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魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第二章「緑のドラゴン」
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第四話『Drake av ljuset』

 私が目覚めたのはスウェーデンのとある田舎街。

 自然に恵まれていて、その街に住んでいる人は少ない方だった。

 ほとんど家が木造で、数も数えられるほどしかない。

 私はそんな田舎街に住む女性の家で目を覚ました。

 その女性は温かいココアを手に持ちながら、私の顔を覗き込んだ。


「目が覚めたみたいだね」


「ん……あなたは、誰……? ここ、どこなの……?」


「ここは私の家だよ。私はリュッカ・エヴァンス」


 薄緑色の髪を迷彩柄の布でポニーテールにした女性は、戸惑う私にそう名乗った。

 困惑しながら寝ていたベッドから上体を起こした私も、迷彩柄のジャケットを裸の上から着ていた。


「あの……あなたは……軍人さん……?」


「ううん、私は英雄だよ。まあ英雄って言っても、昔のだけどね」


「英雄、さん……? あの、ゲームに出てくる……?」


「ちょっと難しいよね。それより、今度は君のことを教えてほしいな? 君のお名前は?」


 ココアを受け取り、甘い匂いで少し意識がはっきりする。

 だがはっきりしたことで、一番重要なことを思い出した。


「あれ……私の名前……あれ……?」


「思い出せないのかい?」


「ごめん、なさい……私、自分が誰なのか……歳も……名前も、分からないの……」


「ショックで忘れてるだけならいいけど、本当に記憶喪失なら大変だね」


 すっぽりと抜け落ちた自分の一部が、空を掴むみたいにすり抜けていく。


「なんで日本人の君がスウェーデンにいるのか、そしてこの幼さにしてどうして契約者なのか……親の人が迎えに来るか、君の記憶が戻るまではここにいるといいよ。それまで私が君のママになってあげる」


