学校の怪談6
放課後、図書室に雅と安寿が行くと、先に教室を出た坂橋久と侑季が図書準備室から大量の本を運び出していた。市内でも最古の歴史を誇る高野山小の図書室には数え切れないほどの本が保存してある。過去の小説や絵本などはもちろん、古いものだと明治時代の教科書やノートまであり、たまに研究者が調べ物をしに来るほどである。古い本は小学生が読むことはほぼないので、普段は教室二つ分ほどある図書準備室に敷き詰められた本棚に大切にしまわれている。雅は委員会見学の時に一度準備室に入ったことがあるが、薄暗い部屋に薄汚れた本が大量にしまわれていて、入ってもあまり気分が良いものではなかったことを覚えている。
「思いのほか、いろいろあったよ。」
坂橋久が図書室の隅の机に本を並べながら言った。
机の上にある本は比較的新しめのものから、日に焼けてところどころ破けてしまっているものまで20冊を超えていた。中には旧字で書かれているものまである。
「よくやった。よくやった。」
侑季がご機嫌に言う。これまでよい情報を得られていなかったので、この大量の本にうれしさを隠せないでいた。
「目次をざっと見ただけだからどれだけの情報があるかわからないからな。これからは侑季も探せよ。」
侑季に無理やりに頼まれて一週間図書準備室にこもりきりだった坂橋が明らかに嫌そうな表情で言う。
「もちろん。もちのろん。」
雅と安寿ちゃんもよろしくねと言った後、笑顔で古本をめくり始める。
雅が適当に一冊手に取った本は『高野山小学校新聞委員会けやき、481~492号』。新聞委員会が毎月発行している新聞をまとめた小冊子だった。
今年度の先生方大紹介。運動会直前!見どころ大特集!。まったく七不思議と関係がないが、ついつい読み進めていってしまう。先生紹介号はいろんな顔に交じって若き日の校長も混じっていた。へえと思わず声に出る。
読み進めていって最後の492号。
大流行!高野山小七不思議!
という特集が組まれていた。
今学校中で話題そうぜんの七不思議!みなさんは全てを知っていますか?新聞委員会はその全てを完全調査!その調査結果を報告します。
七不思議1 トイレの花子さん
高野山小にもトイレの花子さんはいるそうです。トイレの花子さんは女子トイレの3番目のドアを3回ノックして「花子さん」と呼びかけると、「なあに」と声がして、ドアを開けるとトイレの中にすいこまれるというものです。トイレの花子さんはいろいろな人に聞いたところ、1階のトイレにいるという話が一番多かったです。
七不思議2 音楽室のピアノ
音楽室のピアノの音は、放課後学校にいると突然聞こえてくることがある。音楽室に近づけば近づくほど音は激しくなるが、ドアを開けた瞬間、すべての音がなくなる。
七不思議3 人が消える廊下
中央校舎1階のろう下でかくれんぼをすると、誰かがいなくなってしまう。いくら探しても、その子は見つからない。しかし、いくらか時間がたつといつの間にか学校のどこかにいる。
七不思議4 校舎裏の地蔵が動く
校舎裏の地蔵はたまに動き出す。動くのは目がきょろきょろ動いたり、散歩したりいろいろだ。ずっと地蔵に見つめられたという話もある。
七不思議5 こどもの数が増えてる!?
