表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第六章「紅き天使・後編」
37/42

第一話『memories』

 真っ白な外壁の一軒家。

 両親と兄と弟と私、家族五人で平穏に、幸せに暮らしていた。

 父は出張が多かったが、休みの日は毎日朝から晩まで遊んでくれる子煩悩な人だった。

 母は常に公平で、お姉ちゃんだからとか、弟なんだからなどと差別したりしない、兄妹全員を平等に見てくれる人だった。

 兄は私と弟をいつも優しい目で見守ってくれる優しい人。

 弟は引っ込み思案だった私のことを常に先導してくれる子。


「なあなあ姉ちゃん、今日は駅の方まで行こーぜ!」


「ふぇ、だったらお兄ちゃんについてきてもらわなきゃ」


「テストが近いんだけどな……まいっか。じゃあ行こうか」


 小学三年生の私と一つ年下の茜は、中学一年生の白夜を連れ回して遊びに行くことが多かった。

 白夜はいつも自分の時間を割いてまで私達と遊んでくれる。

 私も茜も、そんな白夜が大好きだった。


「ねえ焔、茜、二人は天使って信じる?」


「天使がいるかって? いきなりどーしたんだよ?」


「私は信じるかな……私ね、よく夢に見るんだ。赤い髪で、白くて大きい羽の生えた女の人が、私を抱き締めてくれる夢……」


「俺は見ないかな……あ、でも真っ赤なでっかい鳥の夢なら見るぜ。全身が真っ赤に燃えてた」


「僕はね、本当に見たことがあるんだ。その子はいつも悲しそうな顔をしてるんだ。まあまだ話したこともないんだけどね」


 結局夢じゃんかー、と笑う茜。

 でも私はお兄ちゃんの言うことを信じていた。

 だって私も、夢の中でだけど、何度も話したことがあるから。

 似たようなことが、しかも兄妹で起こるなんて、絶対に偶然じゃないって思う。

 それから三年の年月が経ち、私は中学生に、茜は小学六年生に、兄は高校一年生になっていた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 ある日、白夜は熱を出して学校を休むことになった。

 私と茜は兄の体を案じながら、学校に向かう。

 そしていつもより早めに帰宅した私と茜の前に広がっていたのは、今思い出すだけでも気が遠くなりそうな光景だった。


「な、に……これ……お兄ちゃん……?」


「何だよ、これ……兄貴の……背中……」


 白夜の足元に転がっていたのは、いつも私達を優しく包んでくれていた両親の亡骸。

 返り血の染み着いたワイシャツを脱ぎ捨てた白夜の背中からは、同じく返り血で所々赤く染まっている白い翼が生えていた。


「君達がもう少し大人になったら、どうか僕を殺しに来てくれ」


「なに、言って……行かないで、お兄ちゃ──」


「待てよ、兄貴ッ……説明しろよ!! おい!! クソッ……どうなってんだよ……っ」


 目の前から忽然と消え失せた白夜を前に、私は意識を持っていかれそうな絶望感を抱いて跪く。

 茜はそんな私を眺めて、何も言わずに家を出た。

 私はどうすればいいかも分からず、血がつくのも構わず、両親の亡骸に触れた。


「ねえ……パパ……ママ……何で、こんなことになったの……? 二人がこうなったのは……私のせい……?」


『それは貴女のせいじゃない』


 どこからかそんな声が聞こえてきた。

 それは今まで何度も私の夢に現れた、赤い髪の天使だった。


「貴女が……パパとママを……?」


『君の両親を殺めたのは、君のお兄さんだ』


「お兄ちゃん、が……何でッ……」


『紅嶺 焔、君は今何を望む?』


「……元の生活……全部、元通りにしたい……お願い、これは夢だと、言って……」


『残念ながら、元には戻らない。そしてこれは夢じゃない』


 突きつけられた現実に耐えきれず、私は両親の亡骸に抱きついた。


「何でこんなことになったの……っ……お兄ちゃんは、こんなことする人じゃ……」


『君は兄への復讐を願う?』


「復讐……お兄ちゃんに……白夜に……復讐……そうだ……こうなったのは、全部白夜のせいなんだ……罪には罰を……私が白夜を断罪する……!!」


『なら私と契約して。そうすれば私が君に力を与える』


「貴女と……契約する……? そうすれば、白夜を断罪出来るの……?」


『少なくとも、必ず再会出来ることは保証する』


 赤い髪の天使に差し伸べられた手をとる以外に、私にこの先生きていくすべはなかった。

 私は両親の額に唇を落とし、そして天使の手をとった。


『よくぞ決意して下さいました。私の名はウリエル。貴女様が朽ち果てるまで、私は命を懸けて貴女に仕えます』


「ウリエル……うん、ありがとう……小さい頃から私を見ててくれたのは貴女だったのね」


『はい、その通りで御座います。ではまず、ご両親の亡骸を埋葬致しましょう。ただしこの事実は世間に漏れてはなりません』


「じゃあ、どうするの?」


『この世界の事実、貴女のご両親の存在を書き換えます』


「書き換える……? それをしたら、どうなるの? そもそも、そんなことが出来るの?」


 いきなり想像を越えた話に、私の理解は及ばなかった。

 でも不思議と恐怖感はなかった。

 唯一信頼出来る、小さい頃からの友達が側にいてくれるから。


『貴女のご両親は事故死と言うことになります。ですが事実は貴女の記憶に残りますので、ご心配なさらず。それとも、貴女の記憶も書き換えますか? その方が精神的ダメージも……』


