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第19話 ハンデル防衛戦

 ティキは他の魔導士と協力しながらモンスターの群れを掃討することに集中していた。

 魔法はモンスターと同じく周囲の魔力濃度によって威力が変わる。その為、相手の強化された基礎能力に翻弄されることなく、多くのモンスターを排除することが可能なのだ。


 「くたばれぇええええええええええっ!!」


 ティキの前で爆炎が広がる。

 その赤き炎はモンスターのランクなど物ともせず、全てを平等に燃やし尽くしていた。

 そんな彼女は自分の背後で展開されている大激戦。『迷宮主』とライトの殺し合いに意識の大半を割かれている。

 一秒でも速く今の戦況を抜け出して、可能な限りライトを支援しなければ。

 ライトの不調を知っているだけに、彼女はそんな焦燥感に駆られていた。


 「ああ、もう! どんだけいんのよ、鬱陶しい!」

 「おい小娘! そんなバカスカ撃ってたらすぐに魔力が無くなっちまうぞ!」

 「知ったこっちゃないわよー!」


 ティキは広範囲魔術を連続行使することで一気にモンスターの群れを消し飛ばす。

 おまけに相性の良い属性を二つ以上合成させることで、普段よりも遥かに強力な魔法を作り出していた。


 「あいつ、一体何者なんだ……!?」

 「流石はレイシア家の魔導士と言ったところか」

 「私達も負けていられませんわ! 行きますわよ!」


 ほんの数秒だけ暴れ回っていた『迷宮主』に比べれば、今のモンスターなど雑魚にも等しい。ここぞとばかりに上級冒険者達が前に出て、モンスターの群れを駆逐し始めた。


 「……ライト! 私が来るまで、ちゃんと踏ん張ってなさいよ!」





*****



 クライブは巨大な斧を振りかぶって相手の防御力を強引に打ち破っていた。

 ランク2に強化されたコボルトも一刀両断で死に絶える。


 「おらあああああっ!」

 『ギャ――』


 だが、モンスター討伐は思うように捗っていない。

 他の冒険者達にも協力させているのだが、やはり下級冒険者だけでは力が足りないのだ。

 なにせハンデルの中は広い。入り組んだ路地に逃げ込まれると、侵入したモンスターを探し出すだけでも難しい。

 クライブはギルドの傍からできるだけ離れずに、周辺の指揮を取っていた。


 「三人以上だ! 最低でも三人以上でパーティを組め! 今の状況じゃゴブリン相手でも危険だってことを忘れるな!」

 「……ふむ。よく分かってるじゃないか。成長したな」

 「え……うわぁあああああああ!?」

 「酷いな。そこまで驚くことは無いだろう」


 ギルドの中から制服の上に軽鎧を身につけた女性が現れる。その姿を見て、クライブは顔面蒼白になりながらあとずさった。


 「れ、レジーナさん!?」

 「流石に街の中はギルドの管轄だからね。私も手を貸そうと思う」

 「い、良いんですか?」

 「良いも悪いも無いよ。これはあくまで仕事の一環だ。そして、私の意地でもある」


 レジーナは苦笑を浮かべながら鞘に手をかけ、ゆっくりと刀身の蒼い刺突剣を抜いた。


 「……もう二度と戦わないと決めていたんだがね」


 クライブは喉を鳴らしながら、眼前に立つ女騎士に気圧される。

 そこにはギルド職員としての彼女の姿は見当たらず、ただただ敵を求める修羅の顔が浮かんでいた。

 ――元ランク4冒険者。二つ名は『青薔薇』。

 かつて別のギルドで最強と謳われていた冒険者が、この瞬間、ハンデルという地に再臨する。





*****



 「先輩……ライト君……!」


 ギルドの中に残っていたアネットは、ただひたすらに祈りを捧げていた。


 「神様……お願いします。皆を守ってあげてください……!」


 自分には彼等のように戦う為の力がない。

 オットーの時のように、ただ彼等の帰りを待ち続けることしかできないのだ。

 それが酷くもどかしく、恐ろしい。

 また誰かが帰ってこなかったら。そう思うだけで体が震えてしまうのだ。


 「……大丈夫だよね。信じて、良いんだよね?」


 だが、あの時とは違うことが一つ。

 ライトは自分に約束してくれたのだ。

 必ず無事に帰ってくると。自分の元に戻ってきてくれると……!

