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蜃気楼が揺れるアスファルト

 夏休みがもう一週間も過ぎた。

 それなのに、いまいち夏に乗り切っていない雅だった。

 毎日行くのが面倒で仕方がなかった小学校も、全くなくなってしまうとどうも体を持て余してしまう。

 仕方がなしに毎日、あれほど行くのが面倒で仕方がなかった小学校に来て、プールに浮いている。快晴の空から降り注ぐ真夏の太陽の光は眩しく。目をまともに開けられない。

「せっかくの夏休みなのに、どうして学校なんかに来てるんだろうな。」

「やることないからでしょ。」

 仰向けになってプールに浮いている雅に、隣で同じように浮いている坂橋が言う。

 周りでは同級生やひとつ上の6年生が水をかけたり棒状のスポンジで叩きあったり。たまに水が二人に跳んで来て、ゴーグルをしていない雅だけ目に水が入って文句を言っている。

 プールの反対側では、全く泳げない侑季が泳げる安寿にバタ足を教わっている。

「どう?さっきよりは上手にできたと思うんだけど!」

 周りへ盛大に飛沫を飛ばすド下手なバタ足を披露して、なかなかに満足げに侑季が聞く。安寿は困った顔で、どう伝えたら良いものかと頭を悩ましている。

 そんなプールには5・6年生30人ほどが、暑さでぬるくなってしまったプールに浮いている。雅のように暇を持て余すか、侑季のように泳ぎの練習をしに来た者がほとんどだが、プールサイドで日光浴をする妙な輩もいた。5・6年の担任は暇そうに突っ立っている。教えるでもなし、中に入って遊ぶでもなし。ただ、決められた当番の時間をすごすためだけに立つ。

「先生はなんでプール入らないの?」

 5年1組担任津川沖矢に対して、5年1組学級委員一二三華奈が水をかけながら言う。

「水着を持って来ていない。」

 水がかかる短パンを引っ張り、アピールをする津川。

「授業の時はいつも持って来てるのに。ずっと立ってるだけじゃ暇じゃない?」

 足元では避けられてしまうのでさらに上をめがけて水をかける。

「仕事だからしょうがない。」

 さっさと一二三から距離を取ればいいのに、津川は律儀に水を浴び続けた。

「一緒に遊ぼうよ。ねえ。」

「昨日徹麻で寝不足なんだ。水の中で動いたら多分意識飛ぶ。」

「よくわかんないけど、大丈夫。意識飛んだら助けたげる。」

「多分無理だから。遠慮しとく。」

「プールサイドまで引っ張ってくよ。」

 そう言うと、津川の足を引っ張りだした。津川は「ふん」と一言言うと引っ張られた足を思いっきり振り上げた。一二三は体を持っていかれ、バランスを崩した。そのまま後ろに倒れて大きな飛沫とともにプールの中に沈んだ。

 すぐに浮き上がった一二三はもう一回と足をつかみ出す。

「もうやらん。足が筋肉痛になる。」

「えー。そんなこと言うなら。」

 色あせたトロピカルな色をした津川のビーチサンダルを引っこ抜き、逃亡を図った。

「没収だよ。」

「宿題二倍な。」

 えー。

 一二三の不満な声や暇を持て余した小学生の騒がしい声はプールを越え、校庭まで響いている。しばらく降っていない雨のせいで、少しの風で砂埃が舞う。高野山小の校庭は田舎の学校だけあってとてつもなく広く、縦でも横でも直線の100mトラックを軽々作れてしまう。隅に置かれた遊具は熱を持ち、触っただけで火傷しそうなほどである。それでも果敢に遊ぼうとする低学年の児童が遊具の周りに集っている。校舎裏に広がる林は濃い緑を茂らせ、学校の敷地へとどんどん侵出してくる。林の先にある裏山も色が濃いせいか、いつもより存在感を放っている。仕事途中の一服をするベテラン教員と新米教員が春よりだいぶ狭くなってしまった校舎と林との間で裏山を眺めながらのんびりと時間を潰す。

「年々草が校舎へ迫って来ているような気がするんだよなあ。」

 新しいタバコに火をつけながら一人が言う。

「今時コンクリートも敷かずに柵も建てなければそりゃ来ますよね。そのうち窓にへばりついてくるんじゃないかと思ったりしますよ。」

 もう一人が煙をまっすぐ吐き出す。

「絶対に敷地が草に食われてるよ。俺が来た頃はここら辺の広さ、この倍くらいはあったもの。」

 目の前にあるドクダミの葉を蹴っ飛ばす。くせえしなあともう一つ不満を飛ばす。

「田舎ですねえ。」

「まあ、そんな雑なところがある地域の方が過ごしやすいってもんだよ。さ、戻るぞ。」

 教員たちが入っていく校舎は99回目の夏を迎えている。近頃ではほとんどなくなってしまった木造校舎は学校創立当時のまま。自分の通っていた当時と変わらない姿に愛着を持つ地域住民は多く、何年か前の建て替え工事の案については大規模な反対運動も起きた。文化祭や運動会にも小学校らしからぬ盛況ぶりである。


 旧校舎の大時計が12時を指し、正午を告げる鐘を鳴らす。しばらくするとプール横の体育館から着替え終わった児童が次々とプールバッグを持って出てくる。ある者は午後の遊ぶ約束をし、ある者は終わらない宿題を嘆く。教員は体育館の扉を閉めて校舎へ戻って行く。賑やかな声はなくなり、蝉の声だけが校庭に響きわたる。

 夏休みはまだまだ続く。

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