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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第五章「紅き天使・前編」
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第二話『trident』

 五年前、とあるチームが存在していた。

 まだ四大チームが契約者の世界にその名を轟かせる前のことだ。

 そのチームは複数存在するチームの中でも、最高クラスの実力者が揃っていた。

 それこそ第二の英雄と称されるほどの勢いだ。

 だがそのチームはある日、たった一人の契約者によって壊滅させられた。

 それも全員が全員体の一部だけを消し飛ばされており、それ以外はまったく傷ついていなかった。

 それが意味することは、全員たった一撃で倒されていたと言うことだ。

 契約者達は騒然としたが、それ以来は大きなチームが壊滅したと言う噂は聞かなくなった。

 たった一度だけあった有望チームの惨殺は、四大チームの登場によって忘れ去られたのだ。


(ねえアクアス、今更なんだけど、お母様に連絡入れといた方がよかったかしら?)


『分かってるなら何で入れなかったのさ……』


 深海八千メートルほど、潜っているうちにどこまで来たかは忘れてしまったが、一応帰還用の転移魔方陣は常に展開準備が整っている。

 これから黒音を支えるに当たって、自分が一番足を引っ張っていることは理解していた。

 だから少しでも力になろうと以前の力を解放出来るようにと自分に合う神機を探しているのだが……。


(はあ……見つかんないわね。今日は一旦帰りましょうか)


