誘導
「まさか?」
光一の告げた恐るべき真実に俺と隆夫もまた喉の奥から逆流してくるものを堪えることはできなかった。辺りは俺たちの吐き散らしたモノの臭気に包まれている。
なんでこんなことに。やはり、あの祠に踏み込んでしまったからなのか?正木さんも余計な事を喋ったから殺されてしまった。
やはりあそこには近づくべきじゃなかったんだ!
「いたぞ!こっちだ!」
坂の下の方から声が聞こえる。見つかった!俺たちはフラフラと立ち上がり、走り出した。
「はぁっ、はぁっ!」
吐いて体力を消耗してしまったからか、身体が重い。幸い鬼たちも動きは遅く、その差は詰まってはいないが、いずれ捕まってしまうだろう。
その後はどうなる?
殺されて、喰われてしまうのか?
あの正木さんのように?
絶対に嫌だ!俺は生きる!絶対に生きて帰るんだ!
俺は走り続けた。こんなに走ったのは何年ぶりだろうか?
間も無く後ろから追ってくる鬼どもは見えなくなった。しかし、今度は前方からチラチラと松明の明かりが見える。
「こっちだ!」
隆夫が森の中の道へ入って行った。
森の中ではあるが、人が一人くらい通れる様な道がそこにあった。しかし暗い。この道を歩く事なんて出来るのだろうか?
パッ!
隆夫がLED式の懐中電灯を点灯する。少し遅れて光一もカバンの中の懐中電灯を取り出し点灯する。暗闇に慣れた目には眩し過ぎる程の明るい光だった。
「お前ら凄いな!」
僕の言葉に少し嬉しそうに隆夫が返事をする。
「こんなモン標準装備だろ?まだあるんだぜ」
と言って取り出したのはナイフだった。懐中電灯の光が反射しキラリと光る。
「俺は、絶対に生きて帰る。たとえ、コイツを使う事になっても」
そう言った隆夫の顔は歪み、狂気に満ちていた。コイツ、いったいそれをどう使うつもりだったんだ。という疑問はさておき、確かに、ここから脱出するにはそれ位の覚悟が必要かもしれない。俺も心を引き締めた。
「こっちだぜ」
懐中電灯とナイフを手にした隆夫は先に進む。その歩みには何かを吹っ切れたように迷いはない。俺と光一は黙って後を付いていった。
やがて俺たちは月明かりに照らされた階段に辿り着いた。森を切り裂く様に作られたその階段は下から上へと真っ直ぐに続いている。
しかし、俺たちがほっと安心したのも束の間、階段の下から松明を持った数人の鬼たちが近づいてきた。どうやら懐中電灯の光は奴らにとっては格好の目印となっていたらしい。
「来るならこいや!」
隆夫がナイフを突き出して叫ぶ。鬼どもは少し怯んだのか近づいて来ない。
少しの間、睨み合いが続き、俺は奴らの動き、そして姿を改めて確認した。服装は普通の人間と同じ、俺たちと同じ様なジーンズにTシャツの格好の奴もいれば、見覚えのあるワンピースを着た奴もいる。
やはり鬼の仮面を被った人間か……。しかし、コイツらが人喰い鬼の末裔である事は間違いない。
後ろにいたワンピースを着た鬼が携帯を掛ける。
「こちら三班。階段にて発見。応援求む」
聞き覚えのある冷たい声で言った。
「今だ!」
隆夫が階段の上に向かって走りだす。俺たちも後へ続いた。
チラリと後ろを見たが、追ってくる様子はない。おそらく仲間が集まってくるのを待っているのだろうが、何か様子が変だ。
いったいこの階段の上には何があるというのか?ひょっとして、俺たちは何処かに誘導されているんじゃないのか?
「ちょっと待って!」
俺は叫び、階段を見下ろした。十人程に増えた松明の光がノロノロと近づいてくる。
「変だ!俺たちは奴らに誘導されたんだ!」
バチッッッッ!!!
破裂音と共にドサッと何かが崩れ落ちる音。
ナンダ?
ナンダ?
ナンダ、今の音……?
振り返ると、そこには隆夫が横たわり、側には何かを構えた光一が立っていた。