表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

第14話 冒険者の意味

 多分、モンスターにとっては地獄の光景だったと思う。


 「おりゃああああああああああああああああっ!」

 「金金金金ぇええええええええええええ!」

 「くたばれやぁああああああああああああっ!?」


 普段より大量に投入された冒険者達が手当たり次第にモンスターを駆逐してしまう。

 その為、遅れてやってきた僕には出番が全く来なかった。

 例えモンスターが群れでやって来ようとも、スライムが複数で分裂を始めても、全て先頭を行く上級冒険者達によって殲滅されてしまう。とんだ蹂躙戦(ワンサイドゲーム)だ。

 だけど、流石はランク3以上の冒険者達だ。僕が苦戦したグレイウルフの群れも、彼等にとっては雑魚同然。まるでゴブリンのようにあっさりと斬り裂き、または撃ち抜いて確実に数を減らしていた。


 「強化される前に『迷宮主』を叩くぞ!」

 「「おおっ!!」」


 嘘っ!? この人達、いきなりダンジョンの最深部まで突撃するつもりなの!?

 僕は好戦的な冒険者達に驚愕しながら、冷や汗を流した。

 確かに強いモンスターは今のうちに倒しておいた方が良いのかもしれないけど、それにしても一切の迷いが無さ過ぎる。普通、強敵と戦うんだからもっと慎重になったりしないのかな?


 「ははは! 『迷宮主』と戦うって聞いて怖気づいたか? 安心しろ。ランク1冒険者はここらで待機。奥にいる高ランクモンスターは俺達上級冒険者に任せろ」

 「あ、はい!」


 首下に金製身分証(ゴールドプレート)を提げている青年――ランク4冒険者のお兄さんが気さくに笑いながら僕の肩を叩いていく。

 そんな彼の堂々とした姿に、僕は頼もしさを感じた。


 「おっと。他の連中に先越されちまう。じゃあ俺はそろそろ行くよ」

 「あ、はい! お気をつけて!」


 名前も知らないお兄さんが軽快な足取りで遺跡の奥へと潜っていく。僕はそんな後ろ姿を見送りながら、静かに辺りを警戒した。


 「……それにしても、こんなに怖くないダンジョン探索も初めてだな」


 待機することになったのは以前グレイウルフと遭遇した遺跡中心部の広間。

 ここには僕の他にも沢山の冒険者達が残っていた。何人かはランク2冒険者が混じっていたけど、殆どは僕と同じランク1冒険者のようだ。……ちょっとどきどきしてしまう。


 「よう。お前がアネットさんのお気に入りか?」

 「え?」


 一人で勝手に緊張していると、近くにいたおじさんが僕の隣まで近付いてきた。

 頭を綺麗に刈り上げていて、背中には無骨な斧を担いでいる。如何にもパワーファイターって感じの冒険者だ。


 「俺はクライブ。かれこれ五年くらいハンデルで冒険者をやっている。ま、よろしく頼むわ、期待の新参者(ルーキー)さんよ」

 「あ、僕はライトって言います。こちらこそよろしくお願いします! でもその、僕は期待されるような大した奴じゃ……」

 「いやいや、大した奴だよ。なんせ、あんなに落ち込んでいたアネットさんの心を見事に開いてみせたんだからな!」

 「……アネットさんが、落ち込んでいた?」


 クライブの話を聞いた時、前にこの場所でティキが言い掛けていた言葉を思い出した。

 そうだ。僕が忘れていたことは、ティキとの約束だけじゃない!

 アネットさんがよく冒険者と揉めるようになった理由。それをずっと知りたかったんだ!


