表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第二章「緑のドラゴン」
9/42

第一話『En liten drage』

「あぁ……暇だな……暇すぎて窓から命綱なしのスカイダイビングしそうだ」


『いやダメでしょ。死なないにしても痛いよ』


 白いシーツの敷かれた病室のベッドの上で、ゴロゴロと落ち着きなく転がるミイラ──もとい未愛 黒音。

 先日に負った身体中の切り傷の為、病院に入院させられている。

 たった一日でほとんど傷は治ったが、まだ閉じたばかりで下手に動けば傷口が開くらしい。

 外見がアレの為に個室に入れられているが、それが反って憂鬱を生む。

 ほとんど話し声も聞こえない、孤立した一部屋。

 そこにいるのは、病人である黒音自身とそのパートナーのアズだけだ。

 テレビをつけてもこの時間は大して面白いテレビもやっておらず、外見がアレの為に外へ出ることも出来ない。

 放課後、海里華や梓乃がくるまでは本当に杞憂なのだ。


『すみません、入ってよろしいですか?』


「え、あ、はい、どうぞ……」


 ナースの人が包帯を取り替えに来たのか、だが朝に取り替えたばかりだ。

 そして返事をしても一向にナースは入ってこなかった。


「何なんだ……?」


「ああ、こちらですわ」


「へ、ですわって──おぉうっ!?」


「昨日振りですわね、黒騎士さん」


 黒音が視線を向けていた方とはまったく逆。

 部屋の窓の方に、その人はいた。

 黄色い刺繍が施された純白のドレスを纏い、黄色の光を帯びた翼を背中に広げている。

 蜂蜜色の金髪にティアラをちょこんと乗せた彼女は、昨日トリアイナを討伐する時に協力してくれた堕天使の契約者、絆狩り(ボンドキラー)だ。

 するりと窓から病室に浸入し、薄い黄金色の翼を折り畳む。


「なんだ? 金ならねえし、喧嘩なら相手になるぜ」


「いえ、今日は取り立てでも喧嘩しに来たのでもなく、様子を見に来ただけですわ」


「なんで俺の様子を見る必要がある? むしろ目の前で契約者が弱ってるんだ。好きにしろよ」


「もう、貴方と言うお方は、そんなひねくれた思考しか出来ませんの?」


「生憎俺は親に教育を受けた記憶がなくてね。文句があるなら表に出な」


「はあ……そこまで闘争心を剥き出しにされると、逆に殺る気も失せますわ」


「なら変身を解けよ。俺はお前に素顔を見られてるんだからな」


「勿論、そのつもりですわ。私、人を信用することが出来ない人間不信なもので、相手が絶対に攻撃出来ないと自分で判断出来るまでは気を許せないんですの」


 案外素直にこちらの意見を聞き入れ、ボンドキラーは変身を解除した。

 黄色がかった翼は光の粒子となって消え去り、黄色い刺繍が施された純白のドレスは翼だった光の粒子に紛れて姿を消した。

 発光する繭の中から現れたのは、ボーダー柄のシャツとダメージジーンズのようなデザインのホットパンツ。

 そして着古された黄色いパーカーを着た少女が現れた。

 少女と言っても少し大人っぽい雰囲気の歳上の女性と言う感じで、変身していた時と外見はほとんど変わらず、発光していた金髪が少し色褪せたくらいだ。

 変身を解除したボンドキラーは、見とれるまでに美しい姿勢でパイプ椅子に腰を下ろした。


「これが私の真の姿、黄境こさかい 漓斗りとと申しますぅ」


「……なんかふわふわしてるな」


 変身を解く前は誰も寄せ付けない薔薇のようなお嬢様と言う雰囲気だったのが、今ではすべてを受け止める包容力の高いお姉さんと言う雰囲気だ。


「よく言われますぅ。それよりぃ、変身を解除したんですからぁ、そろそろお話をしてもよろしいですかぁ?」


「ああ、でもその前に、昨日は助かった」


「お礼を言われるなんてぇ、私はただぁ、もたついて時間を引き伸ばしているのが見ていられなくなっただけですぅ」


