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学校の怪談9

 待てども来ない!

 6年1組の教室がちょうど見える木陰で息をひそめて60分。いつまでたってもクラスメイトは姿を現さない。

 くしゅん。

 ポケットの中をまさぐる。出てきたティッシュは袋からはみ出てしまっていたが構わず鼻をかむ。

 どうしよう。

 一日中ずっと考えていた。今朝も早くに来て、教室もよらずに6年1組まで来た。この間と同じ場所に指をひっかけると、やはり床板は開いた。昨日も、一昨日も開いた。でも入れない。今日こそはの勇気は今日も消え失せてしまっていた。そこでついにこの穴の秘密を安寿にばらすことにしたのだ。侑季に伝えれば一瞬で突入しそうなものだが、いかんせん話しかける勇気がない。結果、一日中声をかけようと伺っていたが、ついには安寿にも話しかけることができず、苦し紛れにノートの切れ端に一筆書き、机の上において早々に逃げてきたのである。自分が入れないのならほかの人に入ってもらうという、なんとも言えない考えだが、本人はいたって気にしていない。早く入らないものかとわざわざ、校庭から6年1組の教室を監視していたのである。

 だめかあ。

 興味を持っているようだった藤村さんでもだめとなると、やっぱり自分で入るのか・・・。

 でももしかしたら今日は遅いから明日はいるかも!

 下駄箱を確認しに行くと4人はもう下校していた。

 明日入るのかな。

 4人がいないのならもう見張る必要もなく、薄暗い校庭をさっさと歩きだした。


 次の日、朝一で入るかもしれないと、6時に家を出て例の木陰にスタンバイした。しかし、朝は結局現れず、教室に戻って聞き耳を立てても特に、切れ端の話題が出てこなかった。

 あれれ?

 七不思議があるってわざわざ書いたんだから、大盛り上がりのはずなのに。藤村さんのんびり連絡帳書いてるし。

 予想とは全く違う展開に大きく慌てた。ここで素直に自分から話をしに行けばいいものの、そんな選択肢は頭の中には生まれるはずもなく、一人で困った困ったと、自分の席で悩んでいた。


 一日中4人を監視していたが、会話の端に七不思議の話題は出るものの、特に6年1組の教室が話題に出ることはなかった。そのまま放課後まで時間は過ぎ、4人はさっさと帰ってしまった。

「えー。」

 今日初めて教室で発した言葉は不満の声だった。

 あんなに興味ありそうだったのに、飽きちゃったの?

 いつの間にか電気は消され、春の陽気が満ちている教室には誰も残っていなかった。

「うーん。」

 入ってはみたい。あの梯子の下は一体どうなっているのか。もしかしたらもしかするかもしれない。

「でもお・・・」

 頭を抱えてしまう。もしあの中に閉じ込められたら。誰も助けが来ないでお腹ペコペコで喉がカラカラで干からびたら・・・。

 何度も何度も繰り返している葛藤をまた繰り返す。

「うーん。」

「何やってんだ。」

 声のほうに、顔を向けると担任の津川がいた。

「腹痛か?」

「あの・・・。」

 顔が真っ赤になったのがよく分かった。ランドセルをつかんでそのまま教室を飛び出した。

「廊下は走るな!」

 後ろから声が聞こえたので慌てて歩く。

 ゆっくり階段を1階まで下りて、ため息を一つ。ふぅー。

「行きますか!」

 思い切りが大切なのだ。


 いつものように6年1組の教室へ行く。誰もいない。廊下も誰もいない。慣れた手つきでいつもの床板の隙間に手をかけひっくり返す。もうすっかり見慣れた暗闇が姿を現した。ランドセルから、小さい懐中電灯を取り出して暗闇にあてるが、そこまでは届かない。何度も確認したことだ。

 ふうー。

 大きく息をつく。

 もう行くしかない。ひょっとしたらすごい世界が待っているかもしれないのだ。こんな機会はもうないかもしれないし、ひょっとしたらこの空間も明日にはなくなってるかもしれない。行くなら今なんだ。