 「へへ。詳しく聞かせてくれって顔してるな。いいぜ、教えてやるよ。俺もお前には知っておいて欲しかったからな」

 「一体、アネットさんに何があったんですか?」


 僕が尋ねると、クライブさんは神妙な顔つきで前を向いたままこう答えた。


 「――あの人は去年、弟さんを亡くしたんだよ」

 「――っ」


 それは……確かに辛い。

 僕も爺ちゃんを亡くした時は凄く悲しかったから、よく分かる。

 家族を失う悲しみが、痛いほどに分かってしまう。

 僕は無意識のうちに自分の拳を握り締めていた。


 「名前はオットーって言ってな、俺も何度かパーティーを組んだことがあるんだ。こいつがまたよく泣く奴でなぁ。嬉しいことだろうが悲しいことだろうが、何かあるたびにすぐに涙を流しやがる。まさに泣き虫の中の泣き虫みたいな奴だったよ」

 「そ……そうなんですか」


 クライブさんは呆れたように笑ってみせるけど、僕はそれに対して曖昧な返事しか返せない。泣き虫なのは僕も同じだから、オットーという人を笑うことなんてできなかった。むしろ親近感が湧いて擁護したくなってくる。


 「まあとにかくだ。あいつはある日、自分の手に余るような依頼を引き受けたんだ。まあ、冒険者生活に慣れて調子に乗ってたんだろうな。殆ど勢いに任せたような行動だったよ」

 「もしかしてその依頼で……?」

 「ああ。馬鹿な奴だよ。アネットさんから猛烈に反対されたことで余計に意固地になっちまいやがって、彼女と喧嘩別れするように『ギンオウ洞窟』に向かって行ったんだ。そして、結果は案の定だった」

 「……」

 「どんなモンスターの仕業か知らないが、頭から叩き潰されていたらしい。遺体の損傷が酷すぎて、後からやってきた冒険者はオットーの荷物しか回収して来れなかったよ」

 「――っ!?」


 僕は絶句した。

 オーガに殺された経験があるからこそ、その血生臭さが容易に想像できてしまう。だけど、そこから先は別だ。

 僕は無事に……とは言い難いけど、ちゃんとダンジョンから戻ってこれた。それに対してオットーという人は遺体さえも回収してもらえなかったんだ。


 「アネットさんが変わったのもそれからだったな……って、顔色悪いな。やっぱり聞かない方が良かったか?」

 「いえ、大丈夫です」


 むしろ、ちゃんとアネットさんが変わった理由を知ることができて良かったと思う。彼女がどうして冒険者と揉めるようになったのか、なんとなく分かったような気がするから。


 「アネットさんは多分、自分のせいだと思ってるんだろうな」

 「はい……僕もそう思います」


 そうだ。あの人は思いやりがあって、とても優しい人なんだ。

 だからこそ、弟さんをちゃんと止められなかったことを悔やんでいるんだろう。そして冒険者達に対して人一倍干渉するようになった。

 例え嫌われても、疎まれたとしても、それで一人でも多くの冒険者が帰ってこられるのなら。そう思って、彼女は冒険者と揉めることが多くなったんだ。


 「さて、そろそろ俺達の仕事が始まりそうだ」

 「え?」

 「向こうの戦いがそれだけ壮絶だってことだよ。見ろ、奥に潜んでいたモンスターがまるで逃げるようにこっちに来てやがる」


 クライブさんがそう言って指差した先は奥に続く通路だ。

 確かに、何かが慌てながら走ってくるような足音が聞こえる。他の人達も気付いたのか、皆それぞれ自分の武器を構えていた。


 『『『ガアアアアッ!』』』


 通路から現れたのはグレイウルフとスカルナイトの群れ。

 スカルナイトは自分の腕骨を剣のように振り回す骸骨で、グレイウルフと同様ランク2に分類されている。ただしこちらの方は敏捷性が無い代わりに防御力が高く、剣さばきが侮れない。堅実性に特化した戦士型モンスターだ。

 しかし、今は見る影も無い。


 「そいやっ!」

 『――ッ!!?』


 いつの間に罠を仕掛けていたんだろう?