 速攻で決めてしまえば、海里華の体を傷つけることもなく、最小限の犠牲で幕を下ろすことが出来た。

 あの槍さえへし折ってしまえば、自分だってこんなに傷つくことはなかったのだ。


「俺もまだ未熟ってことか……って、そう言えば俺と話がしたかったんだよな。なんだったんだ?」


「……貴方が契約者を集めていると小耳に挟んだものでぇ」


「なに、まさか──焔か……あのバカ……」


 黒音の身の回りや目的などを知っていて、他の契約者と自由に接触出来る実力者と言えば、焔しかいない。

 根回しの仕方が強引すぎる。なにも正体を明かさなくとも……。


「そこでぇ、取引しません~?」


「取引……?」


「毎回私が契約者の情報を持ってくる度にぃ、千円札を一枚ほど頂きたいんですぅ」


「俺がその情報を既に知ってる場合は?」


「払わなくて結構ですよぉ? ただしぃ、私が持ってくる情報は八割五分が最新のものばかり。情報だけ持っていって踏み倒すのはなしですよぉ?」


 千円札一枚の出費で契約者の最新情報が手に入る。

 最新情報などそう簡単に入手出来るものではないし、だから漓斗も千円と言う値段に設定したのだろう。


「ふむ……一つ条件がある」


「はい~なんでしょうかぁ?」


「今この時間と、これから暇があれば、平日のこの時間帯は俺の話し相手になれ」


「……構いませんけどぉ……身辺調査をするかも知れませんよぉ?」


「したいならすればいいさ。どうせ俺の情報なんかつかんでも俺さえ知らないことばかりだ。有力とは言えねえよ」


 記憶がリセットされている黒音にとって、自分の情報ほど無価値なものはない。

 それくらいで入院中の暇が潰せて、契約者の情報が手にはいるなら、英世一人くらい安いものだ。


「今は払えねえけど、いいのか?」


「えぇ、本来の目的は情報提供ですしぃ、話し相手くらいタダで構いませんよぉ。えっとぉ……」


「あれ、焔から聞いてないのか。俺は未愛 黒音だ。よろしくな、漓斗」


「えぇ、よろしくお願いします黒音(カモ)さん♪」


          ◆◆◆


 メルヘンの国に出てきそうなヨーロッパ風の赤レンガで出来た豪邸。

 その広間で、六人の男女が談笑していた。

 部屋の中心にいるのは朱色に近い茶髪の青年。

 その青年から見て右側には、焦げ茶色の髪とオレンジ色の珍しい瞳をした少女と、その少女の肩にもたれかかる小さな少女がいた。

 オレンジアイの少女の肩にもたれかかる小さな少女は耳が尖っており、髪が真っ白だ。

 オレンジアイの少女と白髪の少女の正面には、赤毛の少女と漆黒のローブを深く被っている少女がいた。

 赤毛の少女の体からは時折シリンダーの音が聞こえる。

 ローブを深く被っている少女は人形のように何も話さず、ぴくりとも動かず、顔を伏せている。

 全員が全員体の一部に盾のようなマークが刻まれている。

 統一されたエンブレムはチームの証。

 そのマークは魔王に仕える超精鋭の守護者達、チーム〈tutelary〉のエンブレムだった。


「白夜……俺はいつまでこんな無益なことをしていなくてはならん……?」


「んーとね、あともうちょっと」


 テーブルに足を投げ出し、それだけで殺せてしまいそうなほど殺気に満ちた双眸。

 茶髪の青年の真正面に座るもう一人の青年は、異様なまでに殺気立っていた。

 それはすべて正面に座る茶髪の青年、白夜に向けられている。


「貴方はチームワークと言うものを知らないのですか? チームメートならばもっと仲を深める努力を──」


 オレンジアイの少女が言葉を言い終わる前に、少女の眼前にマスケット状の長銃を突きつけた。

 青年は少しだけ銃口をずらし、眉間に限界までシワを寄せて低い声を浴びせた。


「仲を深めて何になる……馴れ合って強くなれるのか? 確かに共闘すれば強くなるだろう。二人分の戦闘力なのだからな。だがそれは個人の強さではない。一人で複数人の力に及ばなくては、強さとは言えん」


