表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が紡いだ御伽噺(フェアリーテイル) ~avenger編~  作者: シオン
~avenger編~ 第二章「緑のドラゴン」
10/42

第二話『I motsats』

 黒騎士と守護者の悪魔が睨み合っている間に、漓斗は黒音から借り受けたフィディを走らせてもう一つの戦闘を傍観していた。

 漓斗が戦う理由は生活費を稼ぐ為だ。それには契約者から金を巻き上げるのが一番手っ取り早い。

 そしてスマートに、消耗の少ない最小限の戦闘で金を巻き上げる為には、弱った契約者を潰した方が圧倒的に効率がいい。

 黒騎士である黒音とはもう情報提供による契約が結ばれている。

 黒音が相手している悪魔の青年はとりつく島もない。

 そして死神の契約者は行方不明。となると、今手が出せるのは雷属性のドラゴンと、不自然な雰囲気を放つ天使だけだ。

 本来ならばチームをまるごと潰して大金を巻き上げるのだが、そう都合よく弱小のチームが見つかるわけもない。


『黄境 漓斗、本当に手伝わないのですか?』


「この声は……貴方ですわね、フィディさん。必要ありませんわ。彼自信が手を出すなと仰ったのですから。少しは主のことを信用してはどうですの?」


『貴女はマスターに人間不信と言っていました。そんな方が私に信用とは。失礼ですが、片腹痛いです』


「……貴方、なかなか言いますわね……さらっと人の核心を突いていますわ……」


 剛電龍の毒舌っぷりに、さしもの漓斗も怯まずにはいられなかった。


「私にはもう人の心がありませんの。すべてに失望しているから……だからこそ、他の方には人を信用する心を忘れてほしくはありませんの。私の二の舞を踏んでほしくありませんから」


