あら、何ですのそれ
風紀室を出た私たちは彼らが普段たまり場にしているという校舎裏にきた。建物の影になっており人目もない。悪いことし放題な場所だ。
「おい、お前やめとけって。堂本さんはバケモンみたいに強いんだぞ」
「そうだぞ! お前みたいな女が太刀打ちできる相手じゃないんだ。素直に謝って帰れ」
彼の取り巻きがこそこそ私に話かけてくる。なんだ、どうした。はじめはあんた達が私をやっちまうぞゴラァっていってたのに。
「私は引かないわよ」
威勢のよかった彼らが今は私を心配そうにみている。実際、それだけ堂本龍兒は強いのだろう。
でも、権力以外で風紀を手に入れるって考えたとき、残りは純粋に自分がもってる力を見せるしかないって思っちゃったし。彼らが話を聞いて協力してくれるなら別だけど、それも難しそうだしね。
暴力、ダメ、絶対。
私はそんなこと言わないわ。暴力だって力。時には言葉だけじゃ片づけられないこともある。平和的に解決するのがベストだろうけど、世の中そんな甘くはできていない。
「もう一度言うわね。私が勝ったら風紀委員長の座、とういうか風紀委員会をもらうわ。もし私が負けたらあなたの言うことを1つ聞く。それでいい?」
私は上に着ていたブレザーを脱ぎ棄てた。
「ああ、いいだろう。まさかこんなところで再戦するなんてな(ボソッ)」
何かつぶやいたあと堂本も上にきていたブレザーを脱いだ。それをみて周りがざわついた。
「堂本さんがブレザーを脱いだぞ! マジでやる気だ!」
「あの女殺されるぞ!」
堂本は本気らしい。そうでなくっちゃ困る。もし手加減していたから負けたとか言われたくない。
「ルールは簡単に地面に体を付けたほうが負け。他はなんでもありの1本勝負。じゃ、いくわよ」
言い放つと同時に突っ込む玲那。向き合う堂本の右腕を取り自分の方へ引き寄せ体の捻りと足払いで堂本に投げ技を繰り出す。
堂本の長身な体が重力に逆らい宙に浮いた。
いけたか!? と思ったがどうやらヤツは自分から地を蹴ったようで浮いたからだをすぐに立て直した。
そして堂本はすぐに私の胸ぐらを掴み、前へ引き寄せられたかと思うとヤツも足払いを仕掛けてきた。
だが、引き寄せられた力を逆に利用して私もヤツに投げ技を返した。
ぶつかり合った技が相殺される。
それはものの数秒に起こった出来事。
「うおおおおおおすげえええええ」
「今の、な、なにが起きたんだ? 一瞬、堂本さん浮かなかったか?」
「何者だあの女あああ?!」
湧き上がる周囲をよそに、玲那はちょっと焦っていた。自分が思っていたよりもこの男出来るようだ。
「やるわね、あんた」
「お前もな。柔道、続けてたのか?」
「え、なんで……」
私が柔道を習っていたことをこの男が知っているのだ。
小学生の頃、玲那は自分の身を守るために柔道を習っていた。毎週真面目に道場に通い、練習に明け暮れていた。目標、目指せYAW○RAちゃん!
もともと体の身体能力は高く、加えて弛まぬ努力でかなりの実力を身につけた。
しかし小学4年生で初めて大会に出場し優勝したのを最後に、玲那は公式戦から姿を消した。
もちろんそれからも家の道場で毎日欠かさず練習は続けていた。だが、試合に出たのは1回きりであった。もしかして――――
「俺は家が家だから、ガキの頃から武道を叩き込まれてきた。体格にも恵まれてたし昔から俺に敵うやつはいなくて敵なしだった。そんな俺が小学5年の時道場の先生に言われて柔道の大会にでた。そこで俺は初めて負けを知った。相手は1つ年下の女の子だった」
「あ、あんたもしかしてあの時の!」
そう、私は思い出した。初めて出場した大会。階級は小学4年から小学6年の男女混合無差別級。決勝戦まではなんの苦労もせず簡単に進んだ。
そしてむかえた決勝戦。その相手はこれまでの相手と格が違った。技のスピード、キレ、力強さ。何をとっても小学生とは思えないほど完璧だった。
何度も技をかけ、やり返され、決着はなかなかつかず延長戦になり、お互い息が上がり朦朧としながら戦っていた。しかし一瞬相手がふら付いた隙を見逃さず、私は最後の力を振り絞り1本背負いをきめた。