「流石は〈真実の幻(トゥルー・ファントム)〉の深影君。呆れるまでの持論だね。仲間を守れない強さを強さとは言わないよ」


「守れないだと? ふざけるな。守れないのではなく守らないのだ。意味も価値もない。己の身を己で守れない奴を守った所で、死期が引き延びるだけだ」


「そっか、そう言えばそうだね。君が守るのは生涯一人って決めてるんだっけ。君のお姉さ──」


「姉の話を……するなッ!!」


 あまりにも強大すぎる魔力が、簡単に臨界点をオーバーした。

 本来エネルギーが高まると、その契約者が持つ属性がオーラとなって現れる。

 例えば水属性ならば、水流がその契約者を囲むように円を描くと言う感じだ。

 だがある一定の領域を越えたエネルギーは、決まった形を持たずにその属性の色をした炎のようなオーラに変わる。

 深影と呼ばれる青年から溢れ出る色は黒に近い紫色。

 闇属性の色だ。つまり彼は悪魔と契約していると言うことになる。

 深影はオレンジアイの少女に向けていた長銃を、正面の白夜へと向けた。


『クスクス……皆殺しにしていいの?』


 深影の発する強大な魔力で目が覚めたのか、深影の影からフクロウと狼の顔が描かれたローブを纏う女性が現れた。

 ソロモン七十二柱の六十三番目で、一度腰の剣を抜けば命ある者すべてを皆殺しにしないと止まらないと言う、別名麗しき殺人マシーン。


「白夜がこれ以上俺を引き留めると言うならば、お前の好きにしろ。アンドラス」


「ありゃりゃ、本当に血の気が多いね。ごめんよ、気に障ったのなら謝る。もう君のお姉さんの話もしない。ただし、チーム戦の時はちゃんと来るんだよ?」


「……無論だ。仲良しごっこをする気はないが、戦ならば好きなだけ呼ぶがいい。俺の相棒は、常に生き血を求めているからな」


 深影はソファーから立ち上がり、自分の背にもたれかかるように浮遊するパートナーの悪魔、アンドラスを連れる。

 黒いボトムスに白いシャツ。その上から黒い皮のジャケットを羽織った。


「行くぞアンドラス」


『クスクス……りょうかぁい……』


 深影は虚空に指で線を描くと、その線を脳内でイメージして魔力を込めた。

 すると虚空に突如深影が描いた線が実体化し、扉が現れた。

 扉の向こう側には、水に浮かべた油のように薄暗い次元の歪みが渦巻いている。

 どこに繋がっているとも分からない扉に、深影は何の躊躇いもなく入っていった。

 深影が扉の向こう側に消えたことで、実体化していた次元の扉が閉鎖される。


「ねえ白夜ちゃん、深影ちゃんがいつも使ってるあの手品、何なの?」


 白夜から見て左側のソファーに座っている赤毛の少女がそう尋ねた。

 白夜は苦笑しながら、記憶の中から知識を掘り出していく。


「あれは〈次元歪曲ディメンション・フォース〉と言ってね、圧縮した魔力を放つことで別の場所へ繋がる扉を開く魔術なんだ。今いる場所と今から行きたい場所を魔力で作った扉で短縮するんだよ。でも一つ間違えれば出口を失って、永遠に次元の狭間をさ迷うことになる」


