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第16話 希望、未だ見えず

 魔王の力は一言で説明すると「黒い力」だ。

 この力を使う時、必ず体の内側から黒い闘気(オーラ)のようなものが溢れだす。

 そんな特徴から名前を貰い、僕はこの黒い力のことをとりあえず『黒気』と仮称することにした。


 「……ねぇ。本当に大丈夫なの?」

 「え? あ、うん……大丈夫だよ」


 だけど、はっきり言うと名前なんて考えている場合じゃなかった。

 どうやら僕の体は思っていた以上に深刻だったらしい。


 「ちょっと歩いただけでそんなに汗を掻くなんて……」

 「あははは。やっぱり、三日も寝込んでいたから、体が少し鈍ってるのかもしれないね」


 嘘だ。これは鈍ってるとか体力が落ちているとか、そういうレベルの問題じゃない。

 そもそも体に力が入らないのだ。だから足を動かすどころか、立ち上がるだけでかなりの負担が掛かってしまう。

 まるで、この体が少しずつ「死体」に変わっていくかのように。


 「ライト……やっぱり医務室に帰ろう? 動くのは無茶なんだよ」


 参ったな。ティキが尋常じゃないほど不安そうな表情を浮かべている。なんで僕より泣きそうになってるんだよ。おかしいだろ。

 村の外で初めてできた友達の優しさに、僕は苦笑を浮かべることしかできなかった。


 「ごめん。多分、部屋で休んでも大して変わらないと思うから……このままギルドの訓練場まで、連れて行ってくれる?」

 「訓練場……? 馬鹿! そんな体で何しようって言うの!?」

 「そりゃあ、訓練だよ。……時間が無いからね」

 「え?」


 そうだ。僕にはもう時間が無い。なんとなくそんなことが分かってしまった。

 まるで砂時計のように、刻一刻と僕の体から命という名の砂が抜け落ちていく。立ち止まってる暇なんか無い。

 助かる為にも、前へ進む為にも。どのみち『黒気』を使いこなせるようにならなきゃいけないんだ。


 「ライト……分かったわ。でも訓練中にぶっ倒れるようなら、気絶させてでも部屋に連れ戻すからね」

 「うん。ありがとう」


 ティキが半ば諦めたように溜息を吐いた。

 こんな駄目駄目な僕の為にわざと折れてくれたのだ。本当に有り難い。

 僕はティキの妥協と優しさに感謝しながら、いち早くギルドの訓練場へと向かった。





*****



 ――ギルド裏庭、訓練場。

 ここでは冒険者の戦闘技術を向上させる為、様々な訓練施設が整っている。その中でも特にスペースを占有しているのが、現在ライト達が訪れている戦闘広場だ。

 今は逢魔ヶ時対策で全ての冒険者達が出払っている為閑散としているが、本来なら常に利用者が絶えないほどの人気スポットとして知られている。勿論、戦いとは無縁の一般人やギルド職員からは見向きもされていないが。


 「……集中……集中……」


 ライトはティキに見守られる中、地面に膝をついたまま全力で瞑想を続けていた。

 潜在意識に語りかけ、体に奥深く眠る黒い力を呼び起こす。

 まるでもう一人の自分と会話するかのように。


 「『黒気』……開放……あぐっ!?」


 その瞬間、全身に刃物が突き刺さるような鋭い痛みが走った。

 これまでとは全く異なり、黒い力がライトの体を突き破るように溢れ出す。

 同時にライトの黒い瞳が鮮血のように紅く染まり、今までここには無かった『ラーテイル』が彼の手元に現れた。


 (ここまでは、順調だ……!)


 何を持って順調なのかは甚だ疑問だが、とにかく『黒気』の開放には成功した。

 ライトはそこから自分が気絶しない程度に黒い力に集中し、少しずつ出力を強めていく。

 だがその途中で視界が急激に暗くなり、ライトは力無くその場で倒れてしまった。


 「ライトッ!!」


 幸い、まだ意識はある。しかしいつまでこの状態を保っていられるかは分からない。

 ライトはこのまま気を失わないように唇を噛みながら四肢に力を込め始めた。

 駄目だ。動かない。諦めるな。立て。痛い。辛い。耐えろ。まだやれる。

 様々な感情が渦巻き、何度も心が挫けそうになる。それでもなんとか自我を保っていられたのは、暗闇の中でもティキの声が聞こえていたからだ。


 「ここで倒れたら絶対容赦しないわよ! あとで魔法の雨霰を食らわしてやるんだからね!?」

 「それは……ははっ……怖いなぁ……」


 こんな近くに自分の身を案じてくれる人がいる。そのことがなんだか嬉しく、ライトは苦しい中で弱々しくも笑っていた。

 そうだ。こんなところで倒れてはいられない。それにアネットとの約束もあるのだ。

 ライトは今まで以上に力を込めて立ち上がろうとした。


 「そうよ! その調子! 頑張って!」

 「うあぁあああ……あああああああああ!」


 立て。立てよ。……立ち上がれ!