「ううん、私の記憶には残しておいて……白夜をぶん殴るまで……絶対に忘れたくない……」


『……殺さないのですか? これはご両親を手にかけた兄への復讐ですよ?』


「殺しちゃったら……白夜と同じになっちゃうから……」


 それからの記憶はほとんど残っていない。

 ウリエルが両親の亡骸を魔方陣に乗せて、どこかに転送して、次の日目覚めたらもうすべてのことが済んでいた。

 とんとん拍子で私は学校に復帰することが出来て、済む場所も新しく確保出来て、嘘みたいに上手く行った。

 それもこれもすべてはウリエルのおかげ。

 そしてすべてが落ち着いた二週間後くらいから、私の契約者としての日々が始まった。


「……ふぁあ……よく寝たわ……あら……」


 昨日から今日までずっと付きっきりで世話をしてくれた黒音。

 ウリエルの為を思って家事はすべて黒音が、しかもウリエルと交代で私のことを一晩中看ていてくれたのだ。


「ただ気を失っただけなのに……二人とも心配性なんだから……でも、本当にありがと……」


 焔はベッドの端に突っ伏して眠る黒音に毛布を着せると、黒音が作りおきしてくれたお粥を温めなおした。


「いただきます……」


『ん……ぁ……マスター……おはよう御座います。体調の方はどうですか?』


「ウリエル、おはよ。大分いいわよ。まあ気絶しただけなんだし、全然問題なし!」


 物音ですぐに目を覚ましたウリエル。

 どうやら昨日からずっと神経をピリピリさせていたようだ。


『そうで御座いますか、それは何よりです。今日一日休み、明日から登校しましょう』


「いいえ、今日からでいいわよ。別に病気じゃないし」


『で、ですが……もしまた倒れるようなことがあったら……』


「大丈夫って言ってるでしょ。心配しすぎよ。貴女や黒音君が一生懸命看ててくれたから、もう問題ないわ」


 渋々と言った様子で、ウリエルは登校の準備を始めた。

 焔の服を脱がし、着替えとバスタオルを持ってバスルームの前で待機する。


「ん……お……ウリエル、焔の様子はどうだ……」


 焔がシャワーを浴び始めてから少し、水の音に反応して黒音が目を覚ました。

 ベッドの上を見ても焔の姿がないことに気づき、ウリエルの反応がする方へと向かう。


『黒音様、おはよう御座います。ただ今シャワーを浴びておられます。マスターは今日から学校に行くと申されておりまして……』


「そっか、まあ何かあったらまた俺が面倒見るからな」


『この度は誠にありがとう御座いました。マスターの為に寝る間も惜しんで……』


「あー、そう言うのはいいから。俺は好きでやったんだ。だって焔はこれから俺の仲間になるんだから、仲間の面倒を見るのは当たり前だろ?」


 黒音にとって焔の看病は、礼を言われるようなことではない。

 焔には何度も窮地を救ってもらったのだ。

 命を預け合う関係なのに、看病を惜しんでどうすると。


「ふう……サッパリした、わ……」


「いっ……!? や、やあ、おはよう」


 ウリエルと話している間に焔がシャワーを終え、バスルームから出てきた焔。

 何故かニヤニヤしているウリエルのせいで、包み隠されることなくその瑞々しい裸体を黒音に晒すことになり──


 ──ごおおおおっ!!


