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学校の怪談8

「これで最後かあ。」

 放課後の新校舎3階の3番目の女子トイレ。その扉を前野侑季が乱暴に3回叩く。

「はなこさーん。」

 呼びかけに応じる者はだれもおらず、扉を開けても侑季は吸い込まれず。残念そうな表情はいつまでもその場所に残っている。

「あーあー。だめかー。」

 後ろで見つめていた藤村安寿も残念そうな表情。

 図書室で七不思議を見つけた次の日から、4人の休み時間は七不思議探しだった。ピアノの音を聞くために放課後まで教師の目をかいくぐって校舎に居座り、隠れる場所のない1階校舎で何とかかくれんぼを行い、休日には交代しながら半日がかりで地蔵と見つめ合った。朝会などの集まりがあるたびに全校児童を見渡し、8時4分をいろいろな場所で迎えた。この日は雅と坂橋は秘密の部屋を探しに学校中の壁を叩き歩き、侑季と安寿は学校中の3番目の女子トイレを叩いて歩いていた。

「トイレに吸い込まれたかー。」

 トイレの入り口で坂橋が呼んでいる。

「吸い込まれない!ぜんぜん!返事もしてくれない!!!」

 でしょうねー。と坂橋の声が女子トイレの中まで聞こえてくる。

 侑季と安寿がトイレから出ると坂橋と広岡雅が壁によっかかって待っていた。

「あんなに見つめあったのに地蔵はピクリともしないし。かくれんぼは隠れる場所がそもそもないし。なー。」

「ほんとよ!あれだけ見てあげたんだから、ちょっとは動いてくれたっていいじゃない!暇すぎて新しい遊び10個も思いついちゃったもんねー。」

 侑季が「ねー。」と言いながら安寿を見ると、安寿がぶんぶん頭を振ってうなずいた。

「てか、あの地蔵、今朝見たら壊れてたけど、侑季お前壊した?」

「壊さないよ!え、壊れてたの!?じゃあもう絶対目動かないじゃない!」

 侑季が坂橋の肩をバンバン叩く。

「叩くなよ。首が取れてただけだし首も落ちてたし。首つながってなくても別に平気だろ。なあ?」

 坂橋が面倒そうな顔をしながら雅に話を振る。

「あ?あー。壊れた程度で動かなくなるんじゃあ七不思議にならないと思う。」

 なんでこっちに話を振ったんだと不満げな表情を坂橋に返す。

「でもとにかく七不思議一個も起きなかったし!なんなのもう!!」

 今度は坂橋を蹴りだす。大して痛くはないとはいえ、脛を何度も蹴られるのは中々きついようで、耐えきれなくなった坂橋が侑季のすねに蹴り返した。

「なんで蹴るの!ひどい!」

「叩く上に蹴り続けるお前のほうがひどいだろ。あほか。」

 もう一発強めに坂橋が侑季のすねを蹴ると「ひどーい」と怒りながら今度は坂橋の頭をたたき出した。

「とりあえず、一通り見てなかったんだから、いったん七不思議探しは終了な。さっさと家帰るぞ。姉ちゃんがお前を連れて来いってうるさいんだから。」

 叩いてくる腕をつかむと、引きずるように侑季を教室のほうへ連れていく。残された雅と安寿は目が合うと「帰るか」と雅がぼそり。安寿がうなずくと侑季の騒がしい抵抗の声が聞こえるほうへ歩き出した。


 教室に戻ると少し前までの騒がしさはなく、窓際では坂橋と侑季がランドセルで殴り合いをしているだけで、あとはだれもいなかった。

「七不思議あってほしいか?」

 雅が紙切れを眺めている安寿に声をかけた。安寿は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに何度も小刻みにうなずいた。短いおかっぱ髪がふわふわと浮く。

「そっか。」

 あるわけはないんだが。と雅は思う。1年生のころ、図書室で読んだ怪談本を読んであまりの幼稚さにイライラした記憶がある。あまりにあほらしくて本を思いきりぶん投げて周りの目線が一斉にこちらに向いたのを思い出した。大慌てで安寿がその本を拾った光景も頭の中によぎった。その七不思議のために学校中の壁を叩いて回ってるなんて、自分が成長したのか、それとも幼くなったのか。

「雅も帰るだろ?」

 急に肩をどんと押された。気づいたら、坂橋と侑季が後ろにいた。いつの間にか2人は帰りの支度を終わらせている。

「ん。」

 雅もランドセルを背負って先に行ってしまった坂橋と侑季の背中を追う。安寿を見ると、まだ紙切れを見ていた。

「何見てんの。」

 書いてあるものを見ようとすると、安寿が大慌てで後ろに隠した。

「どうした?」

 安寿が雅に何かを隠そうとすることは珍しい。テストの点数が悪くても、料理を派手に失敗した時も、基本的に隠さない。

「見ちゃまずいやつか。」

 口止めでもされてるのか、と雅は思った。またいじめじゃないだろうなと想像が膨らむ。

 しかし安寿は、困った顔をして少し悩んだ後、紙切れを見せてきた。


 6の1の教室の床に七不思議あり。誰にも言わないこと。


「ほう。」

 思わず雅の口から声が出た。自分たちが七不思議について調べてることは学校中で侑季が騒いでいたからクラスだけでなく、他学年まで知っている。からかいか。雅はそう判断した。

「安寿はまだ誰にも言っていないから約束は破ってない。だから大丈夫。」

 見せることを禁止していない。禁止しているのは言うことだけである。なんだか頭の悪さを感じる文章だなと雅は思った。

 安寿はそう言われてほっとしたのか、ため息を一つ。

「6の1、行ってみるか?」

 安寿はさっきと同じように困った顔をして少し悩んだが、首を横に振った。

「そっか。そんじゃ帰ろう。」

 どんな奴が待っているのか興味もあったが、安寿がいかないというなら、まあ良いだろう。

 受け取った紙を丸めてポケットに突っ込むと、ずれ落ちているランドセルを背負いなおした。

「今日は焼き肉がいいな。」

 雅がそう言いながら歩き出すと、安寿も遅れてついていく。

 誰もいなくなった教室では、閉め忘れた窓から風が舞い込み緑色の防火カーテンが波を打っている。どこからかバチンと木造校舎のきしむ音が鳴ると、風が止み、波打っていたカーテンはピクリともしない。窓の外からは校庭で遊ぶ子供の声と、遠くからわずかに聞こえる戦闘機の音。もう一度バチンと音が鳴ると、その音にかき消されたかのように窓の外からの声が聞こえなくなった。静まり返った教室は、時が止まったかのように何も動かない。

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