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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第一章「蒼き女神」
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第一話『outbreak of war』

 校長先生の長々としたスピーチを終え、生徒表を見る生徒達。

 そんな中でも一際女子生徒達から注目を浴びる黒音は、他の女子よりも少し背の低い梓乃の手を引きながら生徒表までをたどり着いた。

 女子の黄色い悲鳴の中再び生徒達の並みをかき分け脱出すると、黒音は額にうっすらと浮かんだ汗を拭って教室へ戻った。


「……ほんと、凄い人気だね」


「まったくだ。誰だろうな? やっぱサッカー部とかに入部しそうな好青年?」


「へ、あれ、気づいてないの?」


「気づくって? あれだけ騒がれてたら誰でも気づくだろ?」


 それに気づいていない張本人のセリフじゃねえだろ、と浮遊する少女がそうこぼした。


「にしても、隣の席だったとはな」


「わふ、偶然だね。しかも先生からは目につかない教室の一番左奥!」


 適度に日が差し、先生からは昼寝していても見つからない絶好のポイント。

 その超人気の特等席を取ったのは黒音で、その右となりに座っているのが入学式の時に出会った梓乃だ。


「目立つのは嫌いだし、丁度いいかな」


「あれだけ目立ってて?」


「いや、俺は目立ってねえだろ。まあ身長は高い方だけど」


 そう言うことじゃなくてね、と続けようとした梓乃の声が、教室の扉を開ける音に遮られた。

 生徒達が入ってくる後ろの扉ではなく、教卓の方の扉から現れたのは、いかにも寝不足で二日酔いっぽい女性の先生。

 長く着続けた古いジャージにぼさぼさの長い黒髪。

 ”みすぼらしい”や”だらしない”と言う言葉が一番似合う姿だ。

 先生は教卓にもたれ掛かり、出席簿に目を落としながら口を開いた。


「えぇ、今日からお前らの担任になる雪村ゆきむら ひいらぎだ。よろしくなぁ」


 かったるそうなトーンの喋り声とともに、初日の連絡事項と必要なものを黒板に表記していく。

 だらしなさそうな外見とは違い、必要最低限のことはちゃんとこなす人だったようだ。

 前の生徒から(宝石でも見るような目で)回されたプリントを鞄に突っ込み、これで初日は終わりを迎える。

 二日後くらいには本格的な授業が始まるのだろう。

 だが今日は初日の為、十二時手前で学校を後にする。


「なんか実感ねえな」


『まあ顔合わせみたいなものだからね』


 自販機で買ったブラックコーヒーをすすりつつ、歩いて来た道を戻る。

 そんなとき、ふいに背中に平手が炸裂した。

 思わずのけぞる黒音に、無邪気な少女の声が響く。


「未愛君っ!」


「びっくりした……緑那か。どうしたんだ?」


「帰り道の方向が一緒だからさ。一緒に帰ろうと思って」


「そっか、いいよ。一緒にいこうか」


 犬の尻尾のようにポニーテールを揺らし、帰り道を歩く梓乃。

 そんな様子が懐かしいと思ってしまうのは何故だろうか、黒音は既視感と同時に違和感を憶え、雲を掴むように曖昧な思考を振り払った。


「どうしたの?」


「いいや、何でもない」


「そう言えばさ、未愛君はこれから予定とかあるの?」


「とくにはないな。家でごろごろする意外予定はないぞ」


「じゃあさ、ちょっとだけ遊びにいこ?」


「ん……そうだな、まあいいか。どこに行くんだ?」


「どこって言っても、まあ近場だよね。商店街とか駅前とか♪」


 キャッキャとはしゃぐ梓乃に手を引かれ、黒音も徐々にテンションを上げる。

 そんな中で、黒音の後ろにいる背後霊のような少女は一人感心する。

 教師すら近寄りがたい、ひと味も二味も違う雰囲気を放つ黒音に何も壁を感じることなく接するとは。

 今まで見て来た中で、黒音に対して梓乃ように接してくれる人はいなかった。

 黒音自身が友達という交友関係を拒んでいたからだ。

