第8話 努力と無茶は紙一重
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モンスターの多くは体内に魔力を取り込む性質を持っている。その為、濃密な魔力が漂っている土地には特別モンスターが集まりやすい。
そうして生まれたモンスターの巣窟を、人々は御伽噺に登場する魔窟の迷宮に準えて『ダンジョン』と呼んでいた。
現在、僕が訪れている『ギンオウ遺跡』もまたその一つだ。
「……ダンジョンは洞窟や森の中に発生しやすいって聞いてたけど、中にはこんな場所もあるんだな」
流石はギルド発祥の地と言うべきか、ハンデルの近隣には全部で三つのダンジョンが存在している。そのうちの一つが僕の目の前に広がっている遺跡だった。
元々は古代に建てられた神殿だったって話だけど、時代の流れで管理が疎かになっていき、気が付けばモンスターに荒されてダンジョン扱いされるようになったらしい。
残り二つの洞窟に比べると、なんていうか、かなり自業自得って感じがする。昔の人がちゃんと後世に管理者を残してくれていれば、今の人達がこの遺跡をダンジョンとして恐れる必要も無かったんじゃないだろうか。まあ、当時の人達もまさか神殿が放置されるなんて思ってもいなかったんだろうけど。
とにかく、ダンジョンになってしまったものは仕方がない。
僕は気を引き締めて目の前の遺跡に足を踏み入れた。
「それにしても、入口が地下に続いているって……まるで御伽噺に出てくる迷宮みたいだな」
時の流れで地形が変化した影響だろうか。
『ギンオウ遺跡』は歪んで坂道になった入口部分を除いて、およそ全体の八割以上が地面の下に沈み込んでしまっている。そのせいか遺跡の中は常に冷たく湿った空気が漂っていた。
ただ幸いなことに内部は光源に恵まれている。恐らくは先に訪れた冒険者のおかげなんだろうけど、通路のあちこちには大きな発光石が置かれていて、必要最低限の視界を確保することができた。
一応松明の用意はしてきたけど、これなら使う必要は無さそうだ。
僕は腰のベルトに差していた二本のナイフを両手に握り、周囲の気配を探りながら通路の中を進んでいった。
『……ギイ』
「――ッ!?」
早速感じ取った気配に僕は慌てて警戒態勢を取る。
やっぱり僕の察知能力は集中していないと使えないらしい。こうして武器を手に取るまで、近くにモンスターがいることにも気付けなかった。
『ギイイィ!』
「うわっ!?」
襲ってきたのは多分ポイズンバットだろう。
突然天井から襲い掛かってきた紫色の蝙蝠に、僕は驚きながら入口付近まで後退した。
危ない危ない。ポイズンバットの毒はそこまで強力じゃないけど、回復薬を一本しか用意していない僕にとっては十分過ぎるほど脅威だ。
なにせ薬草採集の依頼は報酬がたったの二〇〇ゼニスだもんなぁ……。回復薬は品質によって値段がかなり変わってくるけど、一番安い物でも最低五〇〇ゼニスは掛かってしまう。
僕が唯一購入できたこの回復薬は、ちまちまとモンスターの素材を売り払ってなんとか購入できた貴重な一本なんだ。できることなら使いたくない。
「……集中しろ……集中……集中っ」
オーガと戦った時のことを思い出せ。魔王さんと特訓した感覚を呼び覚ませ。
僕は全力で集中しながら、目の前のポイズンバットを睥睨した。
『ギイイッ!』
再び同じ場所まで近付くと、ポイズンバットが待ってましたとばかりに飛び掛ってくる。だけどその動きはさっきよりもずっと遅く感じた。
ポイズンバットは大きく口を開けて深紅の牙を差し向けてくる。
僕は目の前まで引き付けたところで右手に握る黒いナイフ――『ラーテイル』を思い切り正面に振りかざした。
「はぁああ!」
『ギイェッ!?』
黒い軌跡を残しながら一閃。
ポイズンバットは綺麗に真っ二つになって絶命した。
「……ふぅ」
やっぱり魔王さんがくれたこのナイフは凄い。勝手に彼の名前を付けさせてもらったけど、この武器は初級装備とは比べ物にならない威力を持っている。
僕はポイズンバットの断面を見て、改めてこの黒いナイフの切れ味に驚かされた。
一応ポイズンバットの牙は素材としてギルドで買い取ってもらえるけど、なんとなく危なそうだから手をつけるのは諦める。そしてさっさと目的のスライムを探すべく、遺跡の奥へと足を向けた。
『――ッ』
「うわぁ……大丈夫かな?」
それほど先に進まないうちに、僕は三体のスライムに遭遇した。
知識だけならアネットさんから叩き込まれていたけど、実際にその姿を見るのは初めてだ。
なんていうか、青く透き通った液体が固まっているような感じ。動くたびにプルプルしていてちょっとだけ愛嬌がある。だけど油断しちゃいけない。
例え見た目が可愛かったとしても相手はモンスターだ。決して気を緩めて良い理由にはならない。
僕は素早く真ん中のスライムを斬り裂いた後、一度距離を取って順番に左右のスライムも仕留めていった。
「……これが素材……なんだよね?」
スライムは他のモンスターと違って倒すと蒸発してしまう。その為に死体は一切残らない。
代わりに、スライムが倒れていた場所には硝子のように透明な結晶が小さく残されていた。
確かアネットさんから教わった知識だと、魔石っていう魔力の塊に近い物質なんだよな。
僕は三つの魔石を回収した後も遺跡の中にしばらく潜り続け、夕方になる頃には規定数以上の魔石をポーチの中に溜め込んでいた。
「これだけ集めれば結構な額になるかな。もうすぐ暗くなるし、そろそろ帰ろう」
僕は近くのモンスターに気を配りながら、なるべく戦闘を回避するようにハンデルまで戻る。そして真っ先にギルドまで向かって、依頼達成の報告を済ませた。
するとなぜか報告を聞いていたアネットさんが怒り出し、報酬を受け取るより先にいつもの一室へと連行されてしまった。……な、なんで!?
