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第18話 死神は戦いがお好き

前回のあらすじ

逢魔ヶ時が始まり、周囲は薄い霧が立ち込めた。

モンスターの群れが来襲し、ハンデル防衛作戦が開始される。

 冒険者達とモンスターの群れは拮抗していた。

 確かにモンスターの数は絶望的に多いけど、他のギルドから助っ人に来てくれた魔導士の存在もあってか、火力では冒険者達も負けていない。

 それにハンデル周辺には事前に罠などが仕掛けてあるおかげで、一度に対峙するモンスターの数も最小限に抑えられている。

 このままの行けば被害を出さずに逢魔ヶ時が終わるまで耐えられる筈だった。

 少なくとも、このまま行ければ……!


 「おい後衛! 向こうの回復薬が切れたらしい! すぐ補給しに行ってくれ!」

 「は、はい! 分かりました!」


 だけど、冒険者だって体力には限界がある。回復薬で無理矢理体力を回復させても、いずれは力尽きてしまう。はっきり言って消耗戦だ。

 僕はもう何度目になるかも分からない補給の為に、街の中と戦場ギリギリの場所を往復していた。


 『グアアアアアアアアアアアアッ!』

 『ギャアアアアスッ!』

 『グゲェエエエエエエエエエエエエッ!』


 爆撃の間から聞こえてくるモンスター達の咆哮。

 流石に僕が戦うことは無いけど、やっぱり大集団の喧騒は耳にするだけで体が震える。遠目からモンスターの群れを見るだけでも体が竦んでしまった。


 「大丈夫か、少年!?」

 「は、はい! まだ大丈夫です!」

 「よし! あと一〜二時間程度でこの戦いも終わる筈だ。頑張れよ!」

 「はい!」


 大量の武器や回復薬を輸送し、上級冒険者から激励を受ける。

 これも既に繰り返されたやり取りだ。

 つまり、僕達はそれだけ同じことを続けていることになる。

 延々と。いつまでも。


 「……ッ!」


 いつ終わりが来るのか分からない。それだけで精神的にかなりの負担が掛かってしまう。

 最前線で戦っている冒険者達は特にそうだろう。なにせ、僅かな油断が即座に死へと直結するのだから。精神的な消耗は僕とは比べ物にならない筈だ。

 おまけに体力も確実に減少し、こちらの戦況は少しずつ不利になっていく。


 「ライト。……なんかやばくないか?」

 「うん。このままじゃいつハンデルが襲われるか分からない……!」


 たまたま合流したクライブさんと再び物資の補給に向かう途中、僕達は今の状況にどうしようもない不安を抱えていた。

 まだ辛うじて拮抗状態は保たれている。だけど、それがいつ破られるかは時間の問題だ。

 ……どうする? 僕も戦いに参加するか?