 黒音のような生き方をしている者は必ずと言って交友関係が長続きしない。

 それは黒音自信が友達を作ることが苦手だからという訳ではない。

 自分と関わった者は十中八九、死を迎える。

 そんな世界に身を投じているからだ。


「わうっ、あれ美味しそう!」


 駅前のスイーツめがけて疾走する梓乃。

 しかしその梓乃の手には黒音の手が繋がれているのを忘れてはいけない。

 急に加速した梓乃に手を引かれ、黒音は半場引きずられながらスイーツの店に入っていった。


「ん~おいしっ♡」


「……そんなクリーム上乗せして胃にこたえないか?」


「ん? 全然大丈夫だよ? 女の子は甘い物はいくらでも食べられるんだよっ♪」


 梓乃の、女の子の底なしの胃袋に驚かされながら、黒音もチョコレートでデコレーションされたバナナパフェを一口含む。

 甘い物で食べれるのはチョコレート関係の物だけだ。

 慣れない環境で疲れているはずなのに、何故か甘い物を体が受け付けない。

 だが無邪気にパフェを頬張っている梓乃の手前、嫌そうにも出来ないので、心を無にしてパフェを押し込んだ。


「あっ、あれすっごく可愛いっ! いこっ!」


「えぇ、うおっ!?」


 パフェが腹にたまり、しばらくは動きたくなかったのだが、梓乃は容赦なく黒音を引っ張ってアクセサリーの店に突っ込む。


「おぉ、これロウに似合うかも……」


「ロウ? 友達のことか?」


「うん、友達って言うか家族だけどね。ペットのロウ。大きな犬なんだ。これなら首輪をデコレーションするのにぴったりでしょ♪」


 実物大は知らないが、大きな犬ならば首輪ごと毛に隠れてしまうのでは? と言う野暮な疑問は胸にしまい、黒音は苦笑しながら頷いた。


「わふぅ、すっかり遅くなっちゃったね」


「そうだな、気づかぬうちにってやつだな」


「ごめんね、こんな時間までつき合わせちゃって」


「いや、俺も楽しかったからいいよ。それより、親が心配するし、そろそろ帰った方がいいんじゃないのか?」


「へ? あ、うん、そうだね。そうしよっか」


 一瞬、ほんの一瞬だけ梓乃が悲しそうな顔をしたのを、黒音は見逃さなかった。

 それはいつも自分がしている顔とそっくりだったから、余計に焼き付いて離れてくれない。


「どうし──」


 ……バカたれ、どんな時でも他人の詮索はするな。

 しかも今日、今朝であったばっかりの真っ赤な他人だ。

 これからお隣さんになる子なんだ。もっと気を使え……

 脳内で別の自分が忠告するようにその言葉が頭に浮かんだ。

 それはいつも自分が固く決めていることだ。


「家まで送るよ。この時間は危ないからな」


「ありがとね、荷物持ちの上に送ってもらっちゃうなんて」


「いいよ、どうせ暇なんだし」


 徐々に沈んでいく夕日に照らされながら、どこか重々しい空気のまま梓乃の家に向かう。

 梓乃はスイーツを食べていた時の笑顔は消え失せ、黒音も嫌なことを思い出して分からないように顔を背ける。

 別にそうなる理由は特にある訳ではない。

 ただどうやら、二人は他人の考えていることや空気が読めすぎるらしい。

 だからこそ互いに言葉が発せないのだ。


「……ここだよ」


「なんだ、結構近所じゃん」


「そうなの?」


「ああ、ここを右に曲がったらすぐに俺の家だ」


「じゃあ休みの時とか遊びにいってもいい?」


「勿論、じゃあ連絡先交換しとくか?」


「わう、ほ、ほんとに? いいの?」


「ああ、だって俺ら友達だろ?」


 ──本当は上辺だけにしておきたいが、言える訳がない。

 だが俺に関わったら死んでしまうなどと、どうやったら口に出せるか。

 だがそんなことを考えている黒音とは対照的に、梓乃は人生最大の幸福に巡り会ったように目を輝かせていた。

 何がそんなに嬉しいのか、黒音には見当もつかない。


「私、入学してから最初のお友達だよっ!」


「そっか、初めての友達が俺なんて嬉しいな」


 赤外線で交換した連絡先を目に涙を溜めながら登録する梓乃に対して、黒音は罪悪感でいっぱいだった。

 もしかしたらこの子も、自分のせいで死んでしまうかもしれない。

