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第7話 失われた属性

 僕が魔王さんと別れてから既に一週間が経過している。

 その間、僕はアネットさんから冒険者としての基礎知識を学び、薬草採集のような比較的安全な依頼を受けてなんとか生計を立てていた。

 本当は報酬額が高い討伐系の依頼を受けたいんだけど、それはアネットさんが断固として認めてくれない。おかげさまで借金は未だに健在だったりする。ほんと、お金を稼ぐって大変だ。


 「がっはっは! 今日もギルドに行くのか? お前も大変だな!」

 「あはは……アネットさんはスパルタですからね」

 「ま、若者は勉強するのも仕事のうちだ。頑張ってこいよ!」

 「はい。行ってきます!」


 ここ最近通例になってきたジャンさんとの挨拶を交わしつつ、僕は閑散とした酒場の入口から外に出る。そして朝から活気溢れて賑わっている大通りの景色に直面した。

 最初こそ人の多さに戸惑っていたけど、何度も往復していれば流石に少しは慣れてくる。今じゃ人込みの中を掻い潜るなんてこともお手の物だ。

 僕は軽く体を動かした後、ギルドに向かって危な気なく大通りの中を駆け抜けた。


 「アネットさん! おはようございます!」

 「……あら! ライト君、今日も早いんだねぇ。感心感心!」


 偶々通行人の中にアネットさんの姿を見掛け、僕はすぐに彼女の下へ駆け寄った。

 アネットさんは私服姿もきっちりしているので、なんていうか仕事中の姿に比べてあまり違和感が無い。だから人込みの中でもはっきりアネットさんの姿を見つけられたわけなんだけど……なんだろう。もっと可愛らしい服を着たアネットさんも見てみたい気がする。

 も、勿論邪な気持ちがあるとかじゃなくて! 単なる好奇心というか、普通にそう思ったというか、他の人も思っていそうなただの一般的意見に過ぎないんだけど!

 そんなことを考えている間に、僕達二人はギルドの中まで辿り着いていた。


 「それじゃあ私、ちょっと制服に着替えてくるから。ライト君はいつもの部屋で待ってて」

 「はい! 分かりました!」


 僕はアネットさんと一旦別れた後、言われたとおりロビーの隅に設けられた小さな一室に足を向けた。

 ここは本来冒険者が相談したり、少しの時間待たせてもらう際に使われる部屋で、この一週間は僕達が講義室として利用している。

 一応ギルドの中にもちゃんとした講義室はあるんだけど、そっちは多人数専用の大部屋で、アドバイザーの希望者が少ない時には残念ながら使えない。

 それにこの時期は街で行われる催しについて会議を開く為、上級冒険者とギルド職員達が総出で貸しきってしまっている。だからどっちにしろ僕達はこっちの小さな部屋を使うしか無いのだ。


 「それにしても……」


 僕は、ちゃんと成長できているんだろうか。

 ふと自分の両手を見下ろしながら、僕は漠然とそんな不安に襲われた。

 アネットさんはちっとも容赦してくれなくて、モンスターの生態や対処法など、きちんと暗記できるまで一切講義をやめてくれない。二人きりの空間に慣れてなかった最初の三日間は、それこそ朝から晩まで部屋の中に縛り付けられる羽目になってしまった。

 でも、そのおかげでこの街に来た時よりもずっと冒険者らしく戦えるようになっている。その証拠として、薬草採集時に襲ってきたモンスターとも無事に渡り合うことができた。これは決して魔王の力だけで成し遂げたわけじゃない……と思いたい。


 「……はぁ」


 やっぱり今のままじゃ駄目だよな。せめて、アネットさんが討伐系の依頼を受けさせてくれれば、僕だってもう少し強くなれると思うんだけど……。


 「なーんか不満そうな溜息よねぇ?」

 「うひゃあっ!?」


 突然耳元で不機嫌そうに囁かれて、僕はその場を仰天しながら飛び退いた。


 「ぷっ! あははははっ! うひゃあって何!? あはははは! 可愛い!」

 「あ、アネットさん! からかわないでくださいよ!?」

 「だってー。声を掛けようとしたら重苦しい雰囲気漂わせてさ、すっごく深い溜息を吐くんだもん。こっちだって気分悪くなるじゃない?」

 「す、すみません……」


 アネットさんは不服そうに唇を突き出しながら腰に手を当てる。その仕草がちょっと可愛く見えて、僕はつい照れながら謝ってしまった。

 やっぱり爺ちゃんが言ってたとおり、『可愛いは正義』ってことなんだろう。どうもアネットさんには勝てる気がしない。


 「ま、何に悩んでいるのかは大体察しが付くけどさ。この時間だって十分君を強くしてくれるんだから、一緒に頑張ろうよ」

 「……はい!」


 ちょんっと鼻先を指で突かれてはもう逆らえない。

 僕はアネットさんから滲み出る可愛さに完全敗北し、素直に彼女の講義を受けることにした。




 「それじゃあ今日は属性について勉強していこうか」

 「属性……って、あの『魔法』の?」

 「そうだね。別に魔法に限定された話じゃないけど、やっぱりそれが一番分かりやすいよね」


 魔法というのは魔導士達の専売特許、または限られた土地に住むと言われる『神民(アールヴ)』や『精霊(スピリム)』が操る超自然的な力だ。

 僕が子供の頃に読んだ御伽噺にも数多く登場していて、中には賢者と呼ばれるたった一人の魔導士が万を超える兵士を圧倒したという話まで存在している。つまり、魔法はそれだけ強力な力ということだ。


