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学校の怪談7

 空は青くて、風はそよそよ。緑はゆらゆら、気分はびみょう。

 春の校庭はとてもさわやか。風が気持ちいいし、心地よい温度。でもそれだけ。

 毎日歩いて歩いて歩いてるのに、何も見つからない!

 夜に忍び込むには和希に渡す賄賂のお金が足りないし、日中歩いても何も出てこないし。

 やっぱり世の中にお化けなんていないんだなあ。

「一匹ぐらいいたっていいのになあ。」

 つい口に出したくなるこんな一言。

 周りではサッカーボールをひたすら蹴り続けている子やすごい勢いでブランコを揺らしている子、いろんな子がいる。こんなにいるのに、お化けを探しているのはぼく一人なのかな。ほかの子は見たくないのかな。

 そろそろ学校中を散歩する小学生から、教室で本を読んでる小学生に戻ってもいいのかもしれない。これだけ探したのに、なあんもでてこないし。世の中つまんない。


 ダンッ。

 鈍い音が遠くから聞こえた。目を向けるとさっきのサッカー少年が校舎裏で何やらもぞもぞしている。

 なんとなく気になったので近寄っていくと、サッカー少年はこちらをちらりと見て全力で逃げていった。

 ぼくって、そんなに怖いの?

 そんな嫌な気持ちになったけど、少し先にあるものを見て僕が怖いわけじゃないことが分かった。

 学校で一番大きな木の根元にある小さな地蔵。その地蔵が倒れていた。

 ぶつけたんだな。

 昨日見たときには立っていたのでこれにぶつけてしまったに違いない。

 近寄ってよく見てみると、地蔵は首がぽっきり折れてしまっていた。

「あーあ。」

 この地蔵は大昔インフルエンザが大流行して、そのとき死んでしまった子供や先生のために建てたって2年か3年の時に教えてもらった気がする。

 何か起こるかも!

 縁起悪いことだけど、でもちょっとチャンス!

 しぼんでいた気持ちが一気に膨らんでなんだかうれしい。不謹慎だけど!

 夜は・・・さすがにお金がないから。んー。そうだ!放課後!。誰もいなくなるまで残ってみよう!

 気づいたら周りの子が校舎に戻り始めている。その波にのって教室に戻る。

 どんなことがあるかな。前よりもっとわくわくがあるかな。

 踏み出す一歩一歩に楽しい気持ちが乗って体が軽い。

 早く放課後にならないかな。




 高野山小学校の放課後。子供は早く帰れ。もう外に出ていい時間ではない。どこか遠いところから音楽に合わせ、そんな趣旨の言葉が響いてくる。校庭では何人かが、その言葉に抗って遊びまわっている。しかし一人、また一人と暗くなる空と、職員室からの無言の圧力とに屈服し、帰路につきはじめる。15分ほどもすると校庭は全くの無人になった。残ったものは誰かが置き忘れた上着と、どこかのクラスのサッカーボール。

 校舎に目を向けると、静かな校舎の中、新校舎一階の職員室からだけ、明るい光と笑い声がこぼれていた。教員たちは、自分のクラスで起きた面白体験と、わけのわからないテストの解答で盛り上がっている。

 新校舎の隣にある西校舎はというと、明かりもなく、3階にある大時計のみが静かに動いている。木造校舎である西校舎は、鉄筋造りである新校舎と比べると全体的に暗く、白塗りの新校舎の横では、存在感が薄くなる。しかし、この地区の誰もが通った思い出のある高野山小学校といえば、間違いなくこの西校舎である。新校舎を建てるときに、解体しようという動きもあったが、慣れ親しんだ校舎がなくなるのを惜しむ声は多く、現在に至るまでこの地区のランドマークとして存在し続けている。

 その西校舎にたった一人、未だ下校もせず歩き回っている子供がいる。一歩一歩慎重に音を立てずに、それでもって一つ縛りの後ろ髪を元気よく揺らしながら西校舎二階を、見落としがないように歩いている。


 散策を始めたときはまだ白い光だったのに、いつの間にか窓から差し込む明かりは橙に染まっている。時計管理室に長居しすぎた。一つ縛りを触りながらそう後悔した。

 開校当時から何も変わっていないあの管理室なら、絶対何かが起こると踏んで鍵まで調達しておいたのに、とんだ期待外れだった。急に歯車が止まることもなければ、急に出入り口が開かなくなることもない。ただ、止まることのない機械仕掛けが、重たい音を鳴らし続けるだけだった。