「ライト君! 君が受けた依頼はどんな内容だったのかな!?」
「す、スライムを五体討伐することです……!?」
アネットさんは凄い剣幕で僕に詰め寄ってくる。せっかくの二人きりなのに、全然嬉しくない。僕は涙目で震えながらアネットさんの質問に答えた。
「そ・れ・で? 君が倒したスライムは全部で何体だったっけ?」
「ご、五十体です……」
「馬鹿! どうして最初の討伐依頼でそんな無茶するの! 君、相当ダンジョンの奥まで進んだんじゃないの!? それで何かあったらどうするの! ダンジョンは奥へ進むほど何があるか分からないんだよ!?」
「ご、ごめんなさいぃ!」
どうやらアネットさんは僕が無茶をしたことにご立腹だったようだ。
確かに討伐対象をスライムだけに絞った分、数で稼ぎを増やそうと頑張った自覚はあったけれど、まさかそのことで怒られるなんて……。
僕は情け無いと思いつつ、完全に泣き出しながらアネットさんに頭を下げた。
「……はぁ。それで、怪我はしてない? どこか痛いところは?」
「い、いえ。一応、無傷です」
「それなら良いの。まあ、ちゃんと帰ってきてくれたってことで今回は許してあげます」
「え……」
「ただし、次は絶対に無茶しないこと! 少なくとも私がアドバイザーを担当している間は何度でも注意するからね!」
「は、はい!?」
……僕の気のせいだろうか?
『ちゃんと帰ってきてくれた』
そう言った時のアネットさんは、どこか寂しそうな顔をしていた。
まるで、爺ちゃんを亡くした頃の僕みたいに。
「こら! ちゃんと聞いてるの!?」
「き、聞いてます! 大丈夫です!」
「本当かなぁ〜? なんか心配だなぁ〜」
「ほ、本当ですよ!」
こうして僕はアネットさんに散々弄られた後、ようやく解放されて報酬を受け取ることができた。
依頼報酬六〇〇ゼニスとスライムの魔石五十個で一五〇〇ゼニス。合わせて二一〇〇ゼニスという大金を稼げたのは、やっぱり討伐依頼ならではだろう。
アネットさんには悪いけど……今回は頑張って良かった。
僕はちゃんと反省しつつ、密かにそんなことを思った。
*****
「ほう……単独行動でスライムを五十体も倒したのか。このライトという少年、意外と有望株なんじゃないのか?」
「……ええ。そうですね」
深夜まで書類整理を行っていたアネットは、先輩の驚いたような呟きに深い溜息を吐いた。
通常、ランク1の冒険者が単独でダンジョンに挑み、尚且つモンスターを五十体も倒すということは不可能に近い。
それはこれまでの依頼報告によって裏打ちされた揺らぐことのない事実だ。
例えライトがランク1以上の実力を持っていたとしても、初級装備しか持っていない状態ではかなりの重労働になるだろう。つまりどっちにしろ、彼が無茶をしていたことには変わりないのだ。
「なんだ。随分と不満そうじゃないか。もう少し喜んでやっても良いんじゃないか?」
「……死んだら元も子もないですから」
「お前も中々に重症だな」
「……どういう意味ですか?」
「いや別に。ただ、我々ギルド職員が冒険者の生死を気にしたところで仕方がない。なにせ我々は常に現場から一番遠い場所に居るのだから」
この先輩は正論しか口にしない。感情論を軽んじて、常に一歩引いた所から冷静に物事を判断する節がある。
アネットは基本的に先輩のことを尊敬しているが、どうしてもその機械的な一面だけは好きになることができなかった。まるで自らの心を閉ざしているような、そんなところが嫌いであった。
「先輩は、職員としては立派だと思いますけど、人としては少々冷たすぎるんじゃないかと思います!」
「君が過保護すぎるだけだろう」
「無関心よりマシです!」
「それは誤解だな。無関心な人間なんてこの世にいないさ。そんな奴等は全員とっくの昔に自殺している。まあ君からしてみれば冒険者は皆自殺志願者に見えるんだろうが」
「そんなわけないじゃないですか! 人を馬鹿にするのも大概にしてください!」
「馬鹿になんてしてないさ。あくまでも客観的に見た私個人の意見だ」
駄目だ。この人には口で争っても勝てる気がしない。
アネットは自分の敗北を悟って早々に帰宅する準備を始めた。
「先輩。冒険者の資料はそこに纏めておいたので、後で目を通しておいてください」
「了解」
アネットは不機嫌な態度を隠すことなくギルドの事務室から去っていく。そんな彼女を見送った後、先輩はふと目に入ったライトの資料を手に取った。
「『勢いだけで冒険者を目指した節がある』……か。酷い評価だな。まあ、あの第一印象じゃどうしようもないが」
苦笑を浮かべながらそこまで呟いた後、先輩は何かを懐かしむように赤い瞳を細めた。
「……『泣き虫』か。本当に……酷い評価だ」
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