 一瞬だけ、そんな馬鹿な考えが脳裏に過ぎる。

 冗談じゃない。思い上がりも甚だしい。自惚れるのもいい加減にしろ。

 第一、僕が使える技は単体攻撃の【黒撃】のみ。一対一の状況ならともかく、ああもモンスターが大量にいるんじゃ連発しても意味が無い。はっきり言って力の無駄遣いだ。


 「……くそっ!」


 魔王の力はこんなものじゃ無い筈なのに。

 こういう時こそ皆を守る為に使うべきなのに。

 今の僕は、まともな制御さえ碌にできない出来損ないだ。

 絶対何かができる筈なのに、何もできないもどかしさ。それがずっと胸の中で渦巻いていて、僕は言い知れぬ不快感を味わった。


 「「「……うわぁあああああああああああああっ!?」」」

 「――え?」

 「なんだなんだ!?」


 その瞬間、最前線の包囲網が一部瓦解した。

 僕とクライブさんは慌てて悲鳴が聞こえた方に視線を向けた。


 『ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ』


 そして僕は限界まで目を見開きながら、自分の物とは思えないほど掠れた声で呟いた。


 「嘘……だろ……?」


 ――エンペラーオーガ。

 そこには全身を白い体毛に包まれている、巨大な鬼が佇んでいた。

 ギンオウ洞窟の『迷宮主』。ランク4を冠するモンスター。

 あまりの戦闘力の高さに多くの冒険者達が屍に変えられ、付けられた渾名は――『死神』。

 そんな化け物が、猛り来るように冒険者達を薙ぎ倒してハンデルに近付いてくる。

 死神の足音が一歩一歩、確かに大きく響いてきた。


 「なんで……よりにもよって……あいつが……っ」


 僕は奥歯をガチガチと鳴らしながらあとずさった。


 『ヴォアアアアアアアアアアアアアアッ!』

 「やばいっ!? モンスターが何体か街の中に!」

 「――ッ!」


 駄目だ。

 僕は目を瞑った。

 殺される。

 僕は泣いた。

 死んでしまう。

 僕は崩れ落ちた。


 「おい! 何してんだ! 逃げるぞ!?」


 あの時の光景が甦る。

 オーガに殺された絶望が、僕の体を恐怖という鎖で縛り上げた。

 指一本さえも動かせない。

 あの時と同じだ。

 怖い。


 「せめて街の中のモンスターだけでもなんとかしねーと!」


 怖い……っ!


 「……チッ! 馬鹿野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 「ぐはっ!?」


 ……痛いっ!?

 気がつくと、僕はクライブさんに顔を殴られ、胸倉を掴まれていた。

 あのヘラヘラと気楽そうに笑っていたクライブさんが、憤怒に染まった形相で僕を睨みつけている。そんな彼の変貌に、僕は涙を流しながら大きく戸惑ってしまった。


 「いい加減目を覚ませ! 街の中にはアネットさん達がいるんだぞ……!」

 「……あ」

 「ハンデルの最高戦力は全部街の外に出払っちまってんだ! しかもあの白いオーガのせいで戦場から抜け出すこともできねぇ!」

 「……それは……っ」

 「俺達しかいねーんだよ! 街の皆を守れるのは、俺達下級冒険者しかいねーんだよ!」


 そうだ。こんなところで折れているわけにはいかない。クライブさんの言うとおりだ。

 自分の馬鹿さ加減に嫌になる。一体どれだけ同じ過ちを犯せば気が済むんだろう。

 どれだけ愚かさを露呈すれば、学習できるようになるんだろう。

 僕は拳を強く握り締め、思い切り自分の頬をぶん殴った。


 「おぶっ!!?」


 割と凄い音がした。信じられないくらい痛い。頭がクラクラする。

 ……だけど、この力なら。

 この力さえあれば、戦える筈なんだ。

 僕は全身から黒い闘気を放出させた。


 「お前……その姿は……!?」

 「話は後です。すぐに街の中に戻りましょう! まだ中の冒険者達は外の事情すら知らない筈です!」

 「お、おう! そうだな! せめて警戒態勢だけでも取らせねーと!」


 クライブさんは何か言いたそうにしていたけど、すぐに態度を切り替えてハンデルに向かって走り出した。


 『ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 「へ?」

 「え?」


 凄まじい猛り声。

 背後から聞こえたと思ったその声は、たちまち上空から聞こえ、やがて僕達の前から聞こえ始めた。

 ……その意味が分からないわけじゃない。

 僕は顔を青ざめながら動かしていた足を急停止させた。


 『――ヴォア!』


 直後、雷が落ちたような轟音と共に目の前の地面が爆ぜた。

 辺りに土煙が舞い上がり、見えない衝撃波が僕達の体を押し返す。

 そしてそいつは、僕達を通せんぼするかのように立ち塞がった。


 「……なんっだよ! こいつ……! まさか一っ跳びでここまでやって来たってのかよ!? ざけんな!!」

 「そんな……これじゃ、街の中に入れない!?」


 冗談じゃない。

 これは一体何の嫌がらせだ。

 僕達は目の前に佇む絶望を前に、それぞれの思いを口にした。


 『ヴォアアア!』


 冒険者を殲滅するでもなく、街を襲うわけでもなく、わざわざ僕達の前に立ちはだかった『迷宮主』。

 エンペラーオーガは不敵な笑みを浮かべ、その後何の躊躇もなく両腕を振り上げた。

 ――やばい!?