 この間、夜に何かを見た気がする二階廊下も、何も見つからない。隠し扉のようなものがあるかもと常に壁を押しながら歩いてみたが、ピクリとも動かない。

 口からため息が出た。一階に降りるころには夕日もだいぶ沈み、少しずつ橙も暗い色に変わってきている。

 地蔵の首が取れたのになあ。もう一度ため息が口から洩れた。

 放課後、もう一度校舎裏に行った時には、地蔵の首は隅によけられていた。おそらく、見つけた誰かがとりあえずよけたのだろう。改めてみる首のない地蔵は、なんだかすごく不気味だった。

 一階は壁だけでなく、床も念入りに調べた。すべての教室に入り、念入りに壁を押していく。床も強く何度も踏みしめ、床板の隙間に指をひっかける。もう意地になっていた。これだけやっても何もないなら、この学校には何もないのだ。そう思えるくらい徹底的に調べる。三年一組、異常なし。三年二組、異常なし。六年一組、異常なし。どこも何も変わりがない。当たり前のことだが、少しずつ焦りが出てくる。こんなの嫌だ。何もないなんて。漫画の中ではあんなにたくさんの不思議があるのに、どうして現実には何もないのだろう。キャラクターはみんな生き生きと、そして必死に生きている。それなのに、僕はどうしていつも何もせずに一日が終わってしまうのだろう。何か体験したい。漫画の中のたくさんのキャラクターと同じように、ぼくだって。

 知らず知らずのうちに、目頭が熱くなってきたのを感じる。それでも、丁寧に一つ一つの床を押し、壁に手を押し当てる。

 頭の中がだんだんぐちゃぐちゃになってきたのを感じた。ぐるぐるといろんな思考が融けていき、何を考えているのかもわからなくなる。吐息が荒くなり、口からは嗚咽が漏れる。頭も体も熱くなり壁を押す力も強くなった。職員室まで響かぬようにそっと押していた床を握りこぶしで思いっきり叩き始めた。悔しくてたまらない。誰にもあてつけできない思いを床にぶつける。叩く音が鈍く教室内に響く。なんで!なんで!なんで!


 いくら気持ちが揺れていても限界は来るもので、数分もすると息が完全に上がり、床を叩くのをやめて大の字に寝転んだ。叩いていた右手の拳を見ると赤くなっていて拳の先の皮が少し剥けていた。

 ぐちゃぐちゃになっていた頭が少しずつ明瞭になってくる。体中がもっていた熱も冷め、ひんやりした床が気持ち良い。

 ん。

 整っていく頭の中に何かの違和感が残った。

 床のひんやりした感覚でもなく、痛む右手でもなく、わずかに差し込む夕日でもなく。体を起こして周りを見る。いつも通り、机は整頓され、後ろのロッカーには鍵盤ハーモニカが突っ込まれ、壁面には一学期のめあてが貼ってある。

 なんだろう。なんだろう。

 どんどん時間をさかのぼる。全力で床を叩く。その前は壁。その前は新校舎への扉を見ながら廊下の壁と床。窓から見える裏山。意味もなく確認した窓の鍵。きしむ音が特に響く階段。


 わかった。


 床を思いきり手のひらで三度叩くと、教室を飛び出し隣の教室に入った。そして、さっきと同じように、床を思いっきり叩く。

 違う。

 六年一組の教室に戻りもう一度床を叩く。

 音が違う。

 床に何かがないか、這いつくばって確かめる。もう日はほとんど落ち、教室の中はほぼ暗闇。それでもわずかに見える床板の境目に片っ端から爪をひっかける。

 教室の後方、教室入り口から十二番目のロッカーから教室前方へおよそ90センチメートル。ついに指が引っ掛かった。緊張して右手が自然と震えだす。体中の神経を右手の三本の指に集中させる。体中から汗が一斉に噴き出した。顎から滴る。それでも力を抜かない。一ミリ、また一ミリと少しずつ床板が浮きだす。浮いている床板を踏まないように立ち上がり息を大きく吸い込んでもう一度指に力を込める。木造校舎特有のきしむ音がだんだん大きくなる。口からはうめき声が漏れ、目に汗が入り視界がぼやける。

