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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第六章「紅き天使・後編」
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第五話『red flame』

「あれから三日……とうとう再戦前夜か……」


 アズの邸、その寝室にて。

 一体何人寝るのかと言うほど広いベッドにただ一人、仰向けのまま首を少しだけ傾けて夜空を眺める黒音がいた。

 フィディは相変わらず戻ってきてはくれなかったが、このままずっと魔界に滞在すると言うことはないだろう。

 主と認めてくれなくても構わない、せめて焔との決戦だけは力を貸してほしい。


「なあアズ、海里華達はどうなっただろうな?」


「さあね、種族の世界に行って修行していたのは私達だけじゃないはずよ。ドラゴンなら三日の四倍、女神なら五倍だから」


「俺なんか九日間だけだってのに、アイツらは……」


「皆無事に隔てを超えられたかしら。……それ以前に、生きているかしらね」


「……あー、切りがねえ。もう寝ようぜ」


「そうね、明日は頑張りましょう黒音」


「おう、頼りにしてるぜ相棒」


 黒音はアズから突きつけられた拳に自分の拳をぶつけ、無邪気な子供のように笑いあった。


「あーあ……黒音君は多分何も考えずに、私との戦いのことだけを考えてるはずなのに、私ってば……」


 来た時の見る影もなく、地面のえぐれた丘の上。

 焔はいつまで経っても胸のモヤモヤが取り除けずにいた。

 今までずっと探していた弟が自分から現れてくれた、ただそれだけのことだ。

 弟が会いに来なければ、いずれ自分から会いに行くはずだったのだ。


「しっかりしてくださいマスター。今までずっと待ち望んでいたのでしょう? だったらこの戦いの時だけは、兄弟のことを忘れてはどうですか」


「ええ、分かってる。分かってるけど……」


 忘れろと言われてそう簡単に忘れられることではない。

 弟と再会することと、白夜をぶっ飛ばすことが、ウリエルと契約した理由なのだから。

 何もかも捨てて、人間ってことまで捨てて飛び込んだこの世界で、唯一の道標。

 それを忘れることなど、


「優柔不断すぎます。強くなりたい、でも何も捨てたくない。それではリミットブレイクには永遠に至れません」


「でも、天秤にかけるものが重すぎるわよ……」


 仲間達と一緒に進む道か、自分が契約した理由か。

 これまでの覚悟か、これからの決意か。

 どちらかを選び、どちらかを捨てるには、両方ともが重すぎる。


「ならばこうされては? 黒音さんとの再戦の時だけは兄弟のことを一旦忘れる。そして白夜さんとの決戦の時、封印していた気持ちをすべてぶつける」


「簡単に言ってくれるわねほんと。まあ、それがベストよね」


 一時的ならば、まだ気持ちを抑えられる。

 黒音との再戦だけは、どうしても全力を出し切りたいのだ。

 何一つとして、可能性を残したくない。

 出せる力の可能性はすべてやり尽くして、完全な力を出し切りたい。


「あー、もういいや。もう寝ましょ」


「明日は頑張りましょう、マスター」


「ええ、頼りにしてるわねウリエル」


 今は余計なことを考えなくていい。

 目の前にあることだけに全力を注いで突っ走る。

 これまでも、ずっとそうしてきたのだ。

 これからも、ずっとそうするしかない。


「「明日は必ず勝つ……!」」


 二人は正反対の世界で、胸のうちに静かな闘志を燃やしながら眠りについた。

 それぞれの世界で数日間、しかし人間界では三日の時間。

 五人は早朝、何事もなかったかのように学校の屋上へ集合した。


「皆欠けることなく揃ったみたいね」


「よかったよ、皆生きてるし怪我もない」


「心なしか皆さん逞しくなられましたねぇ」


「でも誰もリミットブレイクには至ってない」


「それは言いっこナシよ。でも一人だけ……」


 たった三日間、最強者からの修行を受けた五人は屋上へ戻ってくることが出来た。

 全員がパートナーとの隔てを超えている。

 だがたった一人、未だ訪れない者がいた。

 やがて遥香は魔力で自分の体を浮かせ、空中で居眠りを始める。

 梓乃は遥香の顔近くに体を丸めるヴィオレとじゃれあい、漓斗は魔方陣をくぐってコンビニに行ってしまった。


「悪い、寝坊した!」


 漓斗がコンビニから戻ってくるとほぼ同時に、遅れて黒い転移魔方陣から黒音が現れた。

 全身に生傷を負っているのに、何も感じていないかのようにピンピンしている。


「……アンタどうしたのその傷?」


「命には関わらないとは思うけど……」


「誰にやられたんですかぁ?」


「ああ、フルだ。たぶんお前らも出会っただろ?」


「もしかして……〈strongestr〉のメンバー?」


 黒音は頷くことで肯定し、絆創膏の上から頬を指先で掻いた。


「こっぴどかったよ。でもそのおかげで強くなれた」


「……この中にイートカバーを経験したのは?」


 海里華は自分は手を挙げず、六人に問いかける。

 その中で手を挙げたとは、唯一遥香だけだった。


「やっぱりハルちゃんがトップなんだね。私はようやく隔てを超えられたくらいだよ」


「……ところでぇ、さっきから気になっていたんですがぁ、それは何ですかぁ?」


 全員の視線が梓乃の顔面に集中する。

 それも仕方ないだろう。何故ならば梓乃は今、目隠しをした状態で皆と話しているから。


「ああ、これはね、視界を封じる為だよ」


「視界を封じる……? もしかして、心眼とかの特訓でもしてたの?」


「流石はほむちゃんだね。実はあの煉獄の魔帝龍こと律子先生に修行してもらってたんだよ!」


「え、アンタもなの?」


「アンタも、と言うことは海里華さんもですかぁ」


 この場にいる全員、〈strongestr〉の修行を受けている。

 皆まったく別々の形で成長したが、行き着く場所は同じ。

 黒音は一人苦笑を浮かべて、自分の修行を思い浮かべた。


「俺は修行って言うより、蹂躙だったな」


「貴方の相手はあのフルさんよね。よく死ななかったわね……」


「マジでそう思う。レベルに違いがありすぎてもう死ぬ気しかしなかったよ」


 よくもあんな化け物連中を踏み台にして英雄に挑もうなどと言えたものだ。

 相手は黒音達のことを踏み台どころか、可愛い園児程度としか見ていないだろうに。


「何はともあれ、皆無事? 一人は無事じゃないけど、とにかくまた皆揃ったわけだし、一回家に帰りましょう?」


 海里華は話を打ち切り、皆を見渡す。

 人間界の時間で三日間、皆一度も家に帰っていなかった。

 六人の中で唯一家族のいる海里華は、お泊まりと言って家を出てきたのだ。

 理解していても少なからず心配はされているだろう。


「そうだな、修行の疲れもあるし、人目もあるから決着は夜にしよう。じゃあ解散!」


 屋上に展開された六つの魔方陣。

 緑、黄、紫、青、赤、黒と互いを照らし合いながら光る魔法の門をくぐり、六人は屋上を後にした。


「そう言や今日は日曜日か……」


『決戦には丁度いいね。休みの前日から修行始めて、決戦が終わるのは今夜から明け方にかけて。ピッタシじゃん』


「家帰ったら飯食って風呂入って寝るぞ」


『……フィディのこと、魔界においてきちゃったね』


「アイツならすぐに帰ってくる。魔界から人間界の転移なんてアイツにしたら造作もねえだろ」


 モヤモヤした気持ちがずっと頭を離れず、ご飯を食べていても汗を洗い流していても布団を被っても、ずっと気持ちが落ち着かなかった。


「ただいま戻りました、お母様」


「お帰りなさいエリちゃん、随分早いのね」


「ええ、最後の休日くらい家族三人で過ごしたいので」


 家族三人、そう言う度に胸が酷く締め付けられる。

 本当は家族四人、一般的な家庭ではないが幸せだった。

 これからはそんな生活を取り戻す為の戦いだ。


「ねえセリュー、ママ達英雄を越えることは黒音君達皆の目的だけど、結局私の目的って何なんだろうね」


『ではこの戦いを終えたら、実の両親でも探しますか?』


「実の両親か……でも私にはその人達が本当に両親なのか理解出来ないよ。だって私の親はリュッカだから」


『ならば下手に目的など考えず、今やれることだけをやるといい。おつむの弱い梓乃にはそれが最適だ』