「へぇぇ……でも深影ちゃんはそんな危険なとこに簡単に入ってったよ?」


「ああ、深影君は迷うことがないんだよ」


「迷うことがない……? 白夜さん、それはいくら何でも不可能です。あの技はどれだけ卓越した技術をもってしても確実性を得ることは出来ない魔術のはず……」


 今度は右側のソファーに座るオレンジアイの少女が言った。

 だが白夜はティーカップの紅茶を覗き込みながら笑った。


「そう、だから彼は他では真似出来ないほどまでに高いクオリティーで完全な〈次元歪曲〉を完成させた。彼の技術は世界一。僕でさえ足元に及ばない。だから彼が本気を出すと、僕でも勝てるかどうか……まあ性格がアレだから台無しだけどね」


 白夜にここまで言わせる深影の力を、チームメートは誰も知らない。

 今まで一度として、深影が本気を出している所を見たことがないからだ。

 天使最強の力を持つ白夜に、ここまで言わせる深影の力を。


          ◆◆◆


 聞くと何故かお化けを連想してしまう深夜の病院。

 静まり返った病室に、微かに物音が響いた。

 月明かりに照らされた窓際に、一つの人影がある。


「ただの擦り傷で何日も寝ててたまるかっての」


 病衣の紐をきつく締めると、黒音は病室の扉からナースがいないことを確認して再び窓際に戻った。


『でも黒音、傷口は浅いって言っても魔力の消耗は回復しきってないんだから、くれぐれも無茶しないでね』


 病衣の上から制服の上着を羽織り、病室の窓に足をかける黒音。

 窓の向こうにはフィディがドラゴンの姿で待機している。

 窓から飛び降りた黒音は、フィディの背中に飛び乗って月夜に舞い上がった。

 海里華は何やら用事あると言って開戦場所には来ないと言っていた為、多少の無茶が許される。

 そして最悪苦戦したとしても、黒音には自分の身を守る手段がある。


「おお……? これはこれは……なかなかの面子だな」


 黒音の視線の先。死神の少女に、緑の電流を纏うドラゴン、金髪の堕天使、漓斗もいる。

 それに加え、今日は初めて見る顔触れがいた。

 一人は少し不自然な聖力を感じる天使の少女と、その場に揃う契約者の中でも異様なエネルギー反応を示す悪魔の青年。

 黒音はアズと一体化すると同時に、その場へと入り込んだ。


「ふん……貧相な顔触れだな」


「やっぱり、エミの情報は正しかったの」


「今日は強い人が一杯いるわ……」


「こんなのが相手なんだ……血が騒ぐよ……」


「あの悪魔の契約者……どこかで見たことがありますわね……」


「よう漓斗、いやこの場ではボンドキラーって呼んだ方がいいか?」


 フィディに騎乗したまま、黒音が漓斗に近づく。

 この時漓斗が接近を拒まなかったのは、互いに利害が一致しているからだろう。


「いえ、漓斗で結構ですわ。それよりもあの悪魔の契約者、警戒した方が良さそうですわ」


「それは契約者の情報に入るのか?」


「さあ、貴方がそう思うなら払ってくれていいんですのよ?」


「じゃあ──これで俺と共闘してくれっつったら、どうする?」


 黒音が差し出したのは、千円札が一枚と、五百円玉が一つ。

 これで漓斗が出した答えは──


「いいでしょう、私もこの面子を目にすると、単独では不安な所がありましたし」


 案外素直に共闘の申し込みを受け入れた。

 逆に気持ち悪い気もするが、漓斗が黒音を見捨てることはない。

 黒音は毎日の食事代を貢いでくれるカモなのだから。


「交渉成立。ちなみにこの五百円は前払いだ。期待してるぜ」


「……貴方って、結構意地悪な人ですのね。まあいいですわ。そろそろ動きそうですわよ」


「俺の使い魔を貸してやる。俺は神機が二人いるからな」


「あら、貴方の使い魔……相当な高性能のようですわね。ありがたくお借りいたしますわ」


 漓斗はフィディに騎乗し、黒音は背中に翼を展開して神機を二人とも装備した。

 漓斗が黒音の後ろに待機し、負傷している黒音の背中を守る。

