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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第三章「黄の堕天使」
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第一話『Lævateinn』

 白銀の雪がはらはらと舞い落ちる月夜。

 見慣れぬ風景と表現出来ない違和感の中、青年は歩き出した。

 目的があるわけでも、進むべき道があるわけでもない。

 ただ、衝動的に足を動かした。


『ここは……雪なのに、冷たくないんだな……どっちかと言うと……暖かい……』


 手のひらに落ちてきた雪を握りしめ、青年はさっきよりもはっきりとした意識で辺りを見回した。

 雪が降っている以外は殺風景そのもので、夜に雪が降っているだけの何もない──夜に雪?


『あれ……俺、ここを知ってる……?』


 先ほどからの違和感は既視感だったようだ。

 自分はこの光景を知っている。と言うより経験している。


『気づきましたか? ここは貴方が経験した記憶から抜き出した一部……貴方の記憶を元に作り出した空間です』


『君は……? 俺は君を……知ってるのか……?』


『いえ、実質(・・)初対面です。私はレーヴァテイン。白銀の剣です』


 青年の目の前に立っているのは、銀色の髪をした少女。

 白い肌に蒼白いドレスを着ているせいで、風景に溶け込みそうだ。

 少女はどこからともなく現れた白銀の剣を握り、戸惑う青年に近づいた。


『レーヴァテイン……? それが君の名前なのか……』


『貴方は今、死の危機にあります』


『死、って……いきなり物騒だな……』


 どちらかと言うと、目の前に鋭利な刃を持っている少女がいること自体死の危機なのだが。


『私の作り出した空間にいる貴方は、今に限りほとんどの記憶を失っています。この空間から出たら、私の言葉を思い出してください』


『ここは現実じゃねえってことだよな……で、言葉ってのは?』


 少女は白銀の剣を青年の肩におき、平地を青年の首に当てた。


『鍵を開けよ。しかし力では開かぬ。鍵を鍵たるものにせよ』


『なんだ、それ……なんかの暗号か?』


『そろそろ貴方はこの空間から脱出します。くれぐれも希望を失わないで。貴方は絶望を与えてはなりません』


 剣の刀身と柄の根っこに指を添え、少女は青年へ剣を差し出した。

 青年は何も分からないまま少女に差し出された剣の柄を握り、頭の上に舞い落ちた雪を払った。


『よく分からねえけど、とりあえずその言葉は覚えた。ここから出たらその言葉を思いだしゃいいのな』


『どうかご武運を、支配者(マイロード)……』


 いきなりの吹雪に顔をかばい、次に視界があけた時には、目の前でたっぷりと電流を蓄えた刃が降り下ろされる直前だった。


「っ……!? レーヴァテイン!!」


 咄嗟にその名を呼ぶと、独りでにレーヴァテインがヴァジュラの刃を受け止めた。

 寝ぼけた意識を叩き直し、現状を整理する。

 まさか戦闘中に夢を見るとは。今は互いの信念を懸けた決闘だと言うのに。


「まだそんな力が残ってるんだね」


「こんなとこで終わるわけにはいかねえんでな。魔力は皆無……なのに負ける気だけはしねえぜ」


 電流を浴びたレーヴァテインを手に戻し、黒音は体制を立て直した。

 魔力が尽きたことで〈雷電領域〉の効果が薄まったようだ。

 何とか電流の檻から抜け出した黒音は、左腕に装着されたレーヴァテインの盾に注目した。

 九つの錠がはめ込まれた盾は、一つ目の錠が解放されて錠の部分がダイヤモンドのような銀色の宝石に変化している。


「鍵を鍵たるものにせよ……? じゃあ今レーヴァテインにはめ込んでる鍵はまだ鍵じゃねえってことか……」


 レーヴァテインのくぼみにはめ込まれた鍵は不完全な状態なのか。

 一つだけ分かっていることは、現状ではどうしようもないと言うことだけだ。


「よそ見なんか許さないよ!!」


 現状を打破する為には夢の中でレーヴァテインの言ったことを実現するしかない。

 そもそれ以外に逆転の要素など微塵もないのだから。


「そう言えばこの盾は鍵がないと力を発揮しない……レーヴァテイン本体だって鍵をはめ込んだことで自動で動くようになった……つまり、この鍵自体にも何かをはめ込んだりすりゃ、変わるってことか……」