『変わった方ですね。やはり理解出来ません』


「そう、ですわよね……」


 こんなことを経験したのは恐らく自分だけ。

 そう言い切れる自信がある。だからこそ、誰にも理解されない。


『ですが共感は出来ますよ。誰かに自分と同じ過ちを踏んでほしくないと言う気持ちだけは、ね』


 仲間を守ると言う一心で身代わりとなり、死ぬはずだった龍の体に乗り移ることとなった哀れな英雄。

 こんな道は、誰であろうと辿ってはならない。

 誤った友情は、悲劇しか生まないのだから。


「……あら、あの天使……どこかで見たことがありますわ……」


『不思議な契約者です。聖力の中に魔力を感じます』


「聖力の中に、魔力……? まさか、あれは〈聖魔の双姫(デュアル・プリンセス)〉……!?」


 だとすれば、あのドラゴンに勝ち目はない。

 他の無法者デスペラードが相手ならば、まだよかっただろう。

 だがその中でも、リーダーとその妹、そして天使にだけは手を出してはいけない。

 世界最強の片割れは、片割れであろうとも一流の契約者が太刀打ち出来るレベルではないのだ。

 相手は一流など軽く捻ってしまう、極みなのだから。


「今回の獲物はあのドラゴンですわね。以前はあのドラゴン、相当な強さだとお見受けいたしましたが、あれが相手では霞んでしまいますわ」


『良く言えば自由人、悪く言えば無法者……それがチーム〈soul b(魂の)rothers(兄妹)〉……』


 目をつけられたが最後、すべてを破壊されるまで解放されることはない、最低最悪の破壊者達。


「違いないな……いいだろう。かかってこい、名もなき弱者よ」


「俺は未愛 黒音! 黒騎士の契約者だ! 覚えとけ!」


 ドラゴンと天使の少女がぶつかり合う隣で、とうとう黒音と守護者の青年との戦闘が始まった。

 黒音は最初から神機の力を全開で使っているようだ。


『へ……黒騎士が……未愛君……? うそ、そんな……』


「よそ見はいけないの。私はよそ見をして勝てる相手じゃないの」


 桁外れの聖力を持って、技も戦略もなく力業でドラゴンを追い詰めていく少女。

 あの姉妹・・が〈聖魔の双姫〉と呼ばれていた頃はこんなナンセンスな戦い方はしなかっただろう。

 もしくは押さえつけた(・・・・・・)戦い方のままだっただろう。

 だが今となってはならず者の一人として数えられる無法者。

 今まで肩書きと威厳に縛り付けられていた彼女の狂暴性が、無法者となったことで露になる。


『くっ……こうなったら──』


 ドラゴンは強靭なあぎとを落とし、そこに龍力を集中していく。

 ドラゴンの代名詞とも言える〈龍の咆哮(ドラゴン・ブレス)〉。

 大きく開いた口に溜め込んだ龍力を、一気に放つことで爆発的な破壊力を生む。

 ドラゴンだけの技と言うわけではないが、これはエネルギーを溜めている間に攻撃されても揺らぐことのない崩御力がないとあまり現実的ではない。

 ──だが彼女は違った。


「龍の咆哮……? 面白いの。正面から打ち砕くの──」


 天使の少女も可愛らしい口で大きく息を吸いながら、口の前にバスケットボールを持つような形で手を添えた。


「まさか、ドラゴン相手に咆哮で勝負する気ですの……!?」


『六芒星の前に消し飛べ──〈鎖狼龍の咆哮(フェンリル・ブレス)〉!!』


「これが聖魔の力──〈聖魔の激昂ディザイア・インセンスド〉!!」


 少女の方が少し遅れて咆哮を放ち、凄まじい衝撃を伴って二つの咆哮がぶつかった。

 ドラゴンが放ったのは薄緑色の電流が結集した莫大な電圧のエネルギーレーザー。

 その一撃は六芒星と言う肩書きに違わず、強烈な破壊力を持って少女の咆哮を──


「ガァァアァッ──!!」


(う、うそ……私の咆哮が、押されてるッ!?)


 本家本元の咆哮に、真正面から対抗するもう一つの咆哮。

 黒い魔力で縛って無理矢理収束させた白い聖力が、ドラゴンの放つ咆哮を急速に分解・・していく。

 少女の咆哮がドラゴンの咆哮を様々な方向に散らしてしまうのだ。

 少女の咆哮とぶつかることで収束率の落ちたドラゴンの咆哮は、遅れて発射された少女の咆哮に容易に押し返された。


(そん、なッ……私の咆哮が、効かな──)