 初めての友達が俺なんて──災難だったな。

 黒音は謝罪を込めて心の中でそう呟いた。


「じゃーねー!」


「ああ、また明日な」


 風を切るように腕を振る梓乃に見送られながら、黒音は住宅街の塀に姿を消した。


『……よく頑張ったね』


「やめてくれ、同情が一番傷口をえぐるんだよ」


 電話帳に登録された『梓乃』と言う文字を見るたびに、胸が締め付けられる。


「あの人もこんな苦しみを経験したのかね……」


『十年以上も続けてるんだから、当然だよ。泣いた回数だって、数知れない。幾数もの出会いと別れを経験して最強になったんだよ』


「俺はまだまだ生温いのか……なら友達も皆俺が守ればいい……さて、今晩は何にしようか?」


 心を入れ替えるように話題を変え、扉に鍵を差し込む。

 靴箱の上に鞄を置いた瞬間、糸が切れた人形のように黒音の体が崩れた。

 膝が笑い、腕が上がらず、強烈な眠気が襲う。


「あ、れ……んだこれ……」


『今まですっごく気を張ってたんだよ。慣れない環境だったんだし、これから慣れていけばいいよ。今日は寝よっか?』


「そう……する……」


 少女の安心する声色に任せ、黒音は意識を手放した。

 規則正しい寝息が聞こえ始めると、少女は宙に浮いている状態からフローリングに足をつけ、幽霊のように薄く透けていた実体が現れる。

 少女は玄関の扉に世を預けて寝息を立てる黒音を背負い、寝室へと向かった。

 小さなその体のどこに青年一人を運ぶ力があるのか、少女はすんなり寝室までたどり着くと、背中の青年をベッドに転がした。


「おやすみ、黒音……今度こそ悪夢を見ませんように……」


 少女は黒音の額に唇を重ね、そして再び姿を消した。


          ◆◆◆


 静まり返る深夜、賑やかな街の光とは断絶された漆黒の夜空で、一人音色を奏でる者がいた。

 青白い光に包まれているのは、下半身がエメラルドブルーの鱗に覆われた麗しき人魚だ。

 ハープを奏で、震撼するような歌声を響かせる人魚。

 人魚が声を紡ぐ度、闇に包まれたあらゆる場所から、蒼いシャボン玉のような球体が浮き上がってくる。

 それすべてが人魚の手に吸収され、人魚はさらに青白く発光する。

 人魚は第二の月となり、夜空を蒼く照らし出した。


「…………もう少し……もう少しよ……」


 ハープの音色にかき消されそうなほどか細い声で、彼女はそうこぼした。


「……な、なあ緑那」


「わう? どしたの?」


 例によって女子生徒に注目されながら土手沿いを歩く黒音。

 だが今回は、恨みでも買ったのかと言うほどに重々しい視線が黒音を襲っていた。

 その原因は、まあ大体が予想がつくこと。

 つまりは、黒音が入学二日目にして、隣に女子生徒を連れていることにあった。

 家が近所と言うこともあり、一緒に登校することになったのだ。

 黒音に取ってそれ自体は何ら問題のないことだったのだが、こうも女子に殺気ともとれる視線を向けられては、軽々しく口を開くことが出来ない。

 だが梓乃は真逆で、昨日連絡先を交換した時のままで嬉々とした表情を浮かべている。


「な、なんか視線を感じないか?」


「ああ、未愛君ってカッコいいしね」


「いや、そんなことで注目されることはねえだろ。芸能人じゃあるまいし」


「はあ……ほんと鈍感なんだから」


 どこか呆れられたようなため息に、黒音は軽く傷心モードに入る。

 まさかアズと同じことを言われるとは。

 もしや自分が気づいていないだけで自分はドがつくほどの鈍感なのでは……?


『ありゃりゃ、出会って二日目で言われちゃったね』


 どこか楽しそうにそうこぼす少女、アズに、黒音は今更な事を尋ねた。


(もしかして俺って鈍感なのか?)


『ある意味ではいい意味で鈍感って言うのかな』


(どう言う意味だ? 俺は鈍感なのか? そして鈍感なままでいいのか? そしてそれは本当にいい意味なのか?)


『ほらほら、黒音らしくないことを言ってたらあの子に置いてかれちゃうよ』


 鈍感を気にしている事が俺らしくない? それって結構重症なのでは?