「なっ、言ったね!? パートナーに向かっておつむが弱いって言ったね!?」


 梓乃はペットのロウに指示を出し、パタパタと飛び回るフィルに噛みつかせた。

 フィルが天井まで飛んでもロウは噛みつくことを止めない、主への立派な忠誠心だ。


「私のせいなんでしょうねぇ、あの子が契約者になってしまったのはぁ……」


『下手に慰めることは逆効果だろう、だから正直に言う。その通りだ。お前があの子のことを少しでも信用してやれば、あの子はお前にとってかけがえのない存在になっていた』


『私達は漓斗ちゃんのことをあまり知らないから、どう言ってあげたらいいのか分からないけど、これだけは言える』


『その子は漓斗ちゃんを恨んで契約者になったんじゃなくて、漓斗ちゃんに認めてもらいたくて契約者になったんだよ』


「だと、いいですねぇ……ありがとうございますぅ、少し気が楽になりましたぁ」


 あの時、あの子のことをもう少し見てあげていれば。

 あの時、家を出たあの子のことを追ってあげていたら。

 漓斗はそんな後悔から、綺麗な家に住むことが出来なくなった。

 苦しむあの子を差し置いて自分だけ暖かい家で過ごすことが、どうしても許せなかったから。


「アスモデウス、あなたと契約したのは目が見えるようになる為……でもすぐにあなたと一緒にいたいからに変わった……」


『分かってるわ、自分の願いが欲しいんでしょう? 海里華や焔みたいに、自分の命に代えても叶えたい願いが』


『遥香、仲間や家族を守るだけじゃ、ダメなのか?』


『隣の芝生は青い……他人が一生懸命になって叶えようとしてる願いは羨ましく思えるのよ。でもね遥香っち、あの二人が実現しようとしてる願いはとても痛くて苦しいんだよ』


「分かってる……あの二人、時々苦痛そうな顔してるから……やっぱり私は、皆を守ることだけで十分かも……」


 柊のいない静かな家の中でヴィオレは缶詰を、アスモデウスとアダマスは遥香の作った三ツ星シェフ顔負けの料理を味わっている。

 遥香は暇潰しにと本棚にある二年や三年の教科書を読み漁ったり、その奥に隠されている、柊が編み出した魔術などを書き込んでいる魔道書の知識を無差別に取り込んだ。


「今夜、とうとうチームが完成するのね……」


『無意味な質問をするようですが、どちらが勝ってもチームを結成なさるのに、何故わざわざ危険な戦いを?』


『そんなの決まってるやんね、焔氏は黒音氏とただ戦いたいからやんね』


『私は焔に危ないことをしてほしくない。だがそれが焔のしたいことならば、背中を押す以外に出来ることはない』


『ホムラ、ただ楽しめばいい。私も頑張る!』


「ええ、期待してるわよ皆。明日の決闘を盛り上げるスパイスは貴方よラヴル」


 今考えることは黒音との決戦であって、白夜や茜のことではない。

 決戦の時だけは兄貴達のことを忘れると決めた。

 焔は少しでも体を休める為に眠りについた。


          ◆◆◆


 決戦の場は無論、すべてが始まった開戦の空。

 この時をどれだけ待ちわびただろうか。

 六人は不思議な運命を感じながら今までの戦いを思い返す。


「未だに実感が湧かない。まさか俺がお前らを全員集める所まで上り詰めたなんて」


「胸を張りなさい。アンタはここまで来たのよ」


「自信を持って黒音君。あなたなら出来るよ」


「私は貴方ならやり遂げると信じていますからねぇ」


「肩の力を抜いて……ただ心からぶつかればいい」


 皆の静かで、とても力強い声援を背に受け、黒音はレーヴァテインの切っ先を焔に向ける。

 焔も同じくクララの切っ先を黒音の鼻先に向け、二人は無言のまま微笑を浮かべた。

 実際に対面してみると、不思議と荒々しい闘争心などは現れてこない。

 あるのはただ気持ち悪いほど落ち着いた精神と、自分が勝利すると言う確信。

 二人は切っ先を引っ込め、互いに距離をとった。


「ついに、この時が来たわね」


「ああ、あの頃が懐かしいぜ」


 初めて出会ったのもまた開戦の空。

 海里華達がそれぞれ戦いを始めている中で、二人は互いの姿が瓜二つなことに不思議な運命を感じながら、その時は勝負を決めずに預けた。

 それからは学校では気の合う友達として、夜の空では共闘するライバルとして。

 今となっては互いの力は未知数。

 胸の高鳴りは抑えられず、心拍数は最高潮。

 二人は同時に向き合い、そしてパートナーを呼び出した。


「アズ」


「うん、いつでもいいよ」


「ウリエル」


「準備は出来ております」


 アズとウリエルはまるで本当の姉妹のように一緒にいたので、いざと言う時に手を緩めてしまうのではないか。

 しかしそんな心配はすぐに吹き飛んだ。

 二人の面持ちからはそんなことは微塵も感じられない、ただ絶対に負けない、必ず勝つと言う二言だけが無言に語られていた。


「「変身……」」


 やがて二人は白の甲冑と黒の甲冑に身を包み、いきなり全戦力を展開した。

 黒音側には神機の三人、レーヴァテイン、ザンナ、サンティ。

 さらに使い魔のレオがいる。しかしフィディの姿だけは未だに見られなかった。

 対して焔側には武器系の神機クララと、生物系の神機ラボーテがいる。


「随分な顔触れ……あら、フィディちゃんは?」


「アイツは……今はいない。愛想尽かされたみたいでな」


「愛想尽かされたって、どう言う──」


「今は勝負のこと以外考えるな。フィディがいなくても数は俺の方が上だ」


 それ以上焔が詮索することはなく、ただクララを人の状態から長剣の形態に変身させた。

 黒音も同じく、レーヴァテインとザンナを剣の状態にする。


「ようやく、本当にようやく決着なのね……」


「この勝負、どっちが勝っても魔王に挑む切符は手に入る……」


「ですが二人ともぉ、一切譲る気はないみたいですぅ……」


「肌がピリピリする……あの時と、初戦の時と同じ……」


 四人が見守る中、先に仕掛けたのは以外にも黒音の方からだった。

 いきなりトップギアで焔の背後を取り、二刀流で攻め立てる黒音。

 それを焔はクララ一振りで巧みにいなしながら、


「っ……いつも相手の出方を窺ってから動く貴方が、珍しい……急ぎすぎじゃない?」


「待ちきれねえんだよ。お前もそうだろっ!」


 目で追うことが出来ない凄まじい剣劇。

 互いに勝負を決める気はない、ほんの様子見だ。

 だがそれだけでも、全身全霊をぶつける終盤のような緊迫感があった。


「なんて緊張感なのよ……っ」


「い、息も瞬きも出来ないよ……」


「梓乃さんは瞬き以前に目隠ししてますけどぉ……」


「二人とも凄い……私でもついていけない……」


 六人の中で唯一イートカバーを経た遥香でさえも、二人の太刀筋を見切ることは出来ない。

 そして黒音が焔の剣を上に弾くと同時、二人は再び距離をとった。


「まさかここまでなんてね」


「流石に目ぇ剥くぜ」


  二人とも一切息を荒げることなく、涼しい顔で互いを褒め合っている。

 だが焔は少しだけ残念そうに、


「ねえ、気づいてないと思ってる? 何でライバル同士でまったく同じ実力なのに、二刀流の貴方が一刀流の私と互角なの?」


「そりゃ、それだけお前の方が強いってことだろ」


「あまり私をガッカリさせないでよ……黒騎士っ!!」


 単純ながら早く重たい一撃を、黒音は避けることなく二振りで受け止めた。

 腕の骨が軋む感触と、自分の中で何かが脈打つ感覚。

 黒音はほんの一瞬遅れてから焔の太刀を押し返した。


「フィディちゃんに愛想尽かされたって言ってたわよね。それが原因なんじゃないの? 何か手を抜いてるのが伝わってくる。甘いのよ」


 フィディは主従関係にあった為真意を述べることはなかったが、焔は遠慮なく核心を突いてくる。

 手を抜いているつもりはないし、本気を出しても尚勝てない相手だと認識している。


「甘いって、何が?」


「ねえ黒音君、もし私達の誰かが敵に回ったとする。それも相手を殺さなきゃ終わらない戦争。そんな時貴方は敵に回った仲間の為に大勢の仲間を犠牲にする?」


「そ、それは極論だ。それに俺は例え自分を犠牲にしてでも、両方救う」


「それが甘いのよ……私達みたいに殺す気はなくて、ただ互いの信念をぶつけ合う決闘ならまだしも、これからの相手は貴方を蹴落として、踏みにじって、殺す気で来るのよ?」


 出来るはずがない。大勢の仲間を救いたいから少数を犠牲にしろと?

