~epilogue~
二人仲良く重傷を負い、海里華は両親に津波の時に巻き込まれたと誤魔化していた。
実際は巻き込んだ側なのだが、トリアイナに乗っ取られていたことを考えれば海里華も被害者なのだろう。
海里華は右手のひらに穴が開くと言う大怪我に加え、精神的なダメージも相当なものだ。
黒音はと言うと、大量の切り傷を受けて全治二週間と言う診断を受け、一週間の入院を課せられた。
全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、身動きを取ることも難しい状態だ。
これが海里華を取り戻せた代償と言うならば安いものだが……。
「はぁッ!? トリアイナのパーツはお前が集めてただと!?」
「うん、力欲しさに前々からずっとね……ごめんなさい」
それを聞かされた時は本当に海に沈みたくなった。
結局はとんでもない自業自得に巻き込まれたと言うことだ。
「ああもう……お前本当に頭大丈夫か?」
「な、何度も謝ったでしょ……だから毎日こうやって病室に通ってるんじゃない」
使えない右手の代わりに太ももでリンゴを挟み、器用に皮を剥く海里華。
「なあ海里華、これは文句じゃなくてお願いだ。これからは力欲しさに無茶するのはやめてくれ」
「ごめんなさい……」
「力が欲しければ剣になる。危険なことがあれば俺が盾になる。お前は俺に守られててくれ。お前が傷つくと俺は立ち直れなくなる。もうこれ以上、誰も失いたくないんだ……」
身動きがとれないほど傷つきながらも、海里華の身を案じる黒音。
そのあまりにも悲痛そうな表情に、海里華は心を決める。
「分かってる、これからは無茶しないし、アンタを心配させたりもしない。でも守られてるだけじゃ嫌なの。私だって契約者よ? だから戦いたいの。私はアンタを一生支えるって決めた。だから、危険なことは一緒に乗り越えましょう? もうこれ以上、アンタに全部背負わせたりはしないわ。はい、あーん」
海里華の瞳はもはや何を言われても揺らぐことのない覚悟と決心の光が宿っていた。
黒音はこの瞳をよく知っている。
あの人に出会って間もない頃は、こんな目をしていたことを、自分ながらによく覚えている。
「ったく……どうなっても、知らねえからな。はぐ……ん」
爪楊枝で差し出されたリンゴをかじる黒音。
でこぼこな形をしているそれを、黒音はどこか暖かい気持ちのまま平らげた。
「あら、包帯でぐるぐる巻きにされてる以外は元気そうね」
「未愛君が昨日の津波に巻き込まれたって聞いて来たけど、なんかピンピンしてるね」
「焔! それに緑那まで!」
焔は花を、梓乃はビニール袋に大量のお菓子を詰めて病室に入ってきた。
焔とは契約者繋がりなので、少なくとも梓乃がいる時には会いたくなかったのだが。
「あ、エリちゃん……」
「梓乃、最近元気がないようだったけど、黒音に比べればまだまだね」
「そ、そだね! 未愛君に比べればまだまだだよ! そ、それよりも、未愛君、お菓子食べる?」
「ああ、もらうよ。……で、焔はなんで来たんだよ?」
契約者であることがバレれば、海里華は勘違いして暴れるかもしれないし、そもそも一般人の梓乃がいると言うのに。
「そりゃ様子見によ。無事でよかったわ。ウリエルから苦戦してるって知らされてたから……まさかここまてやられてるとはね」
「仕方ねえだろ、海里華を人質に取られてたんだから……」
「どおりで……貴方をここまてボロボロにする奴なんて想像つかないものね」
ライバルと認めてそう言っているのだろうが、この状態では皮肉にしか聞こえない。
梓乃から受け取った板チョコをかじりながら、ベッドへ体を預ける。
「そう言えばほむちゃんはなんで未愛君のこと知ってるの?」
「ああ、屋上でちょっとね」
「あ、そう言えばほむちゃん、入学早々生徒会に入ったんだっけ。だから屋上の鍵とかも使い放題なんだ」
