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閑話 もう一人の新人冒険者

 勇者誕生の地、アスラ王国。

 この国は他国に比べてダンジョンの数が圧倒的に多いことで知られている。

 故に、モンスターの被害に苦しむ人々も圧倒的に多かった。

 そんな歴史を持っているせいか、この国では家名という概念が殆ど浸透していない。

 なにせギルドが生まれる前までは、どの街もどの村も常にモンスターの危険に晒されていたのだ。だからこそ、人々にとって血筋とは絶えていくのが当たり前のものだったのである。

 例外なのは王族と貴族。後は騎士団によって守られていた王都の住民くらいだろうか。

 彼等彼女等は古くから安全な生活を保障されていたので、家名を子供達に継がせる行為を無駄なものとは思っていなかった。むしろ国を統べる王族にとっては必要不可欠なことだっただろう。

 まあ、勿論そんな事実を知っているのは家名を持ち、尚且つ教養のある王都の人間だけだ。それ以外の者達は精々「あ、家名がある。ということは王都の人間か」くらいにしか思っていない。だから王族相手だろうが貴族相手だろうが敬語なんて使わない。

 ましてや顔も知らない勇者相手に。

 名前も知らない小娘相手に。

 特別扱いなんてあり得ない。


 「よう嬢ちゃん。冒険者になりたいのかい?」

 「……はい。手続きをお願いできますか?」

 「勿論だ。この登録用紙に必要事項を書いてくれ。分からない部分は無視して良いから」

 「分かりました。……あの、このアドバイザー希望というのは?」

 「ん? ああ、アドバイザーか。それはモンスターの生態とか、ダンジョンでの注意事項とか、冒険者にとって必要な知識を一ヶ月掛けて教えてもらえるんだよ。つまり戦闘経験の無い新米を配慮した制度ってわけだ」

 「そうですか。ではやめておきます。戦いには慣れていますので」

 「そうか。じゃあ登録用紙をこっちに渡してくれ。確認次第、すぐにギルドカードを発行するから」


 とある町の小さなギルド。

 そこで受付窓口を担当していた職員は、だらしない顔をしながら少女の姿に見惚れていた。

 金髪金眼。男なら十人中十人が振り向いてもおかしくない美貌を持っている。腰には白銀の鞘に収められた長剣が差してあり、隙を感じさせない佇まいはまるで騎士のようだ。

 言ってみれば高嶺の花。噂に聞く貴族のように気品に満ち溢れている少女だった。


 「えーと、エレノア・ブライト、十六歳。……やっぱり貴族様か?」

 「いえ、私はただの平民です。元々は家名もありませんでしたし」

 「ふーん? まあいいや。はい、これがギルドカードだ。説明はいるか?」

 「大丈夫です。冒険者制度はすでに心得ていますので」

 「分かった。じゃあこれで嬢ちゃんも晴れて冒険者だ。精々死なないように頑張ってくれよ?」

 「ありがとうございます」


 少女は静かに微笑を浮かべる。

 それはまるで天使のように美しく……職員はやはり見惚れていた。


 「あの嬢ちゃん、可愛かったなぁ。あんな娘が冒険者なんて危ない職に就いて大丈夫なんかねぇ?」


 ギルドを去っていく少女の背中を見つめながら、職員はぽつりとそんなことを呟く。

 結局、彼は何も知らないのだ。そしてこれから先も知ることは無いだろう。

 その少女こそが世界最強。

 王都から姿を消したと言われている、()勇者だということを。





*****



 「……偽名で登録すれば良かったですね」


 私は冒険者になった後、唐突にそんなことを思いました。

 別に逃げ隠れしているわけじゃないのでこそこそと自分を偽る必要は無いのですが、やはり私を探し出そうとしている団体は少なからず存在します。

 そういった輩に狙われるのは至極面倒。一々相手になんかしていられません。そう考えると、やっぱりあの時偽名を名乗れば良かったと後悔の念に駆られます。

 ……ああ、本当に失敗しました。


 「……まあ、ギルドに私の名前が登録されただけで、私の居場所が知られるわけじゃありませんよね」


 過ぎたことは仕方ありません。ここはポジティブに考えましょう。

 せっかくこの手に掴んだ自由なのです。有事の際には嫌でも勇者として名乗り出なくてはなりませんが、少なくともそれまでは憧れの冒険者生活を満喫できるのです。ならば今この時間さえも楽しまなくては損じゃないですか。私は楽しみます。満喫しますよ!