 救う仲間を数で判断すること自体が大きな間違いだ。


「確かに間違ってるかもしれない、でも必ず犠牲が出てしまう時は、ならべく多くの者を救うべきでしょう?」


「だったら俺が犠牲になる……甘かろうが無茶だろうが、誰かが傷つく所を見るくらいなら俺が傷ついてやる!」


 ──まさに本末転倒。

 焔は握り締めた拳を一直線に黒音の顔面へ叩き込んだ。

 たちまち甲冑の頭部は破損し、亀裂の奥に黒音の瞳が露になった。


「考えが甘すぎる……心底失望したわ。仲間を大切にしたいなら、その逆でしょうッ……!!」


 抵抗もままならない圧倒的な強制力で、焔は黒音の顔面を殴り続ける。

 元の形状を保てなくなった頭部は粉々に砕け散り、ついに黒音の顔がすべて露出した。

 破片で切った傷や殴られて肌が裂けた傷。

 顔中が痛々しいほどの傷に覆われ、黒音は血を吐きながらも焔の両手首を掴む。


「が、は……かい、かぶりすぎだ……俺はお前の期待に応えられるほど、強くねえ……失望したのは、お前が期待しすぎてただけだろ……」


 どれだけ仲間に支えられて囲まれていても、結局は空っぽの器だ。

 人の記憶はなく、あるのは相手を殺す為に叩き込まれたすべと、仮初めの憎しみ。


「俺は他人の過去に頼らなきゃ、人を憎むことも出来ねえんだよ……レーヴァテインっ……!!」


 心なしか少し寂しげな輝きを灯すレーヴァテインの刀身。

 黒音の左手から飛び出したレーヴァテインが、柄で焔の腹を突いた。


「あぐッ……いつまでも過去に縛られて、本当の自分ってのはそんなに小難しいモンなの!?」


 突きだしたレーヴァテインの柄を握り、クララの峰で刀身を跳ね上げる。

 黒音の手から離れたレーヴァテインを、黒音は無理に取ろうとせずに焔の手をザンナの峰で叩いてクララを奪った。

 ほんの一瞬で黒音のレーヴァテインと焔のクララが入れ替わる。


「難しくなけりゃ悩んでねえよ!! 〈魔王の絶対命令(クリムゾン・オーダー)〉!!」


 黒音は自分がもっとも忌み嫌う魔王の力を以て、本来使えないはずの他人の神機を我が物とした。

 対してレーヴァテインは魔王でなければ使うことの出来ない、黒音専用の神機。

 レーヴァテインの柄から黒い火花が迸り、焔はたまらずレーヴァテインを手放した。

 黒音は舞い戻ってきたレーヴァテインに、両手のザンナとクララを携えて計三振りの剣を同時に操った。


「っ……まるでお手玉みたいにっ……」


 尋常ではない器用さで、次々とレーヴァテイン達を持ち替えて焔に斬りかかる黒音。

 さらに使い魔のレオを加えて、レオはザンナとサンティを持ち、黒音はレーヴァテインとクララの二刀流で焔を追い詰める。


「凄いですぅ……必死と言うかぁ、執念と言うかぁ」


「どう強いかじゃなくて、普通に強いよね」


「何か特殊な能力を身に付けたわけじゃなく、物理的な戦闘能力がとてつもなく磨かれてる」


「……でも、まだ弱い。今の黒音が本気を出したら、或いは……」


 遥香は出かかった言葉を飲み込み、静かに二人を見守る。

 流石に二人同時を防ぐことは出来ず、黒音の一太刀が焔を包む甲冑を一部破壊して肩に切り傷を与えた。


「ちっ……やれば出来るじゃない。考えすぎなのよ、いつも。勝利に貪欲に生きなさい。今の貴方はとても必死で、真剣で、純粋に勝利だけを求めてた。とても輝いてる」


「汚れ物の俺が、輝いてるねえ……皮肉にしか聞こえねえよ」


 黒音は左手に持ったクララを焔に投げ渡し、レオからザンナを預かった。


「お前こそ、そろそろ本気出したらどうだ? まさか俺がレーヴァテインやレオみたいな新戦力を手に入れたってのに、お前だけ何もねえってわけじゃねえだろ」


「鋭いわね、でもこの子はまだダメよ。それより貴方もそろそろリミットブレイクしたら?」


 つまり焔が勿体ぶっている新戦力は、黒音のリミットブレイクに匹敵すると言うことだ。


「ハッキリ言うぞ。無理だ。俺には可能性があっても不可能に近い。そう言われた……」


 ──貴方がリミットブレイク出来る可能性……? 皆無じゃない。でも限りなく無に等しい……何故ならば貴方は本当の貴方ではないから──


「そんなの誰だってそうでしょ。自分のリミッターなんか誰にも分かんないんだから」


「……だと、いいな。九つの門に封じられし双刃、爆ぜろ……〈開錠〉!!」


 ザンナを逆手に持ち替え、レーヴァテインと合わせて二つの刃を紅に染め上げる。

 夜空に瞬く二つの流星、紅い線をなびかせて牙を剥いた。


「紅き門……〈憐の勇気〉……骨の髄まで溶かし尽くす」


「私があげた力……いいじゃない、燃えてきた!」


 夜空に散らばる紅の花火が星々を彩り、六人を引き込んでいく。

 刃と刃がぶつかる度に立ち上る炎の柱は、夜空を昼間のように明るく染めた。

 まるでコンサートのように、芸術的なまでに美しい二人の戦いは、いつまでも続くように思えた。


「クララ、そろそろいいわよ!」


「しまっ、クララの特性はっ──」


 もし今まで受けた攻撃とエネルギーを溜め込んでいるとすれば、それが一気に何倍も膨れ上がり、爆発する。

 案の定焔の左手には二重の魔方陣が展開されており、今までの剣劇で蓄積された衝撃やエネルギーが溜め込まれている。

 次にぶつかる瞬間、焔はそのエネルギーをクララに乗せ、クララはそのエネルギーを倍加。

 一瞬でザンナとレーヴァテインを破壊するだろう。

 そんな攻撃を受ければザンナとレーヴァテインのコア自体が破壊され、二度と復活は不可能になる。


「降参は許さないわよ。それに例え貴方の神機が壊れても、私には何のデメリットもない。私の相手は白夜だから」


「言ってくれるな。だが、漓斗の二の舞にだけはなるなよ?」


「な、まさか黒音さん、あれを……!?」


「和真には通用しなかったが、お前になら……!」


 黒音はザンナを人の姿で待機させると、レーヴァテインだけに大量の魔力を注ぎ込んだ。

 ダイヤモンドの輝きすら霞むほどの煌めく白銀が、焔のクララに対峙する。


「残念だけど、それじゃ私の刃は止められないわよ?」


「ああ、これは壊れない為の防御策だからな。一度防いでしまえば充填までまた時間がかかる」


「そのチャンスがまた訪れるといいわね。神機奥義!!」


 無敵と謳われた神機が瞬き、その光を放つ。


「〈無敵の一閃アンビーダブル・ブレード〉!!」


「〈盛大なお返しパン・ペル・フォカッチャ〉!!」


 クララから伝わる衝撃の余波に歯を食い縛りながら、黒音は正確に柄の付け根を峰打ちした。

 黒音の魔力とクララの一撃、すべての衝撃を一心に受けてそれを跳ね返す。

 だが焔は待ってましたとばかりにクララの柄を手放し、体制の低くなった黒音の脳天にかかと落としを炸裂させた。


