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第21話 覚醒

 『やあ、久しぶりだね』

 「ここは……」


 いつの間に移動したのか。それとも気を失ったのか。

 いつもの黒い世界にたった一人、僕は佇んでいた。


 『あの規模で暴発が起きれば、きっと他の皆まで巻き添えを食らうだろうね。恐らく、街の外にいる人間の大半は死ぬ』

 「……」

 『だけど、君の力を使えば……それを阻止することもできる』


 不思議と気分は落ち着いている。ここが夢の世界だからだろうか?

 ただ平然と、何の変化も無い心境のまま、ありのままの現実を受け入れてしまう。

 だけどそれはあくまでも現状だけ。結末まで受け入れるつもりは無い。

 だから僕は質問した。未だに正体が分からない、謎の声に向かって。


 「どうすればいい?」


 謎の声は僕が思っていたよりもあっさりと答えを返した。


 『簡単さ。君の力はまだまだ奥深くで眠っている。それを解放すればいい』

 「力の……解放?」

 『君が使っているのは単なる力の上澄みでしかない。だから今ここで力の全てを解放し、暴発しそうな魔力を一気に吹き飛ばすんだ。失敗しても、死ぬのは魔力の中心にいる君とあのモンスターだけ。誰にも迷惑は掛からない。勿論、成功すれば皆助かるよ。あのモンスターも含めてね』

 「……」


 それは、なんとなく分かっていたことだった。

 僕は力の制御こそできているものの、全ての力を使い切れているわけじゃない。

 なんとなくだけど、予感でしかなかったけど、僕は確信していたんだ。

 『黒気』は……魔王の力は……あんなものじゃないって。

 だからこそ、この謎の声は僕の問いに答えてくれたんだろう。

 なにせ夢であるこの世界は、僕の知っていることしか教えてくれないのだから。


 『ついに答えを出す時が来たんだよ』

 「……」

 『君の力は何の為にあるんだい?』


 僕の力。

 魔王の力。

 この力は何の為にある?

 今までは分からなかった。

 だけど、今なら分かる。この土壇場だからこそ、はっきりと断言できる。

 僕は静かな心で、謎の声に答えた。


 「僕の力は……この時の為にある」


 約束を守る為に。

 大切な人を守る為に。

 皆を守る為に。


 「僕は……皆が笑っていられる日常を守る為に……この力を使いたい」


 それがこの黒い力に込める、僕の願い。

 人生をやり直す為に生き返り、アリスを見返す為に強さを求め、理想に憧れ冒険者になった。そして友人達に出会い、彼等の思いを少なからず知った。

 これはそんな僕が辿り着いた、僕が抱くようになった、僕の意思だ。

 僕というちっぽけな人間が心から願う、ただ一つの思いだ。


 『……君は本当にお人好しだなぁ。馬鹿で、ドン臭くて、情けなくて、女々しくて、傍から見ると死にたがっているようにしか見えない』

 「……す、すみません」

 『だけど……だからこそ魔王は君を選んだ。認めよう。君を新たなボクの主だと』


 その瞬間、黒い世界の中心で眩い光が瞬いた。

 あまりにも眩しくて思わず目を瞑ってしまう。そして恐る恐る目を開くと、僕はいつの間にか見たことも無い台座の上に立っていた。


 「ここは……!?」

 『ようこそ。初代魔王……いや、無の精霊王(マクスウェル)の世界へ』


 僕は耳を疑った。慌てて視線を正面に向ける。

 周りは相変わらず黒い闇だ。ただ足下に真っ白な台座が現れただけ。

 だけどさっきまでと違って、目の前には声の主が立っていた。


 「……子供?」

 『失礼だな。君だって子供じゃないか』

 「あ、うん」


 かなりきわどいドレスを纏う、白髪の少女。

 彼女は不機嫌そうに頬を膨らませながら紅蓮の瞳で僕を睨んだ。


 『ま、いいさ。ボクが大人のレディだってことはいつか必ず分からせてあげるよ。僕は大人だからね。このくらいじゃ怒らないのさ。だって大人だもの』

 「う、うん……ソウデスネ」


 やけに「大人」を強調してくる少女に僕は苦笑を禁じ得ない。

 だけどすぐに僕の顔は苦悶の表情に変わった。


 「があああああああああああああああああああああああっ!?」

 『ああ、ごめんごめん。ここはあの世ほど時間の流れが遅いわけじゃないからね。できるだけ早めに力の覚醒を促がしちゃった』

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 『まあ、奥に眠る力を無理矢理引っ張り上げるようなもんだからね。さぞ痛いだろうさ。だけど、それが終われば君は正真正銘“最強”になれる。……一時的に』

 「……い、一時的、に……!?」


 こんな痛い目にあってるのに一時的!? それってちょっと酷いんじゃ……!

