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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第五章「紅き天使・前編」
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第三話『Fury of the sea』

 遥香が転入してから、二日目の昼休み。

 今までは女子の視線しか感じなかった黒音だったが、今では男子の視線までもを感じる。

 それも殺意のある恨めしそうな目だ。

 遥香が普通の女の子のように生活出来るのはチームメートとして嬉しいが、黒音には一つ悩みがあった。


「あのな遥香……休み時間の度に俺の膝の上に乗ってくるのは何なんだ?」


「ここが一番落ち着く……ふにゃぁ……♪」


 まるで構ってくれないご主人様の為にわざわざ甘えに来てやったにゃ、と言わんばかりにすり寄ってくる猫のように、遥香は休み時間を迎えては黒音にくっついていた。


「俺の何がお前をそんなに懐かせたんだ?」


「黒音は優しいから……それにヴィオレの言うとおりいい匂いがする……」


「匂い……? 別にシャンプーとかボディーソープにこだわってるわけじゃねえんだがな」


「クス……嗅覚で感じるだけが匂いじゃない……」


 つまり、色欲の死神さえも惹き付けてしまうほどの魅力が黒音にはあると言うことか。


「……って遥香、この前お前が探した俺のチームメートの女神。まだ会ってないだろ?」


「ん、素顔の時は会ってない。初めては互いに変身してた時だった」


「じゃあ今から会いに行くか。隣のクラスにいるんだ」


「隣のクラス……でも女神らしい反応は感じない……」


 それには黒音も気づいていた。

 海里華がどれだけ反応を隠していても、長く一緒にいれば慣れで分かってくる。

 だが今はその反応を一切感じないのだ。


「おーい海里華、お前に紹介したい奴が……やっぱ海里華はいないのか」


「あ、未愛君! うん、いないみたいだよ。戻ってきたら伝えようか?」


「いや、大丈夫だ。あんがとな」


 梓乃のせいで完全に癖付いてしまったなでなで。

 今となっては名前も知らない隣のクラスの女子生徒でも、気軽に撫でてしまう。


「むぅ……黒音、私も撫でてほしい……」


「ああ、よしよし」


「にゃん……ごろごろ……♪」


 黒音が遥香の頭を撫でる度に飛び出してくる猫耳と尻尾。

 これは漓斗がチーム入隊を祝って遥香の為に〈創造〉で作り出した、遥香の喜怒哀楽に反応して飛び出すアクセサリーだ。

 喜怒哀楽が乏しい遥香の感情を分かりやすくする為らしい。

 しかも遥香の感覚と繋がっている、正真正銘体の一部、だそうだ。


「もっと撫でて……にゃんっ……♡」


 ……いかん、このままではいつか遥香に鈴のついた首輪をしてしまいそうだ。

 黒音は髪の毛の隙間から飛び出た猫耳を撫でつつ、いつもの屋上へと向かった。


「よう、揃ってんな」


「あら、遅かったわね。またクラスの女子に阻まれでもした?」


 屋上にはすでに黒音達の到着を待つ焔達がいた。

 自分で屋上に入れるのは、生徒会のメンバーである焔と柊先生から鍵を貰った黒音だけだ。

 だがそれはあくまで校舎から行った場合の話だ。

 外から来た場合は別、つまり転移魔方陣を使った漓斗にすれば、鍵の有無は関係のない話だ。


「これで来ていないのは噛ませ犬さんだけですねぇ」


「その割には弁当が人数分用意されてるんだが」


 黒音達が屋上に来る前においていったのか、だが遥香の分は用意されていなかった。

 やはり海里華は死神の遥香が加わったことを知らないようだ。


「まあ俺の分を一緒に食えばいいだけか」


「皆でおかず交換しよっか!」


 本当ならば六人で六つの弁当箱を囲むはずだったのに、あの人魚は一体海まで行って何を探しているのだろうか。

 学校には来ているようだが、まったく顔を合わせようとしない。


「遥香、あれがこの屋上の名物、悪魔と天使のじゃれ合いだ」


 黒音が顎で示した所には、ウリエルの膝の上で甘えるアズの姿があった。

 本来相容れず殺し合う存在のはずが、黒音と焔がライバル同士で仲がいい為に、そのパートナーであるアズ達も影響されたのだ。

 最近ではそれを眺めながら日向ぼっこするアザゼルと、そんなアザゼルに世間話をするフィルまでいる。


「何か不思議ね。アスモデウスも混ざってきたら?」


『私はいいわよ。死神は大体おぞましい目で見られるのが常だから』


「そう思うなら騙されたと思って混ざってみ? 多分長く生きてる死神でも新鮮な経験が出来ると思うぜ?」


『……嘘だったら私のフェロモンで骨抜きにしてやろうかしらね』


 怖い一言を残し、アスモデウスは四人のように実体化した。

 突然現れたアスモデウスに一瞬驚く一同だったが、すぐに大人組のアザゼルとフィルがアスモデウスをエスコートした。

 それにウリエルとアズも加わってすぐに一つの輪となる。


「言ったろ、新鮮な経験が出来るってな」


「初めて見た……アスモデウスが楽しそうに笑ってる所……」


 今まで見てきた笑みとは少し違う、楽しそうな笑顔(・・)

