第9話 唐突な再会
次の日。
この日は珍しくアネットさんの講義がお休みだったので、僕は朝から装備を整える為に商業区域へ出向いていた。と言っても、今まで冒険者用の道具はギルドで買っていたから、こうして街の中で買い物をするのは初めてだ。
僕は不安と興奮が入り混じったような落ち着かない気持ちを持て余し、とりあえず冒険者向けのお店を探そうと近くの商店を見て回る……筈だったんだけど。
『何? ダンジョン探索に必要な道具を揃えたい? だったら商業区域に行けば良いと思うぜ。ほら、大通りの途中でアーチ型の看板が立ってるでっけぇ横道があったろ。その先が一番賑わってるんだよ。迷いやすいのが欠点だけどな。がっはっは!』
それは、ここに来る前にジャンさんが笑いながら話していたことだ。
あの時はあまり気にしていなかったけど、ほんの少しでも留まっていれば嫌でも思い知らされてしまう。
ここは……大通りとは比べ物にならない!
通りを往来する人の数も、周囲から飛び交う喧騒も、人の壁が作り出す視界の悪さも、全て商業区域の方が上回っている。
辛うじて見えるお店の看板が唯一の目印として機能しているけど、そこまで辿り着く間に人の波に攫われ、随分と見当違いの場所まで流されてしまう。なるほど。確かにこれは迷子になりそう。
少なくとも僕が暮らしていた村じゃこんなことは有り得ない。僕は初めて体験する雑踏の力に早くも挫けそうになってしまった。
「と、とにかくどこかのお店に入ってしまおう……!」
一時的に戦線離脱を選択した僕は、とりあえずすぐ目の前にあった武具店へと足を運んだ。
ショーケースに飾られていた銀色の大剣に目を奪われつつ、店の扉を静かに開ける。すると鉄の臭いが一気に広がり、僕の視界に沢山の武器が飛び込んできた。
「……凄っ」
これ、全部武器なの!?
僕は呆然と口を開けながら棚に置かれている商品を見て回った。
試しに手に取ってみた緋色の長剣はずしりと重く、僅かに熱を帯びているような感覚がある。
柄に巻きつけてあるのは値札だろうか。この武器で一体どれくらいするんだろう?
「――――ッ!!?」
武器だけでこんなにするの!? 初級装備の三十倍じゃないか!
……三〇〇〇〇〇ゼニス。そんな数字が目に入って僕は声にならない悲鳴を上げた。
駄目だ。もしうっかり傷をつけたりしちゃったらとても弁償できない。僕の人生は借金だけで終わってしまう。そんなの嫌だ!
僕は安易な感情で値段を確認したことを酷く後悔した。
「……貴方、こんな所で何してるの?」
「うわぁあああああああああっ!?」
剣を元の場所に戻そうとした直後、突然後ろから肩を叩かれ、僕は驚愕のあまり絶叫してしまった。そんな僕に怯えてしまったのか、背後に立っていた人影も尻餅を着いたらしく「きゃあっ!?」と可愛らしい悲鳴を上げている。
僕は慌てて剣を棚の中に戻し、倒れた少女へ向き直った。
「ご、ごめんなさい!? いきなり声を掛けられたから驚いちゃって……!」
「い、いえ……。あたしもその、間が悪かったみたいだから、さっきの悲鳴も含めて……気にしないで」
意外なことに店の床に座り込んでいたのはいつか見た黒いローブの少女だった。
彼女は恥ずかしそうに顔を逸らしながら頬を赤く染めている。……可愛い。
僕が恐る恐る彼女に向かって手を差し出すと、彼女は照れたように俯きながらもしっかりと握り返してくれた。
「……やっぱり貴方、この前酒場にいた冒険者よね?」
「は、はい。そうですけど」
「前にも言ったけど、別に敬語を使わなくても良いわよ。それにあたし達、どうやら同い年みたいだしね」
少女は助け起こされた後、軽くローブの裾を叩いてから僕にそんなことを言ってきた。その言葉の意味を図りかねていると、彼女はローブの中に手を突っ込んで鎖に繋がれた金属製のプレートを引っ張り出す。
どうやら彼女はギルドカードを首から提げられるように手を加えているらしい。そのまま腰のベルトに括りつけている僕とは大違いだ。
そんなことを考えながら、僕は少女のギルドカードを拝見させてもらった。
「ティキ・レイシア、十五歳……本当だ」
「ね? だからわざわざ敬語を使わなくて良いわよ。むしろそっちの方が助かるし」
「じゃ、じゃあ……そうするよ。えっと、さっき僕のカードを覗いたみたいだから知ってると思うけど、僕はライトって言うんだ」
「ちょっ、人を覗き魔みたいに言わないでよ!? 偶々見えただけで、意図的に見たわけじゃないんだから!」
「ご、ごめんなさい……っ!?」
念を押すようにティキに詰め寄られ、僕は顔が熱くなるのを自覚しながら頷いた。
やっぱり可愛い女の子に近付かれると緊張する。記憶の中に潜む爺ちゃんが『役得役得!』と満面の笑みを浮かべているけど、流石にそこまで素直に喜べるほど僕は女性に慣れていない。
「それで、ライトはこんな所で何してるの? まさかとは思うけど、さっきの魔剣を買いに来たわけじゃないわよね?」
「魔剣って……さっきのメチャクチャ高い奴?」
「……はぁ。その様子だと何も知らないでこの店に入ったのね」
「?」
聞き覚えのない言葉に僕は首を傾げる。そんな僕を見て、ティキは額に片手を添えながら呆れたように溜息を吐いた。