 帰還用の転移魔方陣に勢力を送り、海里華はそこに飛び込んだ。

 次に開けた視界に映っていたのは、海里華の自宅。

 いつも通りの豪邸だ。

 海里華は呼吸を整えた後、玄関のインターホンを押した。


「エリちゃんッ……よかった、無事だったのね……!」


「すみません、携帯電話の充電が切れてしまって、連絡が遅れました」


 玄関から飛び出してきたのは、半泣きの母親。

 海里華は無機質な表情と声で母親に謝罪すると、寝室に飛び込んだ。


「はあ……どうしたものかしら……こんな家庭のせいで時間に自由がないわ」


『しょーがないよ。心配してくれる人がいるのは嬉しいことだよ』


「ねえアクアス、あの子を使いたいんだけど?」


『あの子って……レプンのこと?』


「ええ、力を解放していくなら少しずつ慣れてった方がいいとおもうの」


『確かにね。でも操れるの? あの子の力は使用者のテクニックに依存するよ?』


「操るわよ。出来なきゃ成長しないだけ」


 ──レプン・カムイ。

 沖の神の異名を持つ海里華の使い魔だ。

 しかし操るには相応の力が必要の為、力を封印してからは一度も使っていなかった。

 しかしこれからは使うことになるだろう。


「じゃあ一段階だけ封印を解除するね」


 アクアスが白いワンピースをまくりあげると、アクアスのお腹には複雑な形をした魔方陣が十個ほど刻まれていた。

 アクアスはその魔方陣の一つに指先をかざし、勢力を放つ。

 するとそれは汚れが浮き上がるようにして消えていった。


「っ……来た、来たぁ……っ!」


 本来の十パーセントが通常時の百パーセントになっていたせいで、いきなりその限界量が拡張されると自分の体を引き伸ばされるような感覚に包まれる。


『んが……およ、五年ぶりだな。とうとうやる気になったか?』


「ええ、まあね」


 本来聞こえないはずのアクアス以外の声が、海里華の脳内に割り込んできた。

 それこそ海里華の使い魔であるレプンだ。


「ねえレプン、今晩ちょっと協力してほしいの」


『ああ、いいぜ。久しぶりの仕事だ』


 一般ではクラスの高いドラゴンが使い魔には最適だと言われているが、使いにくさを見ずに性能だけを重視すれば、神タイプが最大最強なのだ。

 しかし神タイプは条件や燃費、相性など様々なことが重なって使い魔に選ばれることは滅多にない。

 その代わり条件に完全に適応した場合は、破格の力を放つ。


「アクアス、後でお母様達が寝たか確認してきて」


『おっけ、ちゃんと厚着していくんだよ?』


「あのね……まあ、分かったわ」


 それから時間は零時を回った。

 アクアスが両親と使用人の全員が寝静まったことを確認し、海里華はアクアスと一体化する。

 水流に体質を変化させた海里華は、窓の隙間から家を抜け出した。


「あぁー窮屈だったわ。さあ行くわよレプン、久しぶりの共同作業よ」


『ガハハ! 共同作業ねえ。いいじゃねえか。うし行くぞ、相棒!』


 空に線を引く二つの輝き。青い輝きは進む先に展開した転移魔方陣を突き抜け、大海原へと突入した。

 潮風に煽られながら、二つの輝きは空で屈折して海中にダイブする。


(レプン、今よ。アンタの能力で反応を探って)


『反応っつったら、俺らみたいな反応か?』


(ええ、それに該当する反応をすべて探知して)


 地球の七十パーセントを占める大海の中に存在する、真珠のような小さい反応。

 一応それがある地点はある程度絞れているが、後一歩が進めない。

 だが神タイプの使い魔にはそれを探し当てることが可能だった。


『久々の〈大海同化シー・アシミレイション〉!!』


 海そのものと同化することで、微弱な反応さえも完璧に感知することが出来る水中限定のサーチレーダーだ。

 だがやはり規模があまりにも広すぎるせいで、サーチするのにも時間がかかる。


(……どんな感じ?)


『ああ、ここより数キロ先だ。反応がでけえ……』


(ありがとうレプン。やっぱりアンタのレーダーじゃないと探せなかったわ)


『安いモンだぜ。体が鈍っちまってるんだ。もっと言いつけてくれや』


 レプンが探し当てた強大な反応へ向かって、海里華はエメラルドブルーの鱗に包まれた尾を打った。

 海里華は〈四大元素属性〉の為、海の中にいる限り聖力が尽きることはない。

 だから惜しみなくスピードを出せるのだが、海里華がいるのは光のない夜の海だ。

 反応がなければどこに進めばいいかまったく分からない。

 おまけに反応を感じられるのは海里華ではなくレプンだ。

 海里華は目隠しした状態でレプンだけを頼りにしなくてはならない。


『なあ海里華よ、今もあの時のことを気にしてんのか?』


(……まあね。そもそも気にしてなかったら自分の力を封印したりなんかしないわよ)


 罪のない、面識もない人を殺してしまった。

 自分の力を理解していなかったせいで、浅はかな考えのせいで命を奪ってしまったのだ。


『ったく、お前を唆したのはこの俺だぜ? 何故俺を責めねえ?』


(殺したのは私自身よ。アンタが唆そうが唆していなかろうが関係ないわ)


『……責任感の強さは相変わらずか……そろそろだな。この距離をたった数分とは、成長してんじゃねえか?』


(私はもう成長しないわよ。だって完成形だもの)


 反応に近づくに連れ、レプンに頼らずとも感じ取れるほど大きな反応が掴めた。

 さらにスピードを上げ、海里華は反応のある場所を持参した防水性のライトで辺りを照らした。


(ここがポイントの上ね。反応は……もう少し下かしら)


『多分この下の海底にあるんだろ』


(まさか深海に突入なんてことはないわよね?)


『ああ、反応はこっから少し下だけだ』


 レプンの言葉を信じ、海里華はさらに下へと潜る。

 するとそこには、フジツボがびっしりと張り付いた岩の出っぱりがあった。

 しかも一部だけ変に尖っている部分がある。

 それが海里華の探しているものだ。


(よし、フジツボを剥がすわよ)


 指先から高圧の水流を放ち、尖っている物体に張り付いたフジツボを削り取っていく。

 徐々に見え始めた本体には、傷一つ見当たらない。

 丁寧にフジツボを剥がし終えると、海里華はそれを両手で持って岩から引き抜こうとした。

 だがこれが思いの外固く、力を込めても抜けなかった。


(仕方ないわね……回りの岩を削りましょうか)


