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第10話 不穏な予兆

今回は全て三人称で書いています。

 ギルド三階――講義室。

 そこではギルド長と数人のギルド職員を始めとして、ランク3以上の上級冒険者達が揃って席に着いていた。

 全身を鎧で覆った者。身の丈を超える大剣を背負う者。吟遊詩人のような格好をした者。はたまた打撃杖を八本も所持する魔導士など、様々な者達がこの場に姿を見せている。

 ここ数日、彼等は毎年街で行われる『聖竜祭』についてどのような催しをするか話し合っており、常に賑やかな意見が飛び交っていた。

 しかしどういうわけか、今日に限って室内には重苦しい空気が漂っており、誰もが口を開こうとしない。中には察しがついている者もいるようだが、ここにいる多くの者はギルド長から呼び出されただけで詳しい事情は何も知らされていないのだ。

 ただなんとなくギルド長の纏う雰囲気から、何か良くない話があることだけはこの場の全員が敏感に感じ取っていた。


 「皆も気付いているとは思うが、最近になって各ダンジョンに異変が起き始めている。これは恐らく“逢魔ヶ時”が近付いているせいだろう」


 静寂を突き破ったのはギルド長から告げられたそんな一言。

 その唐突な言葉をきっかけに、今まで黙っていた冒険者達が途端にどよめきを見せ始めた。


 「……逢魔ヶ時!?」

 「やっぱりそうか。今年の『奉仕活動(ボランティア)』は面倒なことになりそうだな」

 「数は足りるのか? 最悪の場合、下級冒険者の手も借りなければならんぞ!」


 逢魔ヶ時。

 それは十年に一度発生すると言われている、周囲の魔力濃度が急激に上昇する現象のことだ。これによって街の周辺地域一帯がダンジョンのような環境になり、今までダンジョンの奥でしか活動していなかったモンスターが外に進出を始めてしまう。

 故にハンデルで暮らすベテランの冒険者達は、この時期になると決まってモンスターの掃討作戦に参加しなければならなかった。


 「聖竜祭はどうなる? やはり中止になるのか!?」

 「いや、逢魔ヶ時は数時間も経てば終息を始める。その間だけ持ち堪えてしまえば、外に出てきたモンスターも勝手にダンジョンの中へ帰っていく筈だ」

 「つまり逢魔ヶ時が終わるまで聖竜祭を延期するってことだな?」

 「そうは言っても街を襲ってくるモンスターは結構な数になるだろ。俺達だけで数時間も耐えられるのか?」

 「今から王都に要請して上級魔導士を派遣してもらうか? 間に合わないかもしれんが」


 流石は上級冒険者と言うべきか、彼等はすぐに落ち着きを取り戻してそれぞれ対策を考え始めた。多くの修羅場を潜り抜けた経験がこうして判断力として現れているのである。


 「……冒険者諸君。今回の件に関しては『奉仕活動』ではなく、『緊急クエスト』として取り扱おうと思う。勿論、このことは下級冒険者にも通達しておくつもりだ」

 「ギルド長!? それは流石に無謀だ!」

 「逢魔ヶ時が続く間はモンスターの基礎能力が上昇するんだぞ!? ランク2以下の冒険者じゃまともに太刀打ちできない!」

 「だが、俺達だけじゃ手が回らないのも事実だぞ。戦闘に限らず、偵察や情報共有の連絡係も必要になってくる」

 「ああ。装備やアイテムを支給する奴だって、ある程度自衛手段を持たせなきゃいけないしな」


 ギルド長の下した判断に、冒険者達の意見が真っ二つに割れる。

 どうやらこの場にいる者全員、まだ見ぬ脅威に色々と思うところがあるようだ。

 ある者は無駄な犠牲を出したくないと必死になり、ある者は冷静に自分達の戦力不足を口に出す。そしてある者は妥協案を持ち出そうとして、中々に意見が纏ることは無かった。

 しかし冒険者の中には前回の逢魔ヶ時を体験した者が混じっており、彼等の意見は貴重な判断材料として尊重された。

 その結果、前衛は上級冒険者が担当し、支援を重視した後衛には下級冒険者を使う、ということで話が纏った。


 「せめて勇者様がいてくれたらどれだけ心強いか……」


 かつて魔王を討ち果たした世界最強の剣士。

 きっと彼女のような存在がいれば、このような事態に悩まされることは無かっただろう。

 ギルド長は半ば願望のような呟きを零し、誰の目も憚らないまま深い溜息を吐いた。





*****



 「聞いたかアネット。どうやら近いうちに起こるであろう逢魔ヶ時。アレには下級冒険者も参加させられるらしいぞ。まあ元々『緊急クエスト』は強制参加が基本だから、当たり前と言えば当たり前なんだがな」

