第4話 ギルドと冒険者
お姉さんは僕の書いた登録用紙をしばらく確認した後、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はアネット。このギルドで窓口受付嬢と新人冒険者のアドバイザーを担当しています」
「は、はい! 僕はライトって言います! 冒険者登録に来ました!」
多分、以前から同じ挨拶を何度も繰り返しているんだろう。さっきまで砕けた口調で話していたお姉さんは、自己紹介の時だけ淀みのない敬語で喋っていた。
そんなお姉さん――アネットさんの変わりように少しばかり緊張しつつ、僕も自分の名前を彼女に告げる。するとアネットさんは元通りの口調に戻り、何やらカウンターの上に置かれていた機械を指で叩き始めた。
「それじゃあ、ライト君には冒険者について簡単に説明しておくね」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「うふふ。元気があってよろしい! それで、まずは冒険者がどういう職業なのかって話になるんだけど、これは流石にライト君も知っているよね?」
「……モンスターを倒したり、依頼を受けたりしてお金を稼ぐ人ですよね?」
「うん、正解。だけど冒険者の仕事はお金を稼ぐことばかりじゃないんだよ? 人命救助は勿論のこと、災害が起きた時には街を守らなくちゃいけない。これは『緊急クエスト』っていうギルド直々の依頼でも無い限り報酬を得ることはできないの」
「えーと、つまりは『奉仕活動』ってことですか?」
「そういうこと! 君は中々賢いねぇ。血の気の多い人達はこの説明を聞いただけで『報酬が無ぇだと? ふざけんな!』っていちゃもん付けてくることがあるんだよ?」
……それは怖過ぎる。ていうかアネットさん、意外と物真似が上手いんですね。
僕は何てこと無いように笑ってみせる彼女に、苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「まあボランティアの話は後にして、まずは一般的な依頼について話しておこうかな」
「よろしくお願いします」
「いい? 冒険者にとって依頼を受けるってことは、ギルドや街の人に貢献することと同じなの。だから依頼を沢山こなせば、それだけ冒険者としての評価が上がっていくわけ。勿論、強いモンスターを倒すことで実力が認められることもあるよ」
「評価が上がったり、実力が認められるとどうなるんですか?」
「そうだねぇ。一言で言うと、冒険者としての待遇が良くなるかな? 例えば貴重なアイテムを融通してもらえたり、高名な職人から武具を作ってもらえたり……後は世界中で重宝されたり」
「そ、そこまで!?」
「あははは。流石に最後のはちょっと言い過ぎだったかな? でも……ランク5以上の冒険者が英雄扱いされるのは確かな事実だよ」
――英雄。
その一言が、特別僕の心に重く響いた。
御伽噺を読んだことがある人なら、必ず一度は憧れる存在。
物語の中で最も強く、優しく、格好のいい主人公。
それは僕が目指すべき理想で、いつか辿り着きたい高みだ。
今の僕じゃ到底無理な夢物語だけど……だけどそれでも。
魔王さんに貰った命を無駄にしたくない。だからアリス達を見返すことも、強くなることも含めて、諦めたくない。
僕は無意識のうちに拳を握り締め、今一度自分の覚悟を思い返した――その時。
アネットさんの使っていた機械から「チンッ!」という小気味良い音が聞こえてきた。
「あ、ようやくできたみたいだね。……はいこれ! 君が冒険者だってことを示す身分証だよ」
よく見ると機械の中から薄い鉄製のプレートが飛び出している。アネットさんはそのプレートを引き抜くと、そのまま僕の前に差し出してきた。
「あ、ありがとうございます……」
受け取ったプレートには大きな竜の紋章が描かれていて、その下に僕の名前と年齢が小さく刻み込まれている。そして「ランク1」という見慣れない数字も。……これは一体?
思わず首を傾げていると、アネットさんは優しく微笑みながらプレートの内容について教えてくれた。
「それは一般的にギルドカードって呼ばれているんだけど、君の身分を証明すると同時に冒険者としての実力を表す役割も持っているの」
「冒険者としての実力……ですか?」
「そう。例えばさっきも少しだけ話したけど、冒険者は仕事をこなすたびに少しずつ評価が上がっていくの。それを簡単に数字で表したものがランクよ。まあ、大抵の人はランクよりギルドカードの材質で判断することが多いけどね」
「材質?」
「ほら、ライト君が今持っているのは鉄製身分証でしょ? だけどランク2になるとそれが銅製身分証に変更されるの」
「なるほど……」
「そんなわけで、ギルドカードを紛失した際の罰則はランクが上がるほど重くなるから気をつけてね?」
「あ、はい! 気をつけます!」
そうだ。いくら冒険者になれたからって喜んでばかりじゃいられない。
ギルドにとって不利益な行動を取れば当然罰が与えられるし、周囲からの評価も下がっていく。最悪の場合、ギルドから信頼を失って仕事をさせてもらえなくなるかもしれない。
これから冒険者として活動していく以上、その辺のことは特に気をつけないといけないんだ。
僕はギルドカードを強く握り締めながら、アネットさんの忠告をしっかりと頭の中に焼き付けた。
「……ところでライト君。ずっと気になってたんだけど、君、自分の装備はどうするつもり?」
「えっ!? あの、それはその……」
「その様子だと何も用意して無いんでしょ? 駄目だよ! 武器や防具は冒険者の身を守る大事な生命線なんだから! そんなんじゃ依頼も受けさせてもらえないよ!?」
「……ええ!? そんな!」
流石に依頼を受けさせてもらえないのは困る!
