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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第四章「紫の死神」
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第二話『dey break』

 開戦二日目を終え、遥香は生まれて初めて味わうふかふかなベッドの感触に、感極まっていた。

 ずっと固く冷たいアスファルトの上で夜を明かしていた頃からは、想像すら出来ない。


「ふにゃあ……ホテルは天国……♡」


「私達は死神だからむしろ地獄の方が心地はいいのだけれどね」


 そんなアスモデウスのささやかなツッコミは、夢心地の遥香の耳には一切入っておらず、遥香はただ一人で寝るには広すぎるベッドをごろごろと往復していた。


「遥香、ホテルのベッドを堪能するのはいいけれど、まずはシャワーを浴びましょう」


「ん……お楽しみは後にとっておいた方が面白い、だもんね」


 昨日のアスモデウスの言葉を真似して、遥香はアスモデウスとともにバスルームに向かった。


「銭湯が広いのは当たり前だった……でもホテルのバスルームは一人分なのにこんなにも広い……」


「まあ、少し高めの所を選んだから。これでも今日はまだ手持ちの一割も使ってないわよ」


「……アスモデウスの売った宝石って……どんな宝石だったの……?」


「魔石って言う、魔界じゃどこにでもある水晶よ。今ここで作れるわ」


 アスモデウスの手のひらに魔力が集まると、アスモデウスはそれを握り込むように力を込めた。

 その瞬間、アスモデウスの手に歪な形の宝石が現れた。

 それこそがアスモデウスが売り払った宝石の正体だ。


「つまり……私とアスモデウスの魔力がある限り、お金には困らない……?」


「ええ、だから何日でもここに泊まれるわよ」


 ラベンダーの入浴剤で薄紫色になった浴槽で、遥香はばしゃばしゃとお湯を跳ねさせてはしゃぎ、そしていきなり水面に顔を伏せて沈み込んだ。


「今回の戦いの敗因は何だった……?」


「ただの経験不足よ。これから埋めていけるわ」


「経験不足……じゃああの黒騎士は凄い経験を積んでた……?」


「それもあるけど、それだけじゃないわ。あの黒騎士は恐らく、何らかの方法で神機を使っていた……悪魔なのに、よ。それに相当な性能の使い魔を従えていたわ」


 フィディと呼ばれるあの使い魔の性能はもはや使い〉と言う枠を越えている。

 あれを神機と偽っても差し支えないレベルだ。


「アスモデウス、使い魔ってなに……?」


「あの黒騎士が連れていた鋼の体をしたトカゲがいたでしょう?」


「ん……女の子にも変身してた……」


「あれはパートナーとは別に契約する自分の下僕のような存在よ」


「下僕……? 確かに、あの女の子は黒騎士に完全に従ってた……」


 だが自分の使い魔にする為には、必ずと言って戦闘しなくてはならない。

 何故ならば契約者に使い魔に選ばれる者は多くが自分の実力を過信(・・)しているからだ。

 契約者自身も己の実力を信じているので、なるべく強い者を呼び出す。

 そうなれば衝突するのは火を見るよりも明らかだ。

 あの黒騎士でさえもあの使い魔を従える為に二週間もの重傷を負ったと言っていた。


「その使い魔はどうやって呼び出すの……?」


「そうね……本来は呼び出したい種族を決めて、自分のタイプに合った属性やタイプと言った条件に一致する者を呼び出すのだけれど……実践した方が早いわね」


「じゃあ、お風呂上がったら早速、ね……♪」


 使い魔と言う存在は、沈んでいた遥香のテンションを引き上げるには十分だった。

 どうせ経験するのが早いか遅いかの差だ。

 ならば先に経験させて知識を積ませた方がいいだろう。


「と言うわけで……早速使い魔を呼び出す……」


 体を洗った後、まともに髪を拭く間もなくアスモデウスはベッドへと引き連れられていた。

 アスモデウスはタオルで髪の水滴を拭き取りながら、必要事項を簡単に紙に書き込んだ。


「それを理解したら実践よ」


「なになに……自分の実力を理解すること……自分の手に終えない者を呼び出さない……呼び出した場合は互いの要求を飲み合う……使い魔に選ぶのは自分の実力の約三倍が好ましい……って、二つ目に自分の手に終えない者を呼び出さないって書いてあるのに、自分の実力の約三倍が好ましいって、なに……」


「何も使い魔を従えるのに必要なのが力だけだとは言っていないわ。あくまでも自分の身を守る為の力がいるってこと。後は心で振り向かせるのよ」


「でも黒騎士は力で振り向かせたみたいだった……」


「多分あの子も……あの黒騎士の気持ちに動かされたのでしょうね」


 当たり前のことだが、自分の実力の三倍以上もある相手に勝つことなど不可能だ。

 いくら契約者が感情の変化によって力が上下すると言っても、限度がある。


「具体的なことが聞きたい。自分の使い魔にする子を呼ぶのには、どうするの?」


「さっきまで呼び出すって言ってたけれど、実を言うと呼び出されるのは契約者の方なのよ」


「……ただでさえ分からないのに……さらにこんがらがってきた……」


「呼び出したい種族のいる世界に繋がるゲートの魔方陣を書いて、さらに条件に該当する子を自力で探す。そして気に入った子を見つけたら、その子に仲間になってもらうって流れよ」


