3.泡沫-ウタカタ-
「ホントにいいの?」
「うん…」
心配そうに少年を見つめ、少女は一人で夕飯をとっていた。
少女が心配そうにしているのには訳がある。
それは少年はお腹が空いてないからと夕飯の誘いを断ったことにあった。
当の本人は悠長に窓辺に座り外を眺めている。
それまでの少年とは打って変わって、まるで別人のような雰囲気の少年。
その後も少年は心ここにあらずといった風に、少女の呼び掛けに対して空返事することが多くなった。
「じゃあ、少し出掛けてくるわね?」
夕飯のあと、少女はどこかに出かけるようだ。
「うん…」
しかしそのことを伝えてもやはり少年の心はどこか遠くに行ってしまったようだった。
少年の視線はずっと夜の景色に向いている。
少女は心配そうに少年を見ていたが、やがて静かに扉が閉じる音が響いた。
「あれ…?母さん?」
窓から見える景色には、夜道を歩く少女の後姿しかない。
しかし少年はなぜか母親の姿を少女の後ろに見ていた。
少年は慌てて家を飛び出し、少女のあとを追う。
彼女のあとを追い掛けるうちに少年は見知らぬ場所と迷い込んでいた。
「ここは…?」
なんとか小走りに彼女のあとを追いかけ、やがてたどり着いたのは古めかしい屋敷だった。
立派な門は少しだけ開いており、耳を澄ませると幽かだが少女の声が聞こえてきた。
少年は僅かに開いた門に体を滑り込ませ、屋敷の中へと忍び込む。
「…私が知る限り、その者は人間ではない」
「そんなことあるわけ…」
声のする方へと足を進めると、次第に少女は誰かと喋っているのが聞こえてきた。
「だがそれは事実だ。キミが言うことが本当ならば、の話だが」
二人が話してる場所はどうやら、屋敷の庭らしき場所らしい。
少年は建物の壁に背を預け、二人の会話に耳を立てて聞いていた。
「嘘よ…だって、だって彼は…」
「返事が曖昧になるのは予兆だ。それに腹も減らないとなれば尚更だろう」
「で、でも!彼は路地裏で寝ていたわ!」
少女の声は今にも泣きそうなほど震えており、逆に相手の声は冷静だった。
「"半成り"ならしばらくは人間らしい行動をとるのをキミは知っているだろう?」
はんなりってなんだろう?それに男の人と喋ってる?
少年はほんの少しだけ顔を出し、二人の姿を様子を伺う。
「半成りだから…彼を私と同じ人間だと錯覚してしまったというの…?」
「元々キミのような半霊化も半成りと差ほど変わらないものだからな。同類と勘違いするのも当然のことだ」
"半成り"が何かは分からないが、それが自分を指す言葉であるのは二人の会話からなんとなく分かってきた。
「半成りがどういう最期を迎えるか分かっているだろう?」
話を聞いているうちに少年の胸はざわめき始め、ここからすぐにでも立ち去りたい気持ちに駆られる。
しかしヒトというのは怖いと分かっていても好奇心を抑えられない生き物であり、少年もまたその場に留まり聞き耳を立てていた。
「自分が死んだことも分からないまま――悪霊に成り果てる…!」
少女は月明かりの下で拳を握り震わせていた。
そんな、ボクが悪霊?それってボクはもう既に死んでいるってこと?
「悪霊はただちに祓わなければならない。それがキミたち巫女の役目だ」
「そんなこと分かっているわ…」
「ならばさっさとその少年の魂を浄化してやることだ」
"魂を浄化"
それは多分ボクとあの子が出会った夜に見せてくれた、光を集めて空に放つアレのことだろう。
そうなってしまったら、きっとボクは二度と母さんに会えなくなる…それだけは絶対に嫌だ。
少年は冷静に、そして息を潜めながら今自分がすべきことを考えていた。
「…逃げなきゃ」
誰にも聞こえないように呟いた少年の瞳に映るのは、光はなく虚空のみだった。
きっと彼女はボクがここで盗み聞きしていることなんて知らないだろう。
そして家に帰ってきたとき、彼女はきっとボクの魂を浄化するはずだ。
見つかる前に逃げなければならない。
もはや少年の決意は揺るぎはしなかった。
静かに門へと向かい屋敷を抜け出す。
月明かりに照らされながら、少年はただ走り出していた――。