「その技、もう見切ってるから」


 風を切る音とともに街のど真ん中に突き落とされた黒音。

 よりによって甲冑の頭部パーツが破壊されている時に限って、不意に必殺の一撃を決めてくる。

 脳震盪で感覚が曖昧になり、黒音は何度も意識を手放しそうになった。


「っ……あのバカ、焔は間近であの技を見てたのにっ……」


 海里華は自分が蹴り落とされたかのように顔を苦痛に歪め、黒音を拾いにいった。


「このアンポンタン!! 焔に同じ技が通用するわけないでしょ!」


「ま、まさか今まで溜めてたエネルギーをすべて囮にするとはな……」


「まったくアンタは……私がいなきゃ本当に危なっかしいんだから。ほら、私の力を貸したげる。とっとと勝っちゃいなさい」


 レーヴァテインからファーストキーを抜き取ると、海里華はその鍵を自分の左腕に抱える水瓶へと突っ込んだ。

 やがて脈動するような波動が水瓶から響き、水瓶から二つの鍵が現れる。

 一つは水に濡れたファーストキー、もう一つはサファイヤを削って作り出したような麗しい鍵。


「焔は火属性、私の水属性がもっとも効果的よ。行きなさい」


「ああ、いつも助かる。そんじゃ行ってくる!」


 街中を歩く一般人に注目されながら、二人は再び上空へと飛び立った。


「よう、戻ってきたぞ」


「その顔、何か秘策があるみたいね」


「秘策なんかねえよ。これから明かすんだから、もう秘策じゃねえ。九つの門に封じられし両頭、滴れ……〈開錠〉!!」


 レーヴァテインの柄頭(ボンメル)とザンナのボンメルの間に蒼い結晶が現れ、二振りの長剣を繋ぐ。

 二振りの長剣は双頭刃式の両剣となった。

 黒音が合体したレーヴァテインとザンナを槍のように振るうと、黒音の纏う甲冑が全体的に群青に近い色へと変化し、肩や背中に羽衣のようなベールを放つ。


「これが五つ目の力……蒼き門、〈雫の心情(ゴッチャ)〉だ」


「海里華から力を受け取ったのね。これで貴方は自分を含めて仲間全員の力を揃えられたんだ」


「そうなるな。同時に九つのうち六つ開錠したわけだ」


 ファーストキーを無属性とするならば、残るは光属性、闇属性、風属性の三つとなる。


「でも所詮は水のベールを纏っただけ。私が蒸発させてあげる」


 全身から灼熱の炎を吹き出し、焔は黒音を覆い尽くし──


「あ、あれ、炎が……」


 一瞬にして水蒸気に変えられていた。

 その中から悠然と現れた黒音は、水蒸気を左手の一降りで焔の方へ押し返し、口角をほんの少しだけ引き上げた。


「どうやら俺と海里華はとても相性がいいらしい。今までになく力が溢れてくる。今なら何でも出来そうだ」


「もう悩んでなさそうね」


「無駄だと知った。誰かを救う為に誰かを犠牲にすることは、今でも素直に頷けねえ。俺はバカだから、心配してくれる奴らのことなんか考えずに一人で無茶もする」


 黒音は自分の頭を再び黒い甲冑で覆い、五つの鍵を手に取った。

 自分の願いが分からなくて苦しんだ時も、誰も信用出来なくて孤独にもがいた時も、希望を見いだせなくて絶望した時も、一番信頼していた者に裏切られた時も。


「でも必ず犠牲が出てしまうのなら、皆で対価を払えばいい。一人で抱えきれなくても、俺ら六人なら分け合って支え合える」


「そゆこと。貴方はいつも一人で戦ってる。一緒に戦ってても、結局一番傷つくのは貴方。どうせなら皆巻き込みなさい」


 貴方に集められた皆はそんなに弱くないと、五人は無言で己の覚悟を語る。


「本気で戦って負った傷は名誉、でも手加減されて得た勝利には何の価値もない。仲間だからって手を抜くのは侮辱よ。戦うなら相手を殺す気で来なさい!」


「何か吹っ切れたな……後悔すんなよ。絶対最強に鍛えられた俺の全力」


「臨む所よっ! 私だって聖魔姫を師に持ってるんだから!」


 二人が再び臨戦状態に入ろうとした直前、二人の中を裂くように銀色の風が吹き荒れる。


「よう、随分短い家出だったな」


「はい、ようやく貴方に支える意味を見いだせたもので」


 リミッターを解除した、黒い戦闘服に身を包む銀髪の少女。

 その翼は汚れを知らず、その牙は邪を砕き、その爪は悪を切り裂く。

 その瞳は天を見透し、その咆哮はすべてを銀に染め上げる。

 地面を砕く鋼の体、天を裂く雷の血。その姿こそ、剛電龍アリフィディーナ。


「ようやく気づきましたね、マスター」


「もう一生、俺から離れるな。お前は俺にとって大切な家族の一人なんだからな」


「……イエス、マイファミリー」


 ……いつも無表情なフィディの顔が、今だけは少し緩んだような気がした。


「貴女が来たのなら、私はこの子を出すわ。ラボーテ!」


『了解した、焔』


 龍の姿に変身したフィディに黒音が跨がり、炎の翼を生やしたラボーテの背に焔が飛び乗る。

 ザンナとレーヴァテインの両剣を右手に持ち、左手でフィディの背中に掴まる黒音と、炎の手綱を左手で握ってクララを右手で振るう焔。

 騎乗戦に入ったことで、戦闘に立体感が出た。


「黒音の動きに切れが出てきたわね」


「文字通り吹っ切れてるね」


「ようやく見ていて気持ちのいい戦いになりましたねぇ」


「やっぱり、私の予想は間違ってない……本気を出した黒音は私よりも……」


「まさかここまでやるなんてね」


「こっちのセリフだ。俺はもう全力だがお前にはまだ余力がある。俺のリミットブレイクに匹敵する最終兵器みたいな奴が」


 焔の左耳にぶら下がっている蒼いイヤリング、それからとてつもない魔性を感じる。

 漓斗と決闘した時の、ヒルデ・グリムの威圧感に似ている。

 だが焔のそれはヒルデ・グリムとは比較にならない。

 何やら踏み込んではいけない領域のそれだ。


「せっかく悩みも吹き飛んで気持ち的にはもうリミットブレイク出来てもいいのに、まだ出来てない。これはもう、するしかないくらい追い詰めるしかないよね」


「ってことは、出すんだな。最終兵器を」


「ちょっと待ってね。出すのにちょっと時間がかかるから」


 厳密には出す為の封印を解く為に、だが。

 焔はラボーテに跨がりながら、蒼いイヤリングに少しずつ聖力を流していく。


「……別に、ばか正直に待ってくれなくてもいいのに」


「アホ、俺は全力のお前と戦いたいんだよ。本気で戦って負った傷は名誉なんだろ? 俺は重傷を負ってもお前の本気を見たい」


「なら返すけど、後悔しないでよ? 聖魔の姫に鍛えられた私の全力」


 ようやく聖力を注ぎ終え、焔はイヤリングに呼び掛ける。


「我、奉るは数多の星に封じられし蒼き獅子。創生より永らく空を照らす繋がれた線。五番目の瞬きを天に、刻まれる黄道十二宮の蒼炎。目覚めるは悠久の獅子、捧げるは有限の時。憂う無限を契りの代償に、我は呼び覚まさん。蒼獅子ラヴェーリオル!!」