 病み上がりとは思えないほどの炎を手のひらから吐き出し、黒音はたちまち丸焦げになった。


「ご、ごめんなさい……」


「いや、俺も悪かった……」


 転移魔方陣を潜り、黒音の自宅に戻ってからも、焔はずっと肩を落として黒音に謝罪していた。

 バスルームの前にいた自分にも責任があると黒音も謝るが、髪の毛が焦げた臭いはしばらくおさまらなかった。


「あ、黒音君、おはよっ! ほむちゃんは大丈夫?」


「おはよ、梓乃。本人が言うには問題ないそうだ」


 黒音と焔が教室の前に到着すると、梓乃が教室の中から焔に駆け寄った。

 焔は教室前に待機していた生徒会に対応しつつ、少し涙目の梓乃をなだめた。


「あ、黒音、おはよう。その様子だと……大丈夫そうね」


「ああ、一応気絶しただけだからな」


「それよりも、漓斗が朝早くから〈Despair phoenix〉の情報を持ってきてくれたわ」


 漓斗が命懸けで仕入れてくれた情報だ。

 ……と言いたい所だが、自分達はまだそのレベルに辿り着けるかが問題なのだ。

 焔から聞かされた衝撃的事実、六芒星封印。

 四大チームの契約者全員が自らに施している枷は、並みの契約者ならば一つで立つことすら封じられてしまう。


「海里華、六芒星封印は知ってるか?」


「ええ、ドラゴンの戦闘力を封じるものでしょ? それがどうしたの?」


「お前だったら、何個まで施せる?」


「え、六芒星封印を? そんなの一個で私の戦闘力なんか以前みたいな十分の一になっちゃうわよ」


 つまり六芒星封印の力は海里華が施していた封印十個分。

 黒音を圧倒し、遥香に勝てないとさえ言わせた海里華の戦闘力を、たった一つで噛ませ犬の頃の海里華に戻してしまうのだ。


「それを複数施すってどんな感じだ?」


「私は二つで半身麻痺ってとこね。遥香は単純な魔力量で言えば三つ。リミットブレイクしたアンタも三つで以前の私と同じくらいまで弱体化するわ。それがどうしたの?」


「昼休みに話がある。大事なことだから欠席はナシな」


 柊先生に出席簿で仰がれ、黒音は柊先生にも目配せをし、席についた。

 この絶望的な事実に風穴を開けてくれるのは、彼女しかいないと判断したのだ。


「……で、先生を目線で呼び出すようなバカタレの話を聞こうじゃないか」


 昼休み、海里華に作ってもらった弁当を柊先生に強奪された黒音は、皆におかずを分けてもらいながら話を始めた。


「六芒星封印は知ってるよな?」


「当たり前だろう。まさかそれについて解説してくれとかじゃないだろうな?」


「半分そうだ。実は四大チームの契約者は全員、野戦の時は六芒星封印を施してるそうなんだ。単刀直入に聞く。四大チームの強さの源は何なんだ?」


 遥香に作らせた弁当に加え、黒音から強奪した弁当をすべて食べ終えた柊先生は、珍しく困却したように頭を抱えた。


「はあ……お前ら、"隔て"は超えたのか?」


「隔て……? 何だそれ、何かの呪文か?」


「超えた、多分だけど」


 この中で唯一、遥香だけが首を縦に振った。

 柊は遥香の瞳を凝視し、今度は呆れたように黒音から飲み物をぶんどる。


「な、おい、人のモンをお構いナシにっ」


「いつ隔てを超えた?」


「冥界……マモンの邸でサタンと対峙した時」


 冥界は死神のいる魔界よりも深層の部分にある世界だ。

 遥香はアスモデウスと契約した死神の為、冥界に言ったことまでは理解出来る。

 だが七つの大罪の二柱と接触したことまでは聞き流せなかった。


「マモンの邸と言うのはまだ分かるが……何でサタンが出てきた?」


「あのチンピラ、マモンが忙しい時なのに、自分の用事を強引に通そうとしたから。私が親切で別の次元に飛ばしてやった」


 話が壮大すぎてとてもついていけない。

 黒音を除き、焔達四人は弁当に意識を戻した。


「サタンと戦って隔てを越えたのか?」


「ううん、サタンの身勝手さに苛立ってアスモデウスと変身したら、その隔てを超えた、はず」


「なるほどな……」


「おい、そろそろ教えろよ。隔てってのは何なんだ?」


「パートナーと真に一体化することだ。お前達が普段戦う時にパートナーと一体化するだろ。それにはもう一段階、レベルがある」


 パートナーとの思考、思いの臨界点。

 隔てを超える為には、パートナーとすべてを合わせる必要がある。


「遥香、お前がアスモデウスと隔てを超えられたのはサタンに対峙した時、アスモデウスとの思いが真に一つになったからだ。これ以上ないベストタイミングでアスモデウスと一体化したことで、二人の間に隔てられた境界線が取り除かれた」


