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りしゅ  作者: 理人
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第六章 悪夢

第六章 悪夢






 永遠とわはまたあの夢を見て飛び起きた。


 前より頻繁に見るようになっていた。


 波留馨ハルカに出会ってから、その頻度は飛躍的に増してきている。


 やはり夢の『波留馨』は波留馨のことなのだろうか。


 疑念が、いつか確信に変わってしまうのだろうか。


 時計を見ると、まだ五時前だった。


 Tシャツが汗で、ぐっしょり濡れていた。


 シャワーを浴びて汗は落とせたが、不安感は拭えなかった。否、寧ろ募っていくばかりだった。


 鏡を覗き込んでみた。そこには永遠が映っているだけだった。それもひどく疲れきった顔をしていた。


 そこで永遠は頭を振った。考えるのはやめよう。どうしようもないことを考えていても仕様がない。


 ふと、昨日、留守電を聞いていなかったことを思い出した。


 永遠はタオルで髪の水分を取りながら、留守電のボタンを押した。


「永遠? どう元気にやっている?」


 その後も、女性の自分を気遣う声が続いた。


 誰の声だ? 永遠は急速に青ざめていく自分を感じた。


 確かに、この声を昨日までは母だと思って聞いていた。だが今は違う。誰だ? そもそも母とは、どんな姿をしていたのだろうか。


 よくよく考えれば、毎日留守電が入っているというのも奇妙な話だった。いくらなんでもやりすぎだ。誰かに記憶を操作されているのか? 洗脳されているのか? 何の為に?


 そうだ、俺から電話をすればいいんだ。なんでそんな簡単なことに気が付かなかったんだ、馬鹿か俺は。永遠は受話器を持ち上げた。


 番号を押そうとした瞬間、呆然として、受話器を落とした。


 俺のうちの電話番号は何番だ? 覚えていない。忘れてしまったのか? それとも、そもそも、そんなものは、初めから知らなかったのか?


 永遠は慌てて、部屋中をひっくり返し、アルバムを探した。


 無我夢中だった。はやく悪夢から覚めたかった。


 嫌な汗が永遠を包んだ。あの夢から覚めた時よりも不快な気分だった。


 アルバムはすぐに見つかった。そこには母、父、弟と自分が写っている写真がおさめてあった。


 でも、一向にそれは知らない人物としてしか、永遠の目には映らなかった。


 急激に吐き気がした。


 そういえば、大学に入ってから、一度も家に帰ったことがなかった。


 そもそも、大学の敷地内から外に出ることが数えるほどしかないのだ。


 俺の家の電話番号は?


 俺の家はどこにあるんだ?


 こんな気持ちの悪さを、波留馨も体験したのだろうか。


 俺の記憶もおかしい。これは何の冗談だ?


 誰か助けてくれ。


 電話からはまだ声が流れていた。しきりに俺の名前を呼ぶ人たち。この人たちを、今まで家族だと思っていた俺の記憶は何だ? 偽の記憶だったのか? それとも、この人たちが呼んでいるのは俺じゃない、彼方かなた永遠なのか? 彼方永遠が俺以外にこの世に存在するのか? 