 何度も感じたことのある全身を引き裂かれるような痛みに耐えながら、僕は心の中でそんな愚痴を零した。


 『だってしょうがないだろ? これはあくまでもボクが力を貸しているだけであって、君自身はまだまだボクの全てを使える器じゃない。この力はいつの日か君自身で引き出せるようにならないと』

 「……そっか……ぐぅう……!? なら……仕方ないです……ね!」


 少しずつ痛みが引いてくる。それに伴い、僕の中からこれまでとは比較にならないほど圧倒的な力が沸きあがってきた。

 あまりにも強すぎて黒い力が勝手に具現化し、まるで衣のように僕の体を覆い始める。そしてその力に呼応したのか、ずっと右手に持っていた『ラーテイル』にも変化が起きた。

 漆黒の刀身に血液が流れるような赤いラインが浮かび上がり、片手剣並に成長、巨大化している。まるで血が滴るように、剣先からはドス黒いオーラが漏れていた。


 『名付けるなら……そうだな。【無精霊兵装マクスウェルフォーム】と言ったところか』

 「え……? 普通に【黒化兵装(ブラックフォーム)】じゃ駄目ですか?」

 『何言ってるんだ君は? これはボクが与えた力なんだからボクが名付け親になるのが当然だろう!? 君が名前を付けていいのは君自身の力で発動できるようになった技だけだよ!』

 「あ、うん……」

 『分かれば良いんだ』


 少女は嬉しそうににっこりと笑って、僕の頭を撫でた。

 僕の方が身長が高いので、彼女は精一杯背伸びをする羽目になる。そこまでして大人ぶる必要は無いんじゃないかと思うんだけど、まあ、それは野暮ってことで何も言わない。

 なんとなく扉が開いたような音が聞こえて、僕はゆっくりと少女から背を向けた。


 『君は過去と決別する為に力を得た。だけどそれは、決して過去を無かったことにする為じゃない。なぜなら辛い過去があったからこそ、現在(いま)の君があるのだから』


 後ろから少女の優しい声が掛けられる。僕は振り向かないままその言葉に耳を傾けた。


 『さあ……いつの日か過去に立ち向かう為に、未来へと足を踏み出すがいい』


 眼前に見えるのは開かれた扉。

 まるで周囲の闇を振り払うかのように扉の中からは眩い光が溢れている。

 僕は少女に促がされるまま、一歩ずつ足を前に動かした。

 扉に向かって。

 その奥の光に向かって。

 未来へと続く現実(いま)に向かって。


 『――君に黒き加護が在らんことを』


 僕は前に踏み出した。





*****



 突如白く光り始めた霧の竜巻。

 ティキを含めた魔導士達は、それが有り得ないほどの威力を秘めた「魔力暴発」だということに気付いた。

 このままではここにいる冒険者全員に尋常じゃない被害が出てしまう。

 魔導士達は半ば無駄だと思いつつも、咄嗟に防御魔法を展開し始めた。


 「――ッ!?」


 瞬間、全身に鳥肌が立つような力を感じ、意識を集中させていた魔導士全員が再び竜巻に向かって顔を向けた。


 「な、なによ……あれ……?」


 竜巻の中心が黒く染まっていく。

 光の渦を飲み込んで、あっという間に竜巻全体が黒くなる。そう思った直後に特大の空砲が撃たれたような爆音が轟き、竜巻が跡形も無く消し飛んだ。


 「「「――なっ!?」」」


 その場にいた全員が口を開けたまま呆然と叫ぶ。

 だが、ティキだけはすぐに彼の存在に気がついた。そして同時に驚愕した。


 「……ライト……なの?」


 平原の中に突然現れた、抉れたような陥没地帯。

 その中心には白き死神と対峙する、黒き魔王が立っていた。

 黒かった髪は雪のように白くなり、紅い瞳からは炎のような光が漏れている。銀色の初期装備など影も形も見当たらず、赤いライン滲む漆黒のコートを纏っていた。

 そして何よりも、右手に握る黒刀が。

 『迷宮主』の存在が霞んでしまうくらい圧倒的な「絶望」を放っていた。

 全てを無に還す、絶対無敵の黒い力。

 誰も見たことが無い、誰も知らない、誰も気付けない、無属性という名の概念魔力。

 【無精霊兵装マクスウェルフォーム】を纏うライトは、最早別人であった。


 『ガア……アアアアアア……アアアアアアアアアッ!!?』


 何が起きたのか分からないと言いたげにエンペラーオーガが叫びだす。

 だがライトは全く意に介さず、ただ手に持つ刃を目の前に構えた。


 「――魔王黒閃(ブラックスラッシュ)