 魔力がない以上、もう気合いと根性で意識を繋ぐしかない。

 手足の痺れなどで押されるわけにもいかない。

 ヴァジュラがレーヴァテインの盾へと容赦なく刃をぶつけてくる。

 鍵の謎を解く前にレーヴァテイン自体が破壊されてしまえば、元も子もないのだ。

 神機は老いることも錆びることもないが、唯一神機同士でのみ傷つけることが出来る。

 だからヴァジュラの攻撃ならばレーヴァテインが破壊することが出来るのだ。

 逆転のアイテムを失うわけにもいかない。


「何か、何かヒントはねえのかッ……!!」


「無駄だよ! 何の属性も持たない黒音君が雷属性の私には勝てない! 無属性ってことはつまり、何の力も持たないってことだからね!」


 確かに、無属性は複数の力を使える代わりに他の属性よりも出せる出力が数段弱い。

 だから単純な力比べでは絶対と言っていいほど勝てないのだ。


「待てよ、属性……?」


 無属性(ニエンテ)を含め、突然変異を除いて属性はすべてで九つある。

 火属性、水属性、地属性、風属性は四大元素属性だ。

 それに加えて光属性、闇属性、無属性、雷属性、雲属性がある。

 契約者や六種族は絶対にその属性のどれかに当てはまっている。


「……確証はないが、さっきから梓乃の電気を浴びる度に反応してる鍵穴がある……ひょっとすれば、ひょっとするぜこれは!!」


 外側から受ける雷属性に反応している鍵穴に、レーヴァテインにはめ込んでいる鍵から直接鍵穴の中に雷属性の力を注入すれば、おそらくは新たな選択肢が現れる。

 少なくともレーヴァテインの鍵穴の数と全属性の数が偶然に一致しているとは思えない。


「思いついたのはいいが、どうする……? どうやって雷属性の力を鍵に込める……?」


 〈無属性の可能性ニエンテ・ポッシビリタ〉は複数の属性を扱う為に条件がある。

 そもそれ自体が少ない為に前例はほとんどないが、他の属性の力を発揮する為にはその力を一度取り込んでいなくてはならない。


「俺が今使えるのは闇属性と無属性、ザンナの風属性とサンティの雲属性、んでフィディの雷属性と鋼属性……一見使える属性は多いように見えるが、神機の属性はあくまで神機のもので、仮に出来たとしても今の状態じゃ無理だ……!」