 俺は誰なんだろう……







「毎日、留守電が入ってるって言ったよな?」


 永遠は留守電に疑問を抱いた次の日の朝から、波留馨の家に入り浸っていた。


「あぁ。それが?」


「俺のとこもそうだけど、いくらなんでも、やりすぎだとは思わないか?」


「やりすぎ?」


「そうだよ。大学生になった奴にさぁ、しかも男にだぜ。そんなに頻繁に留守電入れる家族っているか?」


 そこで波留馨も顔をしかめた。永遠と同じように、今までこの事実に、何の疑問も感じていなかったのだろう。


「で、ここからが核心だ」


 真剣な表情で波留馨は永遠を見返した。


「留守電じゃなくて、電話はかかってきたことがあるか?」


「いや、今までないね」


 波留馨は首を横に振った。


「じゃ、いつ留守電を入れるんだ?」


「いつって俺たちが大学に行っている間だろ?」


「なぜそんなことをする? 普通なら俺たちが帰ってきた夕方か、夜に電話をかけるもんじゃないのか? 留守電じゃなくてな」


「そう言われれば、おかしいな」


 波留馨は整った顔を歪めた。


「だろ?」


 波留馨の同意を得て、永遠は続けた。


「もしかして、俺たちは留守電で洗脳されてるとかさ?」


「誰が何のために? 俺たちに何を吹き込む? 毎日洗脳されていたとすれば、なぜ急にそのシステムがおかしくなった?」


「単なる故障じゃないか? それとも、毎日やってて慣れてしまったとか、それこそ、本当に俺たちの脳が、いかれちゃったとかさ」


「じゃあ、仮にその洗脳装置が急に機能しなくなって、俺たちはそれに気がついたということにしよう。だが、そもそも俺たちを洗脳するメリットとはなんだ? 誰が得をする? それより、俺たちの記憶だけおかしくなった、と考えた方が合理的でスマートですっきりするよ。単純でわかりやすい」


「何かの実験かもしれない」


「どんな?」


「どんなって言われても、俺がやってるわけじゃないから……」


「仮に、なんらかの実験があったとしよう。それはどういう形で実験対象を選んだのだろうか? 無作為に抽出か? その場合はそのことを大学側は認知しているのか? 大学側も一枚噛んでいるのか?」


「あっ、そうそう、大学といえば不思議なことがあると思わないか?」


「不思議なこと?」


 波留馨は首を傾げた。


「そう、俺たちって大学内でなんでもすませられるから、ほとんど大学の外へ出ることってないだろ?」


「そうだね」


「それって、俺たちをここから外へ出したくないってことだとは思わないか?」


「何の為に? 誰が?」


 波留馨の声がだんだんと呆れた物になっていくのがわかったが、永遠は己の考えを披露することをやめられなかった。


「だから、それもその実験になんか関係あるんだよ。完全に隔離された場所での秘密の実験」


「永遠? いいか、俺たちは確かに大学内で何でもことを済ませることができる。しかし外へ出てはいけないことにはなっていない。自由に出入りができる。外部の人間だって好きに出入りできる。違うか? こないだだって、皆で海に行ったが、誰かの許可を必要としたわけじゃない」


 永遠は、波留馨の小さな子どもを諭すような声音に沈黙した。


 永遠お決まりの単なる思い付きに、これほどぽんぽん切り替えされては、なすすべがなくなるというものである。


「まりあたちにも聞いてみようぜ」


 唐突に永遠は思いついた。


「留守電のことを?」


 永遠の波長を、波留馨は自然に受け止めていた。その感覚が永遠には心地よかった。


「そう」


 永遠は頷いた。


「で、もし仮に留守電が毎日入ってるとしたら、それはおまえの本当の家族かって聞くのか?」


「えっと、いやその……」


「俺たちの頭は大丈夫かって聞かれるのがおちだよ」


 波留馨は肩を竦めた。


「だけど、こんなこと他の誰にも真剣に話せないよ。笑い飛ばされるのならばまだしも、病院送りになるのは必至だからね」


 一呼吸置いてから波留馨は続けた。


「お前だから言ってるんだからな」


「俺だってそうだよ」


 永遠は波留馨に鋭い視線を飛ばした。


 そして互いに表情を緩めた。


「最後に一つ質問だ」


 もう一度真剣な表情をつくり、なかば波留馨を睨むように永遠は言った。


「何?」


「お前、自分ちの電話番号覚えているか? もしくは知っているか?」


 次の瞬間、目を見開いて、波留馨は力なく首を横に振った。


 今日も話をしているうちに外は暗くなっていた。必然と永遠は波留馨のところに泊まることになった。


 食事をしたり、そのあとゲームをしたり、その