 互いの背後を守り合うことで完全な共闘状態が築かれた。


「来ますわよ。背後は私が守って差し上げますわ。貴方は好きにやりなさいな」


「元よりその気だ。狙いは──あの悪魔の野郎だな」


「いきなり大物を狙いましたわね。まあ私も最初からあれを狙っていましたけど」


 だが二人の狙う悪魔の青年はまったく動こうとしない。

 最初に動いたのは緑のドラゴンと、死神の少女。

 緑のドラゴンは死神の少女とはぶつからず、天使の少女へと狙いを定めた。

 死神の少女は黒音達の狙っていた悪魔の青年へ突き進む。


「好都合ですわね。眼中にない者同士が戦線から外れた上に、あの悪魔の契約者の実力が分かりますわ」


「いや、見るまでもない。あの死神の子、負けるぞ」


 色を失った白い髪に、髪の隙間から左右に生える羊のような歪曲した角。

 眼球は黒く染まり、瞳は充血したように紅に変色していた。

 コルセット型の黒い戦闘服の上から、ベビードールにも似ている透けたレースを纏っている。

 明らかに異常なまでの魔力を放つ死神の少女。

 対して悪魔の青年は、魔力を練るでもなく構えるでもなく、石像のように直立不動だった。


「私の技……見せてあげるわ……〈死神の大鎌(リーパー・ザ・サイズ)〉……!!」


 死神の少女が手刀を降り下ろした瞬間、薄紫の線が現れた。

 薄紫の線は弓みたくしなり、青年へと吸い込まれるように発射された。

 魔力を凝縮した一撃は、瞬時に青年の体を真っ二つに切り裂いた。

 だが青年の体からは一滴の血も吹き出さず、むしろ半分にされたまま生きているようだ。


「そんなものか?」


「っ……? 死体が、喋った……?」


「違う、あれは死体じゃねえ……幻覚だ」


 奴は始めからあの場所にいなかった。

 魔力で作り出した精巧なコピーだ。

 それを自分自身のように操り、彼女を一定の場所まで引き付けた。

 必殺の間合いとなる、その場所へ。


「技と言うものはこうするのだ。〈幻の銃弾(ファントム・ブレット)〉……!」


 幻覚が解け、真実の光景が露になる。

 少女の右肩にはいつの間にか青年の人差し指が突き立てられており、胸の左側にはマスケットのような形状の長銃が突きつけられていた。

 長銃に青年の魔力が込められると、青年は容赦なく引き金を引いた。

 強大な魔力か込められた一発は、少女の心臓を穿つには十分すぎた。

 少女は街の真ん中へと墜落していく。

 黒音はそんな姿を眺めながら、不思議な気分に包まれていた。


「あの悪魔、相当な実力者ですわね。自分の指先からあの子へ魔力を流して五感を狂わせていましたわ。そのせいで少女は銃口を突きつけられていることに気づけなかったんですのね」


 なるほどよく経験を積み、才能も実力もある。

 チームに率いれることができれば、最高の戦力となるだろう。

 だが黒音はきっぱりと断言した。

 アイツが自分の仲間になることは絶対にあり得ないと。


「……なあ漓斗、ちょっと俺……一人でやってくる」


「な、正気で──はあ……お好きになさいな」


「ああ、行ってくる」


 機動性を重視した薄めの装甲を纏い、黒いフルヘルメットを被っている。

 腰の回りには狼の頭のような形をした木製のアクセサリーが連なって巻かれており、狼の頭のようなパーツ一つ一つに小さな魔方陣が刻まれていた。

 空に制止しているのは、フクロウの姿をした使い魔が青年を包む軽装のフックに爪を引っ掻けて飛んでいる為だ。

 青年は一つだけ魔方陣が光っている木製のアクセサリーを撫でると、青年の装備していた長銃が液体のようにぐにゃりと変形し、光っている魔方陣へと吸い込まれた。


「なるほどな。その腰に巻かれてる奇妙な木製のアクセサリーは武器を呼び出す為の魔方陣の役割をしてるんだな。状況に応じて魔方陣に魔力を注入してその武器を取り出して戦う。俺とタイプは違うが、オールマイティってとこは似てるな」