 姿を現した物体が突き刺さる岩を破壊し、そこからまた丁寧に岩の破片を削っていく。

 別に荒くしても壊れるものではないが、荒い扱いをすると後々面倒なことになりそうだったので、あくまでも丁寧に作業を進める。


(ふう……水中でも自由に呼吸出来るのが大きいわね。やっと剥がせたわ)


 フジツボや岩の破片を剥がしたそれは、フォークのような形をした長い槍。

 泉の神と呼ばれ、絶大な力を持つポセイドン。

 それと同等の力を持った海王神ネプチューン。

 海里華が最初に手にした神機はポセイドンのトリアイナ。

 今手にしている神機は、ネプチューンのトライデントだ。


(目的は達成したわ。水面に上がりましょう)


 アクアスやレプンとはテレパシーのようなもので意志疎通出来るが、実際に声を出して喋っているわけではない。

 やはり言葉は酸素のある海上でないと発することが出来ない。


「……ぷはっ……はあ……疲れたわ。ねえトライデント、目を覚まして?」


 トライデントと思われる三叉槍を揺すり、声をかけてみる。

 だがトライデントは一切反応を示してくれない。

 神機はコアが破壊されない限り何度でも修復出来るので、死ぬことも老いることもない。

 それにトライデントはコアに異常があるわけでもない。

 ならばただ眠っているだけか、海里華は試しに大量の聖力をトライデントに注ぎ込んだ。


(目覚めなさい……〈海王神の三叉槍(トライデント)〉ッ……!!)


