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第6話 さようなら、また来世で

 ――ここはどこだろう?

 目を覚ました時、僕はやけに静かで薄暗い場所に立たされていた。

 辺りには何も無く、一切の景色が深い闇に閉ざされてしまっている。そのくせ自分の姿だけはなぜかはっきりと見えるもんだから、ここが普通の場所じゃないことくらいはすぐに見当が付いた。というか、僕は一度だけこの空間に来たことがある。


 「……よう。久しぶりだべ」


 突然聞き覚えのある声を掛けられて、僕は慌ててそちらの方に振り返った。すると案の定、そこには僕の人生を変えてくれた命の恩人が立っていた。


 「……魔王……さん?」

 「あはははは! 別におじさんで良いだべよ! けどま、こうして最後にオメーさんに会えて良かったべ!」

 「え? 最後って、まだ一日しか経ってないですよ!?」


 魔王さんは豪快に笑いながら、まったく笑えないことをさらりと告げる。僕はその一言に動揺を隠せないまま、魔王さんの傍に駆け寄った。


 「そうか……そっちではまだ一日しか経ってないだべか。けどな、こっちじゃもうすぐ一週間になるんだべ。だから……力を失ったオラもそろそろお迎えが来るだべよ」

 「そんな馬鹿な……あっ!」

 「心当たりがあるだべな。多分だけど、オメーさんが生き返ったのは、自分が死んだ直後とそう変わらねー時間だった筈だべ」


 そうだ。僕が生き返ったのはまさに自分が死んだ直後だった。だからあの後オーガに襲われる羽目になっちゃったんだけど、まあその件については思い出さないでおこう。

 だけどまさか、こんな風に魔王さんと再会して、こんなに早くお別れしなきゃいけないなんて思ってもいなかった。


 「……寂しく、なりますね」

 「なーに。本来ならオメーさんに力を渡した時点でお別れだったんだ。それが偶々オラ達の間に繋がりを作ってこうして会えているだけだ。今更悲しむことなんか無ぇべ」

 「そうかもしれませんけど……!」


 正直、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からない。いや、きっとどっちも感じているんだろう。だからこそ僕は今、どんな顔をするべきか分からないまま涙を流しているんだ。

 顔がぐしゃぐしゃに濡れている僕を見て、魔王さんが苦笑を浮かべる。そして軽く頭を撫でた後、思い切り僕の頬を殴ってきたぁあああああああっ!?


 「――ぐふっ!?」

 「懐かしむ時間は終わったべ。さあ、立ち上がるべよ!」

 「……魔王さん?」


 吹っ飛ばされてかなりの距離が開いた僕に、魔王さんが凄まじい気迫で呼び掛ける。そんな彼の変貌した態度に、僕は激しく狼狽した。

 ……一体どうしたって言うんだ!? さっきのパンチ、かなり痛かったんだけど!

 もしかするとオーガの一撃よりも強力だったんじゃないだろうか。あの時はすぐに意識が飛んだせいでちっとも痛みは感じなかったけど、頭に訪れた衝撃は間違いなく魔王さんの方が上だ。

 僕は混乱した状態のまま、ゆっくりと震える足で立ち上がる。すると、魔王さんはすぐに僕の下まで駆け寄ってきた。


 「次行くだべよ!」

 「〜〜〜〜っ!?」


 それは決して僕の心配をしているわけじゃない。

 身の危険を感じた僕は咄嗟に横に跳んで魔王さんの軌道から逃れようとした。


 「させないだべ!」

 「がふっ!?」


 しかし、魔王さんは僕の動きに合わせて片脚を軸にし、そのまま強烈な回し蹴りをお見舞いしてきた。

 元々巨体である彼の足は僕が思っていたよりも長く、ちょっと離れたくらいじゃ直撃を避けることはできない。

 僕は無様に吹き飛ばされ、何度も地面の上を回転した。


 「……はぁ! はぁ……おぇ!」


 まるで上半身と下半身が分離したような感覚。痛みよりも気持ち悪さが伴う衝撃に、僕はその場でのた打ち回った。


 「こんな機会はもう二度と訪れねーべ。だから立て。力を失った魔王に勝てないようじゃ、またどこかで殺されるのが目に見えてるべ」

 「……っ!」

 「オラがせっかく与えた力なんだ! せめてここで、最低限使いこなせるようになっとくべ!」

 「……うぉおおおおおおおっ!!」


 魔王さんに叱咤されて、ようやく僕は思い知らされた。

 この人は見抜いてたんだ。僕が魔王の力をちっとも使いこなせていないことを。

 だからお別れするまでの僅かな時間を使って、僕に力の使い方を教えようとしてくれている。

 ……本当に、思い知らされた。

 相変わらず僕は一人じゃ何もできない人間なんだって。

 例えどんなに強力な力を得ようとも、たった一日じゃ人は何も変われない。それは分かっていた筈だった。だけど考えてもみろ。僕は今日、アネットさんに何を注意された!?

 僕は心のどこかで、「自分には魔王の力があるから大丈夫だ」って高を括ってたんだ。ちっとも力を使いこなせ無いくせに。本当の意味で強くなるって意気込んでいたくせに!

 僕はまた! アリスに告白したあの時のように! 何も努力しないまま自分の望みを叶えようとしていたんだ!


 「そうだ! オラに思い切り向かって来るべ!」

 「うわぁああああああああああああああああああっ!」


 もう誰かに甘えるのはやめたんだ。立ち上がれ。前に進め。自分を変えろ!