「ママ……? あなたが、私の……」


 幼い頃の私は、まだ完全にはっきりとしない意識のせいでその言葉の意味を完全に理解出来ず、目の前にいる彼女が私の本当の母親だと思ってしまった。

 記憶が抜けた違和感を埋めようとして、間違った記憶を覚えたのだ。


「ママ……なんだか、温かい……でも、なんでだろう……胸が、じんわり痛い……」


「そっか……大丈夫だよ。その痛みも、記憶を取り戻せば自ずと分かるから」


 リュッカに頭を撫でられた瞬間、体の力がすっと抜けていった。

 私がココアのカップを落とす前にリュッカが手を添え、私の手からカップをすくう。

 カップが手から離れた時には、私の意識は既になかった。


「この子は本当に記憶がないね……それに、血縁関係がない……? 両親がいないみたいだね……記憶が戻ったとしても帰る場所はもう……」


 頭に触れただけで記憶の有無を見分け、肌の表面から流し込んだ龍力で血を解析。

 その成分にもっとも近い成分を持つ液体を世界中の地面を通してしらみ潰しに探す。

 地球と言う星まるごとに龍力の波動を通して、一分足らずで同じ反応を見つけ出す。

 そんな究極の捜索方法が、彼女と言う英雄には可能だった。

 脳の記憶を司る部分に損傷が出ている為、これからのことは記憶出来ても昔のことはそう簡単には思い出せない。

 そして地球上に少女と同じ反応を持つ生命体は存在しない。

 これから導き出される結論は──


「初めて授かる子供が拾い子で、しかもシングルマザーとは……英雄も行く所まで行ったね、ユグドラシル」


『お前さんは昔から、困っている奴や可哀想な奴を放ってはおけん性格じゃったな。好きにせい。どうせ契約者ならば弟子にして次の英雄に育ててみるのも一興じゃぞ』


「もしもう少し物心がはっきりして、契約者の力を意識するようになれば、考えようかな」


 その会話は、睡魔に引きずられた私の意識には届いていなかった。


「……いやぁ、僕はなんでこんな所にいるのかな?」


 夜の街をぶらつきながら、両腕を拘束される青年。

 チーム〈tutelary〉のリーダーであり、天使の中で最強の力を持つ無敗の契約者、白夜だ。

 白夜は自分よりも幼い少女二人に腕を取られ、左へ右へとふらふらしている。


「久しぶりに、お出かけ……嬉しい……♪」


 白夜の左腕を抱いているのは、真っ白な髪をした少女。

 肩を露出した白いチュニックと、白いホットパンツ。

 尖った耳と小さな角を隠すように、大きなキャスケットを被っている。

 チーム〈tutelary〉の堕天使、白笈しらおい ゆうだ。


「白夜ちゃん、今日はちょっとだけ白夜ちゃんの戦ってるとこが見たいな♪」


 白夜の右腕を抱いているのは、真っ赤な髪をした少女。

 チェックの赤いシャツと、ジーンズ柄のスカート。

 腰にオイルの入ったボトルと、工具を収納した小さな袋を下げている。

 チーム〈tutelary〉の女神、コロナ・キイ・ドールだ。


「あんまり血の気が多いのは好きじゃないし、下手に戦うと僕達の主が怒るからね。それも僕だけを」


「バレなければ、大丈夫……僕、期待……♪」


「私達ってば白夜ちゃん自身が戦ってるとこ見たことないんだよね」


「そう言えば、たまーに挑んでくるチームとかは大体あの子が相手してるからね」


 すべての天使が、天使の長であるミカエルさえも畏怖する最強であり最凶の天使。

 "死神にもっとも天使"と言われる残酷な彼女の名は──ジブリール。


「でもあの子が強すぎるから僕が出る理由がないんだよね。あの子だけで十分こと足りるから」


「むぅ……ダメ……今日は白夜さんに戦ってもらう……」


「それに、深影ちゃんと互角に戦ったって言う契約者がいるかもしれないでしょ? だから今回と言う今回は白夜ちゃんに戦ってもらうよ」


「参ったな……その代わり、僕と張り合える、いやせめて一分間でも僕についてこれる人じゃなきゃダメだよ?」


 随分身勝手な言い方だが、白夜にはそれが身勝手ではないと思わせるだけの実力がある。

 戦っている所こそ見たことのない二人だが、そのパートナーが戦っている所は何度も見ている。

 そのパートナーから導かれる白夜の戦闘力は──


「もち、だよ……」


「いざとなれば複数人つれてくればいいだけだし」


「……君達強引だね。僕は仲間なんだけどな……」


「ウチの男どもは隠し事が多いよ。深影ちゃんもほとんど戦わずに使い魔とかで対応してるし」


「それ以上に謎なのが、モノクロさん……」


「そう言えばあの子もだよ。声は女の子の声だったけど、素顔はどんな感じなのかな?」


 いつも黒いローブを深く被っていて、素性は愚か顔や本名も知らない。

 同じチームメートでさえだ。

 それを知っているのはあのモノクロと呼ばれる契約者がチームに入る時、一対一で顔合わせした白夜だけだ。


「……あの子の正体を知ると、本当に誰もが引っくり返って心臓発作起こすだろうけどね」


 ──ある人が来るまでで良い……私をこのチームに入れて。あの人は必ずこのチームと対峙する。それまでで構わない。だからここに居させて……


「そろそろポイントの場所なんじゃない?」


「おお、確かに強い力を持った契約者の反応だよ」


「最初は私達が小手調べしてくる……白夜さんはそれで戦うに値するか判断して……?」


「そだね、このレベルなら久しく君達二人の本気が見られそうだ」