 「僕、魔法は全然使えないんですけど……」

 「それは冒険者の殆どがそうだよ。だけどね、属性っていうのはモンスターと戦う上でとても重要な要素でもあるの」

 「そうなんですか?」

 「そうだよ。ライト君はまだ一度も見たことが無いと思うけど、高難易度のダンジョンでは魔法を使ってくるモンスターだっているんだから」

 「も、モンスターも魔法が使えるんですか!?」


 初めて聞いた衝撃的事実に、僕は思わず目を見開いてしまった。

 まさかモンスターの中にそんな危なそうな奴がいるなんて……! 万が一にも遭遇したらまず勝てないんじゃないか?

 僕はまだ見ぬモンスターの姿を想像して背筋が凍るような感覚を覚えた。


 「まあ、モンスターだって生物だしね。素質があったり、それ相応の力がある個体なら自然と身につけちゃうものだよ」

 「そ、そりゃそうですけど……」

 「とにかく! そういうわけでモンスターと戦う上で属性の理解は必須なのです! だからライト君もこれから言うことをちゃんと覚えておくんだよ?」

 「は、はい!」


 また日が沈むまで部屋に閉じ込められるなんて絶対に御免だ。

 僕はアネットさんの話を一字一句聞き漏らすまいと、腰に巻きつけたポーチからメモ帳とペンを取り出した。


 「いい? 属性っていうのは全部で十種類に分けられていて、扱うのが難しい属性ほど希少性が高いの。例えば火、風、地、水のような基本属性は殆どの魔導士達が使えるんだけど、上位属性に当たる光、雷、氷、闇に関しては使える人が滅多にいないの」

 「じゃあ、全ての属性を使える人はいないんですか?」

 「そうだねぇ。そもそも最後の二つである『古代属性』はもうこの世に存在しないって言われているし、そういう意味じゃ全ての属性を使える人なんていないんじゃないかな」

 「存在しない……? どうして消えちゃったんですか?」

 「それは分からないわ。でも『古代属性』と呼ばれているのは聖属性と無属性。どちらも自然とはかけ離れた属性だから、きっと特別な方法じゃないと操れない力だったんだと思う」


 つまりはその「特別な方法」が歴史の中で失われてしまったから、『古代属性』もまたこの世から存在しなくなったのか。

 僕はアネットさんの見解も含めて、きちんと彼女の話をメモ帳の中に書き留めておいた。


 「まあ予定の話から少し逸れちゃったけど、要は属性の相対関係をしっかり理解しておくことが大切なの。相手の弱点を突くだけで戦いは格段に有利になるから」

 「な、なるほど……!」

 「というわけで、今回はモンスターの知識に合わせて弱点になる属性についても覚えていこうね! 最後の暗唱テストで間違えたら勿論勉強のやり直しだよ!」

 「……」

 「……返事はぁ?」

 「は、はい!」


 こうして、僕は昼過ぎまでアネットさんからスパルタ教育を施された。

 知恵熱でふらついた体をなんとか動かして部屋の外へ向かおうとする。すると、いつもならここで解散になるのに、今日に限ってはアネットさんから呼び止められてしまった。


 「あの、まだ何かあるんですか?」

 「うーん。まあ、その、ね」

 「……?」


 妙に歯切れが悪いアネットさん。

 彼女は少し不満そうに眉根を寄せた後、僕の顔を見て小さな溜息を吐いた。

 なんだろう。何か彼女を怒らせるようなことでもしてしまったのだろうか。ちょっと心当たりが無い。

 僕が密かに不安を感じていると、アネットさんはようやく意を決したように口を開いた。


 「……ライト君。今日から、討伐系の依頼も……受けて……良いよ」

 「えっ」

 「ほら。ライト君、薬草採集の依頼を受けた後、時々モンスターの素材も持ち帰ってきたじゃない? それで、そろそろ討伐依頼も任せて大丈夫かなって……私のせいで借金もあるわけだし」

 「アネットさん……!」


 アネットさんからようやく認めてもらえた。そう思うと、なんだか嬉しくなって笑顔が零れてしまう。

 そんな僕を見たアネットさんは、照れるように頬を赤く染めながら早々と注意事項を告げてきた。


 「言っておくけど、ちゃんとランク1に見合った簡単な依頼だけだからね! 絶対に実力以上の討伐依頼を引き受けないように! 分かった!?」

 「はい! ありがとうございます!」


 僕は明るくお礼を言った後、すぐに依頼書が貼られてあるギルドの掲示板へと向かう。そして今まで素通りするしかなかった、「討伐」と記された依頼を次々と確認して回った。


 「やっぱり最初はゴブリンかスライム辺りかな。それなら僕でも簡単に倒せるし」


 ランク1からでも受けられる討伐依頼は、当然の如く脅威度の低いモンスターが対象となっていることが多い。僕はその中でも特に弱いと言われている二種類のモンスターに着目していた。まあ、この間までゴブリン相手にも逃げ出してたんだけどさ。


 「よし! これだ!」


 そして結果的に僕が手に取ったのは「スライム討伐」と書かれた依頼書だった。


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