 「逃げろぉおおおおおおおおおおおおお!」

 「うおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 嫌な予感がした僕は咄嗟にクライブさんをこの場から弾き飛ばした。そして無防備になった僕は直撃こそしなかったものの、エンペラーオーガが繰り出した叩き付けの余波に襲われる。……これは正直、洒落にならない!


 『ヴォアアアアアアアア!』

 「あ……ぐ……っ」


 ただの衝撃波で、こんなに……?

 ボロボロに砕けた初級装備の欠片を見て、僕は改めて『迷宮主』の恐ろしさを実感した。

 だけどここで倒れている暇は無い。相手もそれを待ってくれない。

 それが分かっていたから、僕は瞬時に『黒気』を纏い直した。


 「いつつつ……ライト、お前、大丈夫か……?」

 「クライブさん。僕があいつを引きつけます。その間に街の中に入って、他の冒険者達と協力してモンスターを倒してください」

 「は!? お前、何言って――」


 エンペラーオーガが楽しそうに笑いながら思い切り僕を殴りに掛かる。その速度は凄まじく、集中した視界の中でもそれほど遅く感じられない。完璧に避けきるのは無理だと思った。

 だから僕は反撃を試みる。

 今の僕が持ち得る全ての力を右手に込めて、最大限の【黒撃】を撃ち出した。


 『ヴォアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 「うわぁああああああああああああああああああああああああああ!」


 白と黒が衝突する。

 その瞬間、劈くような爆音が轟いた。


 「――嘘だろ」


 呆然とするようなクライブさんの呟きを無視して、僕は僅かに後退した体を立て直す。

 右拳が痛い。腕がズキズキする。肩に力が入らない。

 あの一撃だけで、【黒撃】の再使用という術を封じられてしまった。


 『ヴォア! ヴォア!』

 「……無傷? ははっ……嘘でしょ?」


 反動で体を痛めた僕と違って、エンペラーゴーレムは全然負傷したような様子は見られない。むしろますます楽しそうに両腕をぐるぐる回していた。

 ここまで圧倒的に差があると、最早恐怖を通り越して笑いが込み上げてしまう。

 僕は心底呆れながら目の前の死神に溜息を吐いた。


 「……クライブさん。今のうちに」

 「え?」

 「多分ですけど、あいつは僕と戦いたくて仕方がないんだと思います。だからあいつが喜んでるうちは、僕にしか眼中にない筈です」

 「……死ぬなよ」

 「気をつけます」


 さっきのぶつかり合いを間近で見た為か、クライブさんはもう僕を引き留めようとはしなかった。

 エンペラーオーガの視界に入らないように遠回りをしながら街の門に向かっていく。


 『ヴォ?』

 「……っ! こっちだ!」

 『ヴォアアっ!?』


 エンペラーオーガの注意をクライブさんから逸らす為、僕は頼みの綱である『ラーテイル』を振りかざした。

 咄嗟に感付いたエンペラーオーガは僕から逃げるように横へ跳んだ後、忌々しそうに僕が持っているナイフを睨みつける。

 どうやら僕自身の攻撃は通じなくても、魔王さんがくれたこの武器ならあいつを傷付けられるらしい。それが分かれば十分だ。


 「……正直、僕を襲ってくれて助かったよ」


 おかげで他の皆が街の防衛に力を尽くすことができる。

 時折不安げな視線を感じることもあるけど、クライブさん同様に僕の立ち回りを見ていたおかげか、無理してこちらに介入してくる人はいなかった。

 ……まあ、見捨てられているって可能性もあるんだけど。

 僕は漆黒の刃を握り締めて、目の前の死神を睥睨した。


 「逢魔ヶ時が終わるまで耐えられれば……僕の勝ちだ」


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