「あくまで小手調べ……本気を出すわけない……」


「私達が本気出したらこの街が吹っ飛んじゃうよ」


 白夜の手から離れた二人は、一瞬してその場から消失した。

 コロナの場合は炎そのものとなって焼失(・・)した。


「さーて、僕はビルの屋上にでも行きますか」


『白夜、反応あり……四時の方向……炎属性の天使……』


「うん、気づいてるよ。なるほど、あの子が僕の……」


『どうする……? 殺る……?』


「冗談だったら嬉しいな。あの子は最重要対象だよ。軽率な言動は慎んでね」


『分かった……でも放っておくの……?』


「そうだね、今は様子見段階だよ。それに、熟してない果実は美味しくない」


 舌を舐めずり、白夜は珍しく鋭い相貌で目的のいる方向を睨んだ。


「ひぅっ……? な、何かしら……今物凄い悪寒がしたわ……」


『風邪ですか? 馬鹿でない証明が出来ましたね。おめでとうございます』


「ウリエル……まあいいわ。それより、最近は賑わってるみたいね。しかも今日はえらく大きな反応が……六つ……」


『契約者の反応はマスターを含めて九つです。実力はともかく、史上最高数ですね』


「これは燃えてきたわね。あれが完成するまでは戦わない気だったけど、ちっとだけならいいわよね」


『私は一向に構いませんが……少し嫌な予感がします。先程から微妙に感じるのです。不気味な気配を』


「それで? この私が負けると?」


『滅相も御座いません。マスターに限って負けるなどと言うことは本心から考えられませんが、くれぐれも用心はしていてくださいませ』


「ええ、ウリエルがそう言うのならば、警戒はしとくわ」


『ホムラ、初陣なのか? 私は初陣するのか?』


 焔の左の耳たぶにされている雫の形をした蒼いイヤリングから、そんな声が響いた。

 サファイアの宝石をはめ込んだような蒼いイヤリングが独りでに揺れ、好戦的な意思を示す。


「ううん、まだよ。貴女が初陣する時は私とウリエル、そして貴女が真に完全な状態になった時だけよ。もう少し待っててね」


 焔が諭すように話しかけると、イヤリングは揺れるのを止めた。

 夜空に浮かぶ六つの光を眺めながら、焔は熱っぽく呟いた。


「黒音君との再戦までに間に合うといいな……♪」


『もしかして、ほの字ですか?』


「~~~~~ッ!? も、もう死語よ! てか別にほの字じゃないしっ!」


『今夜は寝かさないぜ、ですね』


「それ女の子の台詞じゃないわよ! ……でも、本当に寝かしてもらえそうにないわね」


 改めて上空を眺めると、焔は夜風を浴びながらもこめかみに冷や汗を流した。

 上空にいるのは黒騎士こと黒音に、黒音と共闘体勢にある海の女神。

 それに雷属性のドラゴンと、自分と情報共有をしている堕天使の漓斗。

 だが今回はそれに加えて、見慣れない契約者が三人。

 そして上空にはいないがもう一つ反応があり、計四つも知らない反応がある。


「わざわざこんな実力者が集まる所に三下は現れないだろうし……考えられるとすれば」


『私達の噂を嗅ぎ付けた四大チームが野戦に加わり始めたか、ですね』


「ええ、強い奴と戦えるから私としてはこの上なく都合が良いんだけど、こうなってくると少し面倒なのよね」


『チーム〈tutelary〉だけが参加しているか、それとも不確定要素がもう少し少ないか……でなければ邪魔が入らない、もしくは協力してくれる契約者が確保出来ない……』


「つまり、アイツを誘い出せない。まあ誘った所でアイツは出てこないでしょうけどね」


 焔がウリエルと契約した最重要目的。

 その相手を探し出すには、強いチームが出来上がりつつあると言う噂をより大きく広める必要がある。

 その為にはすべてに影響力のある四大チームを宣伝要因に使うのが一番手っ取り早いのだが、誘いに乗ってくれる保証もない。


『……まだ出ませんか?』


「そうね、多分黒音君は真っ先に漓斗に接触して、金を払うなりして協力体勢を取るでしょう。すると一番勢力の大きい黒音君には誰もけしかけていかない」


『残りの不確定要素がどう動くかで、私達も戦闘に加わるのですね』


「そゆこと。私達は未だに戦闘に加わらない反応を観察しときましょう」


 焔の左側、十数メートルほど離れた所に、その反応はある。

 焔のように上空にいる契約者の出方を窺っているのか、聖力を圧し殺して動こうとしない。


「いいか海里華、今から俺はある契約者に協力を申請する」


「ある契約者って……新しい仲間なの?」


「新しい仲間になる予定の奴だ。実力は実際に戦った俺が保証する。嬉しいのか面倒なのか、ソイツは金さえ払えば敵にも見方にもなる。でもソイツは人間不信らしいから、詮索はするな」


「まあいいけど、いきなり寝返ったりはしないでしょうね?」


「ないとは言い切れないが、アイツはデメリットになることをしようとはしない。だから大丈夫だろ。あそこにいるのが見えるか? アイツだ」


 黒音が指差した先には、今にも飛び出しそうに腕を振り回す漓斗の姿があった。

 漓斗と海里華はまだ面識がないし、少なからず警戒はされるだろうが、金さえ払えば協力はしてくれる。


「俺達が狙う目的はあの赤い女神とでっかい腕の堕天使だ。接近戦が得意な漓斗が先陣を切って、俺が不意を突いて少しだけ遅れてタッグバトルに持ち込む。海里華は自己判断で援護してくれ」