 僕は渾身の力を足に込め、地面を砕きながら魔王さんの下へと発走した。


 「それはただ力を込めてるだけだ! 使いこなしてるとは言えねーべ!」

 「ぐぅうう!?」


 しかし、魔王さんには通じない。

 全力を込めて放った拳はあっさりと掴み取られ、お返しとばかりに鳩尾を鋭く殴られた。


 「もっと自分の力を感じ取るべ! それが力を使う第一条件だ!」

 「かはっ! ごふっ!?」


 何度も顔を殴られ、最後に空中に投げられた後、思い切り足蹴にされて吹き飛ばされる。

 気が付けば地面の上は冷たく赤に濡れていて、僕の体は全身痣だらけになっていた。

 これが、僕と魔王さんの実力差……!

 あまりにも圧倒的過ぎて心が挫けてしまいそうになる。だけど、魔王さんの期待を裏切るわけにはいかない。僕は彼の期待に応えなければならない。

 僕は悲鳴を上げる体を無理矢理動かし、血を吐きながら再起した。


 「……行きます!」

 「んだ! 来い!」


 集中しろ。自分の中に宿る力を、一点に集中させるんだ!

 この戦いの中で少しずつ感じ取れるようになっていた黒い力。自分の内から湧き出るその力を、僕はありったけ拳の中に注ぎ込む。

 直後、爆走。


 「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 突き出された魔王さんの拳を紙一重で潜り抜け、膝蹴りを貰いながらも立ち止まらず、ひたすら彼の胸板を狙って、僕は黒く光る自分の右腕を全力で突き放った。


 「黒撃(こくげき)ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 魔王さんは咄嗟に片腕だけで防御するけど、それでも尚漆黒の一撃は止まらない。


 「ぬぐおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 「――ああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 そして、僕は初めて、魔王さんの巨体を遥か前方まで吹っ飛ばした。


 「……ま、魔王さん!」

 「……あははははは。今の感覚だべよ。それさえ覚えとけば、後は応用でどうにでもなるべ」

 「魔王さん……っ!」


 僕は全力で魔王さんの傍に駆け寄る。だけど魔王さんの体を見て、僕は絶句してしまった。


 「せっかく会えたんだから……本当はもっと楽しい話がしたかったんだけど……やっぱりオメーさんが心配になってな。はぁはぁ……できることならオラの技全部を教えてやりたかったべ」

 「魔王さん、体が透けて……っ!」

 「もうお迎えの時間が来たってことだべよ。ちょうど良かったべ」

 「そんなっ! 僕、貴方にまだ何も返せていないのに……」


 魔王さんの体は足下から少しずつ透け始めていた。同時に、半透明になった体が硝子のような破片となって、白く輝きながらゆっくりと空へ昇っていく。

 僕はその様子を、ただ泣きながら眺めていることしかできなかった。


 「あはははは……どうせなら、笑って見送って欲しいべよ」

 「……ひっぐ……ぐす……はいっ!」


 そうだ。どうせこのまま何もできないのなら、せめて魔王さんが笑って逝けるように――。


 「あはははは! おっかしな笑い顔だべなぁ……!」


 僕は思い切り口角を吊り上げて、それでいて涙をボロボロ零しながら、魔王さんに精一杯の笑顔を向けて見せた。

 魔王さんは一頻り可笑しそうに笑っていたけど、ふと優しげに微笑みながら僕の頭を撫でる。


 「オメーさんの名前……そういや聞いて無かっただべな」

 「……そう言えば、なんだかんだで忘れてましたね。……僕はライトです。ライトって言います」

 「そうか。ライトか。いい名前だべ。……なあライト」

 「はい。なんですか?」


 魔王さんは、これ以上無いくらい満面の笑みを浮かべた。


 「また、来世で!」







 白い光に包まれたと思った瞬間、僕はベッドから飛び起きていた。

 窓から陽光が差し込んでいて、部屋の中を明るく照らしている。

 念の為に体中をあちこち調べてみたけど、怪我らしい傷はどこにも見当たらなかった。


 「……夢、だったのかな?」


 いつの間にか流れていた涙を拭って、僕はベッドから立ち上がる。

 その時、僕の指先に冷たい感触が伝わった。


 「……え?」


 驚いた僕は慌てて手に触れたものを持ち上げてみる。そして瞠目した。


 「……魔王……さん?」


 それは漆黒の鞘に封じられた一振りのナイフ。

 刀身そのものも黒一色に染まっているが、所々に赤い線が走っているその姿はまるで血液が循環した生物のようだ。そして同時に、魔王さんの頭に生えていたあの巨大な角を彷彿とさせる。

 そこまで考えたところで……透明な雫がナイフの上にポタリと落ちた。


 「はははは……あははは……ははっ!」


 夢じゃなかったんだ。あれは、本当に最後の別れだったんだ。

 それを理解した途端に力が抜けて、僕は膝をつきながら笑い始めた。

 目の奥から止め処なく涙を流し続けながら、僅かに熱を帯びるまでずっと黒いナイフを抱きしめる。


 「魔王ざんっ……ありがどう……ございまじだっ!!」


 ――どういたしまして。


 その時、どこかで既にいなくなったあの人の声が聞こえた。

 自分の作り出した幻聴だとは分かっていても、反応せずにはいられない。

 だから僕は涙を拭いて、窓から広い青空を仰ぎ見た。

 終わりの先へと旅立った、あの人へちゃんと届くように。


 「また、来世で!」


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