 遥香は黒音に差し出された出汁巻き玉子を頬張りながら、この幸せな一時をともに噛み締めた。


「……そっか……あの子が死神ね……今度からはあの子の分も作ってあげなきゃ」


『ねえエリちゃん、お昼ご飯の時くらいは一緒に食べたら?』


「ダメよ、今回だけはね。結構覚悟決めてるんだから」


 それが招いた結果によって、梓乃達からは裏切ったと思われるかもしれない。

 でも皆は真剣に、それこそ自分の命を懸けて戦ったのだ。

 なのに私は神機に操られて、黒音に大怪我を負わせただけ。

 これから黒音を支えるのならば、チームの女神と言う役を全うする為には、どうしても必要だ。


「もし私が黒音の側にいられなくなったら……漓斗、頼むわね」


 自分のことを噛ませ犬と呼び、性格の悪い漓斗に何故海里華が黒音を任せるようなことを言うのか、アクアスには理解出来ない。

 しかしあの中では、黒音を支えるのは漓斗がもっとも適していると、海里華が認めたのだ。


「あらぁ? 今何か呼ばれたような気がしましたぁ。気のせいでしょうかぁ?」


「どうしたのよ漓斗、アジフライ貰っちゃうわよ?」


「ダメですよぉ、アジフライは譲れませぇん」


 焔とアジフライを巡ってつつき合いを繰り広げる漓斗を眺め、海里華はその場から立ち去った。


「……早く帰ってきてくださいねぇ……」


「うっしゃ、アジフライもらいっ!」


「あっ、むむ……この際〈創造〉でなんとかなりますぅ」


「こらこら、たかがアジフライごときで神機の特性を使うんじゃない。から揚げやるから」


「し、仕方ないですねぇ。食べさせてくれるならいいですよぉ?」


「え、あーんしろってか? そんなキャラだったか?」


 毒舌なお姉さんキャラの漓斗が、珍しく黒音に甘えてきた。

 黒音は雛鳥のように小さな口を開く漓斗にから揚げを放り込んでやった。


「平和だなぁ……何かこうしてると惚けそうだ」


「それが本来の日常だからね。友達と楽しく過ごすのが私達の本来の姿……」


「……俺には、似合わないかな」


 常に戦禍の渦巻く、血で血を洗う戦場でしか生きられない。

 そんな戦闘狂の本能が染み付いてしまっている黒音にとって、友達や仲間と馴れ合い平和な日常を過ごすのは違和感この上ない。


「もう俺は根っからの契約者だから。頭の先から足の先まで、全部が全部に自分と他人の血が染み付いてる」


「……黒音君はさ、すべてが終わった後のことを決めてるの?」


「魔王を倒して、四大チームを倒して、英雄を越えた後のことか。ああ、決めてる。義母とひっそり暮らそうと思ってる。まあその前に死ぬだろうけどな」


 言うまでもなく、契約者は短命だ。

 英雄のように今だ生きていられるのは極めて珍しい。

 契約者は契約者となったその瞬間から、眉間に銃口を突きつけられる毎日を送ることを宿命づけられる。

 例え魔王を倒して四大チームを倒せたとしても、平和を取り戻す前に命を落とすだろう。


「強さと長生きは直結しない。現に希望の英雄と謳われたクローフィ・ジョーカーはパートナーに殺された。俺も、魔王って宿命と力に溺れた時はアズに殺してもらうつもりだ」


 誰かが言った。契約者は己の願いを掴みとる手段だと。

 だがこうも言った。契約者は己を破滅させる呪いだと。


「いつから契約者は互いを殺し合うような殺伐とした存在になったのでしょうねぇ」


 うさぎの形に切られたりんごを一切れつまみ、焔はそれをクララの刃で半分に切断した。


「ある時ある場所に、食に飢えた二人の人間がいた。そんな二人の前に一つのりんごがあった。でも食に飢え理性を失った二人に、分け合うと言う選択肢はなかった……簡単に言えば契約者もそんなものよ。人間余裕がなければ誰かを蹴落としてでも上に上がろうとする。それが契約者が殺し合う理由」


 焔は半分に切ったうさぎりんごを梓乃に食べさせ、もう片方を自分で食べる。

 このように必要なものを二人で分ければ争いはなくなる。

 だがそれでは解決しない問題かあるのも事実だ。


「欲しいものを分けても解決しない問題がある……それは恨みや怒りの負の感情……ものにではなく、直接人に向けられるもの」


 時には分けると言う行為でさえ、恨みを生む場合がある。

 負けたのに情けをかけられたと感じる者や、二人で分け合ったことでそれを得られなかった第三者。

 数を上げれば無限に出てくる争いの種は、やがて願いを叶える手段であるはずの契約者を、他人を蹴落として己がのしあがる手段にしてしまった。


「話が逸れたな。皆はどうするんだ? 自分の願いを叶えた後」


「うーんとね、私もフィルと一緒にひっそり暮らすかな」


「私は今と変わりませんよぉ。ただ目的を失うだけですぅ」


「私はご主人様と……柊さんと暮らす」


 殺伐とした世界に生きる契約者が求めるものは大きく分けてたった二つ。

 更なる戦いの深みか、それを忘れさせてくれる一時の安らぎか。

 この中では戦いを求める者は一人としておらず、平穏無事な日々を求める者しかいない。


「俺もリズと暮らすけど……はあ……何か時々思うんだが、俺を支えてくれる嫁と心の癒しになる娘がほしいな」


「「ぶふぅッ!?」」


 この場にいる全員、黒音のその一言に吹き出すのを抑えられなかった。


「うおっ、何だよいきなり」


「よよよ嫁って、確かに安らぎだけどっ……!?」


「まさか恋人を飛ばしていきなり嫁ですかぁ……!?」


 何をそんなに焦っているのか、たかが未来の話で、それにそうなるだけの時間があるかも分からないと言うのに。


「私は愛人でもいい……黒音の側にいられれば」


「愛人ポジションっ……それも悪くないわね……」


「いやちょっと待て、何で浮気する前提なんだよ?」


 暴走する四人に、黒音のツッコミが間に合わない。

 黒音は手のつけられない四人を放置し、一人弁当を食べていた。


「……やっぱウマいな……五年以上の付き合いだけあって、俺の好きな味を知り尽くしてる」


 どうせ嫁にするなら料理の上手い奴がいいな、と黒音は単純にそう呟いた。


(足りないわ……)


『バストサイズが?』


「それもそうだけど、じゃなくてっ!」


 つい声に出してしまったが、この場所は生徒が行き交う昼休みの廊下。

 海里華は一点に集めた視線を咳払いで追い払い、今度はより気を使って再びアクアスとの会話を再開した。


(決定的な戦力がよ)


『ふぇ、でも黒音さん達と条件は同じだよ? 優秀な使い魔に神機、そして優秀なパートナー!』


(アンタが優秀かどうかはおいといて、私が封印してる残り三つ、つまり三割の力を扱う為には何かが足らないのよ)