 決して声には出していないが、強烈な威圧感を乗せた思念をトライデントにぶつけた。

 これは今だからこそ可能な技だ。

 たった一割でも力を開放したおかげで、波動に近い威圧が使えるようになったのだ。


『むぐぅ……何だろ……? 今ネプチューン様にも似た威圧感が……』


「ようやく目を覚ましてくれたわね、トライデント」


『あなたは誰? あなたが僕を目覚めさせたの?』


 トライデントから響いてきたのは、以外にも幼い少年の声だった。

 海里華はあくまで優しい声色で、


「ええそうよ、私がアンタを目覚めさせたの。私は青美 海里華よ。よろしくね」


『あれから何千年経ったんだろ……あなたはどうして僕を目覚めさせたの?』


「アンタの力が必要なの。私はアンタと対になるトリアイナに利用されかけた者よ」


『トリアイナにっ……!?』


 ポセイドンに関する名前に敏感に反応するトライデント。

 海里華は海上に浮遊しながら話を続けた。


「だからアンタの力を借りたいの。私の仲間になってくれる?」


『トリアイナの被害者を放っとくことなんか出来ない……勿論いいよ。黒音さんを支えたいんだね』


「へ、アンタ何で黒音のことを……」


 海里華はまだ一度も黒音の名前を出していない。

 と言うか先ほど目覚めたばかりのトライデントが、トライデントが眠りについてから何百年も後に産まれた黒音を知っているはずがない。


『ふーん……力を制限してるんだ。それを全部解放したら……』


「アンタまさか、私の心が読めるの?」


『うん、いつかお姉さんと仲直り出来るといいね』


「これはお手上げね……で、それがアンタの特性ってわけね」


『そうだよ、僕の特性は透視。相手の思考を十秒ごとに三秒間だけ透視出来るの』


 相手の思考を読むことが出来れば、戦略の幅は無限大。

 恐らくトリアイナは自分の特性を使う前に負けたのだろう。

 トリアイナの特性は使用者を中心に半径五メートルの中にいる相手の神機の特性を同時に二つまで封じることが出来る。

 かなり限定的な条件の為、トライデントはそれをあらかじめ予知して防ぎ、勝利した。


「それで? 私の思考を透視した結果、どうだった?」


『悪い人じゃないことは分かったよ。それに海の女神なら僕を使うに申し分ない存在だからね。仮契約なしで本契約を結ぼう』


「気前がよくて助かるわ。私は少しでも早く自分の力を元に戻さなくちゃならない。私の力を制御する為には神機が最低一つは必要なのよ」


 神タイプの使い魔と高位の神機。

 これがアクアスと海里華の力をコントロールするのに必要なカードだ。

 力をすべて解放してすぐに戦えるわけではないが、条件を揃えるのは早いに越したことはない。


『海里華ちゃんだったね。これからよろしくお願いするね』


「ええ、よろしく。それじゃあ早速……アクアス、半分まで解放して」


『ふぇ、いきなり三段階も上げるの? 体に負担がかかっちゃうよ?』


「前まであった力を元に戻すだけよ。問題ないわ」


 アクアスは捲った服の裾を唇で咥え、両手で同時に三つの魔方陣に聖力を送った。

 すると残り九つあるうちの三つの魔方陣が消え、海里華の聖力の限界値が一気に引き上げられた。


「あ、ぐっ……これは、なかなかね……思い出すわ……」


『すごい……思考は嘘じゃなかったんだ。さっきまでとは段違いにパワーアップしてる……』


「まだ半分だけどね。さあ、家に帰るわよ。レプン、魔方陣に戻っていいわよ。ありがとう」


『おう、また呼んでくれや』


 海里華が展開した魔方陣にレプンが飛び込み、海里華はあらかじめ用意していた転移魔方陣で大海原から姿を消した。

 これからどんどん特訓して、解放していく力に体を慣らしていかなくてはならない。


「サプライズしたいから黒音達にはまだバラしたくないし、でも丁度いい特訓相手がいないわね……」


『だったら四大勢力のどっかに殴り込みしたら?』


「……私のことを案じてる割には無茶苦茶言うわね……そんなの全開じゃないと無理よ」


 全開だったら行くんだ、とトライデントは海里華の真の全力が恐ろしくてならなかった。


『そう言えば死神の女の子がいたよね。エリちゃんが完敗した』


「アンタほんとに人の心を抉りに来るわね……まあ確かに、アイツが相手なら申し分ないけど、まだ勝てないわね。全開だったらまだしも……」


 慢心かと思いきや、ちゃんと自分の力量を理解している。

 心を読めるトライデントでさえも、海里華だけは一筋縄に行かなかった。


「しょーがないわね……適当に相手見つけますか」


『……エリちゃんのセリフ、何かえっちぃね』


「変な意味に捉えないでっ!」


