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第12話 黒の世界

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」


 絶叫した。

 それはもう、盛大に。


 「……あ……なに……これ……あぐっ!?」


 目が覚めた瞬間に激痛。わけが分からなかった。

 ていうか、体が指一本動かせないってどういうこと!? え? 普通に痛いんですけど! 誰か助けてっ!!

 最早覚醒なんて生易しいもんじゃない。覚醒を通り越して失神しそうだ。

 僕は自身を襲う不可解な現象に涙しながら、奥歯を噛んでバラバラになりそうな全身の痛みを必死に耐えた。……これってなんていう拷問?


 「……もしか……して……昨日の戦いで……?」


 むしろ心当たりはそれしかない。

 【黒撃】の連続行使による体の負担。いや、この場合は反動か。とにかくそれが今になってようやく現れ始めたんだ。まあもっとも、戦ってる最中も似たような痛みに襲われていたが。

 ……はぁ。もしそうならこの痛みはしばらく続くかもしれないな。今日は大人しく休んでおこう。


 「……」


 呼吸することに集中して痛みを紛らせようと試みる。

 そのおかげか、それとも部屋が静かなせいか、はたまた他にやることが無いからか。僕はさっきよりも落ち着いて思考に没頭することができた。


 (まあ、元々僕自身は雑魚同然だったもんなぁ……)


 幾ら魔王の力で強化されていても元となる体が貧弱のままでは意味が無い。

 今後の課題だな、と心の中で格好つけながら、僕は地道に体を鍛えることも視野に入れていた。そうでなければ最悪、この先何度もこんな激痛を味わう羽目になってしまう。

 これは意地とか矜持とかは関係なく、単純に命に関わる問題だ。ただでさえ魔王の力を使いこなせていないのに、自分の体調管理もできないとあっては話にならない。

 ……なんて、気を引き締めるうちにお腹の虫が鳴り出した。


 (いや……これは仕方ない。不可抗力って奴だ)


 昨夜はよっぽど疲れていたのか、僕は宿に戻った後、すぐに泥のように眠ってしまった。その為、夕食は何も食べていなかったのだ。

 できればすぐにでも何か食べに行きたいけど、この体じゃ満足に動くこともできない。


 「……はぁ」


 僕は何もできない現状に退屈さを感じながら、深い溜息を吐いた。

 今日はアネットさんの講義がある。きっと今頃無断欠席したことを怒っているに違いない。後で謝りに行くのは……嫌だなぁ……。

 事情を話せば許してくれるかもしれないけど、そうしたら今度はまた無茶をしたことがばれて怒られてしまう。どっちにしても僕の運命は変わりそうに無かった。……最悪。

 そんなことを考えていると、途端に起きていることが面倒に思えてくる。


 (どうせ他にやることなんてないし……)


 何か忘れているような気がするけど、それがなんだか思い出せない。というか、痛みに耐えている間は考えること事態が億劫だ。

 僕は再び瞳を閉じて、ただ時間が過ぎていくのをじっと待つことにした。





*****



 あれからどれくらいの時間が経っただろうか。

 気がつくと僕は黒の世界に立っていた。

 あの静寂に包まれた暗闇の世界に。

 正直、「またか」と思う。そして同時に「どうして」とも。

 だって魔王さんはもう……どの世界にも存在していないのだから。


 「……?」


 いや違う。ここにはなぜか違和感がある。

 てっきり死後の世界だとばかり思っていたけど、それにしては何かがおかしい。

 上手く説明できないけど、なんていうかこう、この場所からは「死」とか「寂しい」って感覚が微塵も感じられないのだ。そう。端的に言えば、ただ黒いだけの世界。

 外見だけがよく似ているだけで、中身が全く伴っていない偽物の世界。

 ここは一体……どこなんだろう?