 『ガ――ッ!?』


 ライトは軽く手を振っただけ。

 たったそれだけで、天に届くような漆黒の斬撃が地面を分断しながら疾走した。

 あまりの速度にエンペラーオーガは全く反応できず、ただ呆然と自分の真横に刻まれた地割れの痕を盗み見る。

 その後……まるで『死神』を見るような目でライトを真っ直ぐに捉えた。


 「……ごめん、外した。想像より威力が強すぎて、上手く制御できないんだ」

 『――――――』


 知能が高い『迷宮主』は、ライトが何を言ったのか正確に理解した。

 それ故に絶句し、信じられないとばかりに足を一歩後ろに下げる。

 これまで多くの生物を殺し、怯えさせてきた筈の死神が、今自分が殺されることを悟って、心の底から怯えていた。


 強者との戦い? そんなものはここにはない。

 あるのは一方的な殺戮だけ。

 強さの次元が遥かに違う、“人の姿をした化け物”のみに許された、児戯にも等しい暇潰しだ。


 立場は完全に逆転した。

 最早どちらが命の手綱を握っているのかは明白。

 エンペラーオーガは恐怖していた。


 「……思ったより時間が無いな。これで終わりにするよ――魔王黒撃(ブラックショット)

 『ガ、ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!!』


 それは拳ではなく、『ラーテイル』の突きによって生み出された滅殺の一撃。

 殺される。

 その恐怖がエンペラーオーガを揺り動かし、辛うじて右腕を前に突き出させた。

 だが、そこにぶつかり合いなど存在しない。


 『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?』


 白の一撃は一瞬にして漆黒の閃光に飲み込まれ、エンペラーオーガの右半身を塵も残さず吹き飛ばした。同時に、声にならない絶叫が周囲で見守っていた冒険者の所まで響く。


 「……ありがとう。僕に力の意味を教えてくれて」


 倒れ行く死神に視線を落とし、ライトは誰に聞こえることも無い小さな声で感謝の言葉を漏らした。

 ゆっくりとライトを包んでいた黒衣が縺れ、解けていく。

 刀身が伸びたままの『ラーテイル』からは禍々しい力が失われ、血脈のような光も消えていった。

 そこに魔王の姿はどこにもない。

 黒髪黒目。ボロボロの衣服を纏っているだけの、ただの冒険者が立っていた。


 『――ガ』

 「……え?」


 しかし、戦いはまだ終わらない。

 あくまでも霧の殆どが集められただけで、逢魔ヶ時はまだ終わっていなかったのだ。

 終わりが近付いていることには変わりないので、湧き立つ霧の量は微弱。

 だが、『迷宮主』を動かすにはそれだけで十分だった。


 ――オーガ系のモンスターは自己強化の魔法を使う。


 エンペラーオーガは半身の状態で霧を取り込み、生命力の強化と肉体の回復を同時に行っていた。そして見事に立ち上がった。


 『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 外見と中身を半々に表す人体模型のような姿になって、エンペラーオーガは怒りの炎を瞳に宿す。

 恐怖を与えられた屈辱を晴らす為に。

 己が『死神』であるという意地を取り戻す為に。

 目の前の『強敵』を倒す為に、白炎を纏いながら拳を振るった。


 「……こく……っ」


 一方、ライトは全ての『黒気』を使い果たした為に正真正銘“ただの少年”に戻ってしまっている。避ける術も防ぐ術も持ち合わせていない。

 ライトは自分の未熟さを後悔した。

 もう少し『黒気』の制御ができていたなら、跡形もなくエンペラーオーガを消し飛ばすことができただろう。そうなれば相手がこんな形で復活することも無かった。

 決して油断したわけではない。ただ、エンペラーオーガの「執念」がライトの「思い」を上回っただけのこと。

 それだけで決した勝敗だ。


 「――遅れてすみませんでした」


 しかし、ライトがここまで粘ったからこそ間に合った者もいる。


 「……あ……」


 その者は金色の髪を靡かせ、真っ直ぐに黄金の剣を振りかざした。

 刹那のうちにライトの前に躍り出て、高らかに叫ぶ。


 「聖剣よ。目の前の敵を打ち払え――聖刃絶破(セイジンゼッパ)!!」

 『――――――――――ッ』


 太陽よりも眩しい光が平原の中に立ち昇る。

 そしてその一瞬の間にエンペラーオーガは跡形も残さず消し飛んでしまった。

 ライトは朦朧とする意識の中、膝を付きながらも顔を上げる。

 そこには慈愛に満ちた笑みを浮かべる、美しい女性の顔があった。


 「……色々と聞きたいことはありますが、とりあえず、お疲れ様でした」


 そんな彼女の声を耳に残して、ライトはゆっくりと瞼を閉じる。そして彼女に抱きとめられるような感覚を最後に、ぱったりと意識を手放した。


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