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第17話 逢魔ヶ時

 冒険者歴一ヶ月というのは恐らくハンデルの中でも僕だけだろう。

 同じランク1のティキも去年から冒険者生活を始めているらしいし、クライブさんに関しては既に五年以上も続けているそうだ。

 そんな話を聞いて真っ先に思ったのが「ランクってそう簡単に上げられないんだなぁ」っていう感想だったんだけど、ティキ曰く「単なる目的の相違よ」ということらしい。

 つまり冒険者の恩恵を欲している人は積極的にランク上げに勤しむけれど、それ以外の目的で冒険者になった人は罰則(ペナルティ)を受けない範囲で仕事をさぼることが多いということだ。


 (まあ、ぶっちゃけモンスターの素材さえ取ってくれば、依頼を受けなくてもお金には困らないもんな……)


 ちなみにどうしてこんな話をすることになったのかと言えば、それは僕が『チュートリアル』――アドバイザーによる一ヶ月間講義――の全てを修了したからだったりする。

 逢魔ヶ時が迫っている時に暢気に講義を受けていたのかと責められれば、「はい、すみません」と頭を下げるしかないんだけど、体調に問題が残っている以上、街の外に出るわけにはいかなかった。

 それでアネットさんに「僕にも何かできることは無いか」と相談した結果、「じゃあ今のうちに必要な知識を全部詰め込んじゃいましょう」という病人を病人とも思わない答えが返ってきたわけだ。


 「貴方、ちょっと見ない間に随分と燃えつきちゃったわねぇ」

 「うん。しばらくは文字も読みたくない」

 「重症ね」


 ……本当に辛かった。

 ティキとの一件以来、ある程度動けるようになったとは言え、やはり体が怠いことには変わりない。そんな状態でスパルタ教育を受けさせられるという日々は、まさに熱病に侵されたような苦しみも同然だった。


 「でもこれで勉強の日々とはおさらばだよ……頑張った甲斐はあった」

 「そ、そうね……久々に目が死んでるわよ」

 「そうかな? 気のせいだよ」

 「……重症だな。そういう時は美味いもん食って元気出せ!」


 現在、僕は『鋼の巣穴』でティキと一緒に休んでいる。

 真昼間ということもあって酒場の中はとても静か。気分を落ち着かせるにはちょうど良かった。

 そんな時に厨房の中からジャンさんが現れ、僕達にホットサンドを持ってきてくれる。久しぶりに嗅いだ香ばしい香りが僕の食欲を大いに刺激した。


 「勿論サービスよね?」

 「がっはっは! 嬢ちゃんは相変わらずだなぁ! ま、今日はライトの勉学奴隷解放記念ってことで許してやるか!」

 「ちょっ!? 奴隷ってなんですか!」

 「あら? あながち間違ってもいないでしょ?」


 うぅ……確かにアネットさんの教育はスパルタだったけど。

 やっぱり、他の人から見れば奴隷みたいに見えてたのかなぁ?

 あんまりなティキ達の解釈にショックを受けつつ、僕は熱々のホットサンドにぱくついた。

 サクッという音がすると共に香辛料の匂いが鼻を突き抜け、肉汁の旨みが口の中に広がっていく。シャキシャキした野菜の食感も一つのアクセントになっていて凄く美味しい。

 なんて言えば良いんだろう? 見事に味の調和が生み出されているというか、それぞれの食材がお互いの持ち味を引き伸ばしているというか……。僕の拙い語彙だけじゃとても表現できそうもない次元の美味しさが全身に活力を与えてくれた。


 「がっはっは! 久々にその幸せそうな面見せてくれたな!」

 「ほんと、美味しそうに食べるわよね。まあそれくらい美味しいのは事実なんだけど」

 「ここのところギルドの医務室に入り浸りだったからね。食事の殆どはギルド内の食堂で済ませてたんだよ。だからジャンさんの手料理を食べるのは久々で……!」

 「がっはっは! そうかそうか! 冒険者は体が資本だ。食えるうちに沢山食ってくれよ! ……勿論、お代わりはサービスじゃねーけどな!」

 「あ、せこいっ!」

 「それはこっちの台詞だっつーの! 嬢ちゃんが最近儲けてることくらい俺の耳にも入ってるんだぜ? さあ、遠慮なくうちの店で吐き出してくれ!」


 ああ、僕って恵まれてるなぁ……。

 ティキとジャンさんのやり取りをぼんやり眺めながら、僕はそんなことを思った。

 だってそうだろう。村の中で暮らしていた頃とは何もかもが違いすぎる。

 村の中で、僕は友達一人作ることができなかった。

 両親がいないことでからかわれ、弱虫なことで馬鹿にされ、大切な幼なじみには裏切られ……そんなことばかりだったのだ。


 「ほら! ライトからもなんか言いなさいよ! せっかくの奴隷解放記念日でしょ!」

 「だから僕は奴隷じゃ無いってばぁ!?」


 だけど、今の僕には友達がいる。

 心を許せる人達がいる。

 だから僕は、自分が恵まれているんだって思えるんだ。


 ――君の力は、何の為にあるんだい?


 僕の力。

 魔王の力。

 生き返る為の力。

 この力は、何の為にある?