 そうです。今まで散々働かされたんですから、思いっきり自由を謳歌してやるんです。うふふふふふふふ。


 「あのお姉ちゃん、笑い方が不気味だね!」

 「こら! 指差しちゃいけません。呪われちゃうでしょ!」


 視界の隅でそんな会話が聞こえてきました。

 多分、きっと、私のことでは無い筈。……ぐすん。


 「ですが、やはり私が勇者だと気付く人はいないみたいですね」


 それも当然。

 私が悪しき魔王を打ち倒したのは今から約五年前。つまり私がまだ十一歳だった時です。

 あの頃の私はまだ幼く、貧民街(こきょう)で学んだ口調や悪癖が抜け切れていませんでした。

 酷い言い方ですが、勇者というよりゴロツキのイメージが強かったのですね。とても国民達に紹介できるような状態ではありませんでした。

 その為、世界に出回った情報はたったの二つ。

 一つは聖剣に選ばれた勇者が現れたこと。

 もう一つは勇者が魔王を討伐したこと。

 それ以外の情報は一切公開されることがありませんでした。

 その後も勇者の情報を必要最低限に抑えていたのは……多分、私の素性が問題だったのでしょうね。なにせ育った場所が場所ですから。

 とにかく、そんな経緯があるおかげで私は大手を振って外を歩けるのでした。えへへへへ。


 「ひぃっ!?」

 「……」


 すれ違った通行人がなぜか悲鳴を上げて私から素早く離れていきました。

 ……どうも気が抜けている間は変な顔になるみたいですね、私。何がいけないんでしょうか?


 「……ん?」


 ふと視界に入った張り紙が私の足を止めました。

 それはここから結構な距離がある田舎街、ハンデルのお祭りに関する宣伝書のようです。


 「……始まりの街、聖竜祭……!」


 これ……良い!

 良いじゃないですかコレ! 聖竜祭! 楽しそうです!

 私は自然に頬が緩んでいくのを実感しました。

 そうですよ。せっかく冒険者になったんだからギルド発祥の地に向かわない手はありません! このお祭り、是非行かせて頂きます!

 私は次の行き先を決め、すぐにでもこの町を出発しようと駆け出しました。

 全ての場所にあるわけではありませんが、幸いこの町には駅馬車と呼ばれる輸送業があります。これに乗れば歩くよりも速く目的の場所へ辿り着けるのです。


 「すみません! ハンデルまで向かってもらえますか?」

 「ハンデルって……ギンオウ地方のかい? そいつは無理だねぇ。あの辺、今は結構危ないらしいんだ」


 これは残念。町の入口に待機していた御者はハンデルへ向かってくれないようです。どうやらモンスターの出現率が以前よりも増しているのだとか。

 ……ふむ。なんだか身に覚えがある現象ですね。私の記憶が正しければ魔王城があった周辺でも頻繁に同じことが起こっていた筈です。確か、逢魔ヶ時……と言いましたか。


 「ハンデルの人達がちょっと心配ですね」

 「え? なんか言ったかい?」

 「いえ。なんでもありません。貴重な情報、教えていただきありがとうございました」


 私は軽く微笑んでみました。すると御者の人は突然顔を赤らめたまま動かなくなります。

 ふむ。また変な顔になっていたんですかね? でも、嫌がられなかったのは大きな進歩です。この調子で頑張りましょう。

 私は気を取り直して町の外に向かいました。

 聖竜祭が中止にならないように。

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