「やっぱり……だからあの時……」


 ──こいつぁすげえじゃん。お前のパートナー、本当の意味で死神になりやがった──


 パートナーとは二人で一人、そう強く思うことが本来パートナーと一体化する為の最低条件だ。

 だが隔てを超えてパートナーと一体化する為には、パートナーを自分の半身と思い、パートナーを自分自身と強く思うことが最低条件となる。

 簡単に言えば、パートナーと自分は同一人物と考えることだ。


「死神としてもかなり高位にある遥香の戦闘力の理由はそれだ」


「遥香と戦ってよく死ななかったな、俺……つ、つまり遥香はもう四大チームの契約者と互角と考えていいのか?」


「いや、まだだな。四大チームの契約者は六芒星封印を複数施してあの戦闘力だ。今の遥香が同じ数の封印を施せば話にならん」


「でも私は強い。慢心じゃなく、本当に。だって私は一度〈strongestr〉のドラゴンを圧倒したもの」


「あの時は心底驚いたよな。でも〈strongestr〉だって六芒星封印を施してるんだ。遥香が同じ数の封印を施して果たして勝負になるか……」


 仮に黒音達が遥香のように隔てを超えられたとしても、遥香でさえ通用しないレベルが相手では意味を成さない。


「恐らくアイツらは全盛期の私達と同じ状態なんだろうな」


 全員が全員、黒音のようにリミットブレイクが出来るまで経験と実力が備わっている。

 だが後一歩、至れないと言う不安定な状態。

 遥香や海里華のように破格の戦闘力を持っていても、リミットブレイクした黒音には遠く及ばなかった。

 つまりこの場にいる全員が、少なくともリミットブレイク出来る直前まで経験を積まなくてはならないと言うことだ。


「確かリミットブレイクって自分の殻を破った時に発動する力なんだよね? だったら自分の殻を自覚出来れば、てっとり早く四大チームの契約者と並べるんじゃないかな?」


「確かに緑那の言うとおりだが、自分の深層心理に眠る、自分自身ですら自覚出来ない殻を破ることはそう簡単なことじゃない。未愛、お前ここでリミットブレイクしてみろ」


「なっ、アホか。こんなとこでやったら屋上が壊れるぞ」


「いいからやってみろ」


「どうなっても知らねえからな……アズ、行くぞ」


『おっけ、そんじゃ行ってみよー!』


 いつも通りアズと一体化し、集中力を高める。

 リミットブレイクした時の感覚をよくイメージし、限界まで魔力を高めた。


「はああッ……リミットブレイクッ!!」


 弾け飛ぶ黒音の魔力は黒音の全身を包む甲冑を輝かせ、一時的に黒音の背中に七色の翼が放たれる。

 ……そして変化は終了した。


「……アンタ、何やってるの?」


「あれ、も、もう一回……リミットブレイクッ!!」


「……まさか、出来ないの?」


「やはりな。未愛、お前はまだ完全に至っていない」


「でもご主人様、黒音はあの時確かにリミットブレイクしてた。じゃなきゃ、あの破格の戦闘力は説明がつかない」


「だが現に黒音はリミットブレイク出来なかった。もし本当に至ったのならば、二度目からは自分の意思で自由にリミットブレイク出来る」


「自分の意思で……自由に……」


 アズとの一体化を解除し、割れたガラスのように崩れていく漆黒の甲冑。

 いきなり魔力を高めすぎたせいで、軽い貧血症状のようなものが黒音を襲った。


「これで一勝出来る可能性さえ消えたわけですねぇ」


「せっかく漓斗が〈Despair phoenix〉の情報を持ってきてくれたのに、アンタがその調子でどうすんのよ」


「あ、安心しろ。焔との再戦までには完全なリミットブレイクに至って見せるからな」


「そうだと嬉しいけど、もう四日切ってるよ」


 たった四日ごときで、自分の深層心理に眠る本当の殻と言うものが見つかるのか。

 だが黒音一人がリミットブレイク出来た所で、焔達五人もリミットブレイクに至ってくれなくては四大チームとは渡り合えない。


「うし、魔王に挑む絶対条件は全員がリミットブレイカーに至ることだ。各自、自由なやり方でリミットブレイクに至るぞ!」


「「おー!」」


 張り切る六人を眺めながら、柊は少し申し訳ない気持ちでいた。


(……本当はもっと簡単にアイツら化け物と同じステージに立てる方法があるんだがな。それこそアイツらの化け物じみた戦闘力の理由……まあコイツらもいつかはソレに至るだろう)