「……ちょっと待って……使い魔と契約する為にはその子の世界に向かわないとダメなの……?」


「ええ、当然でしょ? 逆に考えてみなさいな。何が楽しくて別の世界にまで呼び出されて誰とも知れない契約者に忠誠を誓わなくちゃならないのよ」


「それもそっか……安易に使い魔を呼び出すのはダメ……」


(やっと気づいたわね。使い魔になる者も感情があって意思がある。だからそれを背負えるまでに強くならなきゃ──)


「だったら今度は安易じゃなくて、死ぬ気で行く……何がなんでも私の使い魔を見つけてみせる……私の覚悟を以て、私の使い魔を振り向かせて見せる……!」


 ……どうやら事実を突きつけることが、逆に遥香の負けん気に火をつけてしまったらしい。

 そう言えば昨晩の顔合わせの開戦初日で、ちゃんと戦わないことに納得をしていなかったことを思い出した。


「貴女みたいなタイプは一度決めると絶対に曲げないタイプね。いいわ、自分の気が済むまでやりなさい。私が助けるのは戦闘の時と知識が必要な時だけよ」


「十分……それ以上、私の勝手でアスモデウスに負担をかける気はない……」


 忠誠を誓うと言うことは、一生付き合いがあると言うこと。

 ならば容易な決め方は出来ない。

 アスモデウスの言うとおり、まずは自分に欠けているものを慎重に検討した。


「私に足りないのは経験……魔力も知識もアスモデウスにある……なら経験以外で私に足りないのは……」


(流石は十年もの間たった一人で生き抜いてきただけはあるわね。この負けん気、何事にも食い下がるこの根性こそ、この子の強さね)


「……ねえアスモデウス、死神の次に強い種族はなに……?」


「そうね、死神が六種族最強なのは桁外れの魔力があるからよ。それを除いた肉弾戦ではドラゴンが最強よ」


 大きな体躯、強靭な肉体、すべてにおいて高い水準の身体能力を持つドラゴンの最大の武器は、死神や女神とも並ぶその英知。

 死神でさえも、六芒星のドラゴンと差しで戦って勝てるかどうかと言うくらいだ。


「肉弾戦では最強……だったら私にピッタリ……」


「確かに、魔力において最強の死神と、物理で最強のドラゴンが手を組めばこれ以上ない力になるわ。でも……」


 ──コイツはとにかく強いぞ。なにせ、俺でさえ手懐けるまでには全治二週間の負傷を負ったくらいだからな──


 ──二十日間の激戦の後、私はマスターに従うことを誓ったのだ──


「ドラゴンの強さは黒騎士を比較対照にすれば分かりやすいでしょう。貴女を完封したあの黒騎士が二十日間もかかって、全治二週間もの怪我を負ってやっと従えることが出来たのよ」


「それでも、私にはドラゴンが必要……今の私に必要なのは、私の不足を補ってくれる存在……私はその子とともに経験を積んでいく……」


「ならほどね……自分に不足しているものが経験だけじゃないってことは、ちゃんと理解してるみたいね」


 戦力差をすべて経験で補えるほど、契約者の世界は甘くない。

 契約者の基礎能力、経験、それに伴った戦力があって、初めて契約者は最大のポテンシャルを発揮することが出来る。

 使い魔もおらず、経験もなく、武器も何一つとしてない。

 そんな遥香は自分の力をまだ三分の一も使えていないと言うことだ。


「黒騎士との戦闘じゃほとんど魔力を消費してないし、体力も使ってない……よし、じゃあ本当にやってみましょうか」


「アスモデウス、私、今まで以上に頑張る……」


 契約してから二日で使い魔と主従契約を結ぶ段階まで成長するとは、さしものアスモデウスも舌を巻いた。

 使い魔が何だかも分からずに、単調に手を出したわけではない。

 自分に足りないもの、埋めなくてはならないもの、それらをきっちり理解して判断したことだ。

 自分の成長を促進させる為に必要なことだと、遥香はアスモデウスを納得させたのだ。


「でも……ドラゴンって、どこにいるの……?」


「勿論、ドラゴンの世界よ。これからそこに向かうわ」


「国境を、越える……」


「いいえ、国境なんてスケールじゃないわ。一つの世界を越えるんだから」


「……と言うと……?」


「そうね、今いる星から別の星に移るよりももう一つスケールが大きいわ」


 国、世界、星、それらをすべて含めた一つの宇宙が今いる次元(・・)だとすれば、これから向かうのはドラゴンの住むもう一つの次元の宇宙の星の世界の国と言うわけだ。


「……と、とにかく、とてつもなく遠い所に行くんだ……」


「難しいことだから、その理解の仕方でいいわ。ドラゴンを〈使い魔〉にするならそれ相応の準備が必要よ。あの黒騎士が二十日間もかかったなら、貴女は一ヶ月以上はかかるでしょう」