「貴様、分析力が高いな。だが無駄だ。分かった所で防ぐ手はない。俺の扱う武器はこの魔方陣の武器、計十六種類だ。そして俺の使う武器は先程の重火器だけではない。貴様も見ていただろう? あの死神の娘が無惨に殺られる所を」


「おあいにく様だが、んなモン関係ねえよ。ムカついたからぶっ飛ばす。戦う理由にそれ以上必要か?」


「違いないな……いいだろう。かかってこい、名もなき弱者よ」


「俺は未愛 黒音! 黒騎士の契約者だ! 覚えとけ!」


 ダーインスレイヴを真っ向から降り下ろし、大振りにアクションをとる。

 だが相手もそれを真正面から白刃取りし、刀身を右に倒して限界まで距離を詰める。

 だがそれも黒音の予想範囲内。そう、相手は完全に黒音の視界に入り込んでいる。

 あの特性の条件と範囲はすべてが視界の中に入っていること。

 黒音は視線を少し下へ移動し、それ(・・)を視界に収める。

 そしてアイギスの特性を発動した。


「これは幻覚じゃねえな。死神の子に幻覚をかけて解除した後、俺に触れる隙はなかった。魔力回路に自分の魔力を流し込めなくちゃ、幻覚は使えない。これでお前の武器はすべて封じた」


