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学校の怪談1

 4月8日、ぼくは進級した。だから何かあるわけじゃないし、嬉しいわけじゃない。ただ、学年が一つ上がっただけだ。いつもと同じ学校だし、クラス替えをしたってどうせ、前におなじになった人たちばかりだ。

 ぼくの出席番号はいつも一番。だから、この時期の座席はいつも同じ、教室の前側の扉の近く、一番右の一番前。周りはみんな目を輝かせて、仲の良い友達と同じクラスになったとか、なれなかったとか。担任がどんな人なのかとか、楽しそうに話してる。でもぼくは、そんな気分にはなれない。なんでだかわからないけど、他の人たちと同じようにする気持ちには全然ならない。なんでだろう。どうしてあんなに楽しそうなんだろう。ぼくだって、楽しく笑って友達と話したいのにな。


 始業式からしばらく経って、クラスの中でのグループがある程度出来上がってきた。ぼくは当然一人。もちろんいつも通り。悲しい時もあったけど、もう慣れてしまった。

  休み時間になると、ぼくは本を読む。本を読むのが好きなわけじゃないけど、他にやることないし。お父さんに、賢くなるからたくさん読みなさいって好きなだけ買ってもらえるから、読む物に困ることもないし。最近はホラーものにはまっている。誰が死んだり、血まみれになったりするのがぞくぞくする。

  教室の中は騒がしい、男子がじゃれ合いながら机椅子にぶつかる音、女子のキャーキャーいう騒ぎ声。昼休みとかなら図書室で静かに読むところだけど、あと5分で授業が始まっちゃうから行けそうにない。隣の席に群がっている人たちの声も容赦なく耳に入ってくる。

「ねーねー、学校の怪談って知ってる?」

「見たことならいくらでもある。」

「あー、それじゃなくて、学校にある怖い話というか、うわさ話というか、そんなやつのこと。」

「吉岡のかあちゃんがヤクザで5人殺したことあるとか、米川のアホ毛は付け替え式だとか、そういうの?」

「違う違う全然違うよ。えー、雅は知らないのー?だっさー。」

「はあ。」

「例えば昔自殺した子があるトイレに出るとか、階段の鏡から異世界に行っちゃうとか、そういう感じのやつ。この学校って歴史が古いでしょ。だから、そんな感じの話がいっぱいあるんだって。例えば・・・」

 ブツッっという音を前触れに、チャイムが流れた。隣の群がりも会話をやめ、席に戻っていく。学校の怪談ってうちの学校にもあったんだ。いったいどんなのがあるんだろ。


 そのあとの授業は全く耳に入らず、どんなものがあるのか気になって仕方がなかった。思い切って話をしてた前野さんや広岡くんに聞いてみようかと思ったけど、そんなことはとてもできなかった。