 通路の傍に待機していた軽装の冒険者が、ワイヤーらしきものをちょうどモンスター達の足下に張り巡らしていたのだ。

 彼が思い切りワイヤーの端を引っ張り上げると、モンスターはそれに足を絡め取られて倒れてしまう。そのせいで後続に続いていたモンスター達も前に進めず、動きが普段より遅くなっていた。


 「よし! 今だやれぇ!」

 「おりゃあ!」

 「ヒャッハー!」


 この場にいた冒険者が無力化されたモンスターに向かって嬉々として襲い掛かっていく。まるでこっちが悪いことをしているみたいだ。

 だけどこれも街を守る為に必要なこと。僕も心を鬼にして、必死にもがいていたスカルナイトの頭蓋骨を『ラーテイル』で叩き砕いた。


 「それにしても本当に凄いな」


 きっとこれがパーティーの利点なんだろう。

 色んな技能を覚えている人が数を揃えれば、こんなにも簡単にモンスターの群れを圧倒できてしまう。はっきり言って拍子抜けだ。

 これなら逢魔ヶ時っていう災害も怖くないんじゃないか? 僕は密かに安堵しながらモンスターの掃討作戦に取り組んだ。


 ――この先に何が待ち受けているのか、まだ何も知らないで。





*****



 「……え?」


 遺跡の奥から戻ってきたのは十四人中十人。つまり四人は帰ってこなかった。

 僕を励ましてくれたあのランク4冒険者のお兄さんがどこにも見当たらない。

 その事実を目の当たりにした時、僕は頭の中が真っ白になった。


 「流石にダンジョンの奥は魔力濃度がやばかった。僅かだが、すでに『迷宮主』の強化が始まってやがったんだ……っ!」

 「畜生っ! ザックの野郎、黙って俺達を先導してりゃあ良かったのによぉ。なんで俺なんかを庇ったりしたんだ……!」

 「他のダンジョンに向かった奴等は今頃どうなってんのかな……。よく分かったよ。『迷宮主』だけは今の内に確実に始末しなきゃならねぇ」


 生き残った上級冒険者達は、悔しそうに涙しながらそんなことを言っている。

 僕はそんな彼等を見て、酷く胃が締め付けられるような感覚に陥った。

 怖い。

 体が震えた。


 「……お、おい! お前、大丈夫かよ!?」


 眩暈がする。胸の鼓動が煩い。足がふらつく。

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い……怖いっ!

 誰かが死んだ。その事実が目の前で起きていることに、心が耐えられなかった。

 オーガに出会ったあの時よりも怖い。

 自分で感じた死の恐怖よりも怖い。

 これからもこんなことが起きると思うと怖い。


 ――今度は本当に死んじゃうぞ。


 夢の内容が脳裏を過ぎる。その瞬間、僕の中で黒い力が暴れ始めた。


 「お、おい! ……やばい! こいつなんかのショック状態になってるぞ!?」

 「ぽ、ポーションを飲ませろ! 意識が無くても無理矢理突っ込め!?」


 どこかでそんな声が聞こえた。

 だけど遠い。

 光も、音も、匂いも、熱も。

 全てが遠い。


 ――さあ、質問を始めよう。


 何もかもが闇に沈んだ黒の世界。そこで、誰かがそんなことを言ってきた。


 ――君の力は、何の為にあるんだい?


 鮮血のように紅い瞳が、真っ直ぐに僕を見下ろしていた。


上げて落とす(笑)


第15話 10月20日12時投稿予定


 「オットーは戻ってこなかった。だからあれほど行かないでって言ったのに……!」


 アネットさんの悲痛な叫びが真っ直ぐ僕の胸へと突き刺さる。

 やっぱり弟さんの死は、今でもアネットさんの心に傷を残しているんだ。

 もしかしたらアネットさんも僕と同じように、いや、僕以上に冒険者の死を恐れているのかもしれない。


 「僕は……ちゃんと帰ってきます」


 少年は立ち直り、一人の女性と約束を交わす。

 そして新たに現れた少女は少年に一つの真実を突きつけてきた。 


 「ライト。貴方が倒れた理由って、やっぱりあの『黒い力』が原因なの?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