「あのねぇ。ここは魔法専門店なの。確かに見た目は普通の武器屋に見えるけど、この店に置いてある武器の殆どは魔剣っていう魔法の力が込められた高級品なのよ。少なくともランク1冒険者の手に負えるような代物じゃないわ」
「魔法……って、ええぇ!? 魔法ってあの魔法ですか!?」
「どの魔法よ。まあ、何が言いたいのかは大体分かるけど」
人間の中で魔法を扱えるのは、魔導士と呼ばれる魔法の素質を持った人達だけだ。その数は冒険者に比べるとあまりにも少なく、周囲からは稀少な戦力としてかなり優遇されている。はっきり言って、憧れの的だ。
僕もいつかは魔導士と知り合えたら良いなぁなんて思っていたけど、まさかこの店が魔導士専用のお店だったなんて。……随分と場違いな場所に迷い込んじゃったな。
「とにかく、ここは普通の冒険者が訪れるような店じゃないわ。多分貴方が求めているような武器も置いてないわよ」
「そ、そうなんだ……」
元々休憩する為に入り込んだとは言え、ここには僕の買えるような商品が無いってことか。またあの雑踏の中でお店を探さなきゃいけないと思うと、ちょっと憂鬱。
思わず肩を落としながら溜息を吐くと、ティキは少しの間逡巡して、気恥ずかしそうに体を揺らした。
「……まあ、あたしの買い物が終わった後でも良いなら……案内してあげてもいいわよ?」
「へ?」
「だから、冒険者向けのお店! ……探してるんでしょう?」
顔を真っ赤にしながらそう尋ねてくるティキに対して、僕は嬉しさと喜びを感じながら満面の笑みを浮かべた。
「……うん! ありがとう!」
「よ、よし! それならちゃちゃっと買い物を終わらせてくるから、貴方はそこでちょっとの間待ってなさい!」
ティキは力強く拳を作ると、いきなり張り切ったみたいに近くの棚を物色し始めた。
そう言えばティキは僕と違って、ちゃんと買い物するつもりでこの店に入ったんだよな。よく見れば黒いローブって、如何にも御伽噺に出てきそうな賢者っぽい格好だし……もしかして。
「ティキは……魔導士なの?」
「まあね。と言っても、まだ大した魔法は使えないからあんまり期待しないでね」
「あ、はい」
あっさり返ってきた答えに若干拍子抜けしたけど、やっぱりティキは魔導士だったらしい。
どんな魔法が使えるのか気になったけど、自分で期待するなって言ってる人にそういう質問をするのは不味いかもしれない。
僕はお店の隅でティキが買い物を済ませるのを黙って見守ることにした。
「うーん。とりあえず魔力回復薬と魔法石は必須ね。あ、この魔針は思ったより安いわね。火属性が付与されてるのか……買おうかしら」
ティキは何度か迷いを見せながらも、テキパキと自分の欲しい物を手に取っていく。それはどれも僕の知識に無い物ばかりだったけど、なんとなく魔法に関わりがある道具だってことは名前の響きから想像できた。今度機会があった時にでも詳しく聞いてみようかな。
「うん。とりあえずこんなもんで良いかしらね。じゃあライト。早速行きましょうか!」
「分かった。道案内よろしくね」
「……ふふっ! 任せなさい!」
何がそんなに嬉しいのか。ティキは口元を綻ばせながら「今日は買い物に来て良かった」と呟いていた。まあ理由は何であれ、女の子が笑っているのは良いことだ。爺ちゃんだって『美人の笑顔はそれだけで奇跡』って言ってたし。
こうして僕はティキの案内を受けて、無事に目的の店へ辿り着くことができた。
「……ありがとう! おかげで必要な物が全部買えたよ!」
商業区域を抜けて元の大通りに戻ってきた後、僕は買い物袋を両手に抱えながらティキに向けてお礼を言った。
「あら、別に礼なんていらないわよ? 困った時はお互い様なんだし、先輩が後輩を助けるのは当然のことだから。……でも、そうね。どういたしまして」
「うん! これでダンジョン探索もばっちりだよ!」
「ダンジョン探索……。ねえライト。もしかして午後から早速潜りに行くの?」
「え? うん。一応、スライム討伐の依頼を受けるつもりだけど」
「……へぇ、そう」
どうしたんだろう。僕の予定を聞くなり、ティキは何かを思案するように顎の下に手を添えた。そしてしばらく黙り込んだ後、突然僕にこんな提案をしてきた。
「ねぇライト。どうせならあたしと一緒にダンジョンの奥を目指してみない?」
「ダンジョンの奥? 何かの依頼を受けるとかじゃなくて?」
「勿論それでも構わないわ。ただどういうわけか、ダンジョンは奥に進むほど高価なアイテムが手に入りやすいのよ。危険も増えるけど」
「……だから二人でパーティーを組もうってこと?」
「そういうこと! まあ、貴方はまだ初心者みたいだし、嫌なら無理にとは言わないけど……」
ティキは静かに僕の両手を握ってくる。そして上目遣いで潤んだ瞳を見せた後、「ダメ?」と言いたげに小首を傾げた。
その瞬間、僕の胸が激しく高鳴る。畜生。可愛いって正義だ。
まあそれはともかく、ティキはこの街で初めて出会った冒険者仲間だ。それに買い物で助けてもらった恩もあるし、これから先も仲良くしたいと思ってる。
だからこそ、ティキの頼みを無碍にする気にはなれなくて……。
「僕で良ければ、よろしく頼むよ」
僕はその場で快く了承した。