『何気にひどいよね……でもこれ以上何が必要なの?』


 具体的なことは出てこないが、それでも何かが必要なことは確かだ。

 昔は力の使い方が分からずに暴走した。

 だが今は力の使い方も、それを補助してくれる役もいる。

 しかしどうしても最後のピースが浮かんでこない。

 このままでは九割の力を解放出来ても、残りの一割が安心して解放出来ない。


(私の勝利を確実なものにしてくれる最後のピース……黒音には優秀な使い魔が二体、最高位の神機が三つあるわ)


『でも分かってるよね? 数だけがすべてじゃないよ』


(ええ、それは理解してる。だから今までの戦闘データを洗い出してるんでしょう……)


 黒音は恐らく数日後に焔と決着をつけるはず。

 それが終わってからでは意味がない。

 チームが完成する前にやらなくては、黒音が決心してしまうから。


(過去の戦闘と言っても、力を封印してからはまともな戦闘をしてないわ。だから探す所は力を封印する前……今にもっとも近い状態の昔なら……)


 そう考えているうちに、海里華の頭にある思考が浮かんだ。

 それを共有出来るアクアスは、その思考に絶句するしかなかった。


『しょ、正気なのエリちゃん!? 今度はもう取り返しがつかないよ!?』


(それでもやるわ。トライデントには少し悪いけどね)