「すべて封じた、か……確かに、貴様は俺の幻を封じたのだろう。だが俺の武器は腰の魔方陣に九割仕込まれて──」


「その魔方陣、本当に使えるのか?」


「なに……?」


 ゆっくりと、黒音の様子を警戒しながら腰のアクセサリーに目をやる。

 すると、腰のアクセサリーはほとんどが変色し、亀裂が入っていた。


「……貴様、何をした……?」


「石化だよ。お前の武器は俺の神機によって石化させてもらった。亀裂が入ったことで魔方陣は魔方陣として機能しなくなった。これでお前の武器はすべて封じた。違うか?」


「…………ふふ……面白いな、貴様は。まさか神機を使える奴がいたとは」


「俺のパートナーは悪魔であり死神でもある。……らしい」


 いかんせんパートナーの情報すらまともに知らない。

 そも自分でさえ何故悪魔なのに神機を扱えるのかすら分からないと言っているのだ。


「まあいい。これでようやく、俺の足元に及んだな。来い、我が献属の力を少しだけ見せてやる。我が元に来たれ! 〈全てを飲み込む幻影(フリスウェルグ)〉よ!」


 虚空が陽炎のように歪むほどの魔力が、唯一石化されなかった後ろの魔方陣へと注がれる。

 青年の真後ろにある魔方陣が煌めくと、それは現れた。


「なんだよ、その、化け物はっ……!?」


 全長五メートルは越えているであろう巨躯。

 それだけならばまだ分かるが、それは少し違った。

 横幅は八メートルを確実に越えている。

 あまりにも巨大すぎて、それが翼だと理解するのに時間を要した。

 くちばしだけでも人間の体躯を越え、眼球は腕に抱えきれないほど大きい。

 デタラメなサイズのそれは、どうやら鷲がモデルのようだった。


「コイツの名はフリスウェルグと言う。貴様の持つその神機と同列。つまりコイツは生物系の神機だ」


「あ、ぁ……っ? これが、神機だって……?」


『黒音気をつけて! ソイツ何だかおかし──』


 黒い炎を全身に纏ったそれは、なんの前触れもなく──黒音を食らった。


「食らい尽くせ、フリスウェルグ! 〈最初のついばみ(ファースト・ピック)〉! まずは第一波だ」


 成人男性とほぼ同じ身長の黒音を一口で丸飲みしておいて〈pick(ついばみ)〉とは、皮肉もここまでくると苛立ちを超えて笑いが込み上げてくる。

 そして神機に丸飲まさせたことで勝った気になっている悪魔の青年も、おかしくて仕方がない。


「言わなかったか? その魔方陣、本当に使えるのか、ってな」


 黒音が封じた魔方陣からその神機を呼び出したことを、努々忘れてはならない。

 黒音はもう封じたと言ったのだ。

 それが神が創りたもうた神話の産物であろうが、世界樹に住まう神話の化け物であろうが。


「サンティ、全力で固めろ! 〈醜く煌めく蛇の瞳メドゥーサ・オブ・ゴルゴン〉!!」


 くちばしの先から変色し、ヒビの入る音を響かせながら硬化していく。

 それはまさしく、醜き蛇の頭を埋め込まれた盾の力だった。

 やがて全身が変色し、黒音は怪鳥のくちばしをダーインスレイヴで叩き割って脱出した。


「……ようやく分かったぞ。貴様の持つ神機はすべてを石化させる類いのものだな。そしてそれは〈蛇の揺り籠(アイギス)〉だろう?」


「ご明察。そうだ、コイツはサンティって名前の神機、アイギス。俺の瞳にその化け物を映したのが間違いだな」


 遥か昔、それはそれは美しい女性がいたと言う。

 自他ともに認めるその美貌を、女性はついに神に自慢した。

 私の髪は〈煌めく女神(アテナ)〉の髪よりも美しいと。

 そしてアテナは人の身で神の美しさを超えたと豪語する放漫な女性に、醜い姿になる魔術をかけた。

 女性は髪が蛇となった化け物の姿に変えられた。

 その女性の名こそ〈宝石の瞳を持つ女帝(メデューサ)〉だ。

 アイギスはそのメデューサの首を埋め込んだ盾を指す。

 胴体から首が切り離れていても、石化の能力だけは失われなかった。

 使用者が目視したものを石化出来るのは、この能力の為だ。


「まさか、この規模を一分足らずで石化させるとは」


 ──神機の性能は使用者の実力や才能に左右されると言うのに。


「ますます面白いな。ここまでこの俺を高ぶらせたのだ。 名を名乗ってやる。我が名は深影。チーム〈tutelary(守護者)〉 の悪魔であり、チーム最強の力を持つ不知火(しらぬい) 深影(みかげ)。 通り名は〈真実の幻(トゥルー・ファントム)〉だ。覚えておけ」


 黒いフルヘルメットを脱ぐと、深影は素顔を晒して黒音の瞳を見つめた。

 黒音が被るフルヘルメットの甲冑を通して、深影のただならぬ覇気が伝わる。


「なら俺も改めて名乗る。俺は未愛 黒音。そう遠くない未来に、お前のチームへ挑戦する。これは宣戦布告だ。受け取れ」


「俺のチームに? 面白い。最高に面白いぞ。貴様ならばこの俺を楽しませてくれるだろう。その宣戦布告、しかと受け取った。あまり俺を待たせるなよ? 俺はこう見えて短気だ。あまり遅ければ、俺から迎えにいくかもな」