 人に教えられてやるよりも、自分で見つけ出した方が達成感もあるし、あれはとにかく自分とパートナーの感情が鍵になる。

 人に教えられた所で、すぐに実現出来るものではない。


「これだけは言っとくぞ。お前らだけじゃなく、お前らのパートナーにもだ」


 黒音達だけではなく、アズ達パートナーに伝えること。

 もし柊が想定しているソレに至った場合に備えてのことだ。


「喰って喰われる関係がもっとも好ましいことを覚えとけ」


 転移魔方陣を潜り、柊はその場から消える。

 残された十二人は、それぞれ柊の言葉を舌で転がした。


「喰って喰われる……? 弱肉強食ってことか?」


『まさか、またアレをやるの……!?』


 黒音が記憶を失う前、アズはそれを経験している。

 あの時の恐怖感と言ったら、とても表現出来ない。


「ねえウリエル、柊先生の言ってたことが何か分かる?」


『いえ、見当もつきません。申し訳御座いません……』


「喰うとはぁ、取り込むと言う意味でしょうかぁ?」


『俺にも分からない。英雄の考えることは想定がつかん』


 焔や漓斗は英雄の弟子でも、ましてや黒音や梓乃のように養子でもないので、英雄の言う真意を理解しきることは難しい。


「ねえフィル、セリュー、柊先生は何を言ってたのかな?」


『関係と言うことは、少なくとも梓乃と私のことに間違いはないだろう』


『自分達を喰うと言うことは、どちらかがエサにならなければならないと言うことでは?』


「アンタ原初女神って超古株なんだから、それくらい分かんないの?」


『む、無茶言わないでよ。歴史に存在しない答えを意味不明のヒントから見つけ出せなんて』


 パートナー同士が喰い合うなんて歴史は、今まで一度としても刻まれたことはない。


「アダマスの記憶にも存在してしないこと……アスモデウスが私を喰らい、私がアスモデウスを喰らう……」


『隔てを超えた今の私達なら絶対に出来る……私は貴女、貴女は私……私達なら必ず答えを見つけられるわ』


「よく分からんが、それが先に進む為に必要なことならぶち壊して進むまでだ」


『アレだけはほんとに怖いのに……あーもう、ほんとにこれが最後にしようね』


 黒音達六人とアズ達六人の目標はまずリミットブレイクに限界まで近づくこと。

 そしてその間に柊の暗号の答えを解き明かすことだ。

 十二人はひたすら様々な方法で、それぞれ試行錯誤を始めた。


          ◆◆◆


 ならず者の異名を持ち、その名を聞くだけでほとんどの契約者は震え上がり腰を抜かす〈soul brothers〉。

 ここはその〈soul brothers〉が集まるアパートの廃墟だ。

 メンバー全員がその廃墟で好き勝手に過ごしている中、たった一人廃墟のあらゆる場所を使ってトレーニングを重ねる男の姿があった。


「……リーダー、ちょっとは休んだ方がいいの。さっきから全然休んでないの……」


「うるせえッ……俺は一度負けた……俺を負かした相手はこれで二人目だクソッタレがッ……!!」


 海里華の一手によって命を握られた和真は、以来ずっとこうしてトレーニングを重ねている。

 コンクリートが崩れて露になった鉄筋にぶら下がり、片腕で自分の体重を引き上げる運動を、左腕だけで一時間休憩なし。

 野戦で野良の契約者に敗北したことが余程こたえたらしい。


「リーダー……リーダーがこれ以上強くなったら、いつか差しで私を越えそう……」


 和真が始めて敗北したのは、他でもない。

 〈soul brothers〉の死神、ティフィア・ベルモットだ。

 悪魔が死神に勝てないと言う事実は、渋々納得した和真だったが、ただの女神風情一人に敗北させられたことはどうしても納得がいかなかった。


「り、リーダー大変っ! 皆も聞いてっ!」


 いつになく焦った様子の海深華が、蒼い転移魔方陣から飛び出してきた。

 和真は鉄筋を左手から右手に持ち替え、片腕の腕力だけで海深華達のいる一階上の部屋まで飛び上がった。


「ふう……はあ……どうしたエミ、お前らしくもねえ」


「そ、それがっ……」


 息を切らして肩を上下させる海深華が持ってきた情報は、和真の闘志にさらなる油を注ぐこととなった。


「なッ……未愛 黒音が、至っただとッ!?」


 〈tutelary〉のメンバーでは白夜や深影すらもまだ至っていないと言うのに、自分よりも先にリミットブレイクに至るとは。

 和真は黒音の評価をさらに改めた。


「しかも、リーダーを敗北に追いやった私の妹が、黒音君に敗北したそうなのよっ」


「あの野郎、アイツはもう格下なんかじゃねえ……俺と互角か、それ以上……〈strongestr〉を除けば今、最強の契約者はあの野郎だッ……」


 確かにリミットブレイクに至った契約者は四大チームには一人もおらず、さらにリミットブレイカーに対抗出来る力を持った契約者もまた存在しない。

 負けず嫌いでプライドの高い和真にそこまで言わせる黒音の素質は、間違いなく四大チームの脅威だった。


「リーダー、多分その黒音って人、シノのチームに所属してると思うの」


「何故分かる? シノって奴が黒音の名前を出したのか?」


「何となく分かるの。私達四大チーム以外で強い契約者って言ったら、シノのチーム以外に想像出来ないの。それにリーダーがいつも言ってるの。強い奴は強い奴の所に集まるって」


「確かにな……あの時見た黒音のチームメンバーは、将来化ける素質を持った契約者ばっかだった……」


 そして確かに、黒音の近くには霆を纏ったドラゴンがいた。

 あの様子ならば、それらの契約者を纏めていたのは黒音だ。

 ルーチェルを負かすような力を持った契約者を纏める存在ならば、四大チームの契約者よりも先にリミットブレイクに至っても不思議ではないと言うことか。


「お前ら、うかうかしてられねえぞ。アイツらは〈tutelary〉と魔王をブッ飛ばした後、すぐ俺らに挑みに来る。各自鍛練を怠るなよ」


「「おっけ、リーダー」」


 今はまだ隔ても超えていないようなひよっこだろうが、いずれはパートナーに自分を喰わせ、パートナーを喰らう時が来る。

 そうなればもう、黒音達は四大チームの契約者と同じステージに立つことになるのだ。


「くそ……俺も本格的にリミットブレイクを目指さねえとな……」


 とうとう〈soul brothers〉のリーダーに宿敵と認められたなど露知らず、黒音は柊の授業を適当に聞いていた。

 他の生徒と同じように広げたノートに記入されているのは、今までの戦闘で経験してきた細かなポイント。

 さらにはリズから託された特殊模倣式戦術によって様々なタイプの戦闘データもある。

 これらのデータから導き出される、自分にとってもっとも適した戦法を確立する。


「わうっ……!? 何このおびただしい数の文字と数字はっ……」


「今までの戦闘データを数字に割り当てて計算してるんだ」


 正確無比な動きが得意なフィディが、今まで行ったモーション一つ一つの秒数や癖までを分析して、それを数字に割り当てる。

 どうせやるならばとことんやり込まなくては気がすまない。

 それが黒音の美学(?)なのだ。


「青美さん、もしかして寝てる……?」


「いいえ、ちょっと集中してるだけ……私水泳部だから」


 水泳部が授業中に瞑想する理由にはならないのでは、と海里華の前に座る女子生徒が不思議そうに眺めてくる。

 海里華のやり方は水属性の女神らしい、精神の集中。

 全身を流れる血液の流れすらコントロールしてやると言う勢いで、すべての感覚に意識を注ぎ込んだ。


「そう言う梓乃はどんな特訓なんだ?」


「私はね、あれだよ」


 梓乃が指を指した先は、教室の右側にある廊下。

 その廊下の窓が一枚だけ開けられている。

 その窓の先には、目を細めなくては捉えることすら出来ないほど小さな的があった。

 梓乃はその的へ向かって右手を鉄砲の形にし、その指先を遥か先に向けている。

 まさかとは思うが、この位置から目視することすら難しいほど遠いあの的を狙い打つ気のようだ。


「ばーんっ……♪」


 小声で合図し、梓乃の指先に宿った雷の銃弾が発射された。

 それは正確に、一直線に的まで進んだものの、後少しと言う所で的の下をかすった。

 梓乃の特訓内容は、正確さの向上。

 力とスピードに任せた乱暴な戦い方だけでなく、正確に狙った所に攻撃出来るようにする為だ。


『漓斗ちゃん、瓦礫なんか運んで何してるの?』


「基礎能力のぉ、底上げですぅ。私自身が強くならないとぉ、お二人の〈創造〉を十分に活かせませんからぁ」


 廃墟にいくらでも転がっている大きな瓦礫をあっちへこっちへと運び、それが終われば足場が不安定な廃墟の建物を走ったり飛び越えたりしている漓斗。

 以前白夜のパートナーであるジブリールに〈創造〉で造ったジブリールのコピーを撫でるように一掃されてから、自分自身の基礎能力を向上させることが必要だと痛いほどわかった。