 思考を読めるトライデントは驚愕し、レプン一人だけが何のことかさっぱり分からなかった。


          ◆◆◆


 放課後、今度はきっちり使用人の人に友達と遊ぶと言う嘘の報告をし、海里華はあの場所へと向かった。

 出来れば二度と向かいたくなかったあの場所へ。


「まだいるかしらね」


『さあね、あの後また池の底に放ったし』


 以前のように欠片を集めることなく、池の底に真っ二つになったまま眠っているはずだ。

 本来は実現しないはずの海神の双槍が、今なら実現する気がする。


「ピンピンしてそうね。まだ池に入ってないのにとてつもないエネルギーを感じるわ」


『確かに今なら抵抗出来そうだけど……』


「アイツも根っからの悪じゃないわよ。ただ主への忠誠心が悪い方向に向かっちゃっただけ」


 海里華は池の中に右手を入れ、指先から水で出来た細い触手を池の全体に張り巡らせる。

 水の触手は反応に向けてうねうねと池の中へ進み、五分もしないうちにそれを引き当てた。


「……かかった……感動の、ってわけには行かないけど、久しぶりのご対面ね。トリアイナ」


 海里華の指先から伸びる触手が掴んだのは、黒音とザンナに真っ二つにされたトリアイナだった。

 海里華は自らの聖力をトリアイナの断面に重ね、二つに割れたトリアイナの本体を結合した。


『……どの面を下げて此方に会いに来た……』


「この面よ。って言うかアンタを真っ二つにしたのは黒音よ。私はどっちかって言うとアンタ側。アンタの力をまた借りに来たわ」


『ふざけるなよ小娘……此方はポセイドン様以外には仕えん……』


「だれが仕えろって言ったのよ。私は力を借りに来たって言ったの。誰もアンタを下に見てない」


 トリアイナは少し視線を動かし、海里華の右側を見る。

 そこにいたのは、宿敵であるネプチューンの神機、トライデントだった。


『此方を侮辱しているのか小娘……トライデントがいるではないかッ!!』


 激昂するトリアイナのエネルギーに巻き上げられた池の水が、槍となって海里華に突き刺さる。

 しかし海里華は避けることなくそれを受け止めた。


「無駄よ。今の私はもうアンタに体を乗っ取られるような器じゃない」


 指一本で止められた水流は、デコピンの要領で空へと打ち上げられる。


『この力は……明らかに女神の枠を越えておる……』


「私は〈四大元素属性ビックバン・エレメンタル〉の女神。それも生まれつき、精霊の存在を認識出来る」


『精霊だと……!? あり得ん……いやだが、可能性がないわけでは……』


「今までは力の九割を封印してた。精霊の力とパートナーの力を理解してなかったせいで六人の命を奪ってしまったから」


 でも今ならば、成長した今ならば。

 海里華は空に手を伸ばし、虚空に語りかけた。


「私に力を貸してくれる精霊は火属性を除く四大元素よ」


『小娘が……いいだろう、ならば契約してやる。だが努々忘れるな? 此方は常に寝首を掻く機会を狙っておるとな』


 ……トライデントが読めるのは、人の心だけではない。

 三秒以内ならば、神機の心さえも見抜くことが出来る。


 ──トライデント様と同じ能力か。運命かも知らんな。此方もいつまでも引きこもっているわけにもいかんか。


「それじゃあ行きましょうか。これでとうとう、私の最後の力を安心して解放出来るわ」


 水属性最強の神機であるトライデントとトリアイナ。

 神タイプの使い魔であるレプン・カムイ。

 そして〈四大元素属性〉の女神であるアクアス。

 すべてにおいて完全に準備が整った。


「でも抜かったりはしないわ……黒音、アンタは定石を鼻で笑って覆す……なら私は絶対的な力を持ってそれを覆し返す……!」


 梓乃を制したレーヴァテインの力に、漓斗を圧倒した古代武器フォートレスや六芒星のフィディ、痛覚へ直接攻撃出来るザンナに石化能力のあるサンティ。

 身体能力の高いレオパルドまで、すべての手を完全に封じてみせる。


「さあ、残り一割を残して九割まで解放するわよ」


 そうしてとうとう、封印していた力と解放していた力の割合が逆転した。


「柊先生、今晩遥香を借りるぜ」


「……避妊はしろよ?」


「なっ、バカっ! 遥香の力を借りるんだよ!」


「初めてだけど、頑張るから」


「だからっ──ああもう、めんどい……行くぞ」


 遥香の力をもう一度間近で見てみたいと言うのもあるが、本当の所は自分を止められる者が必要だからだ。

 以前遥香を仲間にする時、遥香の力をコピーしたレーヴァテインの力を使って暴走してしまった。

 一応その鍵は遥香に預けているが、万が一のこともある。


「梓乃達は連れていかないの?」


「梓乃だけ観戦人としてついてきてもらう。海里華は不在だし、漓斗は来週までの生活費を奪い、もとい稼ぎに行ったからな」


「梓乃は参戦しないのね」


「本当は俺一人でも十分なんだがな……まあいいさ。とにかく行こうぜ」


 遥香を引き連れ、黒音はひとまず帰宅した。

 いつもの電波塔に直行してもよかったのだが、少し精神状態を落ち着けたかった。


「……なあアズ、俺が暴走した時、俺は確かに意識があった。お前もだろ?」


『うん、意識はあるんだけど、体が言うことを聞いてくれなかった』


「これが悪魔の身で死神の力を使うってことなのか?」


『死神は悪魔と言う枠を抜け出した神様。私達がその力を使うなんておこがましかったのかもね』


 悪魔の身で死神の力を使おうとした代償は、あまりにも大きかった。

 別に自分の身がどうなろうと構わない。

 だが自分のせいで仲間が傷ついてしまうのは、どんなことよりも耐え難い苦痛だ。


『……ねえ黒音、もしまたあの力を使うことになったら、どうする?』


「ねえよ。あんな力に頼らなくても、俺の努力と根性でカバーする」


 黒いミリタリーコートに身を包み、黒音は再び遥香を引き連れていつもの電波塔へと向かった。


「黒音……黒音はどうして契約者になったの?」


「ああ、お前には言ってなかったな。俺には記憶がないんだ」


「記憶が……ない……?」


「だからどうして契約したのか、真意は俺自身でも分からない」


 もはや今の黒音と昔の黒音は別人。

 魔王を倒すと言う目的こそ変わってはいないが、理由はまったく別のものに変わってしまった。

 最初は魔王が憎くて復讐する為に契約者となったらしいが、今は自分の記憶を取り戻す為に魔王を倒そうとしている。

 それだけが自分の記憶を取り戻す唯一の道だから。


「ぶっちゃけ記憶なんていらないけどな」


「どうして?」


「今を忘れるかもしれないし、大事なのは今だから」


