第22話 聖竜祭の始まり
二人の子供が村の中を駆けている。
そんな光景を、僕は懐かしい思いで眺めていた。
「ライトー! はやくはやくー! はやくこっちにきなさいよー!」
「ま、まってよアリスちゃん!」
ごめんねアリス。そんなに急かされても、僕は君に追いつけないんだよ。
僕の足じゃ前に進むかどうかも分からなくて、どんなに急いでも君に離されていくだけなんだ。
こんなにも君を想っているのに。こんなにも君の傍に寄り添いたいのに。
やっぱり僕じゃ、君の隣に立てないみたいだ。
「はやくはやくー!」
ごめんねアリス。
僕は、僕なんかじゃ、いつまで経っても君に追いつけないよ。
「そんな風に諦めてるから、てめぇはいつまで経っても落ちこぼれなんだよ。弱虫!」
「……クライン」
気が付くと、目の前に嘲笑の眼差しを向けるクラインが立っていた。そしてその隣には成長したアリスがいる。
「残念だったわね! 私の隣はもう埋まっちゃったの! ライトが私の後ろばっかり歩いているせいよ!」
「……アリス」
ああ、そうか。そうだよな。
僕は今のままじゃ、全然強くなれないんだよな。
だから――。
『ボクが君に力を貸そう』
*****
「……ん? あれ?」
目を覚ますと、何故か顔に濡れている感覚があった。
どうやら寝ている間に泣いていたらしい。どんな夢を見たのか知らないけど、相変わらず僕は泣き虫だったようだ。情けない。
いやまあ、それはともかく。
「なんだか朝から騒がしいな」
大通りは元々活気に溢れているけど今日は特に賑やかだ。
一体なんだろうと首を傾げながら、僕は部屋の窓を開けた。
「……あ、そうか。今日は――」
外の喧騒を目の当たりにして、ようやく今日が何の日か悟る。
寝ぼけた頭が一気に覚めた。
全く、どうしてこの日のことを忘れていたんだろう。あれだけ楽しみにしていたのに。
僕は今まで寝ぼけていた自分に呆れながら、早速出掛ける準備を始めた。
「おう! ライトじゃねーか。相変わらず朝が早いな」
「おはようございます! ジャンさん! すみませんけど、今日は外で食べてきますね!」
「がっはっは! 好きにしたらいいさ! 今日は待ちに待ったお祭りだからな!」
「はい!」
まだ朝だというのに、もう酒場を開いていたジャンさんは楽しそうにグラスを磨いていた。やっぱりお祭りと言うだけあって特別お客の入りが多いのだろう。一目見て上機嫌だと分かった。
「じゃあいってきまーす!」
「おう、気をつけてな!」
店の扉を開けて外に出る。
それだけで祭りの活気が僕の下まで届いてきた。
「〜〜〜〜っ」
ああ、やばい。楽しみすぎてにやけてしまう。
生まれて初めての大きな祭りに、僕は期待を隠し切れなかった。
そう。なぜなら今日から“逢魔ヶ時”を乗り越えた証とも言える大規模なお祭り。
待ちに待った『聖竜祭』が行われるのだから。
さて、まずはどこを見て回ろう?