 などと尋ねる暇を与えてはくれず、梓乃は足を止める黒音の手を引いた。


「なあ緑那、俺って鈍感らしいんだ」


「わう、今朝のことで未愛君の鈍感っぷりはすっごく理解したよ」


 雪村先生がかったるそうに黒板に文字を書いている間、黒音はそんな返答に頭を落とす。

 どうやら早々に鈍感と言う悪印象(?)を染み付けてしまったらしい。

 だがそれ以外の悪印象は与えていないようで、黒音は複雑な気分のまま少しだけ安堵した。


「今日はこれで授業は終わりだ。明日からは本来の時間割だからな。後部活とかも決めとけよ。んじゃあ起立、礼」


『ありがとうございました』


 鈍感だの気にするななどと言い合っているうちに授業は終わり、またプリントを回されて二日目を終える。

 今日も梓乃と一緒に帰ろうとしていたその瞬間、教室の扉を乱暴に開ける音がした。

 壁にぶつかった扉が派手な音を立て、全員の視線がそちらに集中するとともに静寂が訪れる。

 扉の前に立っていたのはつり目が印象的な少女だった。

 水の流れのように緩やかな波を描く長いツインテールは、走って来たせいか少し乱れている。

 目尻のつり上がった瞳は、マリンブルーに輝いていた。

 息を荒げているのに、どこか気品を感じさせるそのオーラ。

 稀に見るお嬢様と言うやつだ。

 しかも黒音の方に向かっているようだ。


「え、えぇっと……?」


「梓乃! アンタ昨日勝手に帰ったでしょ!?」


 梓乃の名前が呼ばれたことで、自分がターゲットでないことに安心し、黒音は一先ず胸を撫で下ろす。


「あぁ、ごめんねエリちゃん。お隣さんとお友達になっちゃったんだ」


 お隣さんと言うキーワードで、回避されていた鬼の視線が黒音へと向けられる。


「アンタ、名前は?」


 明らかに警戒、と言うより威圧をかけに来ている少女、通称エリちゃん。

 娘に寄り付く悪い虫を駆除する母親と言った所か。

 だが怯える必要もないので、黒音は咳払いを一つして落ち着き払った。


「俺は未愛 黒音だ。そう言うお前こそ名前はなんてーの?」


「……へ、あ……え……? ご、ごめんなさい、もう一度だけ、名乗ってくれる?」


「だから、未愛 黒音だって言ってるだろ?」


「う、そ……あり得ない……だって……だって黒音は、十四の時に……っ」


 いきなり口元を隠して後ずさるエリちゃんの顔は、驚愕に染まっていた。

 一体自分の名前に何があると言うのか、黒音は不思議でならない。


「それより、二回も名乗ったんだ。お前も名乗れよ」


「あ、青美あおみ 海里華えりかよ。その様子だと、私のことは知らないみたいね……」


 いきなりのけぞったり、独り言を呟いたり、忙しい子だ。

 エリちゃん改め海里華は軽い深呼吸をして落ち着き、再び目を合わせた。


「一応聞いておくけど、アンタと私は初対面なのよね?」


「顔なじみだったら名前は聞かねえし、アンタもそうだろうが」


「それも、そうね……そうよね、アイツはとうの昔に……そ、それより梓乃、きょ、今日は一人で帰ってくれるかしら?」


「わふ? どーして? 今日はエリちゃんと一緒に帰ろうと思ってたのに」


「ちょっと用事が出来たのよ。ごめんなさいね」


 梓乃の前で軽く手を合わし、そして黒音の方にも手を合わせるそぶりをする。


「アンタもごめんなさい。どうやら悪い人じゃなかったみたい」


 苦笑する海里華は、誰にも、梓乃にも聞こえないような小声で呟いた。

 嵐のように教室から去っていく際で、ほんの一瞬目線が交わる。


 ──話があるの。下駄箱で待ってるわ。


 海里華が耳元で呟いた言葉が頭の中でこだまし、嫌な予感が頭をよぎる。

 可愛らしく頬を膨らませる梓乃の頭に軽く手を置き、黒音は教室を後にした。


「ふあ……撫でられちゃった……」


 ──そのとき、黒音の隣の席にいる子犬のような少女が顔を赤くしていたのは、その場にいる誰も気づかなかった。


「ったく、何だってんだ……」


 女子生徒達からの様々な意味の視線に背中を刺されつつ、黒音は気づいていないフリを貫き通して下駄箱へと向かった。

 心のどこかでは待っていてほしくないなあ……とゆっくりめに歩いたのだが、やはり海里華と言う少女は律儀に下駄箱にもたれ掛かって待っていた。


「遅かったわね」


「そうか? それより、話って何だよ?」


 そう聞くと、海里華は他の生徒達からは分からないように顔を近づけ、声を抑えて呟いた。


「ここじゃあ話しにくいから、帰り道で話すわ」


 何事もないように、友達と下校するように隣に並んで帰る二人に、背後で女子生徒が疑惑の眼差しを向ける。

 だが二人はそれをものともせず、校門を抜けた。


「……で、そろそろいいだろ?」


「……ええ、アンタに確かめたいことがあるの」


「確かめたいこと?」


「私のこと、本当に覚えてない? 青美 海里華も……アンタの幼なじみよ?」


「……は? 幼なじみ? いや、俺は知らないぞ……?」


「長く会ってなくて忘れてるかも知らないけれど、私とアンタは五年以上もの付き合いの幼なじみなの……」


 五年以上の付き合い? そんな話、アズからは聞かされてなかった。

 だがもし本当に五年もの付き合いならば、アズが知っているはずだ。


(なあアズ、お前はこの子を知ってるか?)