 だから、アネットは信じていた。


 「頑張って……ライト君……!」





*****



 ――金色の光が舞っていた。


 街の少女が認識できたのは、ただそれだけ。

 路地裏まで逃げて袋小路に追い詰められていた少女は、あと少しでグレイウルフに殺されるところだった。

 そこで間一髪、金色の光が現れたのだ。

 モンスターの姿は跡形もなく消滅し、ただ光の粒子が雪のように舞っているだけ。

 そして大通りに戻ってきた後、街のあちこちで似たような現象が起きていることを知った。


 「金色の髪の……天使様?」


 まるで夢を見ているかのようだ。

 そんなことを考えながら、命を救われた少女は小さな声で呟いた。





*****



 ずっと暗い洞窟の中で退屈な日々を過ごしていた。

 しかし突如周囲の環境が変わったおかげで、こうして自由に暴れられる。

 エンペラーオーガはその変化を本能で感じながら、子供のように喜んでいた。


 『ヴォア! ヴォア! ヴォア!』


 純白の鬼には破壊衝動があった。だがそれは他のモンスターと違い、魔力を求めて生き物を虐殺することではない。

 鬼の中にあったのは純然たる闘争心。つまりは強者とのぶつかり合いだ。

 圧倒的な力を持ちながら、満足にその力を振るえなかった『迷宮主』。

 『死神』と恐れられた白鬼は、ただ純粋に全力で戦える相手を欲していたのである。

 そして、見つけた。


 『ヴォアアアアアアアアアアアアアアア!』


 他の冒険者達とは比べ物にならない力を宿す者。

 ドス黒い力を滾らせている小さな怪物。

 人間のような姿をしている魔王の存在を、死神ははっきりと感じ取っていた。


 「うああああああああああああああああっ!」

 『ヴォアアアアアアアアアアアアアア!』


 ライトが凄まじい速度で漆黒の刃を振りかざす。その刃の威力に脅威を感じたエンペラーオーガは、咄嗟に反撃から回避行動を取った。

 僅かに体毛を刈り取られるも、ギリギリで体を反転させて漆黒の軌道上から逃れる。

 そして再び反撃。

 回転した勢いを利用してエンペラーオーガはそのまま拳を強く握って地面を強く殴りつけた。

 瞬間、大地が爆ぜる。


 「――――っ!?」


 衝撃波に飲み込まれて虚空に投げ出されたライトは、突然の痛みに耐え抜きながら驚愕していた。

 だが、そんな暇すらまともに与えない。

 エンペラーオーガは一瞬でライトと同じ高さまで飛び上がった後、無防備な彼の体を思い切り両手で叩き落した。

 普通ならそれだけで肉塊となる一撃。

 ライトは超高速で地面に叩きつけられ、陥没した地面の中心地で泡を吹きながら倒れていた。


 『ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 これが止め。

 エンペラーオーガはそのまま落下を続け、ライトの上に着地しようとする。

 そのまま直撃を受ければ彼の体は間違いなく液状に潰され、原形など無くなってしまうだろう。待ち受けているのは圧死だ。


 「……こく……げき……っ」

 『ヴォアッ!?』


 しかし、ライトはまだ意識を失ってはいなかった。

 未だ健在だった左腕を捨てて、最後の【黒撃】を解き放つ。

 今度はエンペラーオーガの方が無防備のまま攻撃を受ける番だった。


 「ぶっ飛べぇええええええええええええええええええええっ!」

 『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!?』


 黒の閃光が立ち昇り、白き巨体を押し流す。

 結果、エンペラーオーガは声にならない悲鳴を上げて狙いとは異なる場所に落下した。


 「やった……っ!」

 『ヴォアア……』


 弱々しくも立ち上がるライトは、荒い息を上げながらエンペラーオーガを睥睨した。

 そう思った直後に、ライトは宙を舞っていた。


 「……え……?」


 痛みはない。どうやらただ吹き飛ばされただけのようだった。

 しかしエンペラーオーガは離れたい位置から一歩も動いていない。なのにどうやって?

 疑問の答えは地上にあった。


 『ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 あれだけ立ち込めていた霧が、全てエンペラーオーガの周りに集まっていく。

 それに伴ってモンスター達の動きが極端に鈍くなり、あっという間に冒険者達が討伐。無限に思えた戦闘が唐突に終わった。

 逢魔ヶ時が終わったのか? いや、違う。霧はちゃんと目の前で渦を巻いている。

 なんとか体勢を整えたライトは、エンペラーオーガの姿を覆い隠す霧の竜巻を見上げていた。


 「……まさか!?」


 アネットとのスパルタ教育が実を結ぶ。

 しっかり脳内に叩き込まれた知識が、この現象が何なのかを教えてくれる。

 ライトは呆然としながら彼女の言葉を思い出した。


 ――ライト君はまだ一度も見たことが無いと思うけど、高難易度のダンジョンでは魔法を使ってくるモンスターだっているんだから。


 そうだ。だとしたら『迷宮主』に使えないわけがない。

 この自然を操るような力は、紛れも無い魔法だ。

 あの化け物が今まさに、大規模な魔法を使おうとしているのだ。

 ライトは嫌な予感がして、気がつけば全力で駆け出していた。


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