「私脇役なのね……仲間になるとは言え、まだ仲間じゃない子に主役を持ってかれるのね……」


「あほたれ、今回はお前の戦闘スタイルを考えてお前中心の戦略だ。お前はここで自分に合った戦い方をマスターしろ」


「まるで私が弱いみたいね。私初心者じゃないのに……」


 完全に噛ませ犬扱いされていることに、反論するすべを持たない海里華。

 今までの結果からすれば当然だが、海里華としてはまだ本領の一割しか発揮していないのだ。

 今までは特殊な戦闘が続いていたから思うように実力を発揮出来なかっただけで──と心の中で延々と言い訳を紡ぐものの、それを口に出すことは出来なかった。


「俺に勝てないお前が俺でさえ手を焼いた漓斗に勝てるわけないだろ。いいか、お前は主役じゃないが中心だ。それを意識して全力を投じろ。くれぐれも無茶はすんな。さっきから嫌な予感がするんだ」


「あら、貴方もですのね」


「ひゃあっ!? いきなり背後に現れないでよっ!?」


 相変わらずのスピードでいきなり海里華の背後へと高速移動した漓斗が、海里華の体に触れるギリギリ手前の位置から黒音に話しかける。


「申し遅れました。私が黄境 漓斗ですわ。お金は先払いと報酬の二段階。そうですわね、二千円で手を打ちましょう」


「毎回ながら高いな……そろそろ食費が……」


「だったら私が払うわ。貴方、お金を払えば協力してくれるのよね。必要なら私が払うから、黒音からお金を吸い取るのはやめて」


「ええ、別に誰が払おうと構いませんわ。私は生活費さえ頂ければいくらでも協力いたしますから」


 前金の千円札を漓斗に押し付けた海里華が、左腕に抱える水瓶に意識を集中した。


「二人とも仲良くしてくれよ……まあいいか。作戦は──」


「聞かせていただきましたわ。私が先陣を切ればよろしいのでしょう。実力を知っている黒音さんはともかく、へまをなさらないでくださいね、噛ませ犬さん」


「なっ、人が一番気にしていることをッ……!!」


 火花を散らす水と油、もとい海里華と漓斗。

 黒音が喧嘩を止めようと仲裁にはい──るまでもなく、いきなり二人の契約者がこちらに突っ込んできた。

 相手は黒音達が狙っていた体の至る所から炎が吹き出している女神と、やたらでかい装甲を両腕に装備した堕天使。

 こちらから狙うまでもなく、向こうから来てくれた。

 黒音達は三人。対してあちらは二人だ。

 余程の自身があるのか、行動に迷いがない。


「漓斗、予定通りに行くぞ」


「お任せあれですわ。さあ、我が八岐大蛇(やまたのおろち)の舞を見せて差し上げますわ」


 腰に下げていた六本のレイピアを両手に二本、残りの四本を零力を纏った金髪が掴み、さらに長い髪の中からもう二本レイピアが飛び出す。

 最初からいきなりすべてのレイピアを展開し、黒音を圧倒したあの構えに入った。


「なっ、髪の毛で剣を操るって言うの!?」


「見てろ、あれこそ俺が手を焼いたっつう漓斗の本領だ」


 八本のレイピアを四本二組に分け、二人の契約者の進行を同時に受け止めた。

 そこからはスタミナと忍耐力比べだ。

 漓斗の集中力と零力が勝るか、二人の少女の実力が勝るか。


「ねえ黒音、あの毒舌の子、押されてるわよ?」


「……ああ、らしいな。だがいくらなんでもこんなあっと言う間に……」


 いくら二対一とは言え、漓斗が負けるはずはない。

 身をもって経験した黒音は、それがよく分かっている。

 だがみるみるうちに漓斗のレイピア捌きが攻撃から防御へと変わり、じりじりと黒音の方に後退している。


「俺も加わる。海里華は援護だ。いいな?」


「ええ、任せなさい」


 海里華とフィディを援護に回し、漓斗と黒音の二人で接近戦を繰り広げる。

 実質四対二の状況。そしてようやく互角に持ち込んだ。


(……なに? 互角だと? 四対二で、互角……? この二人、ただもんじゃねえッ……!!)