『知ってるよ。青美 海里華、黒音が忘れる前から一緒にいた子だよ。黒音があの人の所にいる間はご無沙汰になっちゃってたけどね』


「そうか……とうとう出会ったんだな」


「へ……?」


「青美、お前は本当に俺の幼なじみなんだな?」


「ええ、そうよ。今までの思い出をすべて言えと言われたら言える自信があるわ」


「ならその言葉を信用して、この秘密を話す」


 黒音は一瞬の間を置いて、そして再び口を開いた。


「俺には、記憶がないんだ」


 目を見開いたまま硬直する海里華。

 そんな海里華の様子を見て、黒音は失敗に内心でうなった。

 再会した幼なじみがいきなり記憶がないと言って、信用されるわけが──


「じゃあ、私のことも、覚えてないの……?」


「な、信じてくれるのか?」


「ええ、アンタが二年やそこらで私のことを忘れるはずないもの……だったら何か原因があるって、すぐに分かるわ」


 最初は高圧的な態度をとる奴だなと思っていたが、自分のことを忘れている奴をここまで信頼するような子だとは思っていなかった。

 黒音は内心で海里華に対する印象を改め、話を続けた。


「俺は今から二年前までの記憶がない。どうして記憶を失ったのか、その原因は見当もつかない」


「病院には、行ったの……?」


「ああ、でも原因不明だって。二ヶ月くらい入院して何度も検査したけど、原因は見つからなかった。記憶がない他に身体に異常はなかったから退院したんだ」


「じゃあアンタは……二年間の記憶しか憶えてないってことなのね……?」


「……ああ……」


 これは嘘偽りのない、本当の話。

 記憶を失う以前の情報はある程度アズに教えてもらっていたから知ってはいるが、真偽は自分で確かめ様がない。

 もっと言えば、自分が唯一信頼しているアズさえも、何者かはっきりとしていないのだ。


「私が……もっとアンタのそばにいて上げられてたら……っ」


「青美が悲しむことないだろ。これは俺の問題だよ。青美に非はない」


「そんなことない……アンタは憶えてないから仕方ないけど、約束したのよ……どんなことがあっても、辛いときは互いに支え合おうって……!」


「そう、なのか……でも非に感じるんじゃなくて、もっと前向きに行こう。過ぎたことは仕方ない。だからこれから支えてくれればいい」


「……アンタのそう言うとこ、記憶を失っても変わらないわね。……そうよね、これからはアンタのこと、一生支えてあげる。どんなことがあっても、私が支えてあげるわ」


 目尻の涙を拭い、胸を張る海里華。

 そんな海里華の姿を、黒音は昔に見たことがある。……そんな気がした。

 彼女と一緒にいれば、もしかすれば記憶が戻るような気がする。

 そうすれば、自分が契約した本当の理由も──


「これからよろしく、青美」


「これからも、でしょ? それと私のことは名前で読びなさいよね」


 海里華に差し出された手を、黒音は力強く握る。

 初めて人に記憶喪失のことを打ち明けたが、打ち明けた人が親身になって、涙ぐんでまで理解してくれる人で本当に良かった。

 黒音は繋ぎっぱなしの手の暖かさを感じるとともに、空っぽだった器に確かに何かが注がれたような気がして、くすぐったい気分を感じていた。


 ──この子も、俺が守ってやる。絶対に。


          ◆◆◆


 珍しく、本当に珍しく目覚めのいい朝、黒音はいつものように黒いタンクトップをアズに預け、洗面室へ向かおうとした瞬間、黒音が見事に石化する。

 洗面所に向かう途中、半開きになっていたリビングへの扉から、カウンターキッチンを通して互いの姿が確認された。


「……なんで、お前がここにいる?」


 黒音の視線の先、まるで当たり前かのようにエプロンを着け、キッチンに立つ少女。

 丁度二品目が出来る頃だったようだ。

 だが硬直したままフライパンを動かしていないせいで、だんだんと嫌な臭いが漂ってくる。


「ちょ、おい、焦げてるっ!」


「あぁっ!? アンタがそんな格好で出てくるからよっ!」


 カセットコンロの火を急いで切ると、少女は跳び膝蹴りでもするような勢いで黒音を洗面所に押し込み、再びキッチンに戻る。

 そこにいたのは、つり上がった目元と海のようなラージツインテールが特徴的な幼なじみ、海里華だった。


「で、改めて説明してもらおうか。どうしてお前がここにいる?」


 朝のシャワーを終え、支度をすべて終えてから黒音は再びリビングへと戻った。

 そこではエプロンを外した制服姿の海里華がテーブルに着いており、心なしか顔も赤いように見える。


「どうしても何も、昨日言ったでしょう? これからはアンタのこと、一生支えてあげるって。だからまずは記憶を戻すことが大事だと思うの」


「それはごもっともだが、俺の記憶とお前がここにいるのと、どう関係ある?」


「まあ忘れてても無理はないけど、私は中学に上がってもずっとアンタにご飯を作ってあげてたの。アンタのお母様が亡くなってから、アンタまともな食事をとっていなかったから……」


「やっぱ俺の母親は死んたのか」


「それすらも忘れちゃってるのね……」


 仕方ないと言えば仕方ないが、黒音は二年前からの記憶をすべて失っている。

 つまり二年以内でなければ、どれほど重要な記憶であろうがすべてリセットされていると言うことだ。


「……なあ、今一番の疑問を聞いていいか?」


「ええ、なにかしら?」


「お前はどうやってうちに入った? 昔住んでた家は全焼したんだぞ?」


「企業秘密よ。まあアンタのことなら何でも理解してるわ」


「……まあ一応信用しとくけど……」


 非常に割りきれない気分なのだが、何故かただならぬ雰囲気で凄まれてそれ以上追及することができなかった。


「せっかく作った料理が冷めちゃったわ。暖め直す?」


「いやそんな時間ねえだろ。かっこむからいいよ」


 時折舞い落ちた桜の花びらが迷い混む新しい教室。

 一番の特等席と言える教室の一番左奥で、肘をついて空を眺める黒音。

 たったそれだけでも女子の視線を集めてならない無自覚な青年は、誰にも存在を感知されない幽霊のような少女、アズと他愛もない話を(テレパシーのようなもので)しながら、軽くため息をつく。