いつの間にか、学校のこどもの人数が増えることがある。どのクラスが増えたのか、だれが新しく増えたのかはわからないが、確実に増えている。
七不思議6 学校の中に秘密の部屋がある
学校のどこかに、どこからも入れない秘密の部屋がある。そこには学校のかくされた秘密がたくさんねむっているという。
七不思議7 8時4分
昔この学校で事件があった。学校のこどもが大量に死ぬ事件だ。それが8時4分に起こったらしい。それ以来。この学校では8時4分は特別な時間らしい。
あっという間に七不思議を全部見つけてしまった。もっと必死に探さないと見つからないものだと思っていたのに、まさか一冊目で見つかるとは。
雅はなんだか拍子抜けな気持ちになった。
「なあ、この本に七不思議全部載ってるんだけどさ。」
後ろの席でだらだらと本を流し読みしている坂橋に声をかけた。
「よかったじゃん。侑季に言ってやれよ。」
大して喜びもせずに言う。
「え、あったの!あったの!」
騒がしい声を出しながら侑季が近づいてきた。
貸して、と一言いうと雅の持っていた本をとると、ぺらぺらと雑にページをめくり始めた。
隣で坂橋は本を読むのをやめ、片づけを始めた。終わった終わったと、そんな表情で散らかった本をまとめている。
「えー、なんでー!」
侑季がたいそう残念そうな表情で不満を言う。
「ねえきゅうちゃん聞いて。七不思議ってのはね。七つ全部知ったら不幸になるの。だから7つ目は誰も知らないはずなの。でも、この本には全部載ってるの。なんで?なんで?」
静かな図書室に侑季のキンキンする声が響く。
「七不思議って都市伝説なんだろ。噂なんだから別に七つ全部載ってたっていいじゃん。」
「よくない!よくない!それに、この間の2年生が見たっていう幽霊の話も載ってないじゃん。」
「そんなこと俺に言われても。」
坂橋がたいそう困った顔で、たいそう残念そうな表情の侑季にそう言う。
「雅。なんで?」
坂橋に急に話を振られた雅もまた困った顔をするしかなかった。わからないものはわからない。
「とりあえず、この学校の七不思議が分かったんだからいいんじゃね。」
見つからないよりはずっといい。雅はそう思う。
「もう見つかったんだから。ほれ、片付けるぞ。」
坂橋がさっさと本をまとめて準備室にもっていく。侑季も、仕方なしといった顔で片づけをし始めた。
「安寿、そろそろ読むの終わりにしな。」
ずっと隅で一冊の本を読み続けている安寿に雅が声をかけた。
「そっちでも何か見つけた?」
そう聞くと、安寿が開いているページを見せてきた。
高野山小九十年史。
「えらく渋いもん読んでるなあ。でもそろそろ片付けないと先生に怒られるって。」
雅がそういうと安寿はうなずいて本を閉じた。表紙には『高野山小学校六年二組卒業記念』と題字があった。
クラスで学校の歴史を調べるなんて渋いなあと雅は思った。
本はまた読むだろうということでかごにまとめて入れておくことにした。外を見るともう夕焼け。電気をつけていないので図書準備室全体が橙に染まっている。
雅は安寿の手にまださっきの本があることに気付いた。安寿がそのことに気付くと、ばつが悪そうな顔をした。
「借りたい?」
雅が聞くと、安寿が申し訳なさそうにうなずいた。
「なあ坂橋。この本借りられる?」
安寿から本を受け取って坂橋に見せる。坂橋が目を細めて本を眺めた。
「いいんじゃね。先生に言っとく。」
変な本借りるんだな。そう言うと図書室への扉をがちゃりと開けた。開けた扉からは白くて明るい光が飛び込んでくる。
雅が図書準備室から図書室へ、境目をまたいだ瞬間。ふと妙な違和感を覚えた。なんだかはわからないし、ほんの少しの違和感だけど、何か変な感じがした。振り返ると、図書室の白い壁にぽっかりと空いた空間から橙に染まった準備室がのぞいていた。橙の中にはところどころ真っ黒く、影のような本棚がたたずんでいる。白い図書室と橙と黒の準備室。その対比がなんだかすごい不思議な気がした。坂橋がぽっかりと空いた空間を乱暴に閉じ、鍵をかける姿はなんだか準備室を閉じ込めたように見えた。
「七つ全部見つかっちゃったね。なんだか変な感じ。」
校門をみんなでくぐった後、侑季が言った。腑に落ちないような表情で夕焼け空を見ている。
「見つからないよりはいいだろ。ていうか、何が不満なんだよ。」
お望み通りのものが見つかって何が問題なのかという坂橋の表情。
「だって、もっといろいろ探すもんだとばかり思ったから。」
「俺が本を探すのがものすごくうまかったわけだよ。感謝しろよな。」
坂橋の言葉に、侑季が、そういうことにしておこうとつぶやいてぐるんとつま先で回った。
「じゃあ明日は、七不思議が本当か現場検証!」
「やっぱりかー。」
坂橋が頭を抱える。侑季は当然でしょうと坂橋の黒いランドセルをバンバンたたいた。
雅が学校を見ると5時20分。大して図書室にはいなかったような気がしたけれど、ずいぶん時間が経っていた。隣では安寿が貸し出し許可をもらえた本を大事そうに持っている。安寿が歴史好きだとはなんだか意外な感じがする。
「七不思議ねえ。」
雅の口からふいに言葉が出た。別に声に出すつもりではなかったので少し驚いた。
もし本当にあったとしたら、ちょっとおもしろいかもなあ。