 ドラゴンが回避しようとする前に、少女はトドメと言わんばかりに咆哮の威力を倍加させた。

 先程までの二倍以上の太さとなった咆哮は、ドラゴンの咆哮だけでなくドラゴン自体を飲み込んだ。


「消し飛ぶのはそっちなの。私はルーチェル・サウザンド。最低最強の〈滅天魔術(ディザイア・スペル)〉使いなの」


 死神の少女と同じく淡い光に包まれて街に墜落していくドラゴン。

 あまりにダメージが大きすぎたせいで、パートナーとの一体化を保っていられずに、変身を強制的に解除されながら落ちていった。

 あのダメージのまま地面に打ち付けられれば──皆まで言う必要はない。


「さて……財布の金を頂戴致しましょうか」


『黄境 漓斗、聖魔の少女には手を出さないのですか?』


「これでも命が惜しいんですのよ。だから手に入る分だけで結構ですわ」


 いくらドラゴンとの戦闘で消耗しているとは言え、後数発はあれが撃てるのだ。

 ドラゴンを消し飛ばす咆哮が。

 あんなものを食らってしまったら、いくらレイピアを八本も同士に操れるからと言っても、話にならない。


「あちらの方も激化して──って、なんですのあの化け物はっ!?」


『あれは神機ですね。生物系の神機は厄介ですよ』


「あの方も神機を使えたんですのね……」


 知能レベルこそ人間の姿になれる武器系の神機よりも低いが、万能性にかけては武器系を遥かに越えている。

 生物系は騎乗することで高速移動が出来る上、武器系よりも忠実で、扱いやすい。

 戦闘力も武器系はその名の通り武器を持たなくては身体能力の高い人間レベルになるが、生物系はそもそも己自身が武器なので、戦闘力が絶対に下がらない。

 何かにおいて生物系の方が便利なのだ。


「なっ……黒音さんを、食べましたわ……ッ!?」


『問題ありません──と言いたい所ですが……』


 あの大鷲のような怪鳥の体内がどうなっているのかもわからない以上、軽率な判断は出来ない。

 ──くちばしの先から変色していった光景を目にするまでは。


「私のレイピアと同様に、石化させましたわね」


『サンティさんの特性は、目視したものを石化させると言うもの。いかなる物質であろうが生ける生命体であろうが、すべてに例外はありません』


 くちばしの一部を破壊し、脱出した黒音。

 その表情には、少なからず焦燥の色があった。


「……どうやら一時的ながら休戦したようですわね」


 悪魔の青年がその場から消失した後、漓斗は再びフィディを走らせて黒音に接近した。


「すごい駆け引きでしたわね。それに二人ともの戦闘力、目を見張るものがありましたわ」


「ああ、でもな、俺の実力は本当にアイツの足元に及んだくらいなんだ。アイツを越えるには、まだまだ力がいる」


 自分の目には互角に戦っているようにしか見えなかった。

 現に相手の巨大な生物系の神機をまるごと石化させていた。

 あれは到底自分には真似の出来ない領域だ。

 漓斗は黒音の欲する力の理想が強欲にも見えた。


「今日はありがとうな」


「お金をもらったのですから、当然ですわ。でも私、ほとんど何もしていませんわよ?」


 したことと言えば、黒音の使い魔を借りて、空中遊泳しながら他の戦闘を眺めていただけだ。

 だが黒音は首を横に振り、フィディの冷えた鋼鉄の額を撫でて、


「共闘体制を取るってことが重要なんだよ。俺は落ちた女の子を見てくるよ」


「何故ですの? もう死んでますわよ。心臓に直接銃弾を受けたのですから」


「いや、死神だから案外生きてるかもよ? それに俺はあの子を仲間にするつもりだからな」


 ──なら俺も改めて名乗る。俺は未愛 黒音。そう遠くない未来に、お前のチームへ挑戦する。これは宣戦布告だ。受け取れ。


「なるほど、魔王ですか……」


 チーム〈tutelary(守護者)〉に挑戦すると言うことは、結果的に魔王に挑むこととなる。

 そんなの、ただ命を捨てにいくようなものだ。

 だがいつもならバカにするはずが、言葉が出てこない。

 この男なら、本当にやりかねないと思ってしまう。


「あ、そうそう、漓斗。お前も仲間に加える予定だから。そのつもりでな」


「……へっ!? わ、私もですのっ!?」


 ──黒音君ってば、私を含めてこの街に最初に集まった面子を全員集める気みたいよ?しかもそのうちで女神はもう率いれてる。私は最後にしてもらうつもりだけど、次は貴方かもね。


(本当にやる気なんですのね、守護者との決闘を……)


「いつかお前を金じゃなくて心で動かして見せる。待ってろ」


 ──いつか貴方を、僕の心で動かして見せます……!


「貴方って……本当に似ていますわね」


「へ? 誰とだよ?」


「んー、元カレですかしら?」


「え、元カレ……? お前が……?」


「ど、どう言う意味ですのっ!」


 あまりに意外そうな、と言うよりそもそも信用していなさそうな顔で身を引く黒音に、漓斗は思わずレイピアを突きつけた。

 しかし次の瞬間、レイピアを持つ漓斗の手が震えた。


「傷口が開いてますわ……こんな状態で……」


 帯が緩んだ病衣から覗く黒音の体は、見えるだけでも胴体の大方や両腕、顔面の半分を包帯で覆っている。

 所々から血が滲んでおり、傷口が開いているようだ。


「ああ、大丈夫だ。かすり傷ごときで休んでられない。俺は強くならないといけないからな。お前も気を付けろよ、未来の仲間」


(この人は、本当に……)