 隣ではご近所さんで友達の梓乃が堂々と昼寝している。


(入学も交友関係も落ち着いてきたし……そろそろ復帰するか)


 早々にうっすらと浮き上がっている月の輪郭を眺め、黒音は異質なほどに双眸を紅く染めた。

 その時空に浮かぶ月の輪郭も、ほんのりと紅く染まっていた。


          ◆◆◆


 車のライトや街の街灯に照らされた夜空。

 電波塔の頂点で悠々と夜風を浴びる青年。

 闇夜に溶け込みそうな黒い髪と、黒いパーカージャケット。

 そして何より、紅い双眸が暗闇で怪しく光っていた。


「これにて再開だな。久しぶりだからって抜かるなよ?」


『黒音こそ、どんな相手でも手加減無しだよ?』


 黒い髪と紅い瞳の青年、黒音は、足を集中的に様々な部分に怪しいタトゥーを刻んでいる少女、アズを引き連れ、光と人の集まる街を見下ろした。

 そして何の前触れもなく──その場から飛び降りた。

 意思がないように頭が下を向き、地面に向けてどんどん速度を上げていく。

 黒音が電波塔の半分ほど下まで墜落していく中、黒音の体を少女が後ろから抱きしめた。

 少女は闇夜に溶け込み、空中で分解する。

 パズルのピースのようにいびつな形に分解された少女は、その姿を硬化させ、明確な形を持って青年の体を包んでいく。

 足のつま先から指の先、首の付け根までを群青色のスーツが覆った。

 その上から少女が変身した黒いパーツが包んでいき、黒音の体がどんどん黒く染められていく。

 パーツ同士の隙間を結合するように、群青色のスーツが発光した。

 黒いパーツのほとんどが黒音の体を覆い終えるとき、黒音は青白いラインの浮かび上がる漆黒の甲冑に身を包んでいた。

 最後に黒音の頭をフルヘルムが覆うと、額の下から覗く赤いガラスのような部分が、意思を灯したように発光した。


「久しぶりだぜこの感覚ッ……!!」


 黒音が地面に激突しそうになった瞬間、黒音の背中からカラスのような黒い翼が生え、黒音を遥か上空へと引き上げた。


「感知出来る反応は──」


 それから十数病、しばらく黙って言葉を発さない黒音に、心配したアズが意識を繋げて問いかける。


『どうしたの? 何か異常でも?』


「異常……異常ね。くはは……そりゃ言い得て妙だな」


 確かに異常だと、黒音は大げさに額に手を当てて頭を振った。


「異常も何も、この街の至る所に、六種族すべてが集結してるんだよ」


 それを耳にした瞬間、アズも言葉を失った。

 六種族、すべての契約者がどれか一つに必ず所属している属性のようなものだ。

 だが実際は属性と言っても、同じ種族同士で争うことは当たり前。

 六種族はそれぞれ悪魔、天使、堕天使、ドラゴン、女神、死神と存在している。

 契約者の元となる人間は、その六種族のどれかと契約し、契約者となる。

 互いの欲望や願いの為に自由に行動する契約者が、一つの街に六人も存在していることは奇跡と言える。

 それも、どれもこれもがかぶらずに全種族が集結している。

 恐竜の化石が石ころのようにあちこちに転がっているほど珍しいのだ。


「さて、俺らも動くとしますか」


『気をつけて。もし死神なんかと遭遇すれば……』


「安心しろ。俺らは序列二十九位の大公爵、魔王に挑む者だ。死神なんざに引け取るか」


 黒音の精神、意識の中に存在しているアズ──アスタロトは、それ以上言葉を発することはなかった。


「ふ〜ん……これは、なかなかね……」


『凄いよ、こんなにおっきな反応が五つもなんて』


 とある屋敷の屋根の上で、少女はそう微笑んだ。

 夜風に長い髪をなびかせ、白いワンピースを纏う少女の手を引いている。


「違うわアクアス、六つよ。だって私達もベリーベリー強いもの」


『そだね、じゃあ一緒に行こう? 今夜の波は大っきいよ』


「望む所よ。さあ、行きましょう──」


 屋根の瓦を踏み込み、少女はその場から飛び上がる。

 小さな少女は手を引く少女に溶け込み、青白く姿を変えた。

 莫大な質量の水が突如出現し、少女の体に吸収されていく。

 少女の体は生まれたままの姿となり、下半身はエメラルドブルーの鱗に覆われる。

 ビキニのように蒼いベールが胸元を覆い、背後に巨大なハープが現れた。

 左腕に水瓶を抱え、人魚となった少女は薄く微笑む。


「私達のステージへ……!!」


 会社帰りのサラリーマンや、部活終わりの学生達、この時間がもっとも混雑する駅、その天井。