「生徒会の特権よ。あそうそう黒音君、後で話があるの」
「話? ……おっけ」
あの目は明らかに契約者としての目だ。
海里華は気づいているだろうか、だがどちらにせよ、話しておかないといけないことだ。
「ねえ梓乃、悪いけど全員分の飲み物買ってきて」
「わう、りょーかい! ほむちゃんはコーヒー牛乳だよね。エリちゃんは?」
「私は水でいいわ。黒音は?」
「俺はコーヒーのブラック」
「んじゃ行ってくるね!」
梓乃が病室から出て静まり返った所に、焔が話し始める。
「えっとね、始めに明かしておくけれど、私は契約者よ」
「なっ……契約者って、アンタ──」
「心配するな。焔はどこぞの誰かさんが起こした津波を食い止めててくれた本人だ」
「そ、そうなの? その、世話になったわね……」
乗っ取られていたとは言え、多大な迷惑をかけてしまったのは事実だ。
今回ばかりは大きい顔はできない。
「今日は黒音君の様子を見るのともうもう一つ、二つの情報を持ってきたわ。まず一つは魔王の情報」
「「魔王の情報!?」」
ほぼ同時に飛び上がった二人をなだめつつ、焔は話を続ける。
「どうやら魔王に挑む条件として、六種族全員の集結が必須らしいわ」
「なるほど、海里華を仲間に加えたのは間違いじゃなかったわけだ」
「……あれ、もしかして必須じゃなければ必要ないの?」
「で、運のいいことにこの街には六種族が全員揃ってる。後は黒音君がそれを全員集めるだけ。勿論私のこともね」
「え、焔は仲間になってくれないのか?」
「仲間になってあげるのはいいんだけど、それじゃ面白くないのよね。貴方が残りの三種族を集めて、五人揃ったら私の所まで来て。そしてあの時の決着を着けましょう」
「お前に勝てば俺は魔王に挑む権利を手に入れられるわけだ」
「でも私に勝てるかしら? これでも今まで負けなしなのよね」
焔の強さはよく理解している。だがそれでも勝たなくてはいけない。
記憶を取り戻す為にも、昔の自分の願いを叶える為にも。
「で、もう一つの情報は何なの?」
「もう一つは死神の契約者がこの街にいるんだけど、決まった住みかがないみたいなの」
「つまり、ホームレス?」
「ええ、だから路地裏とか回ったら、運が良ければ会えるかもね」
「皆、飲み物買ってきたよ──ってあれ、ほむちゃんもう帰っちゃうの?」
「ええ、後はよろしくね。あ、コーヒー牛乳は貰っとくわ」
コーヒー牛乳のパックを明けながら、焔は去り際に言葉を残していく。
「期待してるわよ、黒音君。待ってるわ」
「ああ、首根っこ洗って待ってろ」
焔が去ったと同時に、梓乃がベッドに飛び込んでくる。
甘えん坊な梓乃の頭を撫でつつ、海里華と目配せした。
「ねえねえ未愛君、さっきの何の話だったの?」
「ん、約束があるんだよ。これは絶対に内緒だ」
「わうぅ、内緒って言われると余計に気になるよぅ……」
「もしかしたら分かるかもね。まあ、私としては分かってほしくないけど……」
「よく分かんないけど、内緒なら仕方ないよね♪」
聞き分けのいい梓乃の口元に板チョコの欠片を持っていくと、梓乃は無邪気に目を輝かせて板チョコをくわえた。
「わふふ~♪」
(俺はこの笑顔を守らなくちゃならない。もしかしたらこの子のことも傷つけちまうかも知れねえけど、それでも守るんだ。俺と出会ってしまった不幸を跳ね返す為に)
動き出してしまった歯車はもう止まらない。
動かしてしまったのは、自分自身なのだから。
もしそれで何かを失っても、進まなくてはならない。
何かをどれだけ失おうとも、何かをどれだけ傷つけようとも、一度決めてしまったら変えることはできない。
契約者の世界に進展はあっても、後戻りはないのだ。
その歯車が壊れるまでは先へ進む。それが契約者になった、人間であることを捨てた者の運命なのだから。