 太古より決められていた呪文を長々と連ね、焔はついにその封印から解き放った。

 それは以前、梓乃が偶然目撃したそれとは大きく姿が変わっていた。


『とうとう呼んだな、私を』


「ええ、出し惜しみはここまで。貴方の力を借りるわ」


『何前年ぶりだろう……こうして本当の姿を現すのは』


 蒼い炎のたてがみ、狐の尻尾のように逆巻く炎の尾。

 前肢の付け根から吹き出した蒼い炎が翼を形どっている。

 だが今は焔の腰までしかない、普通サイズのライオンと同じ体格だった時とは別物。

 肩まででも焔の身長を越える体格に、尻尾を含めた全長は三メートルを越えている。

 ライオンの中でもっとも巨大なバーバリライオンよりも、さらの二回りほど大きい。

 だが全体的に見れば非常にしなやかな体つきをしていて、前肢を折って焔の頭に頬擦りしている。

 焔は両手を大きく広げても、半分も回らないような蒼獅子の首に抱きついた。


「ようやく本当の貴方を引き出せたわ」


『この姿で現実に現れるのは何前年だろうね……ありがとう焔』


「ううん、貴方の力を借りたいから私欲で呼び出したの。責められても仕方ないわ」


『私は純粋な野心が大好きだ。それも人を傷つける為のものではなく、人の為に強くなるのならば尚更』


「そ、それがお前の最終兵器、か……!?」


「紹介するわ。この子は蒼獅子ラヴェーリオル。皇クラスの神機よりも上の次元に存在する十二の神機、その一柱よ」


 低い唸り声を夜空に響かせる蒼い獅子は、鼓膜を突き破るほど強大な咆哮を天に刻んだ。

 錯覚ではなく、実際に十九個の星が一際輝いた。

 それはそれぞれが線を繋ぎ、獅子座の形を創る。


『偶然ながら、焔に救われた十二宮の獅子、ラヴルだ』


「実在してたのか〈十二宮神機ゾディアック・ベッセル〉……」


 それぞれ武器系に六機、生物系に六体存在している神機。

 武器系には射手座、水瓶座、双子座、乙女座、天秤座、蟹座。

 生物系には山羊座、魚座、牡牛座、牡羊座、獅子座、蠍座が存在している。

 その中でも一二を争う性能の獅子座。


「や、やっぱりあるんだ、セリュー……」


『しかもそれを実際に所有しているとは……』


「言っとくわよ? これでもう貴方は私の動きについてこれない」


「いや流石にそのサイズなら感知出来るだろ」


 どんな特性を持っているかは知らないが、高速移動の類いならば目視でも追える。

 それほどまでにラヴェーリオルは巨体なのだ。


「違うわよ、動くのは私。ラヴルはただのサポートよ」


「……バカな、今俺が瞬きした瞬間に、何があった……?」


 一秒にも満たないその一瞬に、焔は黒音の背後にいた。

 まるで水蒸気を伝って瞬間移動する海里華のように──


(いや、本当に瞬間移動したのかッ……)


「理解出来た? これは〈次元転送ディメンション・オペレート〉よ」


「ディメンション……? 次元操作系の魔術か……」


「ま、ただの付属品だけど」


 次元操作系の最上位魔術がただの付属品とは。

 十二宮神機とはどこまでも規格外な存在だ。


「早くリミットブレイクしないと、あっと言う間に戦闘不能よ?」


「したくても出来ねえんだよッ……」


 再び人の姿に戻ったフィディ、ザンナ、サンティ、レオ、レーヴァテインを展開し、黒音は二人一組、計六人で互いの背中を守り合いながら構える。

 流石にこれならばどの位置に現れても対処出来るだろう。

 ただしここが上空(・・)でなければ。


「前後左右だけじゃなく、上下左右も私のテリトリーよ!」


 突如足元から突きだしてきた剣を、六人はぎょっとして回避する。

 もし全員のいるこの空間がすべて焔の支配下にあるとすれば、逃げ道は勿論、焔に触れることさえ不可能だ。


「まだラヴルは力の一割も出してないのに」


「確かに、まだ付属品の能力しか使ってねえが、本来その能力だけで皇クラスに認められるくらいなんだよ」


 背後に現れたと思ったら真下から攻撃してきたり、どれだけ手数があってもとても追いつけない。

 相手はたった一振りの剣だけで攻撃しているのに、六人がかりでも対処しきれない。


「埒が明かないわね。残念だけど、この一撃で決めるわ」


 六人を囲むように展開された、数えるのがバカらしくなるほどの数の魔方陣。

 大小様々なサイズをした魔方陣の向こう側には、ぐにゃりと歪んだ空間が広がっていた。


「おっと、それに触れない方がいいわよ? それはブラックホールみたいなもの。近づいた瞬間吸い込まれて──デッドエンド」


「確かに殺す気で戦うとは言ったが、実際に殺す気か?」


「それくらいしないと今の貴方には勝てないでしょう? それじゃあ、神機奥義!」


 焔の目の前に、焔の顔よりも一回りほど大きな次元の穴が現れた。

 焔は大きく息を吸い、そこへ向かって一気に絶叫する。

 焔が絶叫したと同時、焔の口から爆発的な炎が吐き出された。

 それはすべて正面にある次元の穴に吸い込まれ、焔は最後に黒い煙をぽふっと吹き出し、一息ついた。


「何だ、何をしたんだ……?」


「分かりません。ですが、とても嫌な予感がします」


「焔がクララの特性を使ってる……その時点で危ない……」


「確かクラウ・ソラスの特性は一定時間ごとにパワーを倍加させるものよね」


「そこんとこ、レーヴァテインと似てるよね」


「私は受けた衝撃を何倍にも膨れ上がらせるもので、衝撃を受けなければそもそも発動しません」


 神機や使い魔がそれぞれ話し合っている中、黒音だけは自分達の回りに展開された無数の魔方陣から聞こえてくる不気味な音を聞き取っていた。

 もう流石に予想がつくだろう、この次の展開が。

 脱出不可能な空間に閉じ込められた時点で、もはや焔がやる行動は──


「全方位からの集中火炎放射ッ……!!」


 気づいた時にはすでに遅し。

 無数の魔方陣から吹き出した爆発に近い炎が、全方位から黒音達六人を無慈悲に炙った。


「〈籠の中の鳥(ケージ・オブ・バード)〉!!」


「こ、黒音君達の、丸焼き……!?」


「あ、あのバカ、本当にやったわよ……!?」


「こ、これは流石に、不味いのではぁ……?」


「大丈夫、のはず……だって転移魔方陣を展開すればそこから抜け出せる……」


「無理よ、あの次元の狭間の前では普段から狭間にいる者以外はまともに魔術を展開出来ない。つまり漓斗、貴女以外にこの空間から抜け出す可能性を持ってるのは誰もいないってこと」


 ブラックホールは光だろうと何だろうと、無差別に吸収する。

 次元の狭間がそれと同じ原理ならば、魔術そのものを吸収することも──


「火力を抑えたつもりはない。これで生き残れなかったのなら、黒音君はそこまでの存在。魔王に勝つなんて不可能なのよ」


「その、通りだ……」


 黒煙の中から、そんな声が聞こえてきた。

 全員が、それをやった焔でさえも安堵してその方向を見れば、黒音は自分の身を呈して五人を庇っている!