 漓斗一人では少し重荷かと思い戦闘に加わったが、海里華の水流やフィディの電撃を避けつつ、漓斗の八本のレイピアをいなし、黒音の攻防一体の戦術をも受け止める。

 まるで上がり続ける相手の実力に合わせて自分達のレベルを上げているように取れた。


(いえ、実際にそのようですわ……私達の全攻撃を一切無駄な動きなく捌ききっている……これは、実力者を通り越して化け物クラス……四大チームの契約者と見て間違いありませんわ……!)


「黒音、相手は炎属性の女神だから、私に相手させて」


「海里華、お前一人じゃ絶対に──」


「いいから、やらせて。絶対に迷惑はかけないし、死なないと約束する」


「お、乗り気だねお姉ちゃん。そう言うの大好きだよ!」


「いいですわね、同種族同士、私も差しでやりたいですわ。貴方も、よろしくて?」


「別に、構わない……でも、泣いても、知らないから……」


「ああもう、知らねえからな!」


 フィディを回収し、黒音はタッグバトルを離脱した。

 残る反応は以前圧倒的実力を見せつけた雷属性のドラゴン。

 黒音はドラゴンへ向かって加速し、斬撃を浴びせた。


『っ……黒騎士……!?』


「ああ、随分有名になっちまったな。この前の落とし前は、俺の仲間の分も合わせてきっちりつけさせてもらうぜ」


『……あなたは、なんで契約したの?』


「冥土の土産のつもりか? 気が早えな。まあいい。俺の目的は失った記憶を取り戻すことと、魔王をぶっとばすことだ。お前の目的は何なんだよ?」


『記憶がない……? 私と同じだね……私の目的は、強く優しくあること。あなたみたいに確定した願いはないよ。ただ貫きたい信念の為に戦う。それだけ』


「いい目だ。信念を貫くってことは願いを叶えるよりも難しい。手を抜く気はないが、そう言うとこ俺は好きだぜ」


『ふぇ、す、好き……!? まさかの、愛の告白っ……!?』


『梓乃、後ろです!』


 ドラゴンの一瞬の隙を突き、空中であることを利用してドラゴンの真下から背後へと移動する。

 下から突っ込んだ方が捉えられにくいのだ。

 ドラゴンが振り返ると同時に、ダーインスレイヴを下から上へと滑らせる。


「アレンジ版だ! 〈断絶する暗黒ヴェリアリ・ダークネス空割り(スカイ・ブレイク)!」


 地面を断絶するように刀身を降り下ろす型が〈断絶する暗黒〉の特徴だ。

 黒音はそれを真逆に斬り上げて、遠心力を十分に蓄えることで元よりも威力を何倍にも増幅させた。

 ドラゴンの強固なボディにダメージを与えるのは、神機であっても簡単なことではない。

 本来ならばなんでも真っ二つになる一撃であろうとも、ドラゴンには通用しないことだってある。

 現に本来の何倍もの威力を持つ一撃を食らったドラゴンは──


『ったぁいっ! 普通不意打ちであんな威力出すかな!? 愛の告白にしては過激すぎるよっ!』


 加えられた勢いに逆らわず、それを利用して一回転の後体勢を整えた。


「これでも結構力入れたんだがな……」


『あなたって案外過激なんだね』


「そうか? 実を言うとまだ本気の四割ちょっとなんだが」


『微妙だね……でも半分に到達してないことは分かったよ。流石にこれを食らったらそんなこと言ってられないだろうけど』


 頭をあげ、顎を落とし、大きく開かれた口に急激に龍力がチャージされていく。

 眩い閃光が何度も弾け、ドラゴンの必殺技の準備が整い始めた。