 黒音は遥香の頬をぷにぷにといじりながら、遥香の頭に乗るヴィオレの首元を指先で撫でた。


「んにゅ……ここ……鉄塔?」


「ああ、この上空から開戦の空に突っ込むのが俺の好きなパターンなんだ。じゃあ登るぞ、フィディ」


「私にはヴィオレがいる……ヴィオレ」


 黒音は銀色のドラゴンとなったフィディに、遥香は本来の大きさに戻ったヴィオレに乗り、電波塔の足場まで登った。


「まだ少し明るい……」


「そうだな、お菓子とか持ってきたし、話でもしながら夜中まで待つか」


 ビニール袋に詰め込まれたお菓子とペットボトルのジュース。

 黒音は足場にあぐらをかき、その場にお菓子を広げた。


「今度はこっちが聞く番だな。遥香が契約した理由は何なんだ?」


「小さい頃、私は両親からの虐待が原因で失明した……」


 両親が直接目を傷つけたわけではない。

 極度のストレスにより失明したのだ。

 だがストレスが原因の失明は一時的なもので、何年も続くものは結構珍しい。


「失明したせいで私は両親に捨てられ、この年になるまでずっと一人で生きてきた。時にはゴミ箱を漁ったり、ものを盗んだり」


 生きる為に人を殺す契約者はいくらでもいる。

 一人の少女が命を繋ぐ為に盗むなど、たかが知れている。


「何度も死のうとした……でもその度に、誰かに助けられたように死ぬことが出来なかった」


「もしかして……おいアスモデウス、遥香を助けてたのはお前か?」


『まあね、ずっと目をつけていたのよ。遥香にはたぐいまれ才能が眠っていたから』


「それこそ、あの〈strongestr〉のドラゴンを瞬殺するほどのな」


 板チョコをマス目に沿って割り、小さく割った欠片をヴィオレの口に放り込む黒音。

 目の前で見せつけられた遥香の圧倒的戦闘力には、本当に心底驚かされた。


「私がアスモデウスと契約したのは開戦初日の夜」


「……なに!? じゃあ契約したばかりでいきなり俺らみたいなレベルに突っ込んできたってのか!?」


 自分で言うのもなんだが、今の黒音達のレベルはもう四大チームのメンバーと互角に張り合える、つまり一流だ。

 開戦初日でさえ、全員が高い水準にいた。

 契約者になったばかりで数時間、或いは一時間経たないかくらいの者がそこに突っ込むなど、自殺行為もいい所だ。


「相手は漓斗だった」


「初日が顔合わせだけでよかったな。もし本気で殺し合うような戦いなら、漓斗は一分以内にお前の首をはねてたぞ」


 生活費の為に平気で相手を殺すような漓斗だ。

 限りなくアウトゾーンに近いグレーゾーン。

 梓乃達にはずっと秘密にしておくつもりだが、黒音も漓斗の金への執念に圧倒されて金を払ったくらいだ。

 海里華のアシストに向かわなければならないと言うこともあったが、それでも漓斗は情を捨てられる分本当に強い。


「黒音が最初に戦った契約者は誰だったの?」


「記憶を失ってからならエルザ・アルベルティ。俺の義母だ」


『エルザ・アルベルティ!? 英雄を模倣した武器を使う様子を見て薄々気づいてはいたけれど、まさか金色の英雄の子だったなんて……』


「でも俺は拾われ子だ。俺が記憶が始まったのはその人の家」


 目覚めてみれば、そこにあったのは見慣れない天井。

 それだけでなく、見るものすべてが見慣れなかった。


「契約者だったことさえも忘れてた。必要最低限の知識を教えられた俺はすぐに契約者として生きた。早く自分の記憶を取り戻したかったからな」


 記憶を忘れたにせよ消されたにせよ、すべてが始まったのはイタリアだ。


「最初に戦った時、俺はその絶対的な力に恐れ戦いた。一生越えることの出来ない、無限にも等しい壁だった」


 だがその恐れは、すぐに羨望へと変わった。

 一生越えることが出来ないからこそ、いつか越えてみたいと言う夢。


「その光は包容、その刃は直結、その鎧は拒絶……すべてにおいて金色の完成形である。彼女の名はシンティラーレ。……あの人を称える誰かが作った言葉だ」


 金色に煌めく英雄と言う意味の、シンティラーレ。

 何も持たずに谷底から這い上がってきた彼女の力は今や伝説。

 噂こそ知れど、その力を見た者は今や数えるほどしかいない。


「俺らの目標はその英雄を越えることだ」


 神に等しい知識を持ち、未来永劫その者の賢さに敵う者はいないと謳われた最賢の英雄。

 畏怖を具現化したような力と無情さで、己以外のすべてを切り裂く羅刹の英雄。

 すべてを護る強さとすべてを許す優しさを兼ね備えた母なる大地、慈愛の英雄。

 自らを盾として仲間を守り、仲間の窮地を吹き飛ばす近づきがたい修羅の英雄。

 新を探求し続け、常に未来の最前線を駆け抜けてきた儚き強欲の希望の英雄。


「遥香が越えるのは誰なんだろうな?」


「私が越える相手……」


 希望の英雄クローフィ・ジョーカーはパートナーに殺され、すでに他界している。

 現在存在している英雄は五人だけなのだ。


「私が越える英雄は……黒音、あなたと同じ存在」


「俺と同じ存在? ってことは、英雄の弟子か。でもそんな話はリズからも聞いてないな……梓乃は仲間だし」


 弟子をとっているのはエルザ・アルベルティとリュッカ・エヴァンスの二人だけのはずだ。


「弟子、だけどもっと深い存在……多分、黒音とも出会うことになるはず」


 恐らく彼女も、もう見つけているはずだ。

 新たなる可能性、次なる英雄の卵を。


「そろそろ……」


「らしいな。そんじゃ俺らも行くか」


 きっちりとお菓子を食べ終え、黒音は残りのジュースで喉を潤す。

 左腕には銀色の煌めきが宿り、全身を透き通った黒いオーラが包み込んだ。


「アズ、ショータイムだ」


『おっけ、そんじゃ変身!』


 黒と銀の竜巻に覆われた黒音は、漆黒の鎧を纏う黒騎士となってその場に降り立った。


「俺の元に来ることを許そう。来いレーヴァテイン」


 黒音が左腕を真横に伸ばすと、腕に九つの鍵穴がはめ込まれた盾が現れ、正面にはレーヴァテインの本体である剣が現れた。


「アスモデウス、私達も行こ」


『ええ遥香、行きましょう』


 お菓子の粉がついた人差し指の先を小さな舌で舐める遥香。

 色欲の女神らしい色っぽい仕草とともに、遥香は紫色の泡に包まれた。

 ブドウのように無数の気泡に包まれた遥香は、それを振り払うように正面へと手を伸ばした。


「おいで……アダマス……」


 泡が弾けるとともに、どこからともなくアダマスの大鎌が現れる。

 その場に降り立った二人の契約者は、互いの手をとって自らの背に翼を放つ。


insieme A(一緒に)ndiamo pr(行こう)incipessa(お姫様)


volentieri(喜んで) principe(王子様)