 そろそろ零時を回る頃だ。あが集まり始め、血で血を洗う戦が始まる。

 だが黒音達も恐らくそこに来るだろう。

 鉢合わせるのはあまりよろしくない。

 黒音達と会うのは力が完全に解放されてからと決めているのだから。


『だったらさ、変身しなければいいんじゃない?』


「いや逆でしょ。しなきゃ素性が──」


『変身する前とした後、どっちが黒音さん達の印象に残ってる?』


「……なるほど、変身したら人魚の姿に限定されるけど、人間の姿なら変装出来るってわけね」


 しかしそれだと、結構致命的な問題が生じることになる。


『で、でも契約者って変身しないと丸腰になるんじゃ……』


『バカだな新入り、パートナーと一体化して得られるのはステータスの底上げだ。逆に言やぁステータスの底上げが必要なけりゃ変身する必要はねえのさ』


 海里華にとって物理的な防御力はまったく必要ない。

 危惧しなければならないのは、雷属性の攻撃だけ。

 それ以外はすべて海里華には通用しない。

 力の半分が解放された今なら、アクアスと一体化するまでもなく他の契約者と張り合える。


『ねえ、この話の流れだとさ、今から行くの?』


「まだよ。地下にあるお父様のコレクションから軽そうな変装道具を見つけてからじゃないと」


『ああ、やっぱり行くんだね……』


 以前黒音に一度だけ特訓してもらった時に行ったあの格納庫だ。

 あそこならば骨董品のような甲冑や、重厚な軍事用の武装も見つかるだろう。


「壊しちゃったらごめんねお父様。まあ今なら壊すことはないだろうけど」


 と思って格納庫に向かったのだが、何故か何回パスワードを入力しても格納庫の扉が開くことはなかった。

 自棄になって扉の隙間をすり抜けようとしたのだが、父はそれを知っていたかのように、扉の向こう側に何重にもレーザーのセンサーを張り巡らせていた。

 以前勝手に入ったことがバレていたのだろう。


「くっ……あの石頭めぇ……まあいいわ……どこかでお面でも調達しましょう」


 と言うわけで適当に調達したのは、可愛らしい──とまでは行かない少し不気味なキツネのお面。

 視界が狭くなることも考慮して、目の部分を枠に添って切り取った。

 服装は私服ではなく、動きやすいジャージだ。

 空を飛ぶことは変身しなければ出来ないので、レプンの上に乗ることにした。

 これで準備は万全なはずだ。


「さて、今日も結構な顔ぶれね。まあ誰一人知らないけど」


『素性は知らなくても全員強そうだね』


 開戦の空にいるのは、全員が全員とてつもなく強い連中ばかり。

 ここにくる契約者は、もうほとんど全員四大勢力の面々だ。


「それじゃあ行くわよ! レプン!」


『うっしゃあっ! 飛ばしてくぜぇっ!!』


 魔方陣から飛び出したのは、シャチにそっくりな姿をした沖の神、レプン・カムイ。

 海里華はその背に飛び乗り、開戦の空に集う契約者の元へ突っ込んだ。


「狙いは言うまでもなく……アイツよ」


 化け物揃いの契約者の中で、海里華が迷うことなく目をつけたのは一人の女神。

 全女神最強。彼女に勝る存在はいない。

 全ての上に立ち、総てを統べるその強さから、"全総者"と言う異名を持つ。

 その名は戦を司る者、戦女神アテナ。

 大層な異名に違わず、アテナは九つの属性すべてを使うことが出来る。


「まさかあの〈strongestr(最強者)〉のメンツがいるなんてね」


 本来このような野戦に出てくることはまずないはずだ。

 それほどまでに、この場に集う契約者が高い水準になってきたと言うことか。


「りっちゃんを倒した死神ってのはどこにいるんだろね」


『あの律子を倒すような契約者に、お前が勝てるんですか?』


「勝つわよぉ。だって私は最強よ?」


『まあ頑張ってくだせー。特に期待はしてねーですけど』


「ほんとひどいわねぇ……」


『勘違いしないでくだせー。私が言ってるのはお前に挑んでくる契約者のことですよ』


 あまりに強すぎる為、あまりにも勝利を重ねすぎる為、愛と美と性を司る女神はいつの間にか戦の女神と呼ばれるようになった。

 アテナと呼ばれる女神は、重ねすぎた勝利のせいで忘れてしまった。

 自分の本当の名が、アフロディーテと言うことを。


「どーも、相手してくれる?」


「うわっ、キツネっ!? あの陰陽師みたいなっ!?」


「まあそう見えるだろうけど……私も女神よ。ちょっと事情があるから顔は見せられないけどね」


 同じ女神ならば、自分が誰だか知っているだろうに。

 ただのバカなのか、それとも相当の自信があるのか。


「自分で言うのも何だけど、私は結構強いわよ」