 この澄み切った瞳を見ていると、羨ましく、いっそ妬ましくなってくる。

 漓斗はレイピアを腰にしまいながら顔を背けた。


「とっとと行きなさいな。座薬の代わりに私のレイピアを突き刺しますわよ?」


「お、お前ならやりかねないな……じゃあ、またな」


 フィディを死神の少女が墜落した方向へ向けて飛ばし、黒音の姿が見えなくなった所で、漓斗はいきなり変身を解除した。

 翼がなくなり、地面へ向けて一直線に落ちていく。

 だが漓斗は空中で軽く体制を変え、足の爪先から地面に着地した。

 一切ぶれることなく、体制が崩れることもなく、狙い通りの場所に狙い通りの体制で着地する。


「アザゼル、帰りますよ……」


『ふむ、ドラゴンから金は取らないのか?』


「今はそんな気分じゃないんですよ……あの人は、勝手に人の心を掻き乱す……」


 心を偽り、人を騙し、陥れ、蔑み、蹴落として生きてきた私の心を。

 腐り切って、穢れ切った私の心の壁を、息をするように取り除いていく。

 いつの間にか丸裸にされた心に直接語りかけられる感覚。

 一番苦手なタイプだ。どれだけ自分が醜いか思い知らされる。


「ふぅ……今日はまっすぐ帰りますよぉ。そんなにお腹も空いてませんしねぇ」


『そうか、では俺がコンビニで何か適当に買ってくるぞ』


 一瞬だけ、アザゼルの表情が辛そうに見えた。

 だがそれも本当に一瞬で、すぐにいつも通りの面倒見のいい兄のような表情に戻る。


「えぇ、お願いしますねぇ♪」


 後ろで切なそうな顔をしたアザゼルに見送られながら、漓斗は人混みに紛れていった。


「どうしてッ……!!」


 とある路地裏で、そんな少女の怒声が響いた。

 闇に溶け込みそうな紫色の髪は少女の腰まで伸びており、少女の体を覆い隠すように広がる。

 暗闇でもはっきり分かる相貌は、アメジストのように輝いている。


「どうして負けてばかりなの……!? 死神はすべての種族の上に立つ存在じゃなかったの……!?」


『そう、死神は最強の存在よ? でもね、知識も経験もなければ勝つことは出来ない』


「私が、無知だから……? 私が無経験だから……? だから、あなたの力を引き出せない……本当の力を……」


 死神は他の種族と違い、超少数の種族。

 一つの大陸の中でも指で数えられるほどしかいない。

 だからこそその戦闘力は破格で、すべてのステータスにおいて最強を誇る。

 だがパートナーが無力な器では、さしもの死神でも力は発揮出来ない。


『仕方ないわ。知識も経験も、戦いの中で掴むものよ』


「でも、このままじゃ……いつか死んじゃう……」


(……死の恐怖に捕らわれ始めてる……もう、ダメなのかしら……この子の才能はとてつもない。肌で感じられるほどだったのに……)


「このままじゃ……本当に、あなたがっ……」


 ──へ? どうして自分の心配をせずに、私のことを心配しているの? ろくに力になってもいないのに。

 アスモデウスは目の前にいる少女が不思議でならなかった。


「あなたがいなくなったら……私は何を希望に生きていけばいいの……?」


『貴女って子は……』


 一瞬でも見限ろうとした私のことを心配してくれる彼女を、私は離したくない。

 今時の契約者に珍しい、自分の身を削ってでも誰かを案じるその心を、私は守りたい。


『ねえ、貴女は本当に強くなりたい? 強くなりたいとしたら、何の為に強くなりたい?』


「強くなれるなら、なりたい……あなたの為に……生きる希望をくれたあなたの為に、私は強くなりたい……!」


『そう……なら、巨神の大鎌を探しなさい』


「巨神の大鎌……? それがあれば私は……強くなれるの……?」


「強くなれるかは貴女次第。でも何かしらの形で今の現状から抜け出せるわ」


 でも彼女に認められなくては逆に刈り取られる。

 これは大きな賭けだ。もし認められればアスモデウスは百パーセント所か五百パーセントの力を使い切ることが出来る。

 だが認められなければ肉体から魂を刈り取られ、亡骸となる。

 抜け出すのは果たして勝てない現状か、己の体からか。

 最高神の持つ最高クラスにして最固の頑丈さと切れ味を持つ神機〈巨神の大鎌(アダマス)〉は、とにかく気まぐれだ。


          ◆◆◆


 相も変わらずリンゴをしゃくしゃくと咀嚼しながら、黒音は包帯の上から体を撫でる。

 時々海里華の目を盗んで筋トレしようとするが、すぐに見つかってしまうせいでろくに体を動かしていない。

 契約者として復帰して、果たして前々通りに戦うことが出来るのだろうか。

 入院してから早六日目。傷口はすっかり塞がり、傷跡すらも残っていない。

 流石は人外の種族と言うことか、根本的なステータスが違う。

 一生物の傷を負っても、時間が経てば跡形も残らず完治している。


「もう剥かなくていいぞ。腹ん中ちゃぽちゃぽだ」


「にしても、これからに差し支えがなくて安心したわ」


「オタクが無茶なことしなけりゃ今頃はオタクを含めて三人くらいの仲間に囲まれてたんだろうけどな」


「ぅぐっ……ご、ごめんなさいって言ってるでしょ?」


 本来もう少し早く判断を下して行動すればこんなことにならずに済んだ為に自分にも落ち度があるとは思ったが、それでもその大元の原因を作った張本人に一番落ち度があると黒音は確信する。