『走ることばかりに気をとられるな漓斗!』


 一瞬の隙を突いて、先ほど漓斗が運んだ瓦礫をアザゼルが投げつけてくる。

 漓斗は瞬時に武器の姿に変化したヒルデ・グリムを両腕に装着し、それらをすべて砕き伏せた。


「ガープ、また来た。あの時とは比較にならないくらい強くなってきた」


「久しぶりね、遥香ちゃん」


 自由に行動出来る放課後に、遥香の特訓は始まった。

 遥香が訪れたのは、死神のみが入ることを許された魔界の深層に存在する冥界。

 そこで遥香が一番に訪れたのは、以前一緒に特訓したガープのいるマモンの邸だ。


「もう一ヶ月、人間界では九日くらいかしらね。いつの間にか私なんか比較にならないくらい強くなって……」


「ガープ、あなた私の母親みたいになってる」


「今マモン様は不在だけど、今回はどんな用で来たの?」


「隔てについての詳しい知識と、パートナーを喰らうと言う言葉の意味を教えてもらいに来た」


「パートナーを喰らう……? もしかして、マモン様が言っていた隔ての第二段階のこと……?」


 ガープの様子からすると、大方近いうちに遥香がそれを聞きに来ると予想してガープにその知識を託していたのだろう。

 クローフィの娘のことで余裕がないはずなのに、ここまで手を尽くしてくれているマモンに感謝してもしきれない。


「とうとう遥香ちゃんも四大チームのレベルに上ろうとしてるのね……」


「私はもう、大切な人と一緒にいる為だけに戦う私じゃない。大切な人が増えたから、その人達の願いを叶えてあげたい」


「いい目をしてるわね……よし、じゃあマモン様から伝えられていた知識と言う知識、すべて叩き込んで上げるわ。寝る間もないから覚悟するのよ」


「分かった。お願いするね、ガープ先生」


 魔界や冥界ならば人間界よりも時間の進みが三倍遅い。

 学校の為に人間界に戻る時間を差し引いたとしても、本来の二倍は時間がある。


「ねえウリエル……私がリミットブレイク出来ると思う?」


『正直に、結果だけを申しますと、不可能です』


 屋上に寝転がり、大の字で青空の日差しに目を細める焔。

 自分でももうリミットブレイク出来るまでの段階に来ていることは自覚している。

 だがそれでも至れないのは、自分の過去にいつまでも取りつかれているせいだ。

 自分がリミットブレイクする為には、白夜や茜のことを忘れなくてはならない。

 だがそうなればウリエルと契約した意味がない。

 完全なる矛盾、どうやってこの先へ進めばいいのか、焔には分からなかった。


「ねえ師匠……貴女ならどうする……?」


 路頭に迷っていた私を助けてくれた貴女なら、この迷宮をどう攻略するの?