「なあドラゴンさんよ、龍の咆哮ってとてつもねえ威力だが、唯一弱点があるのを知ってるか?」


『……?』


「チャージの途中にチャージしてる龍力を爆発させると、溜めてる龍力が爆弾となってドラゴンでも弱い口の中に炸裂する」


『~~~~~~~ッ!?』


「まさかドラゴンのくせに知らなかったのか? ドラゴンが咆哮を放つ時は、相手が溜めてる龍力に攻撃出来なくなるまで動きを封じてからだってこと」


 急いで口の中の龍力をどうにかしようとするが、流石に発射寸前まで溜められた龍力を今さらどうにも出来ない。


「──っ……ドラゴン、何も考えずに真逆の方へ咆哮を放て!!」


 一瞬戸惑ったドラゴンのあぎとを蹴り、無理矢理方向転換させる黒音。

 蹴られた衝撃も加わり、ついにドラゴンは口に龍力を留めておくことが出来なかった。

 強大なエネルギーが放たれたことによる反動の衝撃が間近で黒音にも伝わり、歯をくいしばってその衝撃に耐える。

 一瞬だが何かの反応を感知した。

 海里華と漓斗は四大チームであろう契約者二人とタッグバトルしているし、仲間への誤射はあり得ない。

 つまり敵だ。不意だとは言えおそらく相手も避けてくる。

 何かが、来る。


『はふぅ……苦しかったぁ……』


「おいドラゴン、どうやら休んでる暇はないらしいぜ」


 黒音の視線の先にいたのは、天使のような翼を生やした大蛇の上に、波乗りするように立つ少女。

 白い鱗をした大蛇は、尻尾の先を少女の顔の近くに持っていった。


「ミッドガルズ、あそこにいるのは多分、同族よ」


『殺るの? ボスの許可は取った?』


「私はボスにスカウトされたの。その条件として、同族を見つけたら戦って殺していいって認めてもらった。だからこれはルール内よ」


 なにやら使い魔の大蛇と話している様子。

 黒音はその時間を利用して、隣にいるドラゴンへと手短に話した。


「いいかドラゴン、一時休戦だ。相手はどうやら俺らを狙ってるらしい」


『ふぇ、私達を狙ってる……? あなたはともかく、私が狙われる理由なんて──まさかッ……!?』


「じゃあ行くわよ。同族、〈終焉の悪戯〉の一柱!」


『あ、アイツ、私と同じ〈終焉の悪戯〉だよ! 蛇ってことは、ヨルムンガンド! 逃げて黒音君っ!!』


「な、なんでお前が俺の名を──」


 大蛇に乗った少女がこちらに突っ込んでくる寸前、ドラゴンは黒音を前肢で左に突き飛ばした。


『同族なら仕方ないよね! 霆の神童、限界まで推して参るよ!!』


 少女とぶつかる瞬間にドラゴンは電流となり、肉体としての形を失った。


「この電圧と狼のようなその姿……やはりあなたはフェンリルね。飲み込んであげるわ」


 どこからともなく現れた小さな蛇が、翼を生やした大蛇の上に乗る少女を光に包む。

 巨大な繭のように光が丸く、肥大化していく。

 やがて繭が一本の線となった。光の線は波打ちながら太く、さらに長く伸びる。

 そしてようやく、繭の表面が崩れた。露になっていくのは、欠片すべてに薄紫色の水流が潤った鱗に身を包む、あまりにも長大すぎる大蛇。

 大蛇の頭と首の境目、魚で言うエラの部分から常に薄紫色の水流が吹き出し、翼のようになっている。

 半径だけでも大人の身長ほどある眼球が不気味に動き、目の前のドラゴンの姿を捉えた。


『っ……これが、ヨルムンガンド……なの……?』


『ああ、ヨルムンガンドは海底でもその巨体をもて余したほどだ。本来の姿よりはまだ細いな』