 幼さが見え隠れする少女は頭の上に乗った大きなトカゲに問いかける。


「今日は大盛り上がりだね」


『我々しか知らんことだがな』


「でも私達は人間同様に姿があるんだから、騒げば見つかるよ」


『……つまり、騒ぐ気なのだな?』


「ごめーさつ。じゃあいこっか──」


 少女が可愛らしい八重歯を覗かせると同時に、頭の上のトカゲ、もといドラゴンは折り畳んでいた翼を大きく広げて飛翔する。

 ドラゴンが薄緑色の電流に変わり、少女に落雷した。

 強大な電流をその身に浴びた少女は、丸焦げになる所か生き生きした様子でその姿を変貌させた。

 少女の体は面影を感じさせないほどに巨大化し、四本足で天井に足をつく。

 薄緑の電流を纏う狼のような姿の少女は、つんざくような咆哮の後、八重歯の代わりに剥き出し牙を引き上げた。


いかずちの神童、推して参るよ……!!』


 夜空の星を映す土手沿いを繋ぐ橋。

 はち切れんばかりに豊満な肉体を大きなパーカーだけに収め、川の反射を通して星を見つめる女性。

 傍らに年上の青年を引き連れた女性は、やんわりと微笑んで唇に人差し指を重ねた。


「あらあら、まあまあ、お楽しみのようですねぇ」


『無論、お前も混ざるんだろ?』


「当たり前でしょぉ? 乱交は首を突っ込んでナンボですからぁ──」


 水面に映る彼女の姿が、突如金色に包まれる。

 一瞬のうちに、彼女のパーカーが消し飛んで、上品なレースのあしらわれたコルセット型の衣装に上半身を包まれた。

 厚い靴底のロングブーツにそれを包み隠すウェディングドレスのようなロングスカート。

 蜂蜜色の翼を広げた女性は、激しい先攻を伴って飛翔した。


「何人も受け入れぬ黄土の怒りを知りなさい……!!」


 一部強大なエネルギーの渦巻く街のとある路地裏に、猫のように身を丸めて地面に座り込む少女がいた。

 ボロ雑巾のような上着を羽織り、空腹を通り過ぎて鳴りすらもしないお腹を抱く。

 目に包帯を巻いており、視界が完全に閉ざされている。


「……何も、見えない……」


 それを言っても、誰も返答を返してくれはしない。

 それを思っても、光を失った瞳が治る訳でもない。

 ただもはやどうやっても埋められないほどに刻み込まれた傷をさらにえぐるだけ。

 だが今夜は少しだけ、いや大幅に違った。

 そう、彼女に返答してくれる存在がいたのだ。


『その瞳、見えるようにしてあげましょうか?』


「……誰? 私に、なんのよう……?」


 真っ暗な視界、何も捉えることの出来ない空間で、少女は声のする方へと意識を向ける。

 少女の、当然見える訳もない視線の先には、真っ白な髪と紅の瞳が特徴的な女性がいた。

 女性は色っぽく微笑み、音もなく少女の耳元に唇を寄せた。


『貴女に可能性を上げる……大罪を背負う勇気があるなら、ね……』


 それぞれ五つの光が輝きだす中で、一人上空に足場があるようにその場で静止する少女がいた。

 少女は朱色の髪をなびかせ、足のすくむ高さから五つの反応を見下ろした。


「雁首揃ってんじゃない、最高ね」


『……マスター、あまりお調子に乗りませんよう、ご注意ください』


「堅いわねウリエル。もっと楽しみなさい。この場にはこんなにも強い人達が五人もいる。私達は今からそれと戦えるのよ?」


『……あまり戦闘は好みませんので』


「戦闘じゃないわ、ゲームよ。ただその掛け金がチップじゃなくて命になっただけ」


『……その辺はさして興味がありませんので。そろそろ後手に回ってしまうのでは?』


「それもそうね。じゃあそろそろ──」


『開戦だ』


 六人の脳内の言葉が、そう重なった。

 爆ぜるエネルギーが夜空を覆い、六つの影が中心に集った。


「私の相手は誰かしら?」


 わざと誰かは狙わず、不規則に圧縮した水流の弾丸を放つ人魚。

 それをすべて蒸発させたのは、薄緑色の電流を纏う巨大な狼だった。


「なるほど、アナタってわけね」


『お魚だねっ、これは美味しそう! こんがり焼いちゃうよ!』


 ……早くも対戦カードが決まったようだ。

 一組目は背後にハープを浮かべる人魚と、電流を纏うドラゴン。


「なら私は──」


「そこのドレスの人……私の相手をしてくれる……?」


 真正面から堂々と戦闘を持ちかけて来たのは、明らかに他とは違う空気を放つ少女。

 真っ白な長髪の隙間から羊のようにねじ曲がった角が頭の両端に生えており、紅の瞳は獣のように立て筋の瞳孔が狭まっている。