 現在使える属性はたったの二つ、闇属性と無属性のみ。

 神機や〈使い魔〉とは属性を共有出来ない。

 つまりあの三人がいない状態ではとても鍵を解放することは不可能だ。


「いくら梓乃の電気を受けてても外部からじゃ意味がない……どうするッ……!?」


「何してるの黒音君……今の梓乃相手に考え事しながら勝てるわけないのに……」


「いえ多分あれは、何か勝機を見いだしたのでしょう。ですが、それを出すに至らないと言う状態ですわね……」


「そんな……漓斗、お願い……黒音の所に連れていって。もし囮になって時間を稼ぐくらいなら私にも出来るはずだから」


「……どうなっても知りませんわよ。アザゼル、もう少しだけ力を振り絞ってくださいな」


『任せろ。行くぞ』


「私が援護するわ。ラボーテ、お願い」


 漓斗に担がれながら、海里華は再びアクアスと一体化する。

 エメラルドブルーの鱗は輝きを失い、痛々しいほどに消耗している。


「黒音、どうしたの? 隙が必要なのっ?」


「海里華っ……いや、今必要なのは雷属性の力を持つ何かが必要だ……外部からじゃ無意味、この鍵に雷属性の力を込めなきゃ勝てねえ!」


「雷属性の力を持つなら、その鍵で梓乃の電気を受け止めればいいじゃない」


「無理だ、梓乃は電気自体で攻撃してこない。常にヴァジュラに電気をまとわせて攻撃する……こんな細い鍵なんかで受け止めたら、一瞬で真っ二つだ!」


 未だレーヴァテインが壊れる気配はないが、先に自分の体が壊れてしまう。


「雷属性なら、なんでもいいの?」


「ああ、でも頼みの綱のフィディが戦闘不能だ……だから──」


「私が最初に梓乃と戦闘した時、ドラゴンの姿だった梓乃の体から鱗を一枚剥ぎ取ったの。それでも大丈夫?」


 開戦初日、初めて梓乃の戦闘した時のことだ。

 必殺技をぶつけ合った瞬間、水蒸気に紛れて剥ぎ取ったドラゴンの鱗をずっと水瓶の中に保管していた。


「なにぃ!? そ、それはどこにある!?」


「私の水瓶の中よ。はい」


 海里華が変身した時、いつも左腕に抱えている水瓶の中から、エメラルドグリーンの鱗が取り出された。

 塩水のせいで少し溶けてはいるが、雷属性の反応は感じる。

 これを鍵に取り込めば、行ける!