 『ここが一体どこなのか。そんな質問には意味がない。どうせただの夢なんだから』

 「……え? 何? 誰!?」

 『流石は君だな。その怯え方は並の人間にはできないよ』


 突如聞こえてきた謎の声。

 それは僕の体をびくつかせるには十分過ぎる不意打ちだった。

 だけど勘違いしないで欲しい。今のは単純に驚いただけであって、別に怯えていたわけじゃない。だから、相手に嘲笑される覚えも無い。


 「……君は誰なの? 姿くらい見せてよ!」

 『ボクがどこにいるのか。その質問にも意味は無いよ。だってここは夢なんだから』

 「夢?」

 『そう。君が魔王の力と呼ぶものは精神に深く作用する。だから時折こんな夢が生まれてしまうんだ。もしかすると、君の本能が力の本質を理解しようとしているのかもしれないね』


 僕の本能が……魔王の力を理解しようとしている?

 そういえばこの世界を覆っている暗闇。どこか【黒撃】が放つ黒い光に似ているような気がする。じゃあこの声も何かしら魔王の力と関係しているのか?


 『まあ、今の君じゃ何も理解できないだろうけどね。とりあえず聞いておくよ。君にとって魔王の力って何?』

 「……え」

 『好きな子を見返す為の力かい? それとも強くなる為の道具? もしかして、戦いにおける切り札なんて考えているのかな?』

 「それは……」


 どうなんだろう。

 僕にとっての魔王の力。そんなこと、今まで考えたことも無かった。

 謎の声が言ったことは確かに当たってると思う。

 だけど、本当にそうだろうか?

 それ等は全て後から考えた理由じゃないか? 少なくとも、そんな目的であの人から力を貰ったわけじゃない。

 だって僕が魔王さんから力を貰った元々の理由は……。


 『正解は、生き返る為だけ(・・)の力だよ』

 「――だけ?」


 謎の声が明かした答えに、ほんの少し違和感を覚えた。

 だけど、そのことを尋ねても望んだ答えは返ってこない。代わりに返ってきたのは、意外にも僕に対する文句だった。


 『だから言っただろう。これはただの夢だって。君が自分で気付かない限り、ボクから真相を語ることなんてできないさ。そもそも君はいつまで借り物気分でいるつもりなんだい? いい加減“魔王の力”って言うのはやめろよ。君みたいなガキが言っても痛いだけなんだよ』

 「え、ええっ!?」

 『大体、ボクが魔王の力だったのは昔の話だろ。今は正真正銘“君の力”だ。本当にボクを使いこなしたいのなら、大人しく観念して受け入れろよ』

 「いやいや!? 突然すぎて何を言ってるのか分かんないよ! えっと、君が力で、なんだって? 観念するってどういうこと?」


 正体不明の相手にガキ呼ばわりされる僕って……。いや、確かに子供ではあるんだけど。

 ていうかこれ、本当に夢なの? なんで夢の中で痛い奴だって思われなきゃなんないの? そもそも夢に説教される意味が分からない。こんなの絶対おかしいよ……。

 僕が一人で嘆いていると、謎の声は呆れたように溜息を吐きながら呟いた。


 『このまま別離したままだと、今度は本当に死んじゃうぞ』

 「……っ」

 『幸い、凄まじい超回復で耐久力は以前よりも増している。だけど、次も五体満足でいられるとは限らない。これだけは君の本能からの警告として伝えておくよ』


 謎の声が頭の中で木霊する。それを素直に聞いていると徐々に意識が薄れてきた。

 全身から力が抜ける。駄目だ。立っていられない。

 僕は呼吸が荒くなるのを自覚しながら、ふと掠れた視界で正面の闇を捉えた。

 一瞬、紅い双眸が向けられたような気がして――


 『――君に黒き加護が在らんことを』


 ――世界は静かに消えていく。





*****



 「うわっ……男の子の体ってこうなってるんだ」


 誰かの声が聞こえる。……女の子?


