してはその度に三人の意識を昇天させ、顔筋を異様なまでに痙攣させた。
三人はもはや狂気じみた笑い声さえ発しない。
その空間では、完全に無音のまま時だけが過ぎていく。
しばらくその状態が続く。
* * *
「やろう」
ショウがつぶやくようにそう言うと、リクとカイはただ頷いた。
リクとカイとショウは、受刑者を壁に絵でも立て掛けるように協力して一人ずつ動かしてゆく。
そして、十数分ほどかけて食堂の壁にぎっしりと受刑者を並べた。
白かった壁は、受刑者達の同一の囚人服によって、灰色無地に占められている。
「準備完了だね」とリクが溜息をついて言うと、カイとショウは「ああ」とだけ返した。
ショウが内ポケットからハンドガンを取り出して、壁に向かう。
そして、膝立ちになり右肩を壁に押し当ててハンドガンを握ったまま腕を前に伸ばした。
銃口が受刑者の頬に接触して止まる。
「これでもう、あとには戻れない。いいよな?」
ショウが二人に問う。
「当たり前だ」「もちろん」と二人は即答した。
ショウの指がトリガーをゆっくりと引いてゆくと、「キュイン」という充填音が鳴り始める。
そして、充填音はこれ以上で人間の耳の可聴域を超えるというところまで高まっていく。
間も無くして、充填音は「チュン」という純粋な風切音のみを発して停止した。
電磁誘導によって時速七七○○キロに加速された強化プラスチック製のプロジェクタイルは、横並びにした数十人分の肉塊をいとも簡単に貫通し、壁に矩形の穴をつけた。穴は底が見えない。
数秒の後、水道のノブを開いたかのようにドバドバと肉塊から鮮血が床に注がれた。
床を既に占拠していた液体は瞬く間に赤色に染まってゆく。
「次」
ショウが何の反応もなく淡々とそう言うと、弾着した向かいの壁に向かって歩いてゆく。
そして壁の前まで進むと、向きを変え直角方向に並ぶ受刑者に銃口を向ける。
一分もせぬうちに、矩形の全辺に対してショウは発砲を済ませた。