 黒音は遥香の手を引き、開戦の空へと一緒に飛び立った。

 梓乃は遠くからずっと膨れた顔で眺めていた。

 戦闘には参加せず、見ていてくれと頼まれて。

 そして見せられたのはお菓子を食べながら談笑する二人の姿だ。


「むぅ……あの二人、私のこと忘れてないかな……」


 集まった契約者は、相変わらずほとんどが四大勢力の面々だ。

 しかしそのほとんどは初めて見る。

 この場にいる契約者は黒音達を含めて六人。


「くはぁっ……マジで高レベル揃いじゃねえか」


「あまり興奮なさらないでください、お兄さん」


 まず目に止まったのは、オールバックヘアの青年と、その隣に待機する黒髪の少女。

 黒いタンクトップに包まれた、強靭な肉体の青年。

 対して隣の少女は華奢な体格だった。


「あの二人の体にあるタトゥーって……」


「確か……〈soul brothers〉のマーク」


 視線を右に移せば、以前梓乃と漓斗の三人で訪れた時にもいた謎の契約者だ。

 あの時は白夜や〈strongestr〉の契約者と戦い、マークを外していたが、再び現れてくれるとは好都合だ。

 残りの一人は、恐らく二人目の〈strongestr〉の面子。

 明らかに他の契約者と雰囲気が違うし、噂に聞いたこともある。

 〈strongestr〉の女神は常にイチゴのパックを手に持っていると。

 まさに噂通りだ。


「確認するぞ。まず〈soul brothers〉の面子が二人、正体不明の堕天使が一人、そして〈strongestr〉の女神が一人」


「私はどれを相手にしても勝てるから、相手は黒音に任せる」


「それを否定出来ないのが悔しいな……そんじゃ、魔王を下した次に戦うことになる〈soul brothers〉にでも挨拶しとくか」


 〈tutelary〉を下し、魔王を倒した後に戦う相手が〈soul brothers〉と言う予定になっている。

 ならば先に魔王を倒すと宣言して大いにバカにしてもらおうではないか。


「俺ら二人が〈soul brothers〉と戦うって分かれば、他の二人は眺めてるか二人で戦うかするだろ」


 多分ただではすまないだろう。

 遥香は一対一ならば負けることはないだろうが、黒音は別。

 それに相手が四大勢力ともなれば、再び病院送りなどと言うこともある。


「黒音、やっぱり梓乃にも参加してもらった方が……」


「必要ない。相手が二人ならこっちも二人で行く」


「ばか正直……でも嫌いじゃない。いざとなれば私が黒音を守ってあげる」


「……何か女の子に守られるって情けねえな」


 ならば遥香の力に頼らなくてもいいくらいに強くならなくてはならない。

 開戦初日に比べ、とてつもなく強くなった。

 だがまだ足らない。もっと、もっと強く──


「よう、あんたら〈soul brothers〉だよな?」


「おぉ……? 俺らに真正面から喧嘩売ってくるなんざ、珍しい奴もいたもんだな。俺を〈soul brothers〉の頭と知ってのことか?」


「ああ、明らかに雰囲気が違うからな」


 肝が据わっていると言うか、何事に対しても揺るがない器のようなものを感じる。

 黒と金の混じった髪をオールバックにしている青年は、隣の少女にもたれかかりながら、


「俺は(たちばな) 和真(かずま)だ。コイツは俺の妹の」


美奈(みな)と申します」


 不良っぽい外見の兄、和真とは対照的に、妹の美奈は礼儀正しく名乗った。

 だが何かがおかしい。美奈から感情らしきものを感じない。


「悪いな愛想なくて。コイツはとある事故が原因で感情が乏しいんだ。まあテメェらを嫌ってるわけじゃねえ」


「遥香みたいなモンか。俺は未愛 黒音。黒騎士だ」


「私は紫闇騎 はる──」


「なにっ!? テメェがあの、未愛 黒音かっ!?」


 するとその場にいる全員が、黒音の方へ注目した。

 どうやらそうとう有名になってきたらしい。

 黒音を有名にしたもっともの原因は恐らく……。


「あの〈真実の幻〉と謳われる深影と互角に戦ったあの未愛 黒音か!」


「やっぱりか……ああそうだ、互角かどうかは知らねえが」


「そうかそうか、俺はテメェと戦う為にここまで来たんだ。手合わせ願うぜ。無論差しの勝負だ」


「では私はお二人の戦闘に邪魔が入らないよう、結界を張らせていただきます」


 そう言うと美奈は、自分の左手にエネルギーを送った。

 それは凄まじい熱気となり、溶岩の膜を作り出した。

 溶岩の膜は瞬く間に四人を包み込み、空間を閉鎖する。


「あっち……これは、炎属性の結界……しかも龍力……?」


「私のパートナーはイフリートです」


「なっ……あの、原始龍の一体、イフリート……!?」


「原始龍……女神で言う〈四大元素属性〉が割り当てられた最初に生まれた存在」


 アスモデウスから学んだ知識を思いだし、遥香は美奈を凝視する。


「お兄さん、何分で終わりますか?」


「あの深影と互角だからな……十分だ」


「ではそのように伝えておきます」


 美奈はスマホで仲間と思われる相手にメールを送信した。

 深影と互角と分かっていながら五分で勝つと宣言した。

 つまり和真はもう気づいている。

 