僕はこのままでも大丈夫だと言おうとして、咄嗟に口を噤んだ。
「どうしたの?」
「いえ……何も……」
僕の馬鹿! 魔王の力があるから大丈夫なんて、そんなこと言えるわけ無いだろう!?
一体誰がそんな話を信じてくれると言うんだ。そもそも魔王は災厄の象徴として世界から恐れられている。そんな力を持ってるなんて言ったら、周りから「冗談でも不謹慎だ!」って怒られるに違いない。とんだ恥晒しだ。
僕は素直にお金が無いことをアネットさんに打ち明け、どうにかならないかと相談を持ち掛けることにした。
「……うーん、金銭不足か。それだと、ギルドに借金して初級装備を買い揃えるしかないわね」
「しゃ、借金!?」
この歳で!? と僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。
まさかアネットさんの口からそんな答えが出てくるとは……少なくとも村にいた頃じゃ一度も聞かなかった言葉だ。そんな、よりにもよって借金なんて……。
「ち、因みに初級装備って幾らくらいするんですか?」
「きっかり一〇〇〇〇ゼニスね」
「い、いちまん……!」
一〇〇〇〇ゼニスと言えば、僕の全財産の約五倍だ。とんでもない大金である。
そんな金額、借りたところでちゃんと返せるんだろうか?
僕は村を出て真っ先に訪れた問題を前にすっかり尻込みしてしまった。
だけどこのままじゃ仕事すらさせてもらえそうに無いし……どうしよう?
こんな時、爺ちゃんだったら『美人の善意に間違いはない』とか言い切っちゃうんだろうけど、生憎と僕はそこまで美人を信じるつもりは無い。だけど、その、まあ、アネットさんはそんなに悪い人じゃ無いような気がする。
そうだよ! アネットさんは決して意地悪でこんなことを言っているわけじゃない。純粋に僕の身を案じてくれているんだ。だったら素直に従うしか無いじゃないか!
「……どうする? お金を稼ぐだけならもっと安全なお仕事も紹介してあげられるけど」
「いえ……初級装備の方でお願いします!」
正直かなり不安だけど、毎日お金を稼いでコツコツと返していくしかない。
僕は覚悟を決めてギルドからお金を借りることにした。
*****
「……アネット。さっきのは良くないな」
「先輩……見てたんですか?」
軽鎧を身に付けたライトがギルドを立ち去った後、アネットは先程までのやり取りについて先輩から厳しく注意を受けていた。
「ギルド職員が冒険者の安否を心配するのは当然のことだ。それについて言及しない。……だがな、お前の場合は少々我が強すぎる」
「……どういうことでしょうか?」
「もっと職員としての自覚を持てと言っているんだ。さっきのアレは一体なんだ? 確かに少年の考えが甘いことは認める。だが我々は冒険者の命までは預かれない。装備の件は勿論、アドバイザーの希望についても全ては冒険者達の自己責任だ。決してこちらの独断で強要していいものではない」
「…………っ」
――そんなことは分かっている。
先輩の口から告げられた正論を前にアネットは俯くしかなかった。しかし、内心では全く納得していない。前髪に隠れた表情には悔しさが滲み出ており、大理石の床を睨みながら下唇を噛み締めていた。
確かに、ギルドの人間は必要以上に冒険者に干渉することを禁じられている。
これは一般市民が冒険者になろうとする意思も、冒険者になったことで起こる危険も、全ては彼等の自己責任で受け持つという不文律があるからだ。
はっきり言ってしまえば、「こっちは命懸けで街を守ってるんだ。安全な場所に留まってるお前等がとやかく言ってくるんじゃねぇ!」という冒険者の意見を真に受けているのである。
「特に一番不味かったのは、お前があの少年の意思を十分に尊重してやれなかったことだ。我々には冒険者を志願する意思を拒む権利は無い。例えそれが貧弱で何の装備も用意していない子供であっても、我々の方から口出しできることは限られている」
「――そんなことは分かっています!」
アネットは我慢できずについ声を荒げてしまった。
周囲にいたギルドの利用者や同僚達がぎょっとした顔で彼女の方に向き直る。だが先輩の殺気めいた視線に射抜かれ、彼等はすぐに二人のいる窓口から距離を取り始めた。
「……大きな声を出してすみません。でも、あの子はきっと自己責任なんてものは感じてないと思うんです。ただ憧れだけで冒険者を目指していて、命を張る覚悟なんて、まだ無いんだと思います」
「それは否定しないが……」
「先輩。私達はもう何度も死んでいった冒険者達を見ています。だからこそ、何も知らないあの子を、ちゃんと見守ってあげたかったんです」
「……馬鹿者が」
アネットの懇願するような呟きに先輩は嘆息した。
言葉の裏に隠されたアネットの真意に気付いてしまい、毒気が失せてしまったのだ。
しかし、だからこそこれだけは言っておかなければならなかった。
「彼のアドバイザーはお前に任せる。だが、公私はきちんと弁えろよ。……あの少年は決して、お前の弟では無いのだから」
先輩はそう言い終えるなり、さっさと自分の持ち場に帰ってしまう。
そんな後ろ姿をぼんやり眺めながら、アネットは静かに自嘲した。
「……分かってますよ。そんなこと」