激戦を制し優勝したのが嬉しかった。激しい戦いで私の首筋に細かい擦過傷ができていた。おそらく相手の爪で擦れたのだろう。私の優勝に喜びの言葉をかけていた両親、お兄様であったが、首の傷を見つけると血相を変えてわめきだした。
「れ、れ、れ、れなちゃん! 首に傷ができてるわ! なんてこと! 病院に行きましょう!」
「ああ! 嫁入り前の玲那の肌に傷がついたなんて! パパが世界一の医者を呼び寄せてやる! おい、皮膚科専門の名医を今すぐ呼び寄せろ!」
騒ぎだす両親。 そしてお兄様は対戦相手であった相手の所にいき、
「ねえ、君。いくら悪気はなかったとしても僕の大切な妹に傷をつけたんだ。ただじゃおかないから、覚悟してね」
脅しをかけていた。
「やめてよ! こんなかすり傷くらいで騒がないでよ恥ずかしい! もう、このあと表彰式とかあるんだから大人しく観客席に戻っててよ!」
そういってうるさい家族を追っ払い、対戦相手に声をかけた。
「うちの家族がごめんね? でもあなたとっても強かった! いつかまた戦おうね!」
そう言ったのだが、結局家族の反対を受け、大会に出ることができたのはその一回きりであった。
「あんたあの時の決勝戦で戦った子でしょ? 昔はさわやかなスポーツ少年みたいな格好だったのに今じゃそんな不良になって……」
「あの時はお前を傷ものにして、すまなかった」
その言葉にまた周りが反応して騒ぎだす。
「き、傷ものってまさかこの女をやったんすか?」
「小学生で、す、すげえ、さすが堂本さん」
勘違いに喚く周囲もそうだが、誤解を招くような言い方をした堂本に殺意が湧いた。
「そんなことどうでもいいわ、さっさとケリをつけようじゃないの!」
そういってまた仕掛けにいった玲那。
1分。
5分。
もうすぐ10分は立つだろうか、お互い息が上がりながらも、まだどちらの体も地についていない。
その間、周りを囲んでいた彼らも固唾をのんで魅入っていた。
しかし、とうとう玲那の体力が尽きてきて堂本の腕を掴んでいた手が緩んでしまった。その隙をつかれ、玲那の体が宙を舞った。
「い、いっぽん!」
誰かがそういって、この勝負に終わりを告げた。
倒れた玲那は大地に全身を預けながらぜえぜえ乱れた息を少しづつ整える。
「負けちゃった、か。いけると思ったんだけどな」
自分が負けたことに少し、ほんの少しショックを受ける。そこいらのお坊ちゃんには負けるはずないと思っていたのだが自分の力を慢心していたようだ。
「おい、さっさと起きろ」
「えー、無理だよ。見てわかるでしょ。疲れててすぐには立てないっての」
負けて、疲れて、傷心の相手になんて冷たいヤツだ。そう思っていたがどうやら違うらしい。
「いや、その、なんだ。 み、見えてるぞパンツが……」
投げられたときにスカートが捲れ上がって下着がオープンになっていた。
「あら、ごめんなさい。 まあ、今更パンツが見えたくらいどうってことないんだけど。」
捲れていたスカートを直し、ゆっくり立ち上がった。
「で、私負けたんだけど。あんたは私にどうして欲しい? あんまり実現不可能なことはやめてよね」
玲那は負けたが偉そうに言った。
「……お前はどうして風紀委員長の座が欲しかったんだ?」
「この学園を変えようと思って」
「この学園を変える? 何故だ」
「私が楽しい青春時代をつくるために」
「そうか。 じゃあ、俺の願いは……お前が楽しいと感じられる学園にするために、俺はお前の力になりたい」
「え?」
何いってんだこの男。今私の力になりたいって言ったのよね。私負けたんだけど。何、もしかして今の勝負しなくても言うこと聞いてくれたってわけ? 疲れ損?
「お、俺らも堂本さんと姉御にどこまでもついていきます!」
「俺も! 姉御マジすげえっす! 堂本さんとあんだけ戦えるなんて!」
「姉御!」
「姉御!」
うむ。なんだかよくわからないが協力してくれるみたいだし何でもいいいっか。
「みんな、ありがとう。これからよろしくね!」
そう、うまくまとまったはずなのに、翌日学園には1つのニュースが駆け巡った。
「1年B組如月玲那が風紀委員長に衣類を乱し胸元をはしたなく広げ迫り、委員長はそれに籠絡された! あの堂本龍兒が陥落! 風紀委員会は如月玲那の支配下におかれた!」
(あら、何ですのそれ。どこのゴシップですの? 私何も知らなくてよ)