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35- ──批判の代償──

2091.11.07 Wed. 17:58 JST



 リエリがたどたどしくつくった夕食の後、シンとリエリはいつもようにリビングのソファに並んだ。リエリは手元で指を動かして宙を眺めた。


「ま~だやってる、今日の事件。え? 受刑者……三千人以上死亡だって。職員の死亡はゼロ……」

「確認されているだけで三千人だから、全焼したことを考えれば六千人全員が死んだ可能性もあると思う。まだ覆面男は捕まってないらしい」


「警察は何してんの! 本当に警察って捜査能力低い!」

「セレクターが必要かもしれない」

「リエ頑張っちゃうよ! ――あ、ヨコヤマさんの〈ニュース・シックス〉始まってる。……げぇー、今日あのタカビーがコメンテーターじゃん」


 シンの画面にも、リエリと同期しているであろう報道番組の映像が左上に映っている。


 司会の白髪の男が神妙な表情を浮かべ、手をテーブルの上で組み、語り始めた。


『町田刑務所の大量殺人事件に関して、新しい情報が続々と入ってきています。

 情報が入ってくればくるほど、犯人の身勝手さ、そして幼稚さが浮き彫りになってきています。現在までに確認されているだけで、死者は三千三百二十名、負傷者は五百二名に達しています。被害者数は今後更に増加することが確実な状況です。

 犯人は自身を、〝救世主〟という意味の〝メサイア〟と呼び、今回の極めて卑劣な行為に走りました。犯人は昨今の集団意識障害の犯人と言われているアムに成り代わり、自身が悪に鉄槌を下すと主張しています。現在、警察は五千人態勢で捜査にあたっていますが、未だ犯人確保に至っておりません。

 ……本日のゲストコメンテーターは、一ノ瀬優香衆議院議員にお越しいただいています。一ノ瀬さん、今日のこの事件、どう思われますか?』


 コメントを求められた一ノ瀬は、いつにもまして真剣な表情をした。


『極めて、卑劣、幼稚な犯行と言わざるを得ません。自身の幼稚な正義を、法を無視して実行し、更生の可能性が十分にある受刑者を次々に殺害したことは人権蹂躙以外の何物でもありません。決して許されない行為であり、断固として非難します。犯人は即刻自首し、罪を深く悔いるべきです』


 リエリは不満そうな顔で画面の一ノ瀬を眺めている。

 司会者の男は深く頷き、再度手を組み直して口を開いた。


『全くその通りです。こう言っては番組をご覧いただいている皆さんに誤解を与えてしまうかもしれませんが、私は、アムは犯罪者に変わりありませんが、少なくとも人命を絶たないというポリシーを持っているようにも感じていました。

 しかし、今回のこのメサイアを名乗る覆面の男は、そういったポリシー、主義のようなものはなく、ただただ徹底的な殺戮だけを目的にしているように思います。要はただの幼稚な殺人鬼です。私はこの事件に強い憤りを覚えます。警察は総力を上げて犯人逮捕をしてほしいと切に願います。

 事件に詳細についてVTRにまとめていますので、ご覧ください』


 司会者と一ノ瀬を映した映像から、町田刑務所の空撮映像に切り替わり、炎上し黒煙を上げる様子が映し出された。同時に女性ナレーターが語り始める。


『今日正午、十二時五分頃、東京都町田区にある町田刑務所で、これまでに類を見ない大量殺人事件が発生した。町田刑務所は国内最大規模の六千人の受刑者を収容す――――』


 突如としてナレーションがブツ切りとなり、無音になる。


『……き、救急車を呼べ!! 早く!!』


 数秒の後、男性と思われる音声が入った。同時に、番組スタッフと思われる十数人がテーブル下に集まって誰かを介抱しているような映像が一瞬流れる。そしてすぐに青空を背景に【そのままお待ちください】というメッセージのみの静止画が表示された。


「えっ? なに? なにが起きたの?」

「二人のうち、どちらかが倒れたんだと思う」

「え、え、え、えっ……。あ、あ、あ、あの番組イッシーがディレクターだから、ちょ、ちょっとイッシーに電話して確認してみる」


 リエリは取り乱した様子で、すぐに手元を動かした後、部屋の隅で話し始めた。



* * *



 しばらくして、リエリが神妙な表情でシンのソファに戻ってきた。


「……。よ、ヨコヤマさんが倒れたらしいって」

「ヨコヤマって、さっきの白髪の司会者?」

「そ、そう、優しいおじいちゃんなの。よ、よくしてもらってて、番組呼んでもらったり、いろいろ……どうしよう」

「今は病院に運ばれて色々と治療とかしているはずだから、明日状況を見て病院に行こう」

「……。う、うん」



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