「何なんだよコイツは……深影の神機でもここまででかくなかったぞ……」


 深影の神機〈すべてを飲み込む幻影(フリスヴェルグ)〉でさえも、まだどうにか出来る大きさだ。

 だが今目の前にいるそれは、もはやどうしようもない、手のつけようがない規模だ。

 例えアイギスで石化させたとしても石化させる前に反撃される。


『でも負けないよ。私は強く優しくある。ママがそうであるように!』


 ヨルムンガンドが行動を起こす前に、フェンリルが先にしかけた。

 電流を纏いながら、ヨルムンガンドの上に飛び乗る。

 荒波のごとく蠢くヨルムンガンドの背中に、強烈な電流の刃を突き立てて走っていく。

 ヨルムンガンドも反撃とばかりに身をうねらせ、フェンリルを落とそうと暴れまわる。

 エネルギーの質はフェンリルと同じドラゴン。

 そして水属性であることは明白だ。

 その姿に違わず、仮に毒があったとしても、フェンリルならば電流で蒸発させるだろう。

 体格こそ比にならないが、属性の優劣や小回りの有利不利でほぼ五分で渡り合っている。


「さて……私達もそろそろ行くわよ。ウリエル、チェンジ!」


『畏まりました!』


 爆炎となって焔とウリエルが一体化し、焔を中心に白い甲冑が集まっていく。

 磁石に吸い寄せられるように、焔の体に甲冑のパーツが連結した。

 そして焔が指を鳴らすと、焔の頭を白いヘルメットが覆い、甲冑すべてに赤いラインが走った。


「さあ行きましょう。The beginn(楽しい)ing of the(宴の始) fun feast(まりよ)!」


 右手に滑らかなフォルムの長剣を持ち、背中に広げた紅の光を帯びる天使の翼で風を打つ。

 それぞれ広がる戦場を眺め、焔は一点を捉えた。


「同種族同士のタッグバトルに割り込むのは面白くないし……やっぱり黒音君の所に行きましょうか♪」


 最初からそのつもりだったくせに、と言うウリエルの呟きを無視し、焔は全速力を持って黒音の方に突っ込んだ。


「いぇーい!」


「うおっ!? 焔、いや白騎士!」


 突如背中にかかった重圧に、黒音は思わず前につんのめった。

 ぶつかり合う甲冑同士ががちゃがちゃと音を立て、黒音は背中にぶつかった甲冑の両肩を掴んで自分の体から引き離した。


「焔でいいわよ。名前知られても負けないし」


「相変わらずだな……じゃあ焔、あれが見えるか?」


「ええ、でっかい()と雷属性のドラゴンが戦ってるわね。私には雷属性のドラゴンが弄ばれてるように見えるけど」


「鰻……? いやへび──」


「う・な・ぎ・よ! あれは蛇じゃないわ鰻なのよ!」


 珍しく高圧的な態度と口調で黒音の言葉を押し潰しにかかる焔。

 だが黒音はそんな焔の頬に伝う僅かな水滴を見逃さなかった。


「……焔ってもしかして、蛇苦手?」


「わあわあわあっ! 言わないでぇ!」


 図星をつかれた途端、顔を真っ赤に染めて慌てる焔。

 黒音はうつむく焔の(甲冑に覆われた)頭に手をおき、ぐりぐりと撫で回した。


「いや別に恥ずかしくはねえだろ。俺だって苦手なモンはあるし」


「ふぇ……黒音君が苦手なものって?」


「今はどうでもいい。それより俺は雷属性のドラゴンを援護しようと思う」


「あらどうして? 劣勢な方を助けたくなるタイプ?」


「否定はしないが、あのドラゴン、俺のことを知ってるみたいだったんだよ。だからなんで甲冑で顔が隠れてる俺のことを何の迷いもなく名前で呼んだのか。いろいろ聞き出す為だ」