「じゃあ食べ物とか救急箱とかが必要……?」


「後は寝袋ね。私は実体化を解けば寒さも感じないし、空中に浮遊出来るから必要ないわよ」


「じゃあ今から非常食と寝袋を買いにいこ……」


 ……と気張っていた遥香だが、それは数時間後に打ち砕かれることとなった。


「……重い……」


 コンビニを渡り歩いて買い集めた一日三個、計九十個の缶詰。

 寝袋も登山用品を扱っている店で購入した。

 それを詰めるリュックも手に入ったのだが、あまりにも重すぎる。

 時間は零時を回り、悪魔や死神が活性化し始める時間帯だ。

 だがそれでも缶詰を九十個は重すぎた。

 やはり一日二つの計算で六十個に減らした方が──いやどちらにしてもさほど変わらないか。


「って……一ヶ月もかけなかったらいいだけの話じゃ……」


『それは流石に無理よ。狙うとすれば六芒星。そうなれば生きて帰れるかも心配なのに』


「でも、変身しないと持てない重さって……」


 アスモデウスと一体化していない、普段の状態ではびくとも動かなかったリュックを、今は変身して背負っている遥香。

 それでもやはり重さがなくなったわけではないので、遥香はおんぶをする形で腰を曲げて両手でリュックを支えている。


「じゃあ改めて条件を確認するわよ。属性は雲属性、タイプはより身体能力の高いスピードタイプ。無論、六芒星ね」


「ん、合ってる……雲属性は私達の属性、魔力のある私達に足らないのは、肉弾戦での戦力だから……」


(にしても、まさかわざわざこの条件とはね。最初から決まっていたのかしら……)


 契約者の世界で運命や奇跡と言うものは、そう呼ばない。

 何故ならば数奇な運命でない者は契約者にならないから。

 何故ならば契約者となった時点で、奇跡とは友達のようなものだから。

 だが今回の運命は、アスモデウスも"死神の悪戯"と感じられずにはいられなかった。


「遥香、心しなさい。"デイブレイク"は本当に強いわよ」


 この時はまだ、アスモデウスのその言葉が理解出来なかった。

 しかしそれは、ドラゴンの世界に赴き、それ(・・)と出会った瞬間に理解出来るようになる。

 それは数いるドラゴンの中でも、出会えば心を奪われると言われるほど、もっとも残忍な存在だから。


          ◆◆◆


「……ん……ここが、ドラゴンの住む世界……?」


『ええそうよ、ここがドラゴンの住む世界、ドラゴンエンパイア』


 アスモデウスが展開した魔方陣のゲートを潜り抜けた先に広がっていたのは、大自然に埋め尽くされた太古の文明世界だった。

 悪魔と死神で構成された世界が魔界と冥界。

 死神は主に冥界にいる。

 それとは逆に天使と女神で構成された世界が天界。

 魔界と天界の二つの世界に挟まれた次元の狭間に住んでいるのが、堕天使だ。

 そしてドラゴンはそのどこにも属さない、英知に通じたドラゴンのみが作り出した文明と世界、ドラゴンエンパイアにいる。


「ここに私の〈使い魔〉になるドラゴンが……」


『遥香、何度も言うようだけど覚悟だけはしておきなさいよ。ドラゴンの戦闘力は本当に破格よ』


「ん、分かってる……」


 おんぶしながらでないとまともに歩くこともままならないリュックをその場におくと、遥香はたまたま目についた雨風がしのげそうな遺跡へと向かった。

 長らく使われていないのか、砂埃や瓦礫にまみれてお世辞にも居心地がいいとは言えない。

 しかしアスファルトの上で夜を明かしていた遥香にとって、屋根があるだけまだ贅沢な方だった。


「ふぅ……この近くに雲属性のドラゴンが……?」


『ええ、ここより少し登った所にほとんどのドラゴンが嫌って近付こうとしない〈狩人の独占場(シュートゾーン)〉って山があるの。そこに遥香が求めているドラゴンがいるわ』


「……へ? いや、ドラゴンが嫌って近付こうとしないって……近づいてもらわなきゃ出会えないんじゃ……」


『求めていないドラゴンと出会っても時間の無駄よ。狙うのは雲属性の、いえ、全ドラゴン最悪の狩人、"デイブレイク"なんだから』


 アスモデウスすら、もっと言えばあの戦闘狂と言われる憤怒の死神サタンでさえも、そのドラゴンとは戦いたくないと言うほどの存在。


「ここに来る前も言ってた……そのデイブレイクって言うのはなに……?」


『夜明けの暗殺者と言う異名を持つ雲属性のドラゴンよ。雲属性は自分の体積を変えたり大気に溶け込んで自分の姿を隠すのが特徴でしょう? そのドラゴンはその力が他の雲属性のドラゴンよりも特別抜きん出ていてるの』