 炎と接触する寸前、次元の狭間に繋がる穴が炎で埋め尽くされた瞬間に分厚い防御壁を張ったのだ。

 だが咄嗟のことだったので、自分までは庇えなかった。

 漆黒の甲冑はどろどろに溶け、中から脂汗を大量に流した黒音が現れた。

 触れれば肌が溶けるほど加熱された甲冑から解放される為、黒音は一旦アズとの一体化を解除する。


「まさか、仲間を庇った上で生き延びるなんて……」


「ま、マスターッ……何故、何故私達をッ……」


「あんな集中放火じゃ、お前らだってタダじゃ済まねえだろ……げほッ……フィディにとっては、致命傷だ……」


「でも、黒音が致命傷をっ……」


「俺はただの火傷だ……俺はお前らを失ったら、もう焔とは渡り合えねえんだ……」


 あの状況で、本来ならば各自自分で防御壁を展開するだろう。

 だが黒音は個々の防御壁では防ぎきれないと分析して、全員を守る為に自らを犠牲にした。


「さっき、必ず犠牲が出てしまうのなら、皆で対価を払えばいいと、言いましたよねっ……何故また貴方だけが、傷ついているのですか……!?」


「時と場合に、寄るだろ……焔が言ってた、必ず犠牲が出ちまう時は、なるべく多くの奴を救うべきだって……俺は死んでもない、戦闘不能でもねえ。これが最善の選択だ」


「ですがッ……」


「主観を混ぜるなら、もうそれは最善の選択とは言わない。被害を最小限に抑えたんだ。むしろ俺を称えろ」


 黒音は見事、焔の言ったことを実現した上で、自分の意思も貫き通したのだ。


「それよりも、今の攻撃でアズが相当なダメージを負った。アズのダメージの回復するまで少しの間、時間を稼いでくれ」


「っ……イエス、マイマスター」


 フィディ達五人が黒音の盾となり、アズの復活まで時間を稼ぐ。

 黒音は大火傷を負う痛みだけを受けたアズに呼び掛けた。


「アズ、大丈夫か……?」


『う、ん……何とか、ね……実体がないから、実際にダメージがなくて、痛みだけある感じ……でも本当に最善だったよ……』


「ごめんな、巻き添え食らわせちまって……」


『いいよ、むしろ全滅不可避だったあの攻撃を少しの火傷と痛覚ダメージだけで抑えたんだから、もっと誇りなよ』


 あまり長い時間フィディ達だけで戦わせるわけにもいかない。

 特にフィディは火属性に滅法弱いのだ。

 焔から借りた力をレーヴァテインで使った時は皮膚が溶けるくらいで済んだが、本家本元の火力を食らえばさしものフィディもただでは済まない。


『もう行けるよ、黒音。後もう少しでチーム結成なんだから、頑張ろっ!』


「……ああ、分かった。じゃあ行くぞ」


 本当はその場でのたうち回って絶叫したいほどの痛みだろうに、アズは少し声を震わせるくらいで、おくびにもそれを出さない。

 そんなアズの覚悟を無駄にするわけにもいかず、黒音は再度アズと一体化した。

 アズのダメージが響いているせいで、再構成した甲冑は所々が溶けたまま固まって酷い有り様だ。

 だが防具としてはこれで十分、黒音はフィディを下がらせ、ザンナとレーヴァテインを剣の姿に変身させた。


「あら、もういいの?」


「ああ、でも何で俺を攻撃してこなかった? しようと思えば出来ただろ?」


「私がラヴルを呼び出す時、貴方は一切手を出さなかったでしょう? そのお返しよ」


「律儀なこった。それでよく勝利に貪欲に生きろとか言えるぜ」


「卑怯な手を使って勝ちたくないだけよ。さあ、回復したのならさっさとかかってきなさい」


「ぶっちゃけクソの回復もままなってねえが、しょうがねえか」


 黒音は常に高めていた魔力を擲ち、すべてをリセットして呼吸を整える。

 火傷の痛みも気にならないくらい集中し、フルとの戦いを思い出した。


          ◆◆◆


「……人間……?」


「っ……誰だ──って、女の子……?」


「ここはアスタロト公の敷地が近い……あなたは……?」


「俺はアスタロトの契約者、未愛 黒音だ」


「アスタロトの……でもまだ弱い……」


 黒音の前に現れたのは、まるでお人形のような格好をした、またお人形みたいに無表情の少女だった。

 少女は真っ暗な瞳で黒音を見つめ、軽蔑したようにそっぽを向いた。


「元死神にしては……弱すぎる……」


「元死神……? 俺は悪魔だ。俺が名乗ったんだから、お前も名乗れよ」


「私が名前を名乗るに当たって、意味は……?」


「な、意味って、そりゃ知りたいから? つか名乗ったなら名乗り返すのが礼儀だろ」


 名前を名乗られ名乗ることは至極当たり前のことだと思っていた為、黒音はほんの少しだけ言葉に詰まった。

 少女もまた少しだけ言葉を発すことなく、少しだけ思考し、聞き取れるか聞き取れないかほどの小さな声で、


「……フル……フル・ファウスト……」


「フル……ファウスト……って、お前〈strongestr〉のリーダーじゃねえか!? 確かに〈strongestr〉のリーダーは小さな女の子だとは聞いてたが、お前何歳だよ?」


「……確か、十五歳……レイチェルが言ってた……」


 自分のことなのに、まるで他人事のように話す少女、フル。

 黒音はそこらへんの岩に腰掛け、少女と目線を合わせた。


「フルは何で魔界に?」


「その質問に答える意味は……?」


「だーもうっ! いちいち意味を求めるな! ただ知りたいだけ、強制力もないし、無理に答えることもない」


「……休暇……私達〈strongestr〉は一週間に三日間だけ単独行動が許される……だから私達はそれぞれの世界で過ごす……」


 ……以外にもすんなり教えてくれた。

 だが〈strongestr〉のメンバーがそれぞれの世界に言っていると言うことは、海里華達と鉢合わせする可能性もある。

 黒音一人だけが魔界に行っているはずがないからだ。


「私から質問……いい……?」


「ああ、今度はフルの番だ。何でも聞いてくれ」


「同じ質問……貴方は何故魔界に……?」


「特訓だよ、隔てを超えて、パートナーを喰らって、最後にはリミットブレイクに至る」


「……無理……今のままじゃ……」


 それはもういっそ清々しいほどに、完全否定してくれた。

 黒音はボクシングの選手がコーナーで休んでいる時のように、力なく項垂れた。


「どうせ俺は……使い魔に見限られるほど弱いんだ……はあ……」


「見た所……隔ては超えてる……でも……イートカバーには至っていない……」


「イートカバー……? パートナーを喰らうことか。ああ、まずその意味自体知らないからな」


「イートカバーは食べて補うこと……パートナーと融合することを指す……」


 つまり、互いにあげた半分を補う為に互いの半分を喰らえと?

 黒音はアズとの、悪魔とのハーフになると言うことか。

 それが意味することは、実際に魔王になると言うことではないか!


「隔てとイートカバーは……擬似的に魔王になること……でも私にはそれが必要ない……私は魔王だから……いえ、女性だから魔后になる……」


「お、お前も魔王なのか? じゃ、じゃあ魔王なのにお前みたいな力がねえのは、何でなんだ?」


「自分が魔王と言う事実を受け入れられてないから……」


 どれだけ自分が受け入れようと思っていても、心のどこかでそれを拒んでいるから力を出し切れない。

 黒音は本来、イートカバーを経る必要がない。

 そも実際に黒音は魔王だからだ。

 