 家に帰ると、小3の妹と小1の弟が机の下でじゃれあっていた。何か学校の怪談のこと知らないかな。

「ねー、和希、響、うちの学校の怖い話とか聞いたことない?」

 ふたりとも机の下で戦いを続けていてまるで聞いてくれない。

 しかたがないので妹の和希をやっつけることにした。

「ちょっと、お姉ちゃん、響の味方するなんてずるーい。反則だよ。」

「だって話し聞いてくれないんだもん。覚悟しろ!」

 枕でバンバン、後頭部を叩く。和希が頭を抑えて守りに入る。ふふふ、お姉ちゃんは強いのだ。響も途中から一緒になって、和希を枕でたていている。

 こうさんこうさーん!和希が両手で床を叩き、敗北宣言。どうにかこうにかで戦いを終わらせることができた。響は喜んで、台所の方に消えていった。

「それで、話ってなんなの?」

 和希が無念そうな顔で聞いてくる。そういえば、そんな流れだった。

「うちの学校さ。怖い話ってなんかあるの?」

「怖い話?うーん。あ!2年生の齋藤先生は怖いらしいよ。」

「そうじゃなくて、学校に古くから伝わる話とか、お化けとか幽霊とか。」

「え?なにそれ。しらなーい。」

「えー。誰かがなんか学校の怪談とか、トイレの花子さんとか、言ってない?」

「わかんなーい!」

 そう言うと、台所の方を向いて、悔しそうにくそー!と叫んだ。

 同じ方向を向くと、響がポテトスナックをピースサインをしながらバリバリごきげんに食べていた。あーそれで。

「じゃあちょっと友達に学校の怪談あるか聞いといてよ。」

「学校の怪談って聞けばいいの?」

「そうそう。よろしくね。いい情報仕入れたらポテトスナック買ってあげるから。」

「ほんと!わかった!いっぱい聞く!」

 和希はごきげんになって自分の机に向かって、メモ帳を取り出した。しめしめ。おこちゃまには賄賂よ。

 テレビをつけると、また、空襲された学校のニュースをやっていた。昨日からずっとテレビで取り上げられている。ぼくの学校よりずっとずっと新しい校舎の、右側半分が完全に崩れ落ちている。朽ちた校舎の前でレポーターが険しい顔で状況を伝えている。

 あんな新しそうな学校焼くくらいなら、うちの学校を焼いてくれればいいのに。



 次の日、朝に目が覚めると、普段より早く支度をして、家を出た。なんとなく、そうしたかった。妹達は、なにか怒っていたけどしょうがない。あとで適当な理由をつけて謝っておこう。委員会があったことにしようかな。


 いつもより少し早い学校は、いつもよりずっと静かだった。あいさつ運動でごったがえす校門も、昇降口前も、まだ誰もいない。いつもは国旗と校旗がはためいている屋上も、ただ、ポールがぽつんと立っているだけ。

 昇降口で靴を脱ぐ。下駄箱には白い上履きがずらりと並んでいて、少し怖かった。とっくに先生たちは来ているはずなのに、廊下も、階段も、音一つせず、自分の踏んだ木の床が軋む音だけが聞こえる。通り過ぎる教室も整頓された机と椅子が綺麗に並んでいる。たった少し早いだけなのに別世界にきているように感じた。

 自分の教室の扉をあけると、他の教室と同じで、誰もいなくて、机と椅子があるだけだった。黒板にはただ、明日の連絡が書かれている。

 とりあえず、朝の支度をする。教科書ノートを机の中へ、ランドセルは後ろのロッカーに。連絡帳を開く。今日の宿題は・・・昨日より多いぞ。


 朝の支度が済んだが特にやることがない。早く来てもできることってないんだな。

 せっかく時間があるので、校内を歩きまわってみることにした。朝のいつもと違う雰囲気。ひょっとしたら、なにかすごいことが起こるかもしれない。ゾクゾクするなあ。

 築100年近く経つ校舎は、横に長く、どこまでも廊下が続く。電気がまだ付いておらず、学校の裏が山ということもあって、廊下は薄暗く、突き当りが見えない。誰もいない廊下は、歩いていてすごく不安になる。どこかから何か出てきたら・・・ちょっと怖いな。

 どこも窓が閉まっているのに、どこからか風が流れてくる。後ろ髪がふわりと浮いたような気がした。

 天井を見ると、床よりも一層濃い木の色が広がっていた。板の隙間からは、別の世界へと続いていきそうな真っ暗が見える。あの先には、一体どんな世界が広がっているのだろう。あの先に、怪奇はあるのかな。

 毎日毎日、使っている廊下なのに、初めての発見がいっぱいあった。

 5年1組の入口の扉には「カイダンノシタデマツ」なんて文字が書いてあり、消火栓の左下にはヨシオとミツエの相合傘が小さく書かれている。階段の手すりには迷路が彫ってあり、音楽室手前の壁板は2枚ほど簡単に外せるようになっていた。よくよく探せば、本当に何かあるかもしれない。

 一階が少しざわつきだしてきた。気づけば幾つかの教室に電気がついている。時計を見ると7時47分。

 また今度にしようっと。

 各々の教室に向かう人混みに紛れながら歩く。ふと見上げると、天井の板は隙間なく敷き詰められ、あの真っ暗はどこにも見つからなかった。



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