「焔、漓斗、三分だけ時間を稼いでくれ」


「任せなさい。他ならぬ梓乃の為よ」


「後で延長料金をいただきますわよ」


「私だってやれるわ。梓乃は私の幼馴染みなんだから」


「ありがたいが、くれぐれも無茶はするな。死んだら元も子もねえぞ」


 絞りカスすらでないほどに消耗した三人が、黒音を守るように梓乃と対峙した。


「何のつもり……?」


「貴女を止めるつもりよ」


「調子に乗りすぎですわ」


「いい加減目を覚まして」


 三人が時間を稼いでいる間に、黒音は海里華から受け取った鱗を鍵に接触させた。


「頼む頼む頼む……これを取り込めれば俺は弱いながらも雷属性が使える……! 三人の為に、俺に力を貸してくれ……仲間を守れる力を貸してくれッ……!!」


 胸に突き刺さるような絶叫を聞きながら、黒音は何とか鱗に意識を集中する。

 〈無属性の可能性〉の力をすべて鍵と鱗に集中させ、二つが一つになるイメージをひたすら脳内で繰り返した。


『──〈九つの門(ニーウ・オフ・ゲート)〉──』


「へ、アズ……? 何か言ったか?」


『ふぇ、私は何も言ってないよ!?』


 頭の中に直接響いた声。テレパシーのような現象はアズとの間にしか起きないはずだ。

 だが海里華達や梓乃が喋ったわけではないことは確かだ。


「……まさか……やってみるか……九つの門よ、雷の力を受け入れよ!!」


 激しい閃光を伴い、鍵からとんでもない量の電流が溢れ出た。

 それと同時に鱗には無数の亀裂が走り、一瞬で粉々に砕け散る。


『あぁっ! 鱗が、壊れちゃった……どうしよっ……』


「いや、これで成功だ。鍵にはしっかり、雷属性の力が込められた」


 その証拠に、黒音の手の中にある鍵の下に、もう一本鍵が現れた。

 エメラルドの宝石を削って形にしたような鍵からは、強烈な龍力を感じる。


『ぞ、属性ならまだ分かるけど、龍力まで使えちゃうなんて……』


「感心してる暇はない。三人とも下がれ! 後は俺がやる!」


「や、やっとね……時間にしちゃ短いんだろうけど……」


「体感的には、十分以上に感じましたわ……」


「梓乃の思いが、こんなにも強いだなんて……」


 墜落寸前の三人を肩で担ぎ、たまたま目に留まったビルの屋上に降り立った。

 三人の足が屋上の地面に着いたことを確認すると、黒音は再び梓乃の方へ視線を向けた。


「黒音、無茶はしないで……でも、梓乃のことはお願い」


「ああ、任せとけ。ほんと最後の最後まで助かった。ちゃんと決めてくる」


 三人が意識を失い、黒音は屋上に三人を寝かせた。

 今回はザンナ達や海里華を酷使しすぎた。

 もうこれ以上、無理をさせるわけにも、傷つけるわけにもいかない。


「助けてもらうのはここまでだ……わがままなクソガキを──いっぺんしばく!!」


 屋上の地面を強く踏み抜き、翼に魔力を送る。

 とてもそんな体力も魔力も残っていないはずなのに、不思議と足は送り出してくれた。翼は引き上げてくれた。


「九つの門よ開け……我は霆の門を願う……」


 右手にあるエメラルドの鍵で、左腕に装着されたレーヴァテインの盾の鍵穴の二番目を解錠した。

 溢れ出るなどと言うレベルではない。

 限界まで水の張ったダムが一気に決壊するように、レーヴァテインの盾が弾けた。


「これがレーヴァテインの真の力……〈解錠(リベレーション)〉!! これが一つ目の〈霆の誓約(ライディーン)〉だ!!」


 第二の太陽と錯覚してしまうほどの明るい電流の球体。

 急激なスピードで黒音の甲冑にエメラルドの光が走ると、甲冑の金色の枠が緑色に変わった。

 背中の黒い翼はうっすらと緑色の静電気を帯び、甲冑の肩や腕、膝と言った場所に電流で形成された刃が飛び出している。


「まさか、あの時私から取った鱗をレーヴァテインに食わせたのっ!?」


「やっとだな……やっと、レーヴァテインの力の二割を解放出来たぜ」


「これだけの力を発揮しておいて、二割ですって……!?」


 レーヴァテインの鍵穴が九つあるのは、全属性の力を使いこなす為だ。

 状況に応じて九つすべての属性を使い分けるオールマイティの究極系。

 つまりレーヴァテインは一つの属性にとらわれない、無属性専用の神機と言うことだ。


「さあ、行くぞ梓乃。鏡のような白銀の力を、見せてやる!!」


 梓乃の雷属性の力を取り込んだ黒音は、まさしく電光石火のスピードで梓乃の背後に回り込んだ。

 だが勿論梓乃は桁外れた反射神経と俊敏性を持ってそれに対応してくる。

 そこから激しい剣劇へと発展した。

 違いのスタミナを削り合う、神経をすり減らす命の取り引き。

 ほんの一瞬の状況変化が勝敗を分ける。


(な、なにこの動きのキレは……っ!? さっきとは別物だよっ……)


(流石は梓乃だぜ。まだ半分しか出してないとは言え、自分と戦ってるようなモンなのに)