「へぇ、この私より? 私より強い女神はいないけどな」


「ねえ知ってる? 戦は人の心が生み出すものだけど、自然の力は神が与えるものなのよ」


 呪われそうなキツネのお面をつけた陰陽師、もとい海里華は、目に映らないほど薄い水の膜を戦女神の頭に張っていた。

 そして海里華が指を鳴らした瞬間、戦女神の呼吸が遮断された。


「ぁ……か……は……ッ……!?」


「ちょっとずるかったかしら? まあ戦いの世界は無情なんだから、やられる方が悪いのよね」


「ぶはぁッ……そう、だよねッ……やられる方が、悪いんだよねッ……」


 自分の頭を包む水流の膜は、火属性の力を持って焼き払った。

 アテナは光属性がメインだが、すべての属性を使うことが出来るので、これくらいならばサブの属性である火属性でも十分どうにか出来る。


「きっちーねぇ……まさか本当の意味で息の根を止められかける日が来るなんて」


『だっせーですね。たかが水の女神にやられてんじゃねーですよ』


「そう言うけど、多分この子強いよ?」


『私は戦の女神ですぜ? 勝利する為に生まれたみてーなもんでしょーが』


「それもそうね。そんじゃ一丁行きますか!」


『行きますぜ、マイパートナー!』


 少女の背後に甲冑を纏った女性の影が浮かび上がったかと思うと、少女の姿が一瞬にして幾重にも屈折する光の線に包まれた。

 少女の髪は苺みたいに赤い髪から白に近い真っ青な髪へと色を変える。

 額には鳥の羽で飾られた鎧と、肩にはレースがあしらわれた銀色の鎧が、胸には赤い宝石のはめ込まれた鎧が装着されていた。


「いやぁ、野戦で変身するのは初めてかもね」


「ならほど、これじゃあ私は勝てないわね」


「ええっ!? あっさり認めちゃうの!? そこは"相手にとって不足ないわ"とか言って挑んでくるでしょ普通!」


「勘違いしないで。変身しないと勝てないってことよ。でも私は今変身しちゃいけないことになってるの」


「つまり、どうしても変身しなきゃならないとこまで追い込めばいいわけだね」


 腰に携えた剣で斬りかかってくるアテナの契約者を、海里華は避けることなく真正面から攻撃を受け止めた。

 やはり真っ二つになった海里華は、剣を拘束しつつ自分の体を再構成した。


「っ……再構成が早いッ……」


「普段に比べれば、ね。これでもまだ最高スピードの半分よ」


 海里華が解放している力は本来の半分。

 それでも体を真っ二つに切断されたくらいならば、三秒前後もあれば元通りに回復出来る。


「まだまだ! 雷属性ならどうよ!」


「……単調ね。それはもう経験済みよ」


 アテナが拘束されたままの剣に無理矢理力を込めた瞬間、海里華の体は一瞬薄い水色に透き通った。


「水は電気を通す。流石のあなたもこれを食らっちゃおしまいね」


「……電気を通すのは色々混ざった水だけ。純水は電気を通さないのよ」


「うそっ!? そんなのアリッ!?」


 まさか自分の体を構成する水の質まで変化させられるとは。

 だがそれは本来の力の半分にすぎない。

 海里華は自分の右手から高圧の水流を放ち、それを刃として少女に向けた。


「そんなのもアリなんだ……でも知ってるよ。水が物体を切断する為には一ミリくらいの細さじゃないとダメなんだよね。じゃないと集束度が足りなくて威力が足らないから。それに自分の体を構成する水から作り出してるんだから、当然限界もある」


「そうかしら、なら自分で確かめてみれば?」


 海里華の表情は依然変わらず、証拠のない自信に満ち溢れている。

 アテナは海里華の挑発にわざと乗り、火属性の力を乗せた剣で斬りかかった。


「これで蒸発しちゃえっ!」


「蒸発促進ね。でも無駄よ」


 炎を纏った剣は、海里華の右手から放たれる強力な水流の刃にいとも簡単に切断された。

 真っ二つになった刃の断面を見つめ、アテナは本当に水の刃が切ったものかを確認した。


「アンタさっきこの刃には限界があるって言ったわよね。確かにあるわ。でもその限界は私の聖力が切れるまで。残り約二時間はぶっ通しで出してられるのよ」


「二時間……!? ダメだこりゃ……勝てないや……」


『いー加減本気を出したらどーですか? いつまで遊ばせりゃー気が済むんですか?』


 これまでたった一度として、本気を出していないアテナ。

 海里華の刃で切断出来たと言うことは、先ほどの剣も神機ではなかったと言うことだ。

 神機すら使わず、その場から一切動かず、アテナは海里華の力を見定めていた。


「てへへ……こんな真正面から挑んできてくれる契約者は久しぶりだったから凄く嬉しくて。そんじゃちょこっとだけ本気を出しますか……〈狩猟神の弓(アルテミス・プローリ)〉!!」