「質問ばかりで悪いが、お前は最初から自分が魔王って事実を受け入れられたのか?」


「自分が魔王と言う事実を認めることは……強さに繋がる……受け入れるも受け入れないも……強くなれる手段なら受け入れない選択肢はない……」


 この少女は黒音よりも年下に関わらず、もう自分の宿命を受け入れている。

 ただ強くなる為に、自分のチームメートの命を背負う為に、感情を殺してまで。


「弱さや負けに繋がることは一切必要ない……情も、心も……強さや勝利に繋がるならば仲間であろうと切り捨てる……私がレイチェルといるのは、唯一の目的の為……」


「目的……? お前の目的って……」


「記憶を取り戻すこと……今の私はただの脱け殻……」


 別段必要とは思わない。だが最強となった今、それ以外に目的がないから目指しているだけだ。

 それに当たって記憶を失う前から一緒にいたレイチェル達は、記憶を取り戻す為の重要な鍵となる。

 ただ、それだけ。


「何か俺とお前って何もかも似てるな」


「私と貴方が……? 意味が分からない……」


「俺もさ、記憶がないんだ。それに俺も魔王なんだよ」


「魔王……? なのに、その弱さ……?」


 幼い少女からの一言が、黒音の胸をえぐった。

 魔王の宿命を強くなる為に受け入れた少女から、記憶を失ったことに動揺し、魔王であることを受け入れられない青年に。

 軽蔑、失望、絶望の声音でそう一言。


「例え魔王でも、アンタはアンタじゃない……俺の仲間は俺にそう言ってくれた。なのに俺は未だに魔王であることが受け入れられないんだ」


「よく分からない……何故魔王であることが受け入れられないの……?」


「俺のすべてを奪ったのが〈tutelary〉の守護する魔王だからだ。俺はソイツに復讐したい、らしい」


「記憶がないのに、復讐したいの……?」


「そうしねえと、それを目指しとかねえと、自分の存在理由を見失いそうだから」


 ……おかしい、とフルの心は揺れていた。

 凪のように決して波打つことのないフルの心が、記憶をなくしてから恐らく二度目、久しく揺れたのだ。

 レイチェルに居場所をもらった時に続き、彼と話していると何故か何でも話してしまう。

 本来与える必要もない情報も、自分の秘密さえも。


「確かに……貴方と私は似てる……力差を除いて……」


 魔王を憎まなければ、自分が存在している理由を見失う。

 記憶を追わなければ、仲間とともに過ごす意味を見失う。

 それが例え、他人の記憶でも。

 それが例え、今の自分を書き換えてしまうとしても。


「……なあフル、お前にとっちゃ無意味かも知れねえけど、ちょっとだけ手合わせしてもらってもいいか?」


「……構わない……私も貴方と戦いたいと思っていた……絶対的な力差があり結果が分かっているのに……」


 黒音は邸で休むアズを呼び出し、簡潔に状況を説明する。


「つまり……〈strongestr〉のリーダーと運命的なシンパシーを感じたから手合わせしたいと」


「まあ、そんな感じだ。相手も同じ気持ちらしい」


「構わないけど、死ぬわよ? 相手はあの絶対最強。私達の最終目的と言っても過言じゃない。〈tutelary〉の不知火 深影に遊ばれていた貴方がそもそも戦いになるかどうか……」


「んなことは百も承知だ。でも戦いたい。似た者同士として、戦いの中で何かが掴めそうな気がするんだ」


 深影の時はただのお遊びだった。

 フルが相手ともなると、もはや蹂躙になりかねない。


「私は神機も使わない……変身もしない……好きにして……」


「小さな女の子に刃を向けるのは気が引けるが、相手はあの〈strongestr〉……本気をぶつけた所でひっぱたく痛みに匹敵するかどうか……〈二門解錠〉!! これが梓乃と焔の力……〈霆渦巻く炎の災厄エルディング・ディザストロ〉!!」


 黒音はレーヴァテインに霆の門を開く梓乃の鍵と、憐の門を開く焔の鍵を同時に解錠した。

 雷属性のスピードと火属性のパワーを合わせた、かなり攻撃的な組み合わせ。

 黒音はレーヴァテインとザンナの切っ先にその力を集中させ、奥義を放った。


「神機奥義・雷炎の改三!! 〈天災(カラミタ)〉!!」


 海里華に電撃を浸透させた改二〈最後(ウルティモ)〉の改造版。

 これは火属性の攻撃力を雷属性で高めたものだ。

 二振りの保護に使っていた火属性を攻撃に活かす。

 炎の竜巻に電流を纏わせた一撃は、避ける隙も与えずフルを飲み込んだ。


「……やっぱり……弱い……」


 炎と雷の竜巻が去ったそこには、何事もなかったように立ち尽くすフルの姿があった。

 服の裾が焦げているくらいで、フル自体にはそよ風が吹いたほどしか影響がなかった。


「今度はこっちの番……」


 その声が聞こえてきたのは、黒音の懐から。

 フルが軽く放ったその拳は、黒音の甲冑を貫いて黒音の腹をへこませた。

 目を白黒させて喀血する黒音は、腹を抱えて顔から倒れ地面にうずくまる。

 こんなにも小さな少女の拳一つが、甲冑を纏った魔王候補の契約者を再起不能にしたのだ。


「ぁ……が……そん、な……あり……えね……」


「魔王であることを受け入れられない貴方は……私に勝てない……」


「な、ぁ……フル……お前、なら……リミットブレイクに……もう至ってるんだろ……俺も一度だけ、至ったんだ……でも……」


「二度目は出来なかった……完全に至っていなかったから……違う……?」


「その通りだ……はあ、ふう……お前には何の収穫もねえけど、俺にリミットブレイクに至る方法を教えてくれ」


 そうしてフルから教えられたリミットブレイクのコツは、自分が考えていたこととまったくの真逆。

 リミットブレイクはある感情が一定値を越え、自分の殻を突き破った時に至れるものだと思っていた。

 だが実際はすべての感情を鎮め、一度自分のすべてをリセットして完全に空っぽの状態になった時、勝手に舞い降りるものだそうだ。


「空っぽになるなんて、記憶のねえ俺に持ってこいだろ」


 深呼吸を繰り返し、自分の中から雑念を取り除く。

 深く集中する為の行動とそんなに変わらない、柊に教えられた心眼や第六感に至ることとよく似ている。

 一度自分のすべてをリセットして、そもそも二ヶ月前にリセットされたばかりだ。

 種を教えられれば、案外考えていたよりももっと簡単だったのかもしれない。

 空っぽになれば自分の殻なども、勝手に取り除かれるのだ。

 そして一度リミットブレイクに至っていたことにより、さらにスムーズに進む。

 やがてそこに存在しているのかどうかさえも分からないほど、心身ともに静まり返った黒音はただこう呟いた。


「終わりを始めよう……リミットブレイク……」


 その言葉を口にした瞬間、黒音の右手に携えられていたレーヴァテインの剣が光と粒子となって消え去り、黒音の左腕に装着されたレーヴァテインの盾が、剥がれ落ちるようにその姿を現した。