 梓乃の体の一部である鱗を取り込んだ黒音の雷属性は、限りなく梓乃に酷似している。

 量こそ違えど、質は全く同じ。

 雷属性のモードに入っている黒音の戦闘スタイルは、梓乃と似ている。

 エネルギーの質が似れば戦闘スタイルも多少変わってくる。

 今の梓乃は、もう一人の自分と戦っているようなものなのだ。


「やるじゃねえか? だが、まだまだ行くぜ!!」


「っ……まだ出力が上がるの……!?」


 スピードはもはや霆がごとく。攻撃力は落雷がごとく。

 先ほどまで手のつけようがなかった梓乃の戦闘力を、大方倍にして返しているのだ。

 自分より倍強い自分と戦う気分は、相当にやりにくいだろう。


「ここまでやられちゃ、本気出すしかないじゃんッ!!」


「嘘だろ、まだ、本気じゃねえのか……!?」


 互いに予想を越えながらも、想像は越えていなかったようだ。

 二人の実力はまったくの互角。

 しかし連戦で消耗している黒音が、未だ無傷の梓乃と互角に渡り合っていると言うことは──


「なかなか、やるぜコイツ……」


「まさか本気を出した私と互角だなんて……」


「もう魔力も残り少ないし、この一撃で決めてやる」


「そだね、もうこれ以上やっても無意味……だったら」


「「神機奥義!!」」


 二人ともが持てる最後の力を振り絞り、神機に全エネルギーを送り込んだ。


「迸れ!! 〈白銀の稲妻アルジェント・ディ・フールミネ〉!!」


「吹き飛べ!! 〈雷神咆哮(インドラ・ブレス)〉!!」


 梓乃の背中の輪が正面にセットされ、高速回転の後エネルギーをチャージしていく。

 黒音はレーヴァテインのくぼみにエメラルドの鍵をはめ込み、オーバースローで振りかぶった。

 ヴァジュラを電流を蓄えた輪の中へと槍投げした。

 それと同時に、黒音もレーヴァテインを全力で降り下ろした。

 空を二分する緑と銀の霆が、まるで生きているかのようにうねってぶつかった。

 性質の違う電流同士がぶつかったことで、強烈なスパークを引き起こした。


「まだ、まだぁッ!! 神機奥義!! 〈白銀の連撃アルジェント・コンティヌィータ〉!!」


 だめ押しと言わんばかりに、レーヴァテインに溜め込まれた電流を無数の斬撃にして乱射した。

 雨のように降り注ぐ白銀の斬撃が梓乃の咆哮を分解し、弱まった所で最初に放った一撃を力押しした。


「目を覚ましやがれッ……この犬娘ェッ!!」


「う、ウソッ……押し切られるッ……そん、な──」


 ヴァジュラの刃を粉々に砕き、さらに梓乃を強大な電流が包み込んだ。

 だがあまりの衝撃で纏う甲冑が剥がれるように壊れ始め、押し切った頃にはアズとの変身が完全に解除されていた。


「ぐ……ぅ……負け、たの……?」


『そのようだな……彼は力勝負に勝った瞬間、神機奥義の威力を大きく下げたようだ。もし全力が直撃していたら、腕の一本は消されていたぞ』


「ふぇえっ!? で、でもまあ、そうだよね……フィルみたいな魔神の暴走を止める為の神機だもんね。……そっか……負けちゃったか……ママの信念……理解してほしかっただけなんだけどな……」


「このダメ犬がっ!」


 ──スコーン!