 てっきり下らないとか愚かな、などとバカにされて切り捨てられるものかと思ったが、深影は以外に真正面から宣戦布告を受け止めた。

 どうやら実力に比例して態度を変えるようだ。

 もう少し性格がよければ、友達になれたかもしれない。

 だが黒音はこれから深影を踏み台にして挑まなければいけない。

 守護者の頂点に立つ、魔王を。


「待たせはしないさ。俺はもう、動き出してるんだ」


 互いに視線と闘争心が激しくぶつかりあう。

 いつの間にか石化していたフリスウェルグの姿はなく、光となって魔方陣に吸い込まれている。


「真実の幻、か……」


「すごい駆け引きでしたわね。それに二人ともの戦闘力、目を見張るものがありましたわ」


「漓斗か。でもな、俺の実力は本当にアイツの足元に及んだくらいなんだ。アイツを越えるには、まだまだ力がいる」


 流石は魔王に選ばれた守護者と言うことだ。

 常人離れと言う言葉で片付けられるレベルではない。

 それに今の戦闘でこちらの手を三割ほど晒してしまった。

 魔力が全快でフィディやザンナの力を使ったとしても刺し違えるまでが限界だ。


「今日はありがとうな」


「お金をもらったのですから、当然ですわ。でも私、ほとんど何もしていませんわよ?」


「共闘態勢を取るってことが重要なんだよ。俺は落ちた女の子を見てくるよ」


「何故ですの? もう死んでますわよ。心臓に直接銃弾を受けたのですから」


「いや、死神だから案外生きてるかもよ? それに俺はあの子を仲間にするつもりだからな」


 ──なら俺も改めて名乗る。俺は未愛 黒音。そう遠くない未来に、お前のチームへ挑戦する。これは宣戦布告だ。受け取れ。


「なるほど、魔王ですか……」


「あ、そうそう、漓斗。お前も仲間に加える予定だから。そのつもりでな」


「……へっ!? わ、私もですのっ!?」


 確かに今現在確認出来ている堕天使は私だけかもしれない。

 情報提供者からそう聞いているが、何故よりによって私なのかと。


「いつかお前を金じゃなくて心で動かして見せる。待ってろ」


「貴方って……本当に似ていますわね」


「へ? 誰とだよ?」


「んー元カレですかしら?」


「え、元カレ……? お前が……?」


「ど、どう言う意味ですのっ!」


 漓斗からフィディを預り、黒音は変身を解除した。

 そして露になったのは病衣の下を包帯で巻きまくった姿だ。

 黒音は血が滲んだ場所を押さえながら、フィディに体重を預けた。


「傷口が開いてますわ……こんな状態で……」


「ああ、大丈夫だ。かすり傷ごときで休んでられない。俺は強くならないといけないからな。お前も気を付けろよ、未来の仲間」


 断られることなど思考の隅にもない。

 完全に、完璧に仲間にすると確定(・・)している。


「とっとと行きなさいな。座薬の代わりに私のレイピアを突き刺しますわよ?」


「お、お前ならやりかねないな……じゃあ、またな」


 フィディを死神の少女が墜落した方向へ向けて飛ばし、黒音の姿が見えなくなった所で、漓斗はいきなり変身を解除した。

 翼がなくなり、地面へ向けて一直線に落ちていく。

 だが漓斗は空中で軽く体制を変え、足の爪先から地面に着地した。

 一切ぶれることなく、体制が崩れることもなく、狙い通りの場所に狙い通りの体制で着地する。


「アザゼル、帰りますよ……」


『ふむ、ドラゴンから金は取らないのか?』


「今はそんな気分じゃないんですよ……あの人は、勝手に人の心を掻き乱す……」


(漓斗が金を切り捨てるとは……あの男の影響力は計り知れないな)


「ふぅ……今日はまっすぐ帰りますよぉ。そんなにお腹も空いてませんしねぇ」


 ほんの少しの間だけ露にした真の漓斗の姿に、アザゼルはただ感心していた。

 自分を偽ることで精神状態を保っている漓斗に猫を被ることを忘れさせると言うことは、少しの間でも黒音が漓斗の精神安定剤になったことを意味する。


『そうか、では俺がコンビニで何か適当に買ってくるぞ』


「えぇ、お願いしますねぇ♪」


 夜の街に消えていく漓斗の影を、アザゼルは少し切ない気持ちで見送った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