 「……そんなっ! そんなの、無茶苦茶です!」


 逢魔ヶ時の間は周囲の魔力濃度が上昇する。

 それはすなわち、魔力を取り込むモンスターを活発化させることに他ならない。

 ましてやダンジョンの最奥に住み着いている凶悪なモンスターまで平然と外に進出してしまうのだ。はっきり言って、命が幾らあっても足りない。

 そんな状況で駆り出される下級冒険者達は、まさしく死地に飛び込むようなものだろう。

 アネットは自分が担当している黒髪の少年を思い浮かべながら、血の気の失せた表情で目の前の先輩に食って掛かった。


 「これはギルド長の決定だ。それに、人手が足りないのも事実なんだ」

 「だったら、他のギルドから冒険者を要請すれば良いじゃないですか!」

 「勿論それも行っている。しかし逢魔ヶ時に間に合うかどうかは正直分からん」


 ギルドの発展具合から時々忘れてしまいそうになるが、ハンデルはあくまでも田舎に属した街なのだ。都心部のように人材の豊富な街が密集しているわけではない。

 おまけに上級冒険者はどこの地域でも重宝される為、都合の良い時に時間を取れる相手は滅多にいないのである。

 故に逢魔ヶ時が終わるまでに十分な数が集まるとはお世辞にも言えなかった。


 「……っ!」

 「この街の危機でもあるんだ。仕方がないだろう」

 「先輩っ! レジーナ先輩は、本当にそれで良いんですか!?」

 「前にも言っただろう? どうせ現場から離れた場所にいる我々には何もできない。私にできることは精々、彼等の無事を祈ることだけだ」

 「……先、輩」


 過去に囚われているのは自分だけではない。

 自嘲したように笑う彼女を見て、アネットは漠然とそんなことを思った。


 「そう言えばまだ仕事が残っているんだった。私はこれで失礼するよ」

 「あ、あの……」

 「アネット。……君の気持ちは痛いほど分かる。だけど心配することと信頼することはまったくの別物なんだよ。だから無理矢理彼を押さえつけるのは止めなさい」

 「――――」

 「一度でも反抗心を抱かれたらもう終わりだ。君の声は二度と彼には届かない。そうなったらオットー君の二の舞になるだけだよ」


 それは普段よりもずっと人間味の篭っている温かい声だった。そしてどうしようもなく正論で現実的な意見でもある。

 思い出すのは過去の後悔。そして心に負った深い傷。同時に、最近になって知り合うことになった少年の笑顔を思い描いて、アネットは思わず息を呑んだ。

 彼女はただ呆然としながら、事務室を去っていく先輩の背中を見送った。





*****



 『ギンオウ遺跡』は相も変わらず薄暗く湿った空気を漂わせていた。

 ライトとティキは横に並びながら通路の中を進んでいき、遭遇したモンスターを次々と撃破していく。その過程でライトは購入したばかりの革手袋を装着し、危な気なくモンスターの素材を回収していた。


 「貴方、意外と強いわね。まだまだ動きに無駄があるけど、基本性能(スペック)だけならかなりのものだわ。普段から真面目に鍛えていたのね」

 「……あ、いや、そんなじゃないよ。僕は……」

 「別に謙遜しなくたっていいじゃない。貴方の努力はちゃんと実を結んでいるわ。だから胸を張っても良いのよ?」


 ここに来るまでの間、ティキは風の魔法で敵を屠りながらライトの戦い方を観察していた。どうやら彼は一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を基本としているらしく、進んでモンスターを深追いすることはあまりない。恐らくモンスターが逃亡した時も見逃す可能性が高いだろう。

 しかし、その点を憂慮する必要は全く無かった。

 持っている武器が優れているのか、それとも身体能力の賜物なのか。ライトはこれまでの戦いにおいて、全てのモンスターを一撃で絶命させている。おまけに敵の気配を察知する能力にも長けているらしく、ティキが見つけるよりも先に飛び出していくことが多かった。


 「……それは無理だよ。少なくとも、今のままじゃ」


 だと言うのに、少年の表情は暗い。

 まるで後ろめたいことでもあるかのように、ライトの声は沈んでいた。


 「よく分からないけど、そんなに気を落とさなくてもいいじゃない。ライトのおかげであたしが助かってるのは事実なんだし!」

 「あ、うん。そうだね……ありがとう」


 ライトの背中を軽く引っ叩いて元気付けようとするティキ。そんな彼女の明るさに釣られたのか、ようやく彼にも笑顔が戻った。

 そうして遺跡の通路を真っ直ぐ進んでいくと、突如として道の幅が広くなり、やがては立方体のような大広間へと辿り着いた。


 「ここは……?」

 「遺跡の中心部ね。いや、神殿の中心部って言った方が良いかしら? まだまだこの先は続いているけど、とりあえず今回はここまでにしときましょう。最奥にはランク3に匹敵するほどヤバイモンスターがいるらしいし」

 「それ、アネットさんから聞いたことがある。確か『迷宮主』って言うんだよね?」


 ――『迷宮主』。

 それはダンジョンの中で最も強いと恐れられる凶悪なモンスターに付けられた異名だ。最も魔力濃度が高いダンジョン最奥を根城としており、縄張りを侵したものには一切の容赦を見せない。

 更に言えば、他のモンスターとは一線を画する能力を秘めているので、並みの冒険者では太刀打ちすることさえ許されない。それこそ上級冒険者達が十人以上で協力して、ようやく勝てるかどうかというほどの相手だ。


 「アネット? それってあのトラブルメイカーな受付嬢のことを言ってるのかしら?」


 しかし、ティキの口から返ってきた内容は『迷宮主』とは全くかけ離れたものだった。


 「トラブルメイカーって……あのアネットさんが!?」

 「ええ。あたしも詳しくは知らないんだけど、とある事件が起きてからよく冒険者と揉めるようになったんだって。そのせいで彼女の窓口を利用する冒険者が殆どいなくなったって話よ」

 「あの優しい人が……冒険者とよく揉める?」


 ライトは信じられないとばかりに首を振った。

 アネットは優しくて思いやりがある。間違っても誰かと争うような性格はしていない筈だ。それなのになぜ冒険者と揉めるようになったのだろうか。


 「その……とある事件って?」


 ライトは真相を知るために、恐る恐るティキに尋ねた――その時。


 『アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!』


 まるで遠吠えのような獣の叫びが、劈くように二人の下まで響いてきた。


やっと100ptに届いたみたいです。

ブクマしてくれた方々、どうもありがとうございます(・∀・)ノ

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