 静まり返った空に、そんな音が響き渡った。


「きゃうっ!? 痛い! すっごく痛いよっ!?」


 手加減なしで降り下ろされたげんこつが、梓乃の頭を強く打った。

 漫画のようにたんこぶが膨れ、梓乃は涙目で正面を見上げる。


「ったく、お前って奴は。一つのことに集中すると回りが見えなくなって、あげくの果てに手がつけられなくなる」


「ご、ごめんなさい……でも私は、ママの信念を、貫きたくて……」


「貫けてねえよ。冒涜とまで言われてなんで反論しなかった? お前の思いがそこまでだったってことだろ。生きる目標にするくらいならしがみついてでも貫きやがれ」


 黒音の言うとおりだ。ぐうの音もでない。

 たんこぶの痛みも加わり、ついに梓乃の目尻から涙が溢れる。

 そんな梓乃を、黒音は思いっきり抱き締めた。


「願いがないのなら、これから見つけろ。これでも俺は梓乃のこと、尊敬してるんだぜ?」


「そんけー、って……あんな、に、言ってたくせに……しつぼーしたとか、倒すとか、言われたのに……っ」


「目指す願いは契約者の存在価値であり命と同じだ。それがないってことは、分かるだろ? 俺が倒したかったのは、母親の志を言い訳に自分の願いに目を背けてきたお前だ」


 薄々自分でも気づいていた。

 自分が契約者として生きていくことを決意したのは母の志を引き継ぐ為。

 自分の願いなど何もない。その時点で、母の教えに背いている。

 母は言った。自分の形でママの願いを守って、と。


「ねえ黒音君……私、まだ間に合うかな……今からでも、願えるかな……」


「あほ、契約者だったら欲張ってナンボだろ。母親の志を自分の形にしてみろ。母親の志を自分のモンだって言い張れ」


「うん……うんっ……! 私は、仲間を守れるくらい強く、敵を許せるくらい優しくなりたい!」


「ああ、それが梓乃にとっての強く優しくなんだな。失望したなんて言って悪かった。俺は今の梓乃を尊敬してるぜ」


 梓乃を抱き締めた、まま海里華をおいてきたビルの屋上に降り立った黒音。

 そこには既に目覚めた海里華がいたが、焔と漓斗はもうその場所にはいなかった。


「あれ、どこ行ったんだあの二人……」


「漓斗なら私が寝てる間に帰ったみたいね。焔は伝言を残して帰ったわよ」


「伝言? なんて?」


「貴方と戦うまでにもっと強くなってる。待ってるわね、だって」


「はは、アイツらしいな。ほれ梓乃」


「ふぇ、わ、わうっ……」


 黒音に目配せされ、その意図を理解する。だが改めて向き合うと、気恥ずかしい。


「そ、その、エリちゃん……」


「なに? 契約者の梓乃?」


 本当はそんなこと全然思っていないのに、わざと意地悪な言い方をする海里華。


「わ、ぅ……その、傷つけちゃってごめんね……」


「……ダメね、失格」


 気まずそうに頭を下げる梓乃の頭上から、いきなりバケツをひっくり返したように塩水が降ってきた。

 海の女神である海里華が塩水を呼び出したのだ。


「わっぷっ……けほけほっ……な、なにが、失格なの……?」


「傷つけちゃって? 契約者なんだから当然でしょ。それも互いに正体が分からないんだから尚更よ」


「おぉ、海里華手厳しいな……」


「私が欲しいのは謝罪じゃないわ」


「へ──あ……そ、か……えへへ……また空回りしちゃったね。いつもありがと、私の無茶に付き合ってくれて」


「……合格。別に契約者であることを隠してたのはいいわよ。寂しかったけど、それが契約者なんだからね。始めて戦った時に攻撃してきたのは悪くない。私って知らなかったし、喧嘩をふっかけたのは私。それに手加減されたら逆に嫌よ」


 喋っている途中で、段々と海里華の言葉が詰まってくる。

 いくら海の女神でも、操れない水がだってある。


「あ……エリちゃん……」


「でもね、誰も気持ちを理解してくれないはずないでしょうっ……!」


 ──ほら、やっぱりね……誰も私の気持ちを理解してはくれない……私はフィルとセリューがいればそれでいい……──


「エリちゃん、やっぱり私、エリちゃん達がいないとダメかも……っ」


 海里華が涙を流している姿に耐えかねて、梓乃も大粒の涙をこぼす。

 抱き合った二人を見て、黒音は少し羨ましい気持ちになった。


『どうしたの? 二人みたいな友情が恋しくなった?』


(うっせ、俺はそんな(タチ)じゃねえだろ)