 「い、意外と華奢なのね。じゃあやっぱりアレは何かの魔法? あ、でも硬い……」


 冷たい何かが肌に触れる。

 最初は恐る恐ると言った感じで、徐々に慣れてきたのか、少しずつ大胆に指でなぞりあげてくる。

 それがちょっとだけ心地良くて、ちょっとだけくすぐったい。

 僕はまどろみの中から抜け出して、ゆっくりと閉じていた瞼を持ち上げた。


 「……あ……」


 目が合った。

 青い瞳と、ばっちりと。


 「いや、あの、これはね……?」


 なぜか目の前にはティキがいた。正確に言えば、向かい合っていた。

 顔を熟れた林檎みたいに真っ赤に染めて、プルプルと肩を震わせて、僕の顔を見下ろしている。

 僕は寝ぼけた思考でその事実を受け止めつつ、今度は自分の体に視線を移した。


 「…………」

 「…………」


 上半分、服が綺麗に脱がされている。

 おまけに、僕の上にティキが跨っているという新情報まで明らかになった。

 今日は黒いローブを纏っていないのか、白いワンピース姿が視界に入る。体が細い彼女によく似合うとても清楚な服装だった。


 「――はぁ!?」

 「あ、いや! ほんと違うの! 違うのよこれは!?」


 急激に顔が熱くなり、今がどんな状況なのかを理解する。

 僕は咄嗟に腕で体を庇い、丸まりながら涙目で叫んだ。


 「な、ななななんでティキがここにぃ!?」

 「ちょっと待って! 待って待って! 今説明するからちょっと待って!?」


 ティキは両手をばたばたさせながら慌ててベッドから飛び退く。そして間髪入れずに僕の目の前にパンパンに膨らんだ道具袋を差し出した。


 「あ、あたしは、これを、モンスターの素材を渡しに来ただけで! そしたら扉が開いてて、貴方がベッドでうなされてて……! あ、汗でも拭いてあげようかなって思って……それで!」

 「そ、そうだったんだ……。あ、うん。ありがとう……」


 本当は色々言いたいことがあったんだけど、今にも泣き出しそうなティキの剣幕に押し切られて何も言えなくなってしまった。

 それに藪を突いてオーガを出すつもりは毛頭ない。だから爺ちゃんの教えどおり、僕は心の中で『女子との触れ合いは役得』なんだと思い込むことにした。


 「そ、それにしても酷くうなされていたわね! 悪夢でも見てたの!?」

 「ああ、いや別に。ていうか、ティキこそよく僕がここにいるって分かったね?」

 「何言ってるのよ。昨日この宿で別れたこと覚えてないの? 後で良いから二等分に分けた素材を届けてくれって言ってたじゃない」

 「んん? ああ……そういえば」


 確かに昨日、そんな約束をした覚えがある。それで部屋の鍵も閉めないままベッドの上に倒れたんだった……。

 どうも何かを忘れてると思ってたら、このことだったんだな。


 「と、とにかく……約束は守ったんだから、あたしはこれで失礼するわ! 昨日は本当にありがとうね!」

 「あ、うん! どういたしまして!」


 未だに顔が赤いままだったティキは、僕の返事を待たずに部屋を飛び出してしまった。

 僕はそんな彼女の後ろ姿を呆然と見送り、素肌を晒していた上半身に服を被せる。

 その際、ふと重大なことに気付いた。


 「あ……痛くない?」


 体は完治していた。


 恐らく魔王は知らなかったのだろう。

 自分がどれだけ人間からかけ離れた存在だったのか。

 彼が宿していた黒い力は、並みの人間に抑えきれるような代物ではなかった。

 死者には命を。生者には力を。そして……弱者には破滅をもたらす諸刃の剣。

 死の運命を覆した代償はあまりにも重く、確かな正当性を持って少年の前に立ちはだかる。

 同時に、外部的要因からも死の警鐘が鳴り響いた。

 冒険者歴一ヶ月。

 ゆっくりと進行していた魔力の異変はついに逢魔ヶ時おうまがときとなって迫り来る。

 モンスターは強化され、狂化され、凶化され――

 強さの概念を覆す大災害を前にして、冒険者達は苦戦を強いられる。

 そして物資を運んでいた少年達の前には『迷宮主』が現れて――


 ~逢魔ヶ時編 怪物狂宴(モンスターパレード)


 『過去に立ち向かう為に、未来へと進むがいい』


 力の意味を未だ見出せずにいる少年は、黒き刃を持って何を願うのか。

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