 外見は円形から五角形となり、九つあった鍵穴は中心へと集中している。

 黒音は盾に差し込まれたレーヴァテインの本体である剣を抜き取り、それを天に掲げた。


「何よ、やればできるじゃん」


 ダメ元だった、本当は信用しきれていなかった。

 でも実際にやってみれぱ、簡単なことだった。

 何もかも投げ捨てて空っぽになって、受け入れればいいのだ。

 ありのままの自分を。


「リミットブレイカー……〈黒き終焉(ネロ・デチェッソ)〉……」


 黒音の身を包む甲冑の表面が弾け飛び、黒音は淡い光に包まれる。

 さっきまで身を覆っていた、溶けて歪になった甲冑を振り払うと、今度は起伏がなく空気抵抗の少ないフレームを纏った。

 そして黒音の頭上に展開された魔方陣から、次々と金色のフレームがはめられた黒い甲冑のパーツが落ちてくる。

 甲冑のパーツはそれぞれ決まった場所に装着され、黒音の全身は重厚な甲冑に包まれた。

 最後に黒音の頭部を黒いベールが覆うと、黒いヘルメットの上に金色の仮面を被せたようなフルヘルムが現れる。

 その姿は海里華との決闘で顕現した、終焉の甲冑だった。


「ようやくリミットブレイクをものにしたわね」


「ああ、これで有言実行だ。お前との決戦までに間に合わせたぞ」


「まあギリギリセーフかしら。これでようやく本気の戦いね」


 伝説のリミットブレイク対神話の十二宮神機。

 黒音の肩甲骨辺りから吹き出すように放たれた魔力の翼は、蝶々の羽を象った。


「これは……動いた方が、負ける……」


 完全に至った黒音に時間制限はない。

 待っても無駄、だが動けない理由は他にある。

 互いが一撃必殺を隠し持っている為、下手に動けないのだ。


「この戦い……多分一瞬で決まる……」


「恐らく焔さんは隠している特性を使いますぅ……」


 黒音がリミットブレイクした今も、まだ隠しているラヴルの特性。

 〈次元転送〉がサブの特性だとすれば、本来の特性は本当に黒音のリミットブレイクと互角になるかもしれない。


「我、繋がれし一五の星々に儚き夢幻を願う。捧げるは紅き鮮血、授かるは絶対の理。血肉を喰らって目覚めなさい」


「「焔が動いたっ……」」


 ラヴル本来の特性、それを呼び覚ます呪文を、焔が連ねた。

 蒼炎のたてがみはさらに燃え上がり、肩から吹き出す蒼炎の翼は焔をも包み込んだ。


「獄炎の灯火……紫焔(シエン)……!!」


 ラヴルから放たれた蒼い炎と、焔の紅の焔が混じり合い、紫の炎が焔の纏う純白の甲冑を染め上げた。

 ラヴル本来の特性は、火属性の破壊魔術の一つ獄炎(ヘルフレイム)シリーズだ。

 制限時間内ならば無制限に、ノーコストで破壊魔術を使えると言うもの。

 焔が発動したヘルフレイムの序章、純粋に自らの戦闘力を強化する為のものだ。

 本来は数年の寿命を支払わなければ発動出来ないこの技を、焔はラヴルの炎で補うことで、ノーコストで発動した。


「流石だな……」


「それほどでも」


 しかし海里華達四人には、その凄さがあまり伝わってこなかった。

 今までの戦況とほとんど変わりないからだ。

 若干黒音の方が優勢か、だが決定打にはほど遠い。


「って、黒音はリミットブレイクしてるのにッ……」


「そんな黒音君と、ほぼ互角……!?」


「いくら十二宮神機とは言え、それはぁ……」


「でも黒音……あの様子は多分……」


 甲冑に覆われていて表情は伺えないが、恐らく驚愕している。

 まさかリミットブレイクした自分についてくるなんて、と。


「ラヴル、畳み掛けるわよ! 獄炎の鬼火、刃焔(ジンエン)!!」


 クララとは別に、焔の左手に炎で形作られた剣が現れる。

 青白い炎が形成されたそれは、ある神機と瓜二つだった。


「人工神機グラム、顕現!!」


 失われた神機の一つ、怒りを司る神機グラム。

 あまりにも強力な力の為、グラムを造った神自身が己の命と引き換えに破壊したと言われる伝説の剣だ。

 コアが破壊されている為再構成することも叶わなかったが、ラヴルの特性を利用してそのフレームと特性を限りなく本物に近い状態で再現している。


「ねえ黒音君、貴方ならグラムの特性、知ってるわよね?」


「破壊魔術の、魁……」


「そうよ、その通り。この子は破壊魔術の根源。もっとも純粋で、単純で、愚直な破壊。注いだエネルギーを何十倍にも膨れ上がらせる」


 焔がグラムに注いだエネルギーは、ラヴルの特性で強化された状態の聖力。

 それが何十倍にも強化された力は、形として体現した。

 天を二分するほど巨大化した炎の剣が、焔の手によって振り下ろされる。


「人工神機奥義!! 絶対不可侵の〈聖域(サンクチュアリ)〉!!」


 何人の追々も許さない炎の断罪。

 天を召すその剣は、神の杯に手を伸ばした黒音を焼き付くさんとその刀身を傾ける。


「黒音っ……この鍵を使ってっ……!」


 胸に下げられたチェーンを引きちぎり、遥香は胸の鍵を黒音に投げ渡した。

 アメジストのように妖艶な輝きを放つその鍵を渡した遥香を、黒音は絶句して見つめる。


「今の黒音なら使いこなせる……今こそ死神を越えて……!」


「……また暴走したら、頼むぞ」


「大丈夫……その時はまた、ずっと付き添ってあげる……」


「九つの門に封じられし大鎌、刈り取れ……〈解錠〉!!」


 黒音は避けるのではなく、真正面から受けて立つ方を選んだ。

 だから遥香も今の黒音ならばと、自ら鍵を託したのだ。


「これが三つ目の力……紫の門……〈霞の希望〉だ」


 〈無制限形状〉となったレーヴァテインの〈解錠〉は、大きく黒音の姿を変化させた。

 リミットブレイクにより特徴的なパーツを纏った黒音だったが、その姿はレーヴァテインの〈解錠〉を使って初めて意味を成す。

 黒音が纏っていた甲冑のパーツは、レーヴァテインの〈解錠〉とともに魔方陣へと吸収され、また新たな甲冑パーツが現れたのだ。

 金色のフレームに、アメジストカラーのプレートで構成された細身の甲冑。

 背中には三日月を彷彿とさせる、大鎌を重ねたような刃の翼。

 霧に包まれた最強の鍵、終焉を招く死神にもっとも相応しい姿だ。

 頭部を包むのは肉食恐竜の足跡のように三股に分かれた突起と、額辺りに埋め込まれた紫色の結晶が特徴的なフルヘルム。

 刃で構成された翼が大きく上に向くと同時、黒音の背中に赤いマントが現れた。


「黒音……暴走してた時とは全く違う……とても、綺麗……」


 黒音はマントを翻しながら、上に向いた刃の翼で炎の剣を受け止めた。

 動きはゆっくりなので直撃しなければ問題ないかと思っていたが、やはりその考えは甘かった。

 尋常ではないパワーで強制的に押し潰そうとしてくる。


「無駄よ、この刃はリミットブレイカーでも防げはしない!!」


「それは、どうかな……黒音、アダマスを使って……」


「ああ、確かに借り受けた」


 遥香から託された霞の鍵と、神機アダマス。

 黒音は三日月のように弧を描くアダマスの刃に、レーヴァテインを重ねた。

 レーヴァテインの刀身も、少しだけ日本刀のように反っている。

 それに合わせてアダマスとレーヴァテインを連結させ、アダマスにレーヴァテインの力を譲渡したのだ。

 こうしてレーヴァテインの〈解錠〉の力を共有したアダマスは、紫の結晶に包まれてその形状を変化させた。


「神機同士が、合体ですって!?」


「不可能じゃない。アダマスは何千年もの戦闘データを蓄積して、もっとも有力なデータを選りすぐってその形状を変化させる」


「俺が今までの戦いでレーヴァテインに蓄積させたデータをアダマスと共有すれば、アダマスがそれに合わせて形状を変化させるのは当然だ」


 色欲の死神アスモデウスと、序列二九番の悪魔アスタロトの合作こそ、アダマスとレーヴァテインの合体だ。

 黒音はレーヴァテインの重さも加わったアダマスをハンマーのように振るい、遠心力を乗せてグラムの一撃を迎え撃った。


「遥香、行くぞ!!」


「ん、分かった!」


「「神機奥義・合!! 〈虚無を切り裂く鎌ボイド・クーペ・フォシーユ〉!!」」


 息を合わせて声を揃え、黒音の持てる全身全霊の魔力をグラムにぶつけた。

 この力比べに勝った方が、この勝負の主導権を握る。

 いや主導権どころか、この力比べ自体が勝負を決することになる。

 二人はそれが分かっているからこそ、ここですべてのエネルギーを費やした。

 ラヴルは焔の背中を支え、己の持てる全霊を焔に託す。

 遥香は鍵とアダマスを託す以外、この決戦に干渉は出来ない。

 遥香は海里華達と同じように、両手を組んで勝利を祈る。


『死神が天に祈る日が来るなんてね……でも、頑張って』


『頑張るのだ、黒音よ。漓斗の信頼を裏切るなよ!』


『我が友の命を背負うならば、ここで負けるな』


『黒音さん、皆あなたの勝利を願ってる。だから──』


「「頑張ってッ!!」」


 後ろから海里華、梓乃、漓斗、遥香の声が聞こえる。

 それだけなく、アクアス、トリアイナ、トライデント、レプン、フィル、セリュー、ヴァジュラ、アザゼル、ヒルデ、グリム、アスモデウス、ヴィオレ、レオ、ザンナ、サンティ、そしてフィディ。

 海里華達に加えそのパートナーや使い魔に神機、全員が黒音に力一杯の声援を送る。

 何度も言うが、契約者の力は感情に比例する。

 実際に力を貸していなくとも、契約者にとって仲間の応援ほど力になるものは存在しないのだ。

 黒音はどこから沸き上がってくるのか分からない不思議なエネルギーを、全身からレーヴァテインとアダマスに乗せた。


「焔ぁッ!! 俺の仲間になれぇッ!!」


 黒音が喉が張り裂けるほど叫んだその言葉が、長くも短かった決戦の幕を引いた。

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