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4 - ──ウイルス──

2091.06.21 Thr. 11:35 JST) 



 教師の男は、左手で宙を掴み、投げ捨てるような動作をした。


「……。よーし、回答みたか? 正解は、『パネルを変えなければ三分の一、変えれば三分の二の確率で百万円が当たる。だから、パネルを変えた方がよい』だ」


 教室のあちこちから、「なんで?」というような声が漏れた。


「これは、百年前のアメリカで物議を醸した〝モンティ・ホール問題〟というものだ。問題文をそのままネット検索にぶち込んで回答を得ようとした者が多数だろうが、問題文の文言を変えてあるから、うまく検索をかけた者以外は、モンティ・ホール問題だと到達できなかったはずだ」


 教師の男はしたり顔でそう言うと、淡々と解説を済ませた。多くの生徒が悩まし気な表情を浮かべて、解説を眺めている。


「今のは、ほんのウォーミングアップだ。――クレイ、お前、ネット検索だけはうまいんじゃないか! ハハハハハハッ」


 シンは、聞こえていないのか、無視しているのか、反応はない。


「──この野郎! 起きろ!!」


 教師の男は、血走った目で声を張り上げた。


「……はいはいはい、起きました」


 シンは、本当に寝ていたかのように目をこすり返事をした。


「クレイ、今からが今日の授業の本番だ。さっきの程度を答えたくらいであんまりいい気になるな」

「ふぁいはい」


 淡々とふざけて返すシンの返事に、教師の男は怒りを抑えるのにやっとといった様子で、口角の片側だけを引き攣らせた。


「今からモンティ・ホール問題の〝ルール〟を変更する。俺が独自にルール変更した問題だから、ネットでいくら調べても答えは絶対に存在しない。皆、自分の頭で考えるしかないぞ」


 教師の男は、そう言い宙で指を勢いよく滑らせた。


「今、問題文を共有フォルダに置いたぞ。一つ目は、『百万円を当てるためには、ハズレの方を当てなければならない』とルール変更すると、さぁどちらが有利だ? これくらい即答できないと、どこかの腐ったリンゴみたいになるぞ。――――なぁクレイ? どうだ答えてみろ」


 シンは「またかよ」とつぶやきながら立ち上がる。


「パネルを変えない方が、二倍有利です。っというかこれ、ひっくり返しただけだから、ルール変更した意味がないですよね……何ですかこの問題?」


 シンは不思議そうに教師の男にそう告げた。

 教師の男が顔を引き攣らせ、口を開く。


「フ、フハ。い、今のを答えただけで、そんな得意げになるなクレイ。今のもただのお遊びだ。お前でも答えられるように遊んだだけだ。『ハズレの方を当てなければならない』というルールに、更にルールを追加する。今から言うのが本番の問題だ。今度は、ハズレは2種類あるとする、泥水のプールと小麦粉のプールだ。司会者は小麦粉の方のパネルだけを破くとする。さぁ、どちらが有利だ?」



「変えない方が、五倍有利です……何ですかこの問題?」


 シンは即座に淡々とそう答えた。



「い、い、いまのはなしだ! さすがに簡単すぎたな。こんなカスみたいな問題はどんな奴でも即答できる。今度は、『百万円を当てるためには、ハズレの方を当てなければならない』というルールに加えて、『チャレンジャーがどこに突入するか最初に答えた後、司会者は百万円のパネルを破くとする』というルールを追加する。では、さぁどちらが有利だ?」


 シンは一瞬驚いたような表情をして、口を開いた。


「どれを選んでも百万円を獲得できます。チャレンジャーに優しい番組だね、先生。

 それと、もう言っちゃいますけど、これ、この問題=モンティホール問題から得るべき知見が全然説明されてませんよ。先生が勝手に問題文変えるのは構いませんが、この問題のミソは、〝司会者はあなたが選んでいないパネルを一つ、棒を使って破く〟という点なんですよ。

 司会者は、選ばれていないパネルを〝必ず〟破くと問題文に明示されていれば、百年前に混乱はおきなかったでしょう。問題文からは〝必ず〟破くのか、〝適当に〟破くのか明示されてない。この定義が曖昧なことこそが問題の本質なんですよ。そこを生徒に伝えなきゃ、この問題やる意味ないですよ」


「……き、この、このガキ……ハハッ。やっぱりこの問題は、簡単すぎたなぁ。クレイに簡単に解かれてしまうくらいじゃあなぁ。共有フォルダに一応資料を入れておくから、各自参考にするように。じゃ、じゃ次の問題に進むぞ」


 教師の男はそう言うと、すました顔で次の問題に進んでいった。教師の男は、シンを避けるようにして、他の生徒達に発言を求めながら授業を進めていく。



* * *


 シンは授業を聞かず、頬杖を突いている。シンの視界では、十数画面が所狭しと表示され、それら全てが自動で下にスクロールしていく。最下部まで画面をスクロールすると次々にまた別の画面に切り替わっていく。シンは、十数画面をぼんやりと風景を眺めるかのように見ている。


「最近、ロクなサイトないな」


 ボソッとシンはそうつぶやいた。

 次々に切り替わる画面には時折、通常のネット検索ではヒットしないようなプライベート写真や醜悪な死体画像等々を、無尽蔵に表示しては消えていく。


「なんだ、これ?」


 シンがつぶやきつつ《STOP》と表記されたボタンを押すと、全ての画面スクロールがピタりと停止した。シンは数十画面のうちの一つを掴み、視界中央に引っ張る。その画面にはピンクの花の絵と、その右横に【Welcome to DĒŁĒTĒR】と書かれた画面が表示されている。


 シンは、食い入るようにその花の絵を見つめた後、サイトの説明に目を移した。説明には次のように書いてある。


 【DĒŁĒTĒR is the power of justice to break all absurd and unfairness.】

 【Runs on Brain Information Terminal.】


「デリーター? ……正義の力。バカくさ」


 シンは深く溜息をつくと、画面を一瞥してサイトの《×》ボタンを押した。

 ――次の瞬間、突如視界にインストーラー画面が現れ、進捗を示すバーが左から右に勢いよく進んでいく。



「――は?」



 シンは、教室の他の生徒にも聞こえる位の声を発した。教師の男はシンの方を見たが、無視するようにそのまま授業を続ける。


 シンは慌てた様子で視界に浮かぶキーボードを目にも止まらぬ速さで入力しては、視界に散らばる数多のボタンを叩いていく。


「おいおい、ダメだ……なんつう強力なウイルスだよ」


 首を横に振るシンを包むように、巨大なメッセージが現れた。


 【Thank you for installing.】

 【Best of luck for your just war.】




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