「ったく……そう言えば最近、緑那は顔出さねえな?」


「そう言えばそうね。あの子なら毎日来てもおかしくないのに」


「もしかしてパンツ見ちまったことまだ気にしてんのか……?」


 頭に浮かぶ緑のレースを振り払い、黒音はリンゴの最後の一切れを平らげた。


「へ? パンツ?」


「あぁいや、なんでもない。親と旅行にでも行ってんのかね」


「ああ、そっか。アンタは知らないのよね。梓乃の両親は幼い頃に二人とも亡くなってるの」


「……へ、嘘だろ?」


「冗談で親友の親を殺したことにすると思う?」


 まさかそのせいで暗かったのか? 両親の命日が近い、とか。


「でも分からないわね。命日は後四ヶ月も先だし……あの子が暗い理由って何なのかしら……」


「命日じゃねえのか。そもそも本当に両親が原因なのか?」


「親友として解決してあげたいんだけど……あの子が暗くなってる所なんて、滅多に見ないから」


「……メールでもしてみるか」


 出会って初日に交換した連絡先。

 あの時は後悔ばかりしていたが、今となっては心の支えになっている。

 梓乃や海里華と言う守るべき存在や、焔と言う目指すべき存在がいることで、今の自分は今よりもっと強くなれる。……気がする。


「俺が言うのもなんだが、元気にしてるか? 俺はとっくに完治したぞ、っと……こんなもんか」


 人にメールを打ったことがない黒音。

 それっぽい言葉を選んで送信ボタンに指をかざすものの、送信まで指が進まない。


「そう言えば俺の身の回りにメールを打つような相手全然いねえじゃん……」


 緊張で指が震え、そして梓乃相手に緊張している自分がバカらしくなって送信ボタンを押した。


「明日は退院だから、外出用の服を持ってくるわね」


「ああ、悪いな」


 窓際から空を眺め、ほんの少し胸がざわめき立った。

 なにか嫌な予感がする。とても、不吉なことが起こる気がする。


「なあ海里華、もし俺やお前を含めて、俺らの友達に何かあったら、頼むぞ」


「なによ、気持ち悪い。変なこと言わないでよ」


「何か、変な感じだ。お前も知ってるだろうが、契約者の勘とか予感ってのはすげえ確率で当たるんだぜ」


「……梓乃……あの子は、大丈夫かしら……」


 同じ空の違う場所。黒のTシャツの上からミリタリージャケットを羽織り、深緑のテーパードパンツにアンクルストラップのサンダルをあわせた大人っぽい姿の少女がいた。

 少女の腰まであるポニーテールには、緑色の髪と銀髪が入り交じっている。

 少女は長いポニーテールを揺らし、深い路地裏に入り込んでいった。


「……エネルギー反応は三つ……悪魔二人とドラゴン一人ですね……簡単に気配を察知されるようなら、隠れなければいいのに……」


『誰も、お前ほどの才能は持ち合わせていないのだ』


「生温過ぎて吐き気がします……行きますよフェンリル(・・・・・)