 残念ながら、力の意味は分からない。

 だけど、願いならある。この黒い力に込める願いなら、一つだけ。

 僕は――。


 「な、なんだ!?」

 「緊急警報!?」

 「……え?」


 それは突然の出来事だった。

 耳を劈くような警報音が街全体に広がり、全ての冒険者達に招集が掛けられた。

 場所はギルドではなく、街の門。

 それだけで何が始まるのか分かってしまった。

 いや、何が起きてしまったのか見えてしまった。


 「おいおい、外の霧みてぇなもんはまさか!」

 「ええ。話に聞いていた現象と全く同じだわ! ライト、急ぎましょう!」

 「う、うん……!」


 ついに始まるのだ。

 ついに始まったのだ。

 始まりの街に終わりを告げる、史上最悪の大災害。

 すなわち――逢魔ヶ時が。





*****



 モンスター達は本能で理解していた。

 周囲に充満した濃密な魔力。

 それが今、これまでとは比べ物にならないほど爆発的に広がったことを。


 『ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 それは歓喜の咆哮か、それとも勝ち鬨の遠吠えか、もしくは破壊衝動か。

 より多くの魔力を取り込むことで、モンスターの基礎能力が急激に上昇していく。

 ……全てを蹂躙せよ。

 まるでそんな命令を誰かから受けているかのように、モンスターは一つの街に向かって暴走を始めた。




 「全ての冒険者諸君に告げる! これより緊急クエストは第二段階へ移行、ハンデル防衛作戦を開始する! 各々が持つ全力を尽くしてこれに当たってもらいたい!」

 「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」


 ギルド長直々による指示によって冒険者達は街全体に防衛網を張り巡らせる。

 それぞれが確固たる意思を持って、迫り来るモンスターの襲撃に備えていた。

 上級冒険者が最前線に赴き、下級冒険者が彼等を支援すべく駆け回る。

 武器の補充、物資の補給、怪我人の搬送、魔導士による援護射撃。

 負けない戦いをする為に、ここにいる冒険者全てが自分にできる最善を尽くそうとしていた。


 「ライト。あたしは他の魔導士達と合流しなくちゃいけないから、ここで一旦別れるわね」

 「うん。気をつけてね」

 「それはあたしの台詞よ。無茶して倒れたりしないようにね?」

 「大丈夫。これ以上皆に迷惑は掛けられないから」


 ティキは魔導士であることから前衛の補助を任され、単なるランク1冒険者であるライトは街の警備、もとい必要に応じて物資の補給員として活動することになっていた。

 二人はお互いの無事を祈ってそれぞれの持ち場に付き、他の冒険者達と同じように自分の与えられた役割に集中する。


 「ようライト。体は大丈夫か?」

 「あ、はい! クライブさんも警備担当ですか?」

 「俺の実力じゃ、強化されたゴブリン相手でもきついからな」


 最近仲良くすることが増えた冒険者仲間のクライブ。

 彼は明るい笑みを浮かべながら適当に肩を竦めていた。周りがピリピリした環境の中、全く自分のペースを崩さないこの男は余程の胆力を持っているに違いない。


 「あの……強化されたモンスターってどれくらい強いんですか?」

 「さあな。今回の逢魔ヶ時は以前よりも規模がでかいって話だし、案外脅威判定が一段階上がったりするんじゃねーか?」

 「つまり、最弱(ゴブリン)でもランク2の実力を発揮するってことですか。……確かにきついですね」

 「だろう?」


 同調する割には全然気負ってるように見えないクライブ。そんな彼にライトは苦笑を隠せなかった。

 恐らくクライブがライトの前で笑みを崩したのは、アネットの話を持ち出した時だけだろう。それ以外で彼が真面目な顔をしているところなど見たことがない。


 「お! そうだライト。そう言えばさっきここに来る途中ですっげー美人を見かけたんだよ。あいつもアイアンプレートみたいだったから、運が良ければ同じ班になれるかもしれねーぜ?」

 「またこんな時にそんなこと言って……」

 「いやいや。マジで綺麗だったんだって! こう、金色の髪がサラッとしててな?」

 「分かりましたって」


 ライト達は実質安全圏の中に入っている。故に他の場所に待機している冒険者と違って幾らか精神的に余裕があった。

 もっとも、街の外に待機している前衛が破られればそうも言っていられないのだが。最悪、街中で混戦する可能性もあるだろう。

 ライトは先のことを考えるたびに不安に襲われ、顔色を青ざめたりしていた。


 「……はぁ。そんなに力が入ってちゃ、戦う前から疲れちまうぞ?」

 「それはそうなんですけど、やっぱりこういうのは初めての経験ですし……」

 「俺だってそうだ。できることなら経験したくなかったがね」

 「同感です」

 「でもだからこそ、芯をしっかり持たねーと体が動いてくれねーんだわ」

 「……芯、ですか?」


 不思議そうに首を傾げるライトを前に、クライブは自信満々に豪語した。


 「ああ! 芯が強い剣は決して折れない。それは人間も一緒なんだ。だからこそ俺達冒険者は強い芯を心に持ってなくちゃ駄目なんだよ。……どんなに辛くても、どんなに苦しくても、例えそれが絶望的な状況でも、心が折れちまわないようにな」

 「心が折れないような……強い芯」


 その言葉に何か学ぶべきことでもあったのか、ライトは黙考するように目を閉じた。

 ほんの一瞬だけ、ライトの指先から黒い炎のようなものが溢れる。

 クライブはそのことに全く気付いていなかったが、ライトが纏っている雰囲気が変わったことを感じて満足そうに頷いた。


 「アネットさんを悲しませるようなことになるんじゃねーぞ」

 「……はい!」


 緊急クエスト――ハンデル防衛作戦、開始。


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