「弓の神機? にしても変わった形状ね……」


 アテナの右手に現れたのは、刃紋が波打つ二枚の刃がリムの役割をしている特妙的な弓。

 矢を引く弦がない代わりに、矢を装填する中心部分には薄いグリップがあった。


「安心して、奥義は使わないから。でも出力は抑えたりしないよ。通常の出力で行くからね!」


 アテナが三本の指でグリップを引くと、聖力で編まれた弦がリムの先端とグリップを繋いだ。

 聖力で編まれた弦に引っ張られたリムは、木製のようにしなったりはせず、代わりに脈動するような光を放っていた。


「穿て!! アルテミス!!」


 アテナが指先を離した瞬間、リムの先端から集められていた光が攻撃力となり、細長い矢を撃ち出した。


「これくらいなら……行けるッ……!!」


 アテナの放った矢は、幾数にも分身して海里華を蜂の巣にしようと飛んでくる。

 海里華はそれらを特大の水流で吹き飛ばした。


「無駄だよ! 一度放たれれば敵を穿つまで落ちることは──」


「落ちることは、なに?」


 水流に飲み込まれた矢は、そのすべてが粉砕されていた。

 先ほどの水流の刃でもないただの水に、ここまでの破壊力はない。

 それにどれだけ強力な水流であろうが、破壊することは出来ないのだ。


「アルテミスの弓が放った矢はそれさえも神機扱いになる……だから矢を砕く為には神機じゃなきゃ……」


 もしあの水流が矢を破壊する為のものでなければ?

 もしあの水流が矢の威力とスピードを軽減するものならば?


「矢を砕いたのはやっぱり神機っ……」


 自分に矢が到達するまでの時間を稼ぎ、そして矢と接触する直前に破壊した。

 何十本ものあの数を!


「一体どうやって……」


「驚くことじゃないわ。アンタの矢を砕いたのは私の神機。多分ほとんどアンタの推測通りよ」


 太めの水流で数十本に分かれた矢のスピードを落とし、接触する直前でトライデントを展開し、回転させて矢を砕いた。


「通常の威力とは言え、使ってるのは私なのに……」


「四大勢力は自分の才能を過信しすぎなのよ。底辺の奴らも侮れないってこと、覚えときなさい」


(どこが底辺なんだか……私達〈strongestr〉のメンバーは皆パートナーに恵まれただけ。才能の値で言えば私とあなたは同じくらいだよ。……あ、フルは違うか)