 自分を心の中で勇気づける。足が少しずつ震えてくる。

「・・・よし。」

 一度窓から校庭へ抜け出し、いつもの場所へランドセルと上履きを隠す。教室に戻ると、床板を目立たないように隠し、穴も廊下からわかりづらいように全体的に机を下げる。懐中電灯を口に加え、恐る恐る右足をはしごへかけた。ぎぃときしむ音がした。とたん口にくわえている懐中電灯を落としそうな不安に駆られ、上着のポケットに入れ直した。

 ぎぃ。ぎぃ。一段ずつ下りるごとに木製の梯子はきしんでいく。思っていたよりは頑丈で、揺れもせず、爪でこすってもボロボロと削れもしない。右手を横に伸ばしてみると、壁に当たることなく伸び切った。思ったより横にも広いらしい。ポケットに入れた懐中電灯を右に向けると、手の届くもう少し先に壁があるようだった。

 ぎぃ。ぎぃ。何段下りたのか数えればよかったなあ。見上げると入口の明かりはだいぶ小さいように感じた。

 いったいどこまで下りられるんだろう。思いのほか頑丈な梯子に安心したのか、梯子を下りるペースが速くなっていく。

 ぎぃ。ぎぃ。ぎぃ。ぎぃ。びちゃん。水の跳ねる音がした。最後の一歩の感触は木製の梯子ではなかった。ついに一番下まで下りきったのだ。また見上げると、外の光は手のひらくらいの大きさになっていた。

 ポケットの中の懐中電灯を下に向ける。湿り気のある地面だった。何度か踏むとびちゃびちゃと音がする。水が少したまっているようで靴が泥で汚れる。

 周りを照らすと、特に何かがあるわけでもなく、ただ地面をくりぬいただけのそんな空間のようだった。

 右手にだけ、大人一人が通れるくらいの横穴が続いていた。

「もうここまで、来たんだし。」

 地上の明かりから離れるのは怖いが、もう後には引けなかった。転ばないようにすり足気味で一歩一歩歩き出す。

 いったいどこへつながっているんだろう。方向的には学校の裏山に近づいて行っている気がする。足元を懐中電灯で照らしているが何も落ちていない。

 ふと振り返ってみた。すると、後ろは暗闇。足が止まってしまった。後ろに本当に帰り道はあるのだろうか。道があったとしてあの梯子が残っていて、教室へ戻れるのだろうか。急に頭の中がぐるぐる回りだした。今までまるで出てこなかった恐怖が一瞬にして体中に戻ってきた。好奇心は完全に消え、口の中が渇き、寒気が走った。

「いやだよ。もう。」

 もう帰ろう。そう思った。ここまで頑張ったんだ。もう十分だ。足を変える方向に踏み出そうと思ったとたん、どっちが前なのかわからなくなった。血の気が一気に引いた。

 懐中電灯を右と左とどちらに向けても変わりがない。

「う・・・。」

 涙がこぼれてきた。周りの暗闇が襲ってくるような気がしてくる。もう頭がまともに働かない。とにかく帰りたい。足が自然と動いていた。どちらだかはわからないがとにかく未知のある方向へ走り出した。びちゃびちゃと水が跳ねる。もう怖くて前を見てられない。懐中電灯が照らすオレンジ色の地面だけを見て走り続ける。がくん。

 左足が地面を踏めなかった。階段を踏み外したような感覚に襲われた。体が前のめりになる。右足も水に足を取られて、そのまま体が倒れた。顔を思い切りぶつけ、息ができなくなった。手に肩に、顔に、体中に途切れることなく痛みが続く。この段階になってようやく自分が転げ落ちていることに気づいた。しかし、もうどうすることもできず、そのままスピードが落ちることなく転がっていく。そして頭に強い衝撃を受け、意識が途絶えた。

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