 焔は青空に浮かぶ彼女のことを思い浮かべ、腕で目を覆った。


「よし、フィディ、レオ、一緒にかかってきてくれ」


「ほ、本当によろしいので?」


「いくらご主人様でも私達二人は……」


 本当は海里華達とどこかへ遊びに行くはずだった休日。

 黒音は少しでも特訓時間を伸ばす為、魔界に訪れていた。

 黒音達がいるのはアズの豪邸、その地下にある闘技場だ。

 ガラス張りされている闘技場の回りには、観客席を埋め尽くすアズの部下悪魔がいる。


「いいから、もう殺す気で来い。戦う相手が俺に合わせてくれるわけじゃないからな。相手が俺に合わせざろう得ないリズムを作り出す。それがこのスタイルの目的だ」


 授業中に考え尽くした戦闘スタイルのリズムに慣れる為には、とにかく戦いにくい相手と戦うことが大切だ。

 どんなに苦手な相手にでも通用するように、この戦闘スタイルを体に癖づけるのだ。


「それでは参ります。レオさん、まずは見ていてください」


  まずは小手調べ。間近で見ていても、実際に戦ってみなければ分からないからだ。

 白銀の翼を展開し、フィディは広い闘技場を縦横無尽に舞った。


「二人同時っつったのに……まあいっか。飛ばすぞ!」


 今の黒音は一振りの剣で戦うよりも、ザンナとレーヴァテインの二刀流で戦うことの方が多い。

 それに合わせてリズムよく、臨機応変に各属性の鍵を解錠して戦うのが、今回作り上げたスピード重視のオールマイティスタイルだ。


「まずは霆、行くぞ!」


 九つの門よ開け、我は霆の門を願う。

 梓乃から吸収した、雷属性の龍力が込められた鍵をレーヴァテインに差し込む黒音。

 薄い緑に発光した黒音は、ザンナとレーヴァテインの両方に雷属性の力を宿して、文字通り稲妻のようにフィディへ襲いかかった。


「甘いですマスター。まず私に雷属性は効きません!」


 空中でひらりと身をかわし、フィディは黒音の突進を避ける。

 さらにそれに加えて踵落としを見舞ってきた。

 だが黒音も自分の体を電流に変えて攻撃を無効化した。


『ワアアアアアアア!』


 本人達にしてみればただの探り合いだったが、それを見ていた観客の悪魔達から見れば息をするのも忘れるほどの、一瞬の攻防だった。


「何か大勢に見られてるって思うとやりづれえな」


『どんな環境にでも柔軟に順応出来なきゃダメよ』


 観客席よりもさらに高い場所に位置する、アズ専用の観戦席にて、アズは足を組んで三人を眺めていた。

 相変わらずアズは魔界に戻ると、別人のように大人の女性に変身する。

 本当はこちらの方が本来の姿なのだが、少女の姿をした方を見慣れている黒音にとっては、本来の姿の方が違和感ありありだ。


「じゃあいきなり切り札使っちゃうぞ」


 九つの門よ開け、我は巌の門を願う。

 遥香と戦った時に漓斗から託された、土属性の零力が込められた鍵。

 それを差し込んだ途端に、闘技場のいたる所にファンネルが展開された。

 遠隔操作で統制のとれた動きは、新たなスタイルにもっとも向いた武器だ。


「土属性の突然変異、鋼属性に加え雷属性のコーティング……私のボディには傷一つつきませんよ」


 ファンネルから放たれるレーザービームを一身に受けているのに、フィディの体には一切傷がない。

 黒音の体に装着されていたソーサーエッジがフィディの体に直撃するものの、ダメージを受けているのはソーサーエッジのほうだ。

 人の姿をしていて、一見簡単に切れてしまいそうなのに、実際は鋼鉄の強度を持つ肌をしている。


「三度目の正直行ってみるか。これがダメならマジで勝てねえな」


 九つの門よ開け、我は憐の門を願う。

 海里華との決闘で焔に託された火属性の聖力が、本来混じり合うことのない闇属性の魔力と融合する。

 紅蓮の炎を放つ白の翼と黒の翼を羽ばたかせ、黒音は高熱の刃でフィディに斬りかかった。

 鋼鉄の強度を持っていようと、鉄に変わりはない。

 いくら鉄壁を誇るフィディの防御力でも、焔の炎で炙れば溶けるはずだ。


「マスター、このようなお言葉をご存じですか? 当たらなければどうと言うことはないと」


「ああ、知ってる。じゃあ逆に知ってるか? それってな、死亡フラグなんだぜ?」


 一撃でも触れてしまえば、フィディにとって大ダメージだ。

 だがフィディは一切焦ることなく、銀色の翼を羽ばたかせている。

 絶対に当たることがないと確信しているから、フィディは観客にサービスしてパフォーマンスを見せた。


「嘗めやがって……本当に致命傷になる攻撃は絶対に当ててこないと思ってるな……? 言っとくが俺は本気だからな……!」


 とてつもない熱量を宿した二振りの神機は、黒音の思いに応えて同時に奥義を発動する。

 薄暗い金色と、明るい銀色の刃が交差し、フィディと接触する寸前に十字の刀身を降り下ろした。


「神機奥義・改三〈南十字星(サザンクロス)〉!!」


 しかしフィディもただ黒音の性格を信じ切っていたわけではない。

 だがそれこそフィディの期待通りだ。


「〈白銀の反射鏡シルヴァリオ・リフレクター〉!」


 ぶつかる直前に展開された透明の鏡に、黒音は勢い余って突っ込んでしまった。

 だが鏡を突き抜けてもとくにダメージはなく、黒音はすぐに切り返してフィディに向かい──そして真正面から迫ってくる自分の姿に驚いた。

 先ほどフィディが展開した壁は、相手の姿を透写する鏡。

 それを潜った者は、術者に一定距離以上近づくと鏡に触れた時の自分の攻撃が跳ね返ってくると言う特殊なものだ。

 黒音がフィディの展開した鏡に触れた時の技は、フィディの挑発に乗せられてとてつもない火力を放った一撃。

 黒音は一定距離以上近づく度に自分の必殺技を食らうのだ。


「おいフィディ、俺こんな技知らねえぞ!?」


 今まで幾度となく黒音の窮地を救ってきた、黒音にとって最大の戦力であるフィディ。

 そのフィディの全力は、まだまだ黒音でさえ計り知れない。

 黒音が使い魔にしようと挑んできた時も、重要な戦闘の時でさえ、フィディは一度たりとも全力を出したことはない。

 黒音の性格上、誰かを一人で戦わせることはほとんどない。

 その為フィディは連携をとることが多く、自分の戦闘力をセーブする必要があった。

 だが今は敵と殺し合うような戦いではなく、特訓の為の練習試合だから致命傷を負う可能性がない。

 黒音自身も殺す気で来いと言ってくれたおかげで、フィディは初めて自分の全力を出し切ることが出来るのだ。


「左足の回し蹴り頭狙い、逆方向から裏拳打ち、右手でアッパーカット。参ります」


「なっ、おいおま──」


 風が吹き抜けたかと思うと、三連続で黒音に鈍い衝撃が伝わった。

 体制を崩して後ろに倒れ込みそうな黒音を支えるように、フィディは自分の背中を黒音の背中に重ねる。


(バカ、な……何をするかをあらかじめ教えられてても、反応すら出来ねえッ……)