「暗殺者、ってことは……大気に溶け込んで、近づいて殺す……ってこと……?」


『それがね、その雲属性の特徴を真逆に利用したやり方なのよ……まあとにかく、麓に行けば分かるわ』


 アスモデウスが何かを教える前に実践させると言うことは、大怪我や死ぬ危険はないだろうと思いたいが、死神が恐れるドラゴンのいる山に入るのは若干、いや相当抵抗がある。


『まあそもそも、その山を辿り着けるかしらね』


「い、今更怖がらせても無駄……わ、わわ、私は全然、怖くない……」


 九十個の缶詰で膨れ上がったリュックの陰に隠れながら、向こう側の様子を伺う遥香。

 その怯えた子猫のような仕草が愛らしすぎて、アスモデウスは遥香に分からないようにどうしようもない葛藤を繰り返す。


「い、行こ……大丈夫……私達は死神……死神は最強……!」


 ……アスモデウスに言っていると言うより、自分に言い聞かせているようにしか見えない。


「……ねえ、今更だけど……その山ってどこにあるの……?」


「あら、まだ見えない? もうそろそろ目が慣れてくる頃なのだけれど……あ、遥香、そこから急な坂に──」


「ふぇ──ぅにゃっ……!?」


 アスモデウスの警告もむなしく、遥香は何もないように見えていた(・・・・・・・・)坂道に足をすくわれ、顔面から地面に叩きつけられた。


「……ふ、にゃうぅ……っ……痛いっ……」


『変身してなかったら顔を擦りむいていたわね』


「おかしい……何もないのに──にゃ……っ!?」


 触れたことでようやく視界に捉えることが出来たようで、遥香の目にもそれがはっきりと映っていた。


「こ、これがシュートゾーン……!?」


 遥香の目の前に聳え立っていたのは、削ぎ落とした岩を幾重にも重ねたような、断崖絶壁と言う言葉がもっとも相応しい岩山だった。

 アスモデウスが言っていた辿り着けるかと言うのは、デイブレイクのいる所まで辿り着けるかと言うことではない。

 雲属性の力に包み隠されて、触れなければ見ることも叶わないから山にすら辿り着けないと言う意味だ。


「こ、こんな所に本当にドラゴンが……? と言うか、まともな足場があるの……?」


『どんな地形でも縦横無尽に駆け回る俊敏性と抜きん出た身体能力、まさに私達の求めるドラゴンでしょう?』


「まともじゃない……でも、ここのどこかにそのデイブレイクがいる……」


 山一つをまるごと隠してしまう尋常ではない力。

 アスモデウスが言っていた雲属性の特徴を真逆に利用したやり方とは、自分の体を隠すのではなく、山自体を隠すと言う意味だったのだ。


『気を付けなさい遥香、デイブレイクは山を隠すと同時に自分の体の体積を減少させて子猫のサイズまで縮むわよ。物に擬態することはないけれど、動きが素早いから見つけたら決して油断しちゃダメよ』


「分かった……外見に違わず、無茶苦茶な足場……」


 岩の表面に手をかけ、歪な足場に登り始める。

 遥香の目的はデイブレイクを見つけることなので、決まった目的地が存在しない。

 頂上を目指すだけならばまだ何とかなったが、運が悪ければすれ違いと言うこともある。


「岩肌がでこぼこだから、まだ掴みやすい……っ」


 急な斜面や苔が生えて滑りやすい足場を乗り越えるには、岩肌に掴まるしかない。

 羽があるのだから飛べばいいと思ったが、実際に入ってみると入り汲んだ道ばかりでとても羽を広げられるほどのスペースがなかった。

 切り立った岩が不規則に飛び出ているせいで、擦り傷こそないものの、先ほどから何度も岩に体を擦っている。


「体の大きさが変えられて、身体能力もある……だからこんな場所でも自由に動けるんだ……」


『遥香、少し道が広くなったわよ』


 洞窟を探検していると思うほど狭い通路を抜けると、横歩きしなくても進めるくらいの道に出た。

 これで日の光が差し込んでなければ本当に進むことも戻ることも出来ない所だ。


「あれは……ねえアスモデウス、あなたはデイブレイクは体積を減らして子猫ほどのサイズに縮むって言ってた……」


『ええ。相手に気づかれずに、または油断させる為にはその方が効率的……って、どうしたの?』


「あそこに倒れてる子猫って、そのデイブレイク……?」


 遥香の言葉に己の耳を疑い、アスモデウスは目を凝らして遥香の指差す先を凝視する。

 欠けた岩の破片かと思ったが、それには黒に近い紫色の体毛が生えており、華奢な子猫のような体は正しく体積を減少させた時のデイブレイクだった。


『そんな、何故デイブレイクがこんなことに……デイブレイクは六芒星の中でも最強クラス……この私でさえ、遥香が傷つかないうちに帰る方法ばかり考えていたと言うのに……』


「……いくらなんでも信用されなさすぎ……」


 だがデイブレイクと言う存在は、それほどまでに危険だと言うことだ。

 遥香は警戒しながらも倒れている子猫に近づき、その小さな体を両手で掬い上げた。

 もしデイブレイクが遥香を狙う気ならば、もうとっくに射程圏内だ。

 しかしいつまで経っても、デイブレイクは時々体を痙攣させるだけで、遥香を襲うことはなかった。


「やっぱり本当に傷ついてる……私、この子を連れてく……」


『遥香、道中もくれぐれも気を付けるのよ。デイブレイクは本当に残忍な存在なんだから』


「分かってる……行こ、アスモデウス……」


 刺激しないように慎重にデイブレイクを抱え込み、遥香はリュックをおいた崩れた遺跡へと飛び立った。

 そして遥香とアスモデウスの中に流れる雲属性の力を、デイブレイクへと集中させる。


「目覚めて……あなたは……まだ死ぬべき存在じゃない……」


「……が……ぅ……かぅ……」


 ドラゴンにはドラゴン特有のエネルギー、龍力と言うものがあるが、属性には種族の境界線がない。

 エネルギーの質が違っても、同じ属性ならばそのエネルギーを受け取れる。

 遥香が絶え間なく雲属性の力を送り続けると、デイブレイクはみるみるうちに回復していった。

 だが体の怪我までは最後まで完治せず、そこは自分用に持ってきていた救急箱で手当てした。


『まさかこんな簡単にデイブレイクが見つかるなんて……』


「でも難しいのはここから……この子に私を認めてもらわなくちゃ、何もかもが無意味……」


 リュックからランダムで引っ張り出した二つの缶詰を、魔力が生み出す熱で温める。

 お金の元を生み出すことからガスコンロの代わりまで、本当にエネルギーと言うものは便利と言う他ない。


「くぅ……?」


「あ、目が覚めた……」


 缶詰の匂いに誘われたのか、デイブレイクは飼い主に甘える犬のような鳴き声で目覚めた。

 だがすぐに唸り声をあげ、


「がぅっ……!」


「動いちゃダメ……傷口が開く……」


「…………くぅ……!」


 目が覚めたらいきなり前までの景色とは違い、目の前に見ず知らずの契約者がいるのだ。

 警戒するのも無理はない。


「ねえアスモデウス、黒騎士のドラゴン……フィディ……? は人の言葉を喋ってた……何故この子は喋らないの……?」


『ほとんどのドラゴンは数千年の時を生きて様々な知識や言語を操るのだけれど、もしかするとこの子は転生したばかりなのかもね』


「転生……? 生まれ変わり……?」


『ドラゴンは自然の概念から構成されて産み出される存在だから、寿命を迎えると自然に吸収されて新たな肉体が構成されるの。転生したドラゴンは記憶が残る者もいれば、まるっきり失ってしまう者もいるわ』


 遥香の手にある缶詰の方を凝視しながら、デイブレイクはもどかしそうに唸り声をあげた。


「お腹空いた……? はい、どうぞ……」


「くぅ……かうっ」


 遥香の手に乗せられた缶詰の焼き鳥を、何回か鼻を鳴らせてからおずおずと咥えた。


「私もお腹空いた……」


『まあ、あれだけ過酷な山道を歩いたのだから当然よね』


「ぐぅ……」


 缶詰の焼き鳥が想像以上に美味しかったようで、デイブレイクは夢中で咀嚼していた。

 だがその様子は、明らかに遥香を警戒している様子だ。


「……ねえアスモデウス、変身、解除していい……?」


『な、何を言っているの? こんな間近にデイブレイクがいるというのに……』


「私達が警戒してるから、この子も警戒してるんだと思う……」


 遥香はアスモデウスの返事を待つことなく一体化を解除し、再び手のひらに焼き鳥を乗せた。

 その行動に驚いたのか、デイブレイクは少し後ずさった。


「大丈夫……そんなに怯えなくても……一緒に食べよ……?」


「……かう」


 まさか、と思ったが、アスモデウスは再び自分の目を疑った。

 なんとデイブレイクの方から遥香に近づいて、すり寄ってきたのだ。


『お前、変な奴だな。僕が怖くないのか?』


「ふにゃ……アスモデウス、デイブレイクが喋った……」


『僕はドラゴン。だから当然』


「そう……怖くないかって言った嘘になる……アスモデウスからは怖いことばかり聞かされてたから……」


『悪かったわね、私は無警戒な遥香を思って、って……それが間違いだったのかもしれないわね』


 少し拗ねモードに入ったアスモデウスをなだめつつ、遥香は焼き鳥の缶詰を自分の手のひらにひっくり返した。


「でもあなたは可愛いし……私のあげたものを素直に食べてくれる……」


『これうまい……もっと食べる』


 焼き鳥のタレがついた遥香の手のひらを、デイブレイクは一生懸命に舐め回す。


「ひゃんっ……や、くすぐったい……っ」


 デイブレイクに左手を拘束されながらも、遥香は二つ目の缶詰のプルトップに指先をかけた。


「これは別の味……ツナとコーン……」


『うまいのか?』


「さあ、私も食べたことない……」


『なら半分こする』


 誰かが言った。己のテリトリーに侵入してきた他のドラゴンを、それは一瞬にして八つ裂きにしたらしい。

 夜明けの薄暗い日の光に照らされたそれを、誰かはこう呼んだ。

 夜明けの暗殺者、"デイブレイク"と。


「ありがと、デイブレイク……」


 だがその行動は他のドラゴンでも行っていることだ。

 氷属性のドラゴンは侵入者を凍結させてそれを壊すことで、侵入者を破壊する。

 火属性のドラゴンは侵入者を尻尾で拘束して絶え間なく炎を放射して黒焦げにする。

 ただ死体が残っていただけで、残酷と決めつけられた。

 他のドラゴンだって同じように他者を殺していると言うのに。


『お前の目的はなに?』


「あなたを私の〈使い魔〉にしたい……」


『やっぱり……予想通り』


「……って、あなたと出会うまではそう思ってた……でも今は違う……」


『違う? なら、なんだ?』


「あなたと友達になりたい……使い魔みたいな上下の関係じゃなく、対等な関係……いろんなことを一緒に共有する……楽しいこと、悲しいこと……それが友達……」


『とも、だち……やっぱりお前は変な奴』


 今まで自分と友達になりたいなどと言う者を、デイブレイクは知らない。

 すべてはあの時から狂ってしまった。

 何気ない、何の変鉄もない日常から。


『この山に来たってことは、目的は最初から僕?』


「ん、同じ雲属性で、誰からも虐げられて、ある時に自分の未来を変える者と出会った者同士……私の未来を変えてくれたのはアスモデウス……だけど、あなたの未来を変えるのは私……」


『お前と僕が一緒?』


「ん、一緒……私が勝手に思ってるだけかもしれない……でも、私はそう思う……」


 薄紫の髪から覗くアメジストの瞳が、親愛の色を灯す。

 デイブレイクはなんとなく恥ずかしくなり、目線をはずした。


『アスモデウスって言ったな。お前はどう思う? 僕を認めるか?』


『認めるもなにも、遥香が決めたことよ。私の覚悟を以て、死ぬ気で行くってね。私はそれについてきただけ。遥香が認めれば、私も認めたってことよ』


『……僕は試したい。お前を試す』


「試す……? 私の何を試すの……?」


『僕と戦え。お前が僕の望むものを持ってたら、認めてやる』


「認めてやるってことは、私と来てくれる……?」


『ああ、僕はたった一人。ここにいても無意味。だからお前を試す』


「ん、分かった……それで仲間になってくれるなら、アスモデウス……」


『ええ、承知したわ』


 再びアスモデウスと心を通わせると、遥香は己を解放した。

 互いの姿が一体化し、遥香にアスモデウスが溶け込む。

 コルセット型のドレスと、腰の回りを彩るレース。

 薄紫の髪は色を失い、真っ白な髪へと姿を変えた。


『それがお前の姿なんだな。なかなか強そうだ』


 いきなり跳ね上がった遥香の魔力が、戦闘服となって全身を包み込む。

 遥香の頭の左右から歪曲した角が生えると、そこで遥香の変化が落ち着いた。


『僕は本気で行く。お前も本気で来い』


「勿論、全力で行く……」


 デイブレイクは己の龍力を燃やし始めると、体の骨をこきこき、と鳴らした。

 雲属性の特徴を利用して、体の体積を本来の大きさに戻していく。

 風船を膨らむように、小さなデイブレイクの体が遥香の身長を越えた。


「それがあなたの……本当の姿……」


『我の名はデイブレイク……いつ、誰がつけたかは自分でも分からぬ……だが案外気に入っているのだ。良心のある者は我のことをこう呼ぶ──暁の雲竜と』


 サーベルタイガーのような犬歯を覗かせて、デイブレイクは静かに唸り声をあげる。

 巨大な体躯と強靭な肉体をしている他のドラゴンとは違い、デイブレイクは少し小さめだった。

 背中を覆う黒に近い紫色の鱗と、バネの利く尋常ならざる跳躍力を実現させる細長く筋肉粒々な足。

 外見としては、鎧を背負った黒豹のような姿をしている。


『行くぞ、死神の子。黒迅龍の名に懸けて、お前を試させてもらう!!』


「望む所……あなたのすべてを……曇りなき眼で……!!」


 依然、遥香は素手で何の武器も持っていない。

 対してデイブレイクは自分自身の体が武器のようなものだ。

 だが遥香は四本の刃物を素手で受け止めたことがある。

 パワーを含める身体能力はドラゴンに引けをとっていない。


『その身に受けよ!! 〈黒迅龍の鉤爪(デイブレイク・タロン)〉!!』


 雲属性の龍力を込めたデイブレイクの前足が、鋭い爪を現して遥香に降り下ろされる。

 だが遥香はあくまで落ち着いて、デイブレイクの龍力が及んでいない前足の裏を両腕で受け止めた。

 あまりの力で野原に遥香の足が沈み込んだ。


「ぐぅ……っ……強い……!」


『やるな、我が鉤爪を受け止めるとは。直撃していれば三枚下ろしだったぞ』


「負け、ない……私には、あなたが必要……!!」


 黒騎士との戦闘の時呼び出したあの鋭利な剣、その作り方は感覚で覚えている。

 遥香は魔力を練って形を想像し、それを実際に産み出した。

 リーチが長く、壊れにくい太い柄と鋭い刃。

 すべての条件を満たしたその武器は、やはりその形状となった。


『ほう、死神の大鎌を呼び出したか』


「死神は死神らしく、鎌で戦う……」


 使い方などさっぱり分からないが、何故か何度も使ったことがあるかのように体が覚えているようだ。

 遥香は大鎌の刃に指先を添え、それを一直線に突きだした。

 デイブレイクはそれを見事な身のこなしで回避すると、遥香は突きだした勢いに逆らわず、大鎌の柄の端を持って大きく振り回した。


「お返し……〈刈り取る刃(デスサイズ・リーパー)〉……!!」


 振り回した衝撃波がそのまま刃となり、全方向に発射された。

 いくら身体能力が破格に高くとも、全方向に放たれれば逃げる道はない。

 そしてそれを避けようとして空中に飛べば、方向転換の術が奪われる。

 即興で考えた割りには、隙がない。

 デイブレイクは襲い来る刃の衝撃波を鉤爪で叩き割ったり、衝撃波と衝撃波の間を縫って回避した。


「ふぅ……流石……」


『お前こそ、やるようだな。これならば龍が轟くに相応しい』


『っ……遥香、今すぐ回避体制を取りなさい! 早くッ!!』


「あ、アスモデウス……? 何が来るの……?」


『龍が龍たる証……〈龍の咆哮(ドラゴン・ブレス)〉が来るわ……今すぐ回避体制を取らなきゃ、一瞬で消し飛ぶわよ!!』


 回避体制を取れと言われても、どれだけの規模なのか、どれだけの威力を持っているのかが分からない。


『と、とにかく、私が合図したら思いっきりジャンプして羽を広げなさい』


「合図を待って、ジャンプして空を飛ぶ……」


『我は天を雲蒸竜変に舞う黒き龍。光を殺し、煌めきを飲み込む薄暗き凶器を以て、汝を深雲の空に沈めよう──〈黒迅龍の咆哮(デイブレイク・ロアー)〉!!』


 デイブレイクはあぎとを大きく落とし、ありったけの龍力を口に込めた。

 耐えきれなくなるまで溜め込まれた雲属性の龍力が、つんざくような爆音を持って放たれる。

 螺旋状に渦巻く雲属性の龍力が、地面を穿ちながら遥香へと直進した。


『今よッ!!』


 アスモデウスの合図を受けて、遥香はあらかじめ広げておいた翼で地面を打った。

 上空まで飛び上がると、今まで遥香がいた場所が一瞬にして消し飛んだ。


「なっ……こ、これが龍の咆哮っ……!?」


 想像を遥かにオーバーした破壊力が遥香の足元を突き抜け、遥香は驚愕する。

 アスモデウスの言っていた消し飛ぶと言う意味は、比喩ではなく実際のことだ。


『避けたか。だが二度目はないぞ』


「また撃つ気……!?」


『また撃たれたらもう回避する術はないわ。撃たれる前に決めなさい』


「そんな、どうやって……私にはあんな力を持ったドラゴンを倒せる技なんて……」


『私は七つの大罪が一柱、色欲の罪アスモデウスよ。そして貴女はその契約者。信じなさい、私と貴女の力を』


 それは単なる気休めではない。

 アスモデウスは遥香の可能性を確信しているのだ。

 そして遥香はアスモデウスの確信に答えるべく、成長を遂げる。


「全魔力を……大鎌に集中させる……ドラゴンの攻撃力に勝てるかどうかは分からない……でも魔力と言う概念を含めれば、死神は最強……!!」


『遥香、何をする気?』


「アスモデウス、あなたは私を信じる……?」


『勿論よ。私は貴女を信じてるわ』


「なら、最後まで私に付き合って……必ず勝利する……」


 遥香はあえて何をするかは言わず、無言でデイブレイクの正面に仁王立ちした。

 異常に遥香の魔力が大鎌に集中している。

 大地が震え、空を黒雲が覆う。二つの雲が、限界まで力を溜めた。


『我が咆哮に真正面から立ち向かうか。やはりお前のことが気に入った。よかろう、ならば我も全力で迎え撃とう』


「全身全霊を賭して……あなたを刈り取る……!!」


 これ以上は無理だと言うまで溜め込んだ龍力と魔力が、二人の間で迸った。


「深雲の空に沈め!! 〈黒迅龍の咆哮〉!!」


「刈り取れ……〈死神の大鎌(リーパー・ザ・サイズ)〉ッ……!!」


 螺旋状に渦巻くデイブレイクの咆哮と、縦一線に降り下ろされた大鎌の刃が、二人の中心で激突した。

 だがデイブレイクの咆哮は遥香の放った刃に切り裂かれ、地面をえぐる。


『我が咆哮を真っ二つだとッ……!?』


「はぁあッ……!! 切り裂けッ……!!」


 前方に放たれる咆哮は、広範囲に高い破壊力を持つが、遥香の放った衝撃波は大鎌の刃へ一点に魔力を集中させた為、範囲こそ狭いが〈龍の咆哮〉よりも攻撃力がある。


『く、はぁ……咆哮で威力を弱めていなければ、我でもただでは済まなかったな……』


 デイブレイクに到達した衝撃波は、咆哮に威力を削られてデイブレイクに直撃してもデイブレイクの鱗を貫くことはなかった。


「はあ……はあ……アスモデウス、どう、なった……?」


『遥香、力比べは貴女の勝ちよっ!』


 珍しくはしゃいだアスモデウスの声が耳に届き、遥香はようやく今の状況を理解する。


「私、勝った……?」


『見事だったぞ。ドラゴンの力に恐れず立ち向かう勇気、咆哮をものともせず真正面から打ち砕く力。合格だ。お前ならば我が従うに相応しい』


 アスモデウスは内心で苦笑する。

 格好つけてあんなことを言っているが、最初から遥香についてくる気だったのだ。

 本当にドラゴンが本気を出せば、いくら死神と言えど一溜まりもない。

 それにデイブレイクは戦いで試すとは言ったが、我の勝利しろとは言っていない。

 仮に遥香が負けていたとしても、何かしらの理由をつけて遥香を認めていただろう。


『我と主従契約を結べ。それで我はお前の使い魔となる』


「主従契約……? アスモデウス、どうするの……?」


『デイブレイクに口付けをしてもらって、名前をつけるのよ』


「ふにゃ、く、口付けって……」


『どこでもいいのよ。腕でも顔でも足でもね』


「じゃ、じゃあ手の甲で……」


 犬歯を覗かせた猛獣の口が、遥香の手の甲に触れる。

 すると遥香の手の甲とデイブレイクの前足に、同じ紋章が現れた。

 それは互いに主従関係だと認めた証拠だ。


『我に新たな名をつけてくれ。デイブレイクと言う名も気に入っているが、我はお前に名をつけてもらいたい』


「名前を……す、少しだけ考えさせて……」


 おすわりの状態で待つデイブレイクを凝視しながら、遥香は何とか自分のインスピレーションに期待する。


「じゃあ……あなたの名前はヴィオレ……フランス語で紫って意味……私の髪や瞳と同じ色……」


『ヴィオレ……ヴィオレか。大いに気に入ったぞ!』


「これからよろしく、ヴィオレ……♪」


『そう言えば、お前の名前を聞いてなかったな。名は何と言うのだ?』


「これからあなたとともに道を歩む死神の契約者、紫闇騎 遥香」


『遥香か。いい名だ。これからよろしく頼むぞ』


 再び体積を減少させて、子猫ほどの大きさとなったデイブレイク改めヴィオレ。

 ヴィオレは身軽に遥香の体をよじ登ると、遥香の頭の上に到達して体を丸めた。


「ふにゃ……ヴィオレ……?」


『ここが一番落ち着く♪』


 ヴィオレのこれからの定位置は、遥香の頭の上になりそうだ。


「軽い気持ちで思い立ったのに、まさかこんなことになるなんて……でもあなたと出会えてよかった……」


『にしても疲れたわ……主に精神的に』


「ごめんなさい……私が無茶を言ったばかりに……」


『いいのよ、契約者ならいずれ通る道だから。早いか遅いかだけだし。まあまだ実力が伴っていないうちから六芒星に手を出すと言い出した時は、心底焦ったけれどね』


 しかしあの黒騎士が二十日間かかったのに対し、遥香はたった半日足らずで六芒星を従えた。

 快挙などと言うレベルではない。

 契約者の歴史を塗り替えた異例の奇跡だ。


『さあ、人間界に戻りましょう。死神の強大な魔力とドラゴンの破格の身体能力が揃ったわ。これでほとんどのピースが揃ったわね』


「後は十分に経験を積むだけ……頑張る……」


 ……だがアスモデウスはこの時から予想していた。

 どれだけ魔力が強くとも、どれだけ強い使い魔がいたとしても、遥香には絶対的に欠けているものがあると。

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