 ふいに床板が持ち上がった。そこら中からきしむ音が飛び交い、勢いのあまり、床板と一緒に体が後ろに持っていかれた。

 あまりの音に床よりも先に教員が来ないか耳を澄ました。すさまじい音が響き渡った気がしたが、新校舎とをつなぐ連絡路の扉が開く音も、足音も聞こえない。

 安心して、開いた床板を見る。開いた部分はおよそ80センチメートル四方。薄暗くてほとんど見えないが、ぽっかりと穴が開いていることがわかった。体中が一気に熱くなり、心臓の鼓動が大きくなる。目は見開き、突然出現した謎の空間に全神経が向いている。

「来た。」

 口から思わず声がこぼれる。

 手を出してみると、少し下に棒状のものに触れた。触ってみると感触は木。床板と同じような触り心地だったが、暗くて何なのかわからない。懐中電灯を持ってくればよかったと後悔した。

 そういえばと、サロペットスカートのポケットを漁る。出てきたのは青いビー玉。掃除のとき拾ったものを意味もなくポケットに入れておいたものだった。

 ビー玉を暗闇にポトリと落とす。一瞬にして見えなくなったビー玉がどこかにぶつかり音を立ててくれるのを期待して待つ。しかし待てども待てども音は聞こえない。聞き逃したのか、それとも相当な深さなのだろうか。そんなことを考えているうちに。

 ガチャン。

 新校舎からの扉が閉まる音が聞こえた。

 まずい。

 足音がどんどん迫ってくる。廊下の電灯に明かりがつく。ここでばれてしまったら。ここをふさがれてしまうかもしれない。もう目の前まで来ている学校の怪談を、新しい世界を閉ざされてしまうかもしれない。

 音がしないように、しかし大急ぎで床板を戻す。閉める直前に廊下の明かりで穴の一部が照らされ、先ほど触ったものが木製のはしごだということが分かったが、それを詳しく観察する余裕もない。

 板を閉めると、さてどうしようかと迷った。このまま机の下に隠れるか、窓から飛び出すか。机の下に隠れていて先生に見つかったら。窓から飛び出している途中に先生に見つかったら。どっちも見つかる可能性が大いにあった。頭がパニックになる。即決できない自分にイライラしながら立ち往生する。足音がすぐ隣の教室まで来ていることを告げた。思い切って、窓の鍵を開けて両手に体重をかける。運動音痴が出せる精一杯の力を振り絞って両足をサッシにかけてそして飛び降りた。なんとか音を立てずに着地できたが、膝を打って痛い。しかし痛がる余裕もなく、飛び降りるとすぐに窓を閉めた。閉めると同時に教室に明かりが灯る。大慌てで校舎にへばりつき、小さくなる。教室内からはご機嫌な口笛と、雑な足音が聞こえてきた。脱出した窓のそばまで足音が近づくと、

「開いてるじゃんよ。」

 心臓が張り裂けそうになった。

 もし、このまま下を覗かれたら・・・。

 目をぎゅっとつぶって体に力を入れる。窓が乱暴にガタガタと動く。

 幸いなことに、窓は開くこともなく、下を覗かれることもなかった。窓の鍵を閉めると、そのまま電気を消し、次の教室へと向かっていった。

 口から大きなため息が漏れた。体中から力が抜けた。


 もしものためにと、校舎裏に隠しておいたランドセルと外履きを回収すると、そのまま学校から出た。上履きはランドセルにしまって、明日また持っていこう。

 帰る途中。頭の中は謎の空間のことでいっぱいだった。

 あの空間はなんなんだろう。はしごがあったということは下に何かがある!?床板を開けるときすごいくっついてる感じがしたから、ずいぶん開けていなかったのかな。はしごが木製ってことは、すごく古い?あの下には何があるのかな。もしかして、未知の世界への・・・

 様々な考えが頭の中をよぎる。考えを思いつくたびにどんどん嬉しくなる。

 いつの間にか走り出していた。運動音痴の運動嫌いなのに体を動かしたくてたまらない。ランドセルのロックを忘れ、走るたびにカチカチと鳴っているが全然気にならない。

 ついに見つけたぞ!

 心の中で絶叫した。


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