「どうか致しましたかマスター?」


 こんなものはただの挨拶だと。

 フィディは常に命令に忠実な無表情の面持ちを少し傾け、黒音の乱れたカッターシャツを整えた。


「……完全に弄ばれてるわね。フォルネウス」


「そのようで。ですがまだまだ本気は出されていないように見えます」


 アズの副官であり、アズがもっとも信頼を寄せる部下。

 序列三十位を預かる侯爵フォルネウスだ。

 鮫を模して作られた鎧を纏うフォルネウスは、猛獣のような双眸で黒音を観察して自分の見解を伝えた。


「それはそうよ。今までどんな戦いを勝ち抜いてきたと思う? あの悪神ロキの子フェンリルに堕天使の帝アザゼル、七つの大罪アスモデウスに原初女神のアクアス。聞いただけで腰が抜けそうになる相手ばかりよ」


「よくぞ生きておられましたね……」


「当然、私は元しにが──いえ、何でもないわ……」


 このことだけは部下の悪魔にも、黒音にも知れてはならない。

 このことを知っているのは、産みの親であるソロモンとフォルネウスと、あと一人。

 アズの兄であるあの魔王だけだ。


「なあ、フィディ。お前さ、自分で自分の策を一つ潰したな」


「はい? 私が何かミスを?」


「お前は今俺に、自分から近づいた場合はリフレクターの効果が発動しないってことを知らせた」


「それが、何だと言うのですか?」


 確かにフィディから接近した場合、リフレクターの効果は発揮されず、黒音から近づかずとも刃が届く。

 だが刃が届く距離に入ったとして、それがどうした?

 刃が届く距離でもフィディの破格のスピードには、人の能力では到底ついてこれないのだ。


「いや、もう少し離れた方がいいと思うぞってだけだ」


 二刀流に意識を向けさせ、レーヴァテインの盾の影に隠していたそれ(・・)をザンナで真っ二つに切り裂く。


「爆ぜろ!! 〈爆発する球体(エクスプロージョン)〉!!」


 ザンナに斬られたその球体は、視界を塗りつぶすほどの光を放って闘技場を爆発で撫でた。

 フィディは前後左右上下、全方向に防壁を展開し、キューブのような防壁で自分を包む。


「かはっ……けほけほっ……!」


 爆発が終わり、煤で黒く染まった防壁が光の粒子となり消えていく。

 その中から現れたのは、同じく煤で黒く汚れてしまったフィディだった。

 何とか爆発は防いだようだが、せっかくの銀髪も白い肌も煤のせいで台無しになっている。


「ま、マスター……て、手入れの大変な私の髪を……デリケートな私の髪にっ……何をなさるのですかッ!!」


 まさかフィディが黒音に対して怒りを露にするとは。

 フィディは銀色の竜巻にその身を隠し、自分の姿を麗しい少女の姿から白銀の翼をした鋼のドラゴンに変えた。

 つんざくような咆哮の後、フィディのデタラメな戦闘力が黒音を襲った。


「うお、二人ともパート"β"だ!」


 黒音はザンナとレーヴァテインに人の姿になるよう指示を出し、黒音は特殊模倣式戦術のハルバートを展開した。


『マスターとは言え、流石に看過出来かねます!!』


 流石に大怪我を負わせるような攻撃はしないだろうが……。


「……おいぼーっとするな二人とも! フィディの奴マジでキレてる!」


「女の子にとって髪は命と同じだから……」


「支配者、流石にこれは支配者が……」


「え、お前ら俺の見方じゃないの!? まさかの三対一!?」


 だってああでもしなければフィディにダメージを与えることなんて不可能だし。

 しかしそんな言い訳を聞いてくれる様子でもなく、何故かフィディの威圧感に圧されて本当に三対一の状況になってしまった。


「ちょ、流石に三人は──ああもう自棄だッ!!」


 二人の刃はハルバートで弾き、フィディのデタラメな戦闘力は真っ向から相手せず、一定の距離を保って攻撃を回避する。


「あら、凄いじゃない。実体化した神機二人とアリフィディーナ……さっきまで二人の力を借りてもフィディを抑えるのが精一杯だったのに」


「どうやら彼は窮地に追いやられれば追いやられるほど才能を開花させるようですね」


 神機二人が敵に回ったことに笑っていた観客悪魔も、次第に黒音の眠れる才能に刮目していった。


「悔しい……初めて魔界に行った時よりも、もっと戦闘力が増してる……」


「流石は支配者です。これは私も本気を出さなくてはなりませんね」


 もはや完全に敵となってしまったザンナとレーヴァテイン。

 金色の英雄から託された、生き血をすする刀剣。

 魔王しか触れることの許されない、白銀の盾剣。

 そして剛電龍の二つ名を持つアリフィディーナ。


「見方になると心強いが、敵になるとこうも面倒なモンか」


 こちらには英雄の戦闘スタイルを模した武器と鎧が数セット。

 だが神機ではないので、三人からすれば簡単に壊せてしまう。

 そして部下が見ている為、アズ自身が出るわけにもいかず、黒音は完全な生身。

 誰にも分からないよう冷や汗を流す黒音を、レオは背中を丸めて眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