「さて、肩慣らしと行くか。来いラボラス」


『兄弟、今日ハ誰ヲ殺ル……?』


 和真の背後に現れたのは、狼男のような外見の悪魔。

 黒い全身には無数の傷が刻まれており、鼻をつくような血の臭いが漂ってくるようだ。


「コイツの名はグラシャ=ラボラス。俺のパートナーだ」


「序列二十五位の悪魔か……俺のパートナーは序列二十九位、アスタロト」


 黒音の隣には薄紫のドレスを纏う麗しい美女、ではなく、薄暗いワンピースを纏い、太ももから足先にかけて特殊なタトゥーを刻んでいる少女がいる。


「序列でも俺の方が上か。まあ深影も序列六十三位であの強さだから、一概に弱えとは言えねえな」


 慎重に分析してもらっている所悪いが、それは大きな買い被りだ。

 今の俺にそんな力はない。黒音はそう内心で自嘲しながら、それでも自分を大きく見せる。


「流石はチームの頭。俺は魔王を倒す者だ。さあ精々嗤うがいいぜ」


「マジかよ、あの魔王に? そりゃ深影と互角になるわな」


 意外にも和真の反応は、黒音に関心を示すようだった。

 しかも深影と互角と言う嘘の情報まで信じてしまった。


「……バカにしねえのか?」


「何をバカにする要素がある? 誰も、あの英雄すらもなし得なかった魔王討伐をやろうなんて奴がいるんだぞ? むしろ称賛するぜ。俺はそんなバカが心から大好きだ」


 やはりバカと思っている。だが悪い意味ではなさそうだ。

 和真は本当に感心しているように、心から笑っていた。


「おい美奈、俺はコイツと心底戦いてえ。十分なんて物足りねえよ。朝帰りになるとでも伝えとけ」


「分かりました。ではまた連絡しておきます」


 和真は美奈を下がらせると、ラボラスを実体化させた。


「おいそこの死神、俺らの戦いに手を出すなよ? もし手を出すようなら──」


「もしそのようなことがあれば、私が貴女の相手を致します」


 死神の力を以てして抗えない空間支配力を持つイフリートの契約者、美奈は遥香を牽制するように結界の熱を高めた。


「そんな無粋な真似はしない。でも暇……ヴィオレ」


 魔方陣から呼び出されたヴィオレは、空中で制止した遥香の膝の上で寛ぎ始めた。

 いざとなれば私が黒音を守る、だが今の遥香はまるで黒音を守るような気配はない。

 もしかしたら流れ弾がくるかもしれない、もしかしたら美奈から攻撃されるかもしれない。

 そんな要素を一切取り払ったような、安心している様子だ。


「どうやらテメェの仲間は話の分かる奴らしいな。行くぞラボラス。変……身……ッ!!」


 全身の筋肉を力ませ、力を溜め込む和真。

 ラボラスはそんな和真の上から被さり、和真に溶け込んだ。

 突如、穏やかだった和真の魔力が荒波のように暴れだした。


「はぁッ……これが俺の姿、喧嘩モードだ」


 全身を包むのは、緑色の甲冑。

 洋風な甲冑と言うよりは、戦国の武将が纏う戦鎧のようだった。

 両肩には熊の頭を象った肩当てが装着されている。

 狂暴な鬼を思わせる兜の面が和真の顔を覆うと、和真は両手の拳をぶつけて脱力した構えをとった。


「武器は? 神機がねえのか?」


「バカ言え。喧嘩は拳で殴り合うモンだろうが。この戦いに神機は必要ねえ」


 つまり和真も悪魔の身で神機を使えると言うことか。

 神機を使う資格と言うのも、随分軽くなったものだ。


「テメェは好きな武器を使え。じゃなきゃ話にならねえ」


 つまりただ鎧に包まれただけの拳にそれほど破壊力があると言うことか。

 だが神機を使わないとは好都合だ。

 それだけのパワーでも、神機を壊すことは出来ない。

 神機は神機、または神の資格を持つ者にしか壊せない。

 つまり神機同士でない限り、レーヴァテインが壊れる心配をして戦わなくてもいいと言うことだ。


「ならレーヴァテイン、行くぞ」


 遥香はどこからともなく、電波塔で食べていたお菓子の中に紛れていたコインチョコを取りだし、それを指で弾いた。

 チョコのコインは本物のように回転し、そしてゆっくりと遥香の手のひらに落ちてきた。

 コインチョコと遥香の手が接触した瞬間、和真と黒音は飛び出した。


「食らいやがれ!! 〈帝の鉄拳インペリアル・フィスト〉!!」


「神機奥義!! 〈盛大なお返しパン・ぺル・フォカッチャ〉!!」


 漓斗との決戦で最後に使った、レーヴァテインの二つ目の特性を使った衝撃の跳ね返し。

 それを和真の拳にぶつけ、接触した衝撃をすべて和真の拳に与える。


「ぐおッ……こりゃ、対した威力だな。だがな、衝撃波みたいな圧力波に関して俺と戦うなんざ、五百万年早いぜ」


(バレてる……!? 拳に伝わる衝撃の具合で見抜いたってのか!? それより、分かってても防げるモンじゃ……まさか……)


 拳に受けた衝撃波をいなしたか、吸収した?


「俺は攻撃力や破壊力、物理的に相手に伝わるモンに関してはエキスパートなわけよ」


 殴った時に伝わる衝撃や威力、風圧や角度まで。

 物理的な攻撃からなるすべての要素を計算し尽くしている。

 その上でどのようにすれば相手にもっとも威力が伝わりやすいか、逆に自分に衝撃が伝わりにくいかを研究した。

 破天荒そうな外見からは想像も出来ない、緻密な計算を重ねてきた。


「まあ、長々と紙に書き連ねてきたわけじゃなく、何でもかんでも殴りまくって経験から導きだしたんだがな」


「これは、想像の斜め上を行くな……」


 いきなりレーヴァテインの特性の一つを封じられた。

 だけではない。フィディやレオのたぐいまれな身体能力に、下手をすればザンナの痛覚直接攻撃さえ最小限のダメージで防がれる可能性がある。

 唯一残されているのは、相手を石化される能力を持つサンティだけか。


(……危ねえ……ぶつかる瞬間ほんの少し拳を引かなけりゃ、俺の拳が使いモンにならなくなるとこだったぜ……)