 少し熱くなった目頭を誤魔化すように、黒音は二人に背を向けた。

 それとほぼ同時に、黒音の瞳に光が射した。

 限界まで集中していた為に忘れていたが、もう日が昇るような時間だ。


「ねえ黒音君、お願いがあるんだけど、いいかな?」


「お願い? まあこの際何でも聞いてやるよ」


「私を、チームに入れて欲しいんだ。黒音君とエリちゃんってチームなんだよね?」


「え、ああ、まあな」


 こちらからお願いしようとしていたことを、先にお願いされてしまった。


「私、今までエリちゃんに迷惑かけた分、エリちゃんを守ってあげたいんだ……お願い、私を黒音君のチームに入れて!」


「ま、まあ俺としては願ったり叶ったりだが。海里華は?」


「私はアンタに守ってもらうほど弱くないけど、一緒に戦いたいってんなら、いいわよ?」


「えへへ……これからもよろしくね、エリちゃん、黒音君!」


 目を真っ赤に腫らしながら、梓乃はめいいっぱい笑った。

 そんな梓乃の笑顔に安心してか、今度は黒音が糸が切れたように倒れ込んだ。


「ちょ、アンタ、大丈夫っ!?」


「ああ……ちょっと、魔力を、使いすぎた……」


「あわわわ、ど、どうしよエリちゃんっ!?」


「取り敢えず、家に運びましょう。まったく、無茶しすぎなのよ」


 梓乃と海里華に支えられ、黒音は帰宅した。

 しかし玄関に到着した瞬間、三人とも緊張の糸が切れて死んだように眠ったことは、言うまでもない。


          ◆◆◆


 とある廃墟の屋上、身体中を包帯でぐるぐる巻きにした漓斗がいつも通りおにぎりと野菜ジュースで昼御飯を済ませていた。

 包帯を巻いている範囲が広すぎて、もはや包帯が服のようになっている。


「アザゼル……まだ、足りません」


『どうした? いつもならそれで足りるのに……ああ、激戦の後だからか。ならば買って──』


「いいえ……足りないのは私の力ですよぉ……今回の戦いで思い知りましたぁ。たった一人の契約者相手に手加減された上、敗北しましたぁ」


『今回ばかりは相手か悪かった。相手はあの守護者だ』


「それでもッ!! ……負けてはダメなんですよぉ……」


 一瞬爆発しそうになった感情を、再び押さえつける。

 そうしていないと、すぐに壊れてしまう。

 理想の自分を演じ続けていなくては、すぐに壊れてしまうのだ。


『漓斗、私の力がこれに止まると思うか?』


「どう言う意味ですかぁ?」


『私は仮にも堕天使の王だ。そんじょそこらの堕天使に負けるわけがない。はっきり言おう。器であるお前が弱いが為に、私は力を発揮出来ない』


「っ……分かっていました……貴方の力はこんなものではないと……ですが私にはどうしようもない……私の処理速度を武器にしたレイピアの八本同時使役も所詮は付け焼き刃……あの二人のような、純粋な力は持ち合わせていません」


 海里華のことを噛ませ犬などと呼んでいるが、自分も守護者にボロ負けして調子に乗らせた。


『強くなりたいならば、己の限界を超えろ』


「己の、限界ですか……」


 限界と言えば、黒音がフェンリルと戦った時にほんの少し見せたリミットブレイクの前兆。

 恐らくあの場にいる契約者すべての中でもっとも抜きん出た実力を持つフェンリルと渡り合ったあの力があれば、或いは……。


「ねえアザゼル……私にとっての限界とは何でしょうかぁ?」


『それは私にも分からない。それはお前自身の問題だからな』


(なーんて……本当はその限界とやらが何か、もう分かっているんですけどねぇ……)


 リミットブレイクは自分の殻を突き破った時に現れる、スポーツ選手で言うゾーンのようなものだ。

 だが必ずしも殻を破れば発動するものではない。

 無駄な思考、雑念を取り払い、自分が今そうしたいと思うことにすべての力を注ぎ込むことで始めて現れる、究極の集中状態だ。

 人は普段、どれだけ本気の全力を出し切っても、二十パーセント前後の力しか使い切れないようになっている。

 そうしなければ体がその負荷に耐えられないから。

 だがリミットブレイクすれば、自分の持てる力を百パーセント使い切ることが出来るようになる。


(あの人はどうやってその前兆にたどり着いたんでしょうかぁ……)


 あげくの果てに契約もしていない神機を呼び寄せるまでに至った。

 黒音もフェンリルも焔も神機を持っている。

 海里華でさえも一度は神機を手にした時期があった。

 だが自分はその神機を手にしたことがない。

 誰でも手に出来ないことは理解している。


(ですが、欲しいものですねぇ……)


『これは独り言だ。北極のどこかにある、中が洞窟になっている氷山に〈巨人の両腕(ヒルデ・グリム)〉と言う神機があるらしいな……確かその神機は〈創造(クリエイション)〉と言う特性を持っていたか……』


(なっ、〈創造〉って言ったら、無から有を生む最高位の魔術……内臓とか、下手をすれば命を生け贄にしなければ使うことの出来ない禁忌魔術……それを特性に……!? 土属性の私との相性はこの上なく良い……)


 普通ならば何かを引き換えにしなければ発動出来ない魔術も、神機の特性としてならば対価は必要ない。

 つまり最高位の禁忌魔術を、エネルギーの続く限り限度なく連発出来ると言うことだ。


(面白いですねぇ……そのヒルデ・グリムとやらは……この私が手にしてあげますよぉ……!)


 自分でも分かるほどに悪い顔をしている。

 隠さずに本当の顔をさらけ出すのは十年ぶり。

 母親を自らの手で殺した、十年前以来だ。

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