自慢じゃないけど、今の僕はちょっとした小金持ちだ。
なんでもエンペラーオーガ、いや、そもそも『迷宮主』には普段から賞金が懸けられているらしく、討伐報酬の七割が僕の懐に収まっている。
ティキは全額僕が貰うべきだって怒っていたけど、止めを刺した人が別にいた為、報酬の三割はそちらの人に流れてしまったらしい。
そう言えばあの綺麗な人は誰だったんだろう? 調べてもらえればすぐに分かると思うんだけど、ここ最近は『黒気』の制御訓練をしていたせいでギルドに行く暇が無かった。
……う〜ん。『聖竜祭』もまだまだ始まったばかりだし、今のうちにギルドに顔を出しておこうかな? アネットさんならお祭りの楽しみ方とか知ってそうだし。
僕は最初の行き先をとりあえず決めて、いつもより多い大通りの中を歩き始めた。
「ひょっとして、もう観光客の人が来てるのかな? なんか人混みの雰囲気がいつもと違うぞ?」
この辺じゃ見たこと無い服装がちらほらと見える。もしかすると他の国からやってきた人かもしれない。よく見れば街のあちこちにも飾り付けがされている。いつもと雰囲気が違うと思ったのは案外こっちが原因かも。
大分ハンデルに染まってきたと思っていたのに、今の僕は初めてこの街を訪れた時と同じくらい戸惑っている。ぶっちゃけ、他の人から見れば田舎者にしか見えないだろう。
なんだか急に外を出歩くのが恥ずかしくなって、自然と俯いてしまった。
うぐぐぐ……。まさかここにきて緊張してしまうとは。気のせいか息苦しくなってきた。
僕は一旦気持ちを落ち着かせる為に、人通りの少ない裏路地に向かった。
「きゃ!」
「わっ!?」
だけど建物の間にできた細い道に入る直前、その向こう側から走ってきた少女とぶつかった。
同じくらいの身長だったのが災いしたのか、僕達は見事に額をぶつけ、意図せず頭突き合う形となってしまう。
当然、不意打ちだったので防御力は普段どおりの脆弱なものだ。痛い。すっごく痛い。
僕は意外と石頭だった少女の頭突きに力負けし、彼女よりも先に尻餅を着いてしまった。
「あ、ああ!? だ、大丈夫ですか!? すいません! すいません! 怪我はありませんか!?」
「あ、はい……大丈夫です……え?」
「本当にすいません! よく前を見てなくて……あの、どうかしましたか?」
僕は少女を見上げる体勢になって、ようやく彼女の正体に気づいた。
正確に言えば、彼女の特徴的なある部分を見て。
「――神民」
「――ッ」
森を連想させるようなエメラルドの髪。そこから飛び出している彼女の耳は細長く尖っていた。
それはまさしく“神民”、別名エルフと呼ばれる種族に見られる特徴だ。
少女は髪と同色の瞳を驚いたように見開き、咄嗟に自分の耳を両手で隠した。続けて慌てたように辺りを見下ろし、何かを探すように視線を彷徨わせる。
なんとなくその視線を追っているうちに僕は自分が何かを下敷きにしていることに気付いた。
どうやら頭に深く被れるタイプの帽子らしい。ひょっとしなくても彼女が探しているのはこれか。
「あの……ごめん。気にしてたんだよね?」
僕が立ち上がると同時に見つけた帽子を少女に渡す。その際、彼女に頭を下げて謝ると、なぜか彼女は片手で口を覆いながら驚愕の表情を浮かべた。
具体的には「なぜそのことを知っているんですか!?」とでも言いたげだ。
知っているも何も、顔に出てるとしか言いようが無いんだけど。くっそ、かなり可愛いな。
僕は自然と赤くなる顔を彼女から逸らして、彼女に道を譲ってあげた。
「あ、あの……すいません。急いでて、あの、すいません」
「い、いえ。僕の方こそすみません」
どうやら少女が急いでいるのは本当らしい。
彼女はまだまだ謝り足りないといった不満そうな表情で大通りの中に消えてしまった。
「きゃ!」「すいません!」「ひゃうっ!?」
と悲鳴が聞こえる辺り、多分人混みに慣れていないんだと思うけど。
……それにしても驚いた。
まさか英雄譚にも良く出てくる叡智の種族、あの神民とこんな裏路地で出会えるとは。
流石はお祭り。普段出会えないような他種族とも交流する機会が増えるってことか。
いつの間にか気分が落ち着いていた僕は、途中で道を引き返してもう一度ギルドへ向かうことにした。
「あの冒険者さんのことを尋ねるついでに、このことをアネットさんに自慢しよう!」
他種族をお目にかかる機会なんて滅多にない。そういう意味じゃ僕は運が良かったのだろう。
少なくとも、そう思っていた時期が僕にもありました。
アネットさんに会うまでという、実に短い時期だったけど。
短くてすみません!