 このたった一回の拳と剣の交わりで、互いの警戒がより一層深まった。

 和真はたった一回のぶつかり合いで、格下だからと手加減する余裕がないことを実感した。


「面白え……来いアルク、取っ組み合いの相手だ」


「アルク……? もしかして使い魔のことか……?」


「精々死なねえように気をつけな。コイツは躾を嫌う」


 和真の背中から飛び出したのは、巨大な影。

 影は短めの手足を広げ、その狂暴性を露にした。


「コイツの名はゴア・アルクダ。俺の使い魔だ」


 身長は四メートルを越え、両手両足の爪は恐竜のそれを彷彿とさせる。

 例外なくすべてを砕くその牙は、鋼のように輝いていた。


「で、でけえ……熊の使い魔だと……!?」


「正確にゃ魔獣だがな」


「レオと同じタイプか……単純な身体能力ならドラゴンタイプに迫るっつう奴だな……」


 黒音は和真のアルクに対抗し、レオを獣の姿で呼び出す。

 獣の姿ならばレオも二メートル近い巨体を持つが、和真のアルクはその倍はある。


「ほう……猫科の猛獣ってとこか。だが子猫と熊じゃ根本的な性能が違うぜ」


「それはどうかな?」


 縦横無尽のスピードタイプか、ルール無用のパワータイプか。

 だが攻撃に当たりさえしなければ問題はない。


「レオ、やれ」


『うっし、やっちゃうよっ!』


「アルク、ぶっ潰せ」


『喰らう……お前がエサだ……!』


 使い魔同士の戦闘が始まり、すぐに一対一の戦闘が戻ってきた。

 今持てる力をかき集めた所で、和真に勝つことは不可能。

 相手は単純な力ではなく、幾重にも積み重ねられた経験による濃密な力だ。


「こうなったら……レーヴァテイン、解錠するぞ」


『巌の門ですね、支配者』


「なら行くぞ。お前と俺の九つの門!」


 黒音の左腕に装着されたレーヴァテインの盾には、すでに本体であるレーヴァテインの剣を呼び出すファーストロックが解除されている。

 時計回りに数えてファーストロックから四番目の鍵。

 そこには以前遥香との戦いで、ぶっつけ本番で注入した漓斗の力が込められている。


「九つの門よ開け……俺は巌の門を願う……」


 レーヴァテインの剣を逆手に持ち替え、レーヴァテインの盾に漓斗の鍵を差し込んだ。


「大地に鳴り響け……〈解錠〉!! これが二つ目の力だ」


 レーヴァテインの特性を以てして通用しなかった和真の力は、別に特別なものではない。

 無数に殴り続けてきたことにより重ねてきた経験だ。

 ならばその経験値ですら対応出来ないほどの速度と数をぶつければ、或いはダメージを与えられるかもしれない。

 黒音は背中に装着された十機のファンネルを放った。


「何だ、今度は空飛ぶオモチャか?」


「小細工と思うならそれでもいい。ただ、一撃でも当たれば無事じゃ済まねえぞ」


 ファンネルはそれぞれ、黒音の思考通りに動き統制をとる。

 結界の中を球体のマス目と捉え、そのマス目を決まったパターンで高速移動した。


「いくら和真でもこの陣形は防ぎ切れねえだろ」


 仮に防いだとしても、決定的な隙が生まれるのは確実だ。

 和真は脱力した体制から初めて拳を胸元まで上げ、ファイティングポーズを構える。


「そんじゃあ打ち落とすか」


「巌の門を、漓斗の力を甘く見るなよ」


 遥香ほどの力を持っていたからこそ、巌の力は通用しなかった。

 だからと言って漓斗の力が弱いわけではない。

 むしろ巌の門により呼び出されたファンネルは大きな力の一部に過ぎない。


「打ち砕け!! 〈連続する鉄拳コンティヌィティ・フィスト〉!!」


 下手な鉄砲も数を撃てば当たる。

 だが和真の拳はスコープ越しにターゲットを狙うスナイパーのように正確だった。

 無数に放たれた拳は、確実にファンネルを撃ち落としていった。

 それも一応計算のうちだが、流石に早すぎる。


「巌の門、二つ目行くぞ!」


 見ていて痛々しくなるほど、針ネズミのようなトゲトゲした装備を全身に纏う黒音の手段は、ファンネルだけがすべてではない。

 足の側面に逆立った鮫の背鰭のような形をしたトゲは、丸まりながら黒音の足から剥がれていった。

 それはトゲの部分を外側に、円の刃となる。


「空気抵抗を受けにくい薄い刃か……それが二つ、神機の刃をさばいた俺にそんな小細工が通用するとでも?」


「それがするんだよ。お前がファンネルを砕いたからな。それも直接、自分の拳で」


 十機のファンネルすべてに施した術式は、接触した相手に効果を及ぼす。

 次に追尾型のソーサーエッジを破壊すれば、もう和真は反撃することが出来ない。


「しかもこの姿は修復能力が高くてね、壊されてもすぐに修復出来るんだよ」


「なるほど……土属性の修復力か。切りがねえな」


「……そう思うなら何故俺を狙わない?」


「狙えねえんだよ。それはテメェが一番理解してんだろうが」


 死神の遥香でさえ、間近にいる美奈でさえ気づくことができなかった。

 本来空中の為不可能な、不可視のセンサー。

 赤外線のように人の目に見えないはずのセンサーは、少しでも接触すればすぐにその対象に向かってステルスレーザーが発射される。

 攻撃こそ最大の防御。まさにそれを体現した戦法だ。


「離れればファンネルとソーサーエッジが、本体である俺に接近しようとすれば不可避の距離でレーザーが撃ち込まれる」


 これこそ黒音がもっとも得意としている、すべての距離に対応したオールマイティな戦い方。

 どんな状況にも柔軟に対応し、相手の自由を奪っていく。


「テメェ自身は俺に接触してこねえ。何故だ?」


「簡単だよ。それはお前が一番理解してるんじゃねえか?」


 和真と同じ言葉を返し、黒音は指先を和真の拳を指す。


「今までの拳の威力は本来の五割ってとこか。近づけば瞬時に骨を砕かれるだろ」


 互いが本体に手を出せないでいるこの膠着状態。

 手を出すことを禁じられた遥香と美奈には、どうしようも変えることは出来ない。

 緊迫した空気がただ流れていった。


「とっとと本気を出せよ。俺はもう自分の手を出し尽くした」


「明かしていいのかよ? それを俺に知らせりゃ、お前はもう終わりだぞ?」


「だが実際に出し尽くしたんだ。それで負ければ俺はお前よりも弱いってこった」


 疑わしいほどにきっぱりと、黒音は自分の手をさらけ出した。

 膠着状態が続いていたのは、黒音の張るレーザーの壁のさらに次、それが警戒対象となっていたからだ。

 その危険性がなくなった今、和真が膠着を守る意味はない。


「コイツは面白えな……深影と引き分けるわけだ。お前気に入った。未愛 黒音とか言ったな、お前本気で魔王を倒せよ?」


「無論だ。魔王を倒した後は和真、お前のチームに挑む」


「臨む所だ、受けて立つぜ。にしても……」


 ここまでの覚悟と志、そして契約者としての器。

 "至って"いないことが不思議でならない。


(俺や深影もまだ至ってねえんだ……いくら何でもコイツが俺より先にリミットブレイクするわけねえか)


 和真は黒音の左腕、レーヴァテインを凝視し、すぐに拳を構えた。


「だが、魔王を倒すのは俺を退けてからだな」


「上等だ。手が尽きても、俺は諦め──」


「お兄さん、何者かに結界が破られます」


 黒音がレーヴァテインを構えたとほぼ同時、美奈が二人の戦闘に水を差した。


「あんだと? 誰だ、俺でさえ風穴一つ開けたこともねえお前の結界を破る奴は?」


「水属性の……この反応は女神です」


「水属性の女神だって!?」


 黒音の記憶の中で、水属性の女神に該当する契約者はただ一人だ。


「その相手、私に代わってもらえないかしら?」


 そこにいたのは、巨大なシャチの上に仁王立ちするツインテールの少女。

 しかもその右手には神機と思われる槍が握られている。


「海里華! お前今まで何してたんだよ?」


「ごめんなさいね、どうしても譲れなかったの。さあ、余計な人にはご退場願うわ」


「ああ? ふざけんなよ、俺が先にコイツと戦ってたんだ。邪魔するってんなら──」


「どうしてくれるのかしら? この私に対して、アンタは何をしてくれるの?」


 ……窒息一歩手前。何をすることも許されず、瞬時に自由を奪う自然の猛威。

 和真は間接的に、命を握られていた。


「な……この、バカな……」


 大気中に充満する水蒸気を吸い込んだ肺が、海里華の心一つで爆発する。

 以前ならば絶対に不可能だった。

 大気に溶け込むほど極小の水を操ることなど。

 だが今ならば、力のすべてを解放した今ならば。


「沈むか掃けるか、選ばせてあげる」


「ちっ……勝負は預けたぞ、黒音」


「ああ、次は魔王を倒した後のチーム戦でな」


「もう、何なんですの? いきなり呼び出すだなんて」


「梓乃ったら、黒音君が大ピンチだって言うから来たのに、本人すごくピンピンしてるし」


 和真が立ち去ろうとした瞬間、いきなり漓斗と焔の二人が転移魔方陣を通じて現れた。

 龍の姿となり飛び込んできた梓乃と、二人の戦いが終わるまでヴィオレとじゃれあっていた遥香、今まで顔を見せなかった海里華に、和真と静かな戦いを繰り広げていた黒音。

 ここにチームメンバーの全員が集結した。

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