3 - ──退屈な解答──
2091.06.21 Thr. 11:24 JST
教師の男は問題文を読み上げると、不敵な笑みを浮かべ、最前列の女子生徒に視線を送った。
「では、オクムラさん。パネルを変えるか変えないか、どちらが有利だと思う?」
「はい……」
解答を求められた女子生徒は、せわしなく宙を指でタップしながら立ち上がる。
「か、変えても意味はないです。……たぶん」
「なぜ?」
「パ、パネルを変更しても、しなくても、百万円は残りの二つから選ぶことになるからです」
「はい、よろしい」
教師の男がそう言って口角を上げると、女子生徒は安堵したような表情を見せた。
次々に解答を求められた数人の生徒は皆、〝変わらない〟と答えていく。教師の男はその度に人形のように口角を上げては「よろしい」と一言だけ告げた。
教師の男は息を深めに吸うと、慣性で口角を固定したまま、教壇からゆっくりと廊下側に向かっていく。一人の男子生徒の席で止まり、手を向けた。
「はい。それでは、全国中学生クイズ・純粋暗記部門・決勝出場経験のあるタカイ君。この問題答えてくれるかな?」
「はい! 変えた方が有利です」
タカイは自信に満ちた表情でそう答えた。
「理由は?」
「り、理由ですか?」
「そう、理由」
「えー……、えっと、三分の一と三分の二で、……。うんと、……」
タカイは、必死に胸元で指を動かし、何かを調べているようだった。
その様子を見て、教師の男は見かねた様子で頭をかいた。
「自分の頭でしっかり考えろ、すぐにネットで調べようとするな。自分で一から考えてないから、論拠を自分の言葉で説明できないんだよ。もういい座れ」
「……」
タカイはうつむいて力なく座った。
教師の男は憐れんだような視線をタカイに向けた後、ゆっくりと歩き始める。
「俺が十四のとき、ビットの保険適用が始まって、皆一斉に注射を受けた。それより数年前までは、東大に行く人間は暗記地獄に勝利した奴だった。記憶力の良い人間が、楽々上位大学に入れる時代だった。俺ももう数年早く生まれていれば、東大に入って官僚も夢じゃなかった」
教師の男が回想するように遠くを見てそう語った。
「まーた、はじまったよ。なー、またかよ」
端々で生徒達が小声でそうつぶやいた。
「タカイ! 今の時代、お前のような暗記偏重型は絶対に上位大学に受からないぞ! 今や時代は、論理的思考力・研究能力が合格基準だ。今じゃビットからどんな知識でもすぐに記憶として脳に呼び出せてしまう。小学校までは脳を暗記に使うのもいい。だが、お前はもう高校生だろう。そんな使い方はさっさと卒業しないと、いい加減落ちこぼれるぞ!」
教師の男は、真剣な表情で吐き出すようにそう言うと、顔を徐々に満足気な表情に変えた。しかし、教師の男はすぐに顔をしかめてシンに視線を向ける。
「タカイはそれでもしっかり授業を聞いて、暗記型から抜け出そうと努力はしている、それは立派なことだ。やる気のないどこかの〝腐ったリンゴ〟と違ってな。……さあ、先生はそろそろ我慢の限界だ、たまには答えてみるか。クレイ?」
シンは閉じていた瞼をゆっくり開け、「ハァ。くっそつまんね~」とゴトウに聞こえない程度の声でつぶやきながら立ち上がり、口を開けた。
「え~っと。パネルを変えた方が、なんと二倍も有利です」
「タカイのマネか? 理由は?」
教師の男の問いに対し、シンが右手の人差し指を二回素早く曲げると、シンの視界に操作画面が出現した。シンは、画面に表示されている数多のファイルから一つ選んで指でドラッグし、別の画面に素早く移した。
「説明がだるいので、今、回答を共有フォルダに置いときました。それ読んでください」
シンはそう答えると、再び机の上に肘を立て、顔を支えるようにして瞼を閉じた。
教師の男は、シンの回答を見る様子もなく、再び教壇に戻っていく。
「クソガキが……よ~し。それじゃあ、回答を配るぞ」