 あの子はパートナーにも、才能にも、境遇にも恵まれた。

 まさにすべてに愛されて君臨する、天上の中の天上。

 だからこそあの子は〈strongestr〉のリーダーなのだ。


「にしても、変身させたよ」


「ええ、癪だけど、今のは変身せざろう得なかったわ」


 アルテミスの矢を破壊している途中、突如矢の本数と威力が倍加したのだ。

 さしもの海里華も、生身の状態と言うわけには行かなかった。


「よし、そんじゃ私の取って置きを見せてあげるよ。これを受け止められればあなたは正真正銘、私達四大チームと同じステージに立ってるよ」


「何をする気……?」


 アテナはアルテミスのグリップを逆に押し込み、セーフティーロックを解除した。

 そしてもう一度グリップを引くと、今度はグリップに引きずられて日本刀の柄のようなものが飛び出してきた。

 そして柄を持ちながらさらにグリップを引くと、徐々にリムが矢の発射口へと閉じていった。

 二本のリムが真ん中で接触すると、限界まで引いたグリップを最奥まで押し込んだ。

 アルテミスは特殊な形をした弓矢から、刃紋が波打つ幅の広い刀剣へと変形した。


「変形する神機ですって!? そんなの見たことも聞いたことも……」


「そりゃそうだよ。形状を変化させるタイプじゃなく、パーツを移動させるタイプはどこ探してもアルテミスだけだもの」


 アルテミスは神機の中で、唯一パーツの位置を移動させて形を変える、変身型ではなく変形型の神機。

 アルテミスは弓の形をした変形剣なのだ。


「さ、ここからだよ。さっきは奥義を使わないって言ったけど、手加減は失礼だよね。この一撃だけは本気で行くよ」


「だったらアクアス、封印を二つ解除して」


『ふえぇ!? 戦闘中に解除するの!?』


「相手は私に敬意を払って全力で来るのよ? だったらこっちもそれ相応の力で受けて立たなきゃ」


『はあ……もう知らないよ』


 アクアスは本日何度目か、白いワンピースを捲り上げてお腹に刻まれた魔方陣に聖力を注ぎ込んだ。

 そして解放された力はついに半分を突破し、七割となった。

 かなりのハイペースだが、トライデントが加わった今ならば制御出来るはずだ。


「限界値が跳ね上がった……!? 面白いじゃん、行くよアルテミス! 神機奥義!!」


「こっちも行くわよトライデント。私達が出会って初めての全力よ! 神機奥義!!」


 アテナは再度グリップを限界まで引き、弓の状態と同じように力を溜める。

 同じく海里華もトライデントを回転させることで水属性の力を溜め始めた。

 やがて双方の神機に限界まで力が高められると、同時に奥義を放った。


「狩人の鋭牙!! 〈弱肉強食(フィシコ・プローニャ)〉!!」


「海王の鉄槌!! 〈災いの渦潮(メイルシュトローム)〉!!」


 九つの色に輝く無数の矢と、自然の猛威を体現したような巨大な渦潮がぶつかり合う。

 戦の女神と海の女神の放った奥義は、互いを打ち消しながらその莫大なエネルギーを消費していった。


「うひゃあ、まさかこの私と引き分けだなんて。あなたのお名前を教えてくれるかな?」


「青美 海里華よ。海の女神アクアスの契約者」


「アクアスって……一番最初に生まれた〈四大元素属性〉の女神じゃん。通りで強いわけだ」


「私も名乗ったんだから、アンタも名乗りなさいよ」


「うん、私は戦場(いくさば) 結衣(ゆい)だよ。チーム〈strongestr〉で女神をやってるの。よろしくね海里華ちゃん」


 結衣は遅れて変身を解除した海里華の右手を両手で包み込み、まるで大好きな芸能人と握手しているように満面の笑みを浮かべた。


「でも今時珍しいね。相手を殺す為や利用する為以外、純粋に勝利する為に挑んでくるなんて」


「私だってアンタを利用したわ。自分の力を試す為の相手にね。だから私も本気で戦ったわけじゃなかった」


「それはいいんだよ。そう言うのは誰でもすることだから」


 海里華は少し迷った末、決心したように口を開いた。


「私ね、今チームを組んでるの。目標は四大チームを全部倒して、英雄を越えること。だからいつかアンタのチームに挑みに行くわ。その時は本気で相手してよね」


「臨む所だよ。私達を他のチームと一緒にしないでね。あ、そう言えば……りっちゃんが、私のチームメートのドラゴンが死神にやられたらしいんだけど、その死神ってあなたのチームの子?」


「いえ、私のチームにはまだ死神は入ってないはずだけど……でも確か〈strongestr〉のドラゴンって煉獄の魔帝龍よね。そんなとんでもない人がやられたの?」


「うん、しかも一撃で。魔王でも出たのかと思ったよ」


 ……死神はいないけど魔王ならいる、などと言っても信じてはもらえないだろう。


「ここには死神はいないみたいだし、私はもう帰るけど、あなたはどうするの?」


「私は早く自分の力を本来の状態に戻したいから、自分の体力と気力が持つ限り戦うわ」


(そう言えばさっき、封印がどうとか言ってたよね……しかもその封印とやらを解除した途端海里華ちゃんの限界値が引き上げられた……)


『大方、強すぎる力を暴走させねー為に限界値を制限してるんでしょーね』


「うーん……海里華ちゃん、大きすぎる力は制御するものじゃなくて、受け入れるものだよ。じゃね!」


 結衣は海里華にヒントを残し、転移魔方陣を潜ってその場から姿を消した。

 一人残された海里華は、他の契約者が戦闘している所を眺め、そしてそれに背を向けた。


「……帰るわよ皆」


『ふぇ、自分の体力と気力が持つ限り戦うんじゃなかったの?』


「戦うだけじゃ自分の力は使いこなせない。大事なのは数じゃなくて質よ」


 来た時と同じように、レプンに乗る海里華。

 魔方陣の中に帰ったトライデントは、どれだけ心を覗いても海里華の真意がつかめなかった。

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