 少女の肩にいつの間にか乗っていた仔龍が黒い電流に変わり、少女に落雷した。

 強大な電流をその身に浴びた少女は、丸焦げになる所か生き生きした様子でその姿を変貌させた。

 少女の体は面影を感じさせないほどに巨大化し、新幹線ほどの太さと七メートルを越える長大な全長をしている。

 フェレットを新幹線のサイズまで巨大化させたような姿のドラゴンの黄色い体毛からは、黒い火花が常に迸っている。


『十秒で終わらせますよ。精々逃げなさい。人が無意味に足掻く姿を見ることが、唯一私の心を高ぶらせるのだから』


 突如現れた六芒星のドラゴンを目の前に、三人の契約者は絶句して腰を抜かす。

 死や恐怖をそのまま具現化したようなドラゴンが、体に迸る黒い火花をさらに激しく弾けさせる。

 火花一つ一つが連結し、鎧となってドラゴンの身を包んだ。


『どうせ最後です、名乗って差し上げましょう。私の名はセリュー・エヴァンス。あの有名なドラゴンの英雄、リュッカ・エヴァンスの娘です』


 かつて十年もの間契約者の世界の頂点に君臨し続けた伝説の英雄達。

 その中でも一番の変わり者と言われたドラゴンの英雄、リュッカ・エヴァンス。

 あまりに強すぎる力と、誰にも別け隔てなく接することの出来る人間性から〈大地の恵み(フレイヤ)〉と謳われた彼女。

 その歴史を受け継いだ娘が、今目の前になる。

 まともな人間性の欠片もなく、あまりに強すぎる力だけを備えて。


『では……霆の巫女、還りて廻ります……』


 連結した棘状の黒い鎧が、その切っ先に黄色い電流を蓄えていく。

 そして一瞬にして、三人の契約者もろともその場が焼け焦げた。

 棘状の鎧に溜まった電流を一点に集中することで、強大な威力を生んだのだ。

 まばたきする間もなく、その場に静寂が訪れる。

 これは契約者の戦いと言うよりは、害虫の駆除に近かった。


『きっちり十秒ですね。やはりあっけなかったです』


 死体すら残らず、攻撃範囲からずれた体の一部だけが無惨に転がる。

 セリューはそれすらも黒い電流で焼き払い、抑え込まずに嗤った。


『くふ……あはははッ! 弱い……弱すぎます!』


 路地裏に木霊するドラゴンの嗤い声。

 ふいに嗤い声が止むと、セリューは変身が解け、少し苦しんでいるようにも見えた。


「やめ、なさい……勝手に出てこないでください……!」


『なんで……? なんでなのセリュー!? なんで関係のない人を傷つけて、殺してっ……』


 セリューとフェンリルの耳だけに届く、もう一人の少女の声。

 少女の声は悲痛に震え、泣きながらセリューに訴えかける。


「それが楽しいからに決まっているでしょう? 弱者は強者に食われる為に存在しているのです。それ以外に存在価値のない弱者に価値を与えている強者は罪ですか?」


『そんなの一生懸命に生きてる人達に対する冒涜だよ! 私の、私達の望みは……ただママの名を汚さないように生きること……私は強く優しくありたいの!』


「強く優しく、ですか──ふざけているんですか?」


 セリューは黒い電流をまとった拳で、アパートの壁の一部を粉々に打ち砕く。

 今も崩れずに形状を保てていることが不思議なほどに、アパートの壁には蜘蛛の巣状の亀裂が無数に走っていた。


「強くなれば優しさは偽善となる……優しくなれば強さと言う牙は抜け落ちる……強さと優しさ、その両方を共存させることなど不可能なのです!!」


『不可能じゃない!! ママは現に強く優しくあった……だから私達も──』


「本当の娘じゃないくせに……私に口答えするな!!」


 セリューの怒声が、ついにアパートの壁を崩れさせる。


「お前は私の魂を収める器にすぎない……ただの器の分際で私に楯突こうなど──かはっ……!?」


『セリュー……? どうしたの、セリュー……?』


「ぐ……ぁ……龍力が、尽きて……」


 セリューの体から発せられる電流は火花を残して消え失せ、セリュー自身も地面に膝をついて浅い息を繰り返す。

 龍力で存在している彼女にとって、龍力の消耗は命の消耗に比例する。


『龍力……? 龍力が少なくなってきたんだね。フィル、お願い』


『心得た。受け取れセリュー』


 フェンリルから流れ込む龍力が、セリューの呼吸を正常に戻していく。

 やがて呼吸が落ち着き、セリューが歯を食いしばった瞬間、セリューは意識を失ってその場に倒れ込んだ。

 気絶したセリューに代わり、今度は悲痛に泣いていた少女が表に出る。


「セリュー……どんな人にも別け隔てなく接することが出来る人……これが優しさなんだよ」


 セリューと少女の人格が入れ替わったことで、セリューの顔つきや髪の長さも変化した。

 寝癖のように明後日の方向に跳ね返っている癖っ毛のポニーテールと、子犬を思わせる丸い瞳。

 大人っぽい外見と雰囲気だったセリューが、一瞬にして幼い少女へと変貌した。


『その……大丈夫か?』


「うん、ありがとねフィル。大丈夫だよ。セリューの悪い心は、私の悪い心でもあるから、受け入れなきゃ」


『お前は本当に、強いな……』


「えへへ……セリューほどじゃないよ。私は確かに偽善者かもしれない。でも救える命を見過ごしたり、助けを求めてる人を無視したりは出来ないんだよ」


 私のママは物知りで、どんな人にも分け隔てなく接することの出来る優しい人。

 でもママは優しいだけでなく、全てにおいて強かった。

 何者にも屈しない精神と、全てを打ち砕く力。

 皆はそんなママに敬意を表して〈大地の恵み(フレイヤ)〉と呼んだ。

 でも知ってる人はほんの一部しかいない。

 ママの本当の強さは、どれだけ虐げられても心から許して接することの出来る、並大抵ではない優しさと言う覚悟にあることを。


「さてと、久しぶりに未愛君のお見舞いにでも行こうかな」


『お菓子はほどほどにな』


「わ、分かってるよ。前は気が動転してただけだもんっ」


 ふさふさな犬の尻尾のようなポニーテールを揺らし、少女は友達のいる病院へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