 今にも丸飲みされてしまいそうなフェンリルを眺め、ダーインスレイヴの柄を握りしめる。


「おっけ、丁度相手を探してたのよ。黒音君から挑んでくるまで戦わない気だったから」


「とことん好きなものは後に取っとくタイプだな。かく言う俺もそうだけどな!」


 黒音は漆黒に染まった羽で大きく飛翔し、焔は純白に澄んだ翼で空高く飛び上がった。

 何とか電流の壁で毒を含んだ水流を蒸発させてはいるが、毒に犯されるのも時間の問題だ。


「ザンナ、生き血を吸い尽くせ!! 神機奥義〈千刃煌牙ティスィチ・リェーズヴィエ〉!!」


「それ神機だったんだ。だったら──神機奥義〈無敵の輝きシャイン・アンビーダブル〉!!」


 何重にも重ねられた剣撃が、さらに分身して無数の光の線となる。

 その隣で、焔も白い長剣を大きく二回振り回した。

 重なった二つの線が十字となり、無数の光に続く。


「なっ、まさかその剣も神機なのか!?」


「ええ、クラウ・ソラスって言うの。私はクララって呼んでるわ」


「お前って奴は、とことん期待を裏切らないな」


 相手の体躯が大きすぎるおかげで、狙っていなくても勝手に攻撃がヒットする。

 すべての斬撃がヨルムンガンドにヒットし、ヨルムンガンドは野太い絶叫とともに身を縮めた。


「にしても巨大ね。ダメージは与えられてるみたいだけど、大きすぎてキリがないわ」


「それでもあのドラゴンの援護になればいい」


「そう、だったら軽く三枚おろしにしましょう。ラボーテ!」


 星々に彩られた夜空に、ふいに光が差し込む。

 夜空の光っている所から、薄い炎のベールが焔の元まで伸びてきた。

 肌を焦がすような熱とともに、それは現れた。


「角の生えた馬……? ユニコーンか」


 焔の隣に舞い降り、頭を下げる馬。

 普通の馬よりは一回りほど大きい。頭にドリルのような角の生えている馬に、焔は軽いジャンプで飛び乗った。


「この子の名前はラボーテ・ペガサロス。本名は〈不死身の天馬(クサントス)〉って言うの。生物系の神機よ」


「二つ目の神機……!? それに武器系と生物系を両方だと!?」


「どう? 驚いたでしょ? と言ってもこの子はある人から授けられたんだけどね」


「……だが、見せ場は全部持ってかせねえぞ。フィディ!」


 黒音の背後に展開された紫色の魔方陣から、鋼のボディーが再び露となった。

 長い首と尻尾、そして鉄の板のような二枚の羽で風を打つドラゴン。

 全身に紫電を纏っている。


「コイツはアリフィディーナ。金剛龍インライディナと紫電龍アリフィロムの間に生まれた〈混血の仔龍(ハーフドラゴニューム)〉、剛電龍アリフィディーナだ」


「こ、これはまた、とんでもないものを出してきたわね……インライディナもアリフィロムも、六芒星の代表格じゃない。その二体の子供だなんて」


「これで神機に張り合えるだろ。行くぞフィディ、ザンナ、サンティ!」


「貴方だってとことん期待に応えてくれるわ。行くわよラボーテ、クララ!」


 黒音はフィディに、焔はラボーテに騎乗し、背中の翼を仕舞った。

 黒音は右手にダーインスレイヴの魔剣、左手にアイギスの盾を装備し、焔は右手にクラウ・ソラスの柄を握りしめ、左手はラボーテの手綱を握る。


「一斉攻撃だ!」


「それ面白そう!」


 フィディの強大な電圧の咆哮、ラボーテの角から放たれた炎の槍、ダーインスレイヴの無数の斬撃、クラウ・ソラスの十字斬撃、アイギスの石化レーザー。

 二人の持てる力すべてを結集した攻撃が、一心にヨルムンガンドへと注がれる。


「「殲滅せよ! 〈天使と悪魔の狂想曲(カオス・デスマーチ)〉!!」」


 四つの神機、一体の混血龍、そして二人の契約者から放たれる一撃。

 鮮やかな輝きを放って突き進む大砲が、突如方向を変えた。

 独りでに屈折したビームが、相当先の場所で爆発した。


「な、今のは難しいコントロールなんてなんもなかったはずだ!」


「誰かに弾かれた……? でもあのエネルギーを弾くなんて……」


「簡単だよ。磁石にSとNがあるように、エネルギーにも相性がある」


 その声の主は、とある天使の契約者。

 薄暗い夜空でもはっきりとわかる明るい茶髪、澄みきった紅の双眸。

 穏やかそうな面持ちと、それとは正反対の絶大な聖力。

 目線だけで何でも焼き切ってしまいそうなその迫力は、黒音でさえもたじろいでしまう。


「なん、なんだ……アイツは……あんな奴、俺は知らねえぞ……!?」


「あれ、僕のこと知らないの? 僕こそ〈tutelary(守護者)〉のリーダーにして、最強の天使。紅嶺あかみね 白夜はくやだよ?」


「なっ……〈tutelary〉のリーダー!? ってか、紅嶺って……」


「久しぶりだね、愛しい妹。会いたかったよ」


 黒音の隣で、ラボーテの上で肩を震わせ、歯をくいしばっている焔。

 自分の傍らに種族最強、天使最凶の存在をおいた白夜は、そんな焔に優しく言葉をかけた。

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