27- ──大人への恫喝──
2091.09.09 Sun.11:39 JST
「カナモトさん、はじめまして。アイドルをしています、リエリです。今日はわざわざお時間をいただいて、ありがとうございます」
リエリはそう挨拶し、軽蔑するように正面の男を見据えた。後ろに座るシンは左手に見える風景を眺めている。
シンとリエリが座る二十畳ほどの和室は一辺が全て開けている。十メートルほどの高さの三段階にくねる滝、小石が敷き詰められ文様を描いている庭、その後ろに生える数十本の竹林が威風堂々とした風景を演出している。
「ハッ。恫喝しておいてよく言うじゃないか。君のことはニュースで知っていたよ、色々とお手柄のようだね」
リエリとローテーブルを挟んだ先、脇汗のにじんだ白のワイシャツの上からでもわかる豚のような腹、三重顎、幾重もシワの入った大きな涙袋を持つカエルのようなギョロ目、深く刻まれた法令線、リエリがカナモトと呼んだ男が扇子を仰ぎながらそう返した。
カナモトの後ろには、四人の黒いスーツの男が片立膝の体勢でリエリとシンを見据えている。
「要件を聞く前に、お嬢ちゃんがどこまで知っているか確認したい。お嬢ちゃんが知っていることを、〝全て〟話してくれるかな?」
カナモトは万弁の笑顔で、しかし、光のない目でそう問うた。
リエリは人差し指を素早く二回曲げ、視線を僅かに右下に落とした。
「……えーっと。一、南関東州木更津市の大規模用地取得に便宜を図った見返りとして、日本GC建設から四億六千万円の賄賂を受領。二、政党助成金として給付された一億一千万円を二十二のペーパーカンパニーを通じてマネーロンダリング、自身が株式の過半を取得する会社に七千万円を落とした公金の私金化。三、奥様がいるにも関わらず、銀座の二十六歳のホステスと週に一度関係を持っている、つまり不倫。政治家の鏡みたいな人ですね」
リエリは呆れたというような表情を浮かべた。
「敵わんな!! フハハハッ!! それで、何をしてほしいんだい? お嬢ちゃん」
カナモトは顎を上げ、見下ろすようにリエリにそう問うた。
「〝神の眼〟を法律にしてください」
「ハァ? なんじゃそりゃ?」
「えーっとですね、ビットの通信機能を応用した、……あれ、なんだっけ?」
リエリが後ろに座るシンに振り返ると、シンがカナモトを見据え、口を開く。
「ビットを媒介して、本人が見聞きしたそのままの映像・音声を国が管理する中央データベースにリアルタイムで保存しておき、犯罪発生時の犯人逮捕に活用するための仕組み。犯罪発生時、即座に、かつ、冤罪も一切なく、百パーセント犯人を逮捕することが可能になる。加えて、神の眼が一般に広く認知されることで、絶大な犯罪抑止効果が期待できる」
シンは淡々とした口調で神の眼をそう説明した。
「ハァ? ハハハッ。そんなプライバシーを無視した法律、通せるわけねぇだろう。何言ってんだよ、これだからクソガキは」
カナモトは薄ら笑いを浮かべ、シンを窘めた。
「ダメってことですか?」
リエリはそう言ってカナモトを見据えた。
「そうだよ? そもそも取引が成立すると思ってたのかい? こんなとこまで子供二人でのこのこ来て、帰すと思うかな? アイドルだからって、自分は何かされないとでも思ってたのかい? 僕はね、人ひとり消すなんてわけないんだよ。君が今、相対しているのは、そういうレベルの人間なんだよ」
カナモトは万弁の笑みを浮かべ、扇子を仰ぐ。
「それは脅しということですか?」
リエリが臆することなくカナモトにそう問う。
カナモトは半目にして呆れたというような表情で扇子を仰ぐ。
「ハァ。皆まで言わんと分からんのか、最近のクソガキはこうなのかぁ? 全くまいるなぁ。立場わかってる? 私がその気になれば、君なんて、簡単に消えるよ」
「芸能会からって消すってことですか?」
リエリは淡々とした口調でそう質問した。その質問にカナモトはテーブルに手を叩き付け、リエリを睨みつける。
「違うわボケェ!! バカなのかお前よぉ。勘違いするな小娘! 芸能界からじゃない、この世から消すってことだ!!」
「……お前だ、勘違いすべきではないのは」
シンがそう告げて立ち上がると同時、スーツの男四人が胸元から素早く銃を取り出しシンに向ける。しかし、その瞬間、フラフラと酔ったように体を左右に振り、数秒で力なく畳に伏した。
「ぬぁっ?」
カナモトのカエルのような目は、今にも飛び出すかのように見開き、状況を理解できないといった様子で口をぱくぱくとさせている。
シンはカナモトの眼前まで進み、ジャケットの内ポケットから銃を取り出し、そのままカナモトの口に勢いよく突っ込んだ。
「ウグッ!! フィイイフフフッ!! ウィウウウゥ!!」
「……死ぬ気で法案を通せ、傘下の派閥にも漏れなく連絡しろ。もし、法案が通らなかったら、分かるな?」
シンは無表情のまま淡々とカナモトにそう告げた。
「わ、分かう、分かう! おし、やおう、やおう! やあせてくえ!」
カナモトは目に涙を浮かべ、必死にシンに乞うような表情をつくった。
しばらくして、シンとリエリは何事もなかったかのように料亭の暖簾をくぐり、外に出た。
「あと主要な派閥が三つある。順番に処理しよう」
「う~まだちょっと怖いけど、やったろう!」
リエリはそう言って、華奢な右腕を元気よく上げた。