 自分自身を叱咤して、ティキから声援を送られて、ライトは必死に足を動かした。

 『黒気』を体内で循環させるイメージ。

 力が入らない筋肉を黒い力で補助、強化することに集中する。

 全ての血流に乗せて。全ての細胞に浸透させて。自分という全てを意識して。

 ライトは一時的に生み出した凄まじい精神力により『黒気』の制御を可能にしていた。


 「――あっ」


 ティキが驚愕に目を見開く。


 「や……った……?」


 そこには力強く立ち上がるライトの姿があった。

 全身から黒い闘気(オーラ)を噴き出しながら、赤い双眸で自分の足を見下ろしている。どうやら自分でも信じられないようだ。

 しかしライトが握っているナイフの刀身にも、血が通ったような紅いラインが浮かび上がるなどの変化が起きている。これはまさしくライトが『黒気』を制御している証拠だった。


 「やった! やったんだよライト!」

 「う、うん! まだ全然実感なんて湧いてこないけど……けどやったよ! ティキのおかげだ!」

 「ちょっ……ふにゃああああっ!?」


 ライトは興奮しているせいか、それともすでに経験しているおかげか、何の躊躇も無くティキの体を抱きしめた。途端に彼女の顔が真っ赤に染まる。そして茹った蛸のように湯気を噴き出しながら、ライトの為すがままにされていた。


 「――ッ」


 だがそれも僅かな時間に過ぎなかった。

 三分ほど経った頃、突然ライトの体から黒い力が失われる。その瞬間に糸の切れた人形のように体から力が抜けて、ライトはあっさりと意識を手放してしまった。





*****



 「これは……大問題だね」

 「……はい」


 レジーナは冒険者達の報告を聞き終えると、手で口元を覆いながら眉根を寄せた。

 傍で一部始終を聞いていたアネットなどは最早絶句してしまい、何も言えなくなってしまっている。それほどまでに状況は最悪な方向へ動いていた。


 「まさか別の地域からもモンスターが集まってくるなんて……流石に予想外だ。これではいくらダンジョンのモンスターを倒したところで意味が無い」

 「やはり……逢魔ヶ時はすぐそこまで近付いているということでしょうか?」

 「ああ。この影響力は間違いないな」


 何も無い平原がダンジョン化するという恐ろしさを甘く見ていた。いや、それもあるのだろうが、前回の逢魔ヶ時ではそんな現象は見られなかった筈。

 つまり今回が特別異常なのだ。魔力濃度の上昇量が酷すぎる。このまま更に事態が進行すれば、モンスターがどこまで強くなるのか見当も付かなくなるだろう。

 果たして今の戦力でハンデルをどこまで守れるのか……。レジーナは珍しく冷や汗を流していた。


 「……レジーナ先輩?」

 「ああ、いや、なんでもない。アネットは仕事に戻ってくれ。私は少しギルド長と話がある」


 ここまで動揺しているレジーナの姿をアネットは今まで見たことが無い。

 彼女は駆け足で去っていく先輩に対して不安げな眼差しを向けていた。




 「レジーナか。どうかしたのかね?」

 「ああ。少し確認したいことがあってな」


 ギルド最上階に位置しているギルド長の私室。

 そこでは不遜な態度を取っているレジーナがギルド長に対して二枚の書類を突きつけていた。


 「これは……この三日間に行われた冒険者達の活動報告か」

 「そうだ。一枚は『ギンオウ遺跡』について。もう一枚は『ギンオウ山脈』に関する報告書だ。どちらも何人かの犠牲を出して『迷宮主』を仕留めたと記されている」

 「だが……『ギンオウ洞窟』に関する報告書だけが届いてない。つまり君はそう言いたいのだな?」


 レジーナは静かに頷く。しかしギルド長の悲しげな視線に射抜かれ、彼女は信じられないとばかりに目を剥いた。


 「……まさか」


 一歩あとずさるレジーナから目を逸らし、ギルド長は深く溜息を吐きながら肯定した。


 「そのまさかだよ」


 レジーナが咄嗟に何か反論しようとして、結局何も言えずに黙り込む。そんな彼女を一瞥してからギルド長は重苦しい声で話を続けた。


 「『ギンオウ洞窟』に挑んだ冒険者達は未だに帰って来ていない。恐らく、既に『迷宮主』は自由に解き放たれているだろう」

 「――ッ」

 「今はどこかで大人しくしているようだが、逢魔ヶ時が完全に訪れた時はきっとその猛威を我々に向けてくるに違いない。真の強化を果たした、最強の怪物(モンスター)としてな」


 レジーナは足下がふらつくような絶望を覚えながら頭を押さえた。


 「そう……か……」


 どうやら状況は思っていたよりもずっと最悪な方向へと動いていたらしい。

 力なく部屋をあとにしたレジーナは、思い切り壁をぶん殴ってから呪詛のように呟いた。


 「くそったれ……っ!」


 始まりの街と呼ばれるハンデルに「終わり」の文字がちらついて見える。

 残念ながらレジーナの目に希望の光は見えなかった。

 死神の足音――再び。

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