 体に張り付くウェットスーツのような黒い戦闘服の上から、ベビードールにも似ている透けたレースを纏っていた。


「白い髪に紅い瞳……死神がお相手とは、心底光栄ですわ」


 次の対戦カードは、蜂蜜色の髪をした淑女と、あまりにも強大な魔力を放つ死神。


「残されたのは俺とお前か」


「みたいね。でも残り物とは思ってないわよ? 私は最初からアナタを狙ってたしね」


 黒音の視線の先にいたのは、自分と全く同じ姿をした契約者。

 黒音が纏っているのは青いラインが輝く漆黒の甲冑だが、対面している契約者が纏っているのは赤いラインが輝く純白の甲冑だ。

 色こそ違うが、姿は全くの瓜二つだ。


「俺もそんな所だ。俺は黒騎士。今はそう名乗っておくぞ」


「じゃあ私も一応。私は白騎士。今はそう名乗っておくわ」


 重苦しい空気に包まれた二人の周辺で、突如爆風が吹き荒れる。

 それぞれ他の四人の契約者がぶつかる衝撃が、二人の間にも通り抜けた。


「……騒がしいわね」


「ああ、この戦いは静かな場所でしたい」


「じゃあ、上に行く?」


「喜んで、じゃあ行こう」


 たった二人だけの、静かな夜空に包まれた空間。

 二人は呼吸を整え、瞳を閉じる。

 完全に外の世界とは遮断された、何もかもを振り切った状態で意識を集中する。

 互いの目の前にそれぞれの武器が現れた。

 黒音の目の前には禍々しい鋭牙のような刃が飛び出た長剣。

 相手の目の前には鋭く研ぎすまされた日本刀のような長剣。


「「………………参る……ッ!!」」


 同時に開眼し、そして同時に長剣の柄を握って急加速した。

 音速にまで加速した二人が衝突し、目に見えて衝撃波が広がる。

 戦闘狂としての本能なのか、二人は一回剣を交えただけで互いを理解した。

 どこかで聞いたことがある。同じ、またはよく似たような願いを持つ契約者同時はパートナーとの一体化後の姿が似ると。

 まさに黒音と相手の契約者の願いは同じと言うことだ。

 それを相手も理解しているのか、一瞬だけ動きが鈍る。


「……アナタ、やっぱ面白いわね」


「奇遇だな、俺もそう思ってたぞ」


「アナタも狙いは〈tutelary(守護者)〉辺りなの?」


「そうだけど、少し違うな。俺の目指す相手はもっと上にある」


「…………魔王を相手にしてるってこと?」


「さあ、ご想像にお任せするよ」


 もう肯定しているも同じ返答をし、黒音は剣を逆手に持つ。

 見下げれば足下で強烈な火花を散らす四人の契約者がいる。

 それに影響されてか、二人の血が疼きだした。


「とにかく今日は楽しみもうぜ」


「もしかして、朝まで殺る気?」


「それもいいけど、明日も学校だからな」


「奇遇ね、私も明日は学校よ」


 互いのエネルギーが長剣へと一心に注がれている間も、二人は世間話をするように笑い合っている。

 そして限界まで長剣にエネルギーが溜まった瞬間、二度目の急加速の後、全身全霊の一太刀をぶつけた。

 さらなる上空に浮かぶ小さな雲が一瞬で消し飛び、大きく広がった衝撃波の刃が高いビルのガラスを粉々に吹き飛ばした。

 全方向へと広がった衝撃波は下でぶつかる契約者にも届き、一時的な静寂を生む。


「……これは確かに朝まで明かしたくなるな」


「……正直ここまでゾクゾクしたの初めてよ」


 二人の周辺に反発するエネルギー同士が残留し、灰色の火花が止めどなく散る。

 恐らく地上からは早すぎる花火としてしか捉えられていないだろう。

 それがもう少し下の方で行われれば、竜巻のような衝撃に飲み込まれてミンチになるとも知らずに。


「……ごめんなさいね、明日も早いから、今日はもう帰るわ」


「俺もそろそろ帰る。この余韻を、忘れたくないんだ」


「また戦うことがあると──いえ、きっとあるわね」


「そのときは、互いの全てを出し切って戦おう」


 二人が上空で固い握手を交わした瞬間、二人は一瞬にしてその場から消失する。

 残された四人の契約者は、興が醒めたように後ろを向いて去っていく。


「……これで良かった……?」


『ええ、これでいいのよ。楽しみは、後に取っておいた方が面白いでしょう?』


 その中でただ一人、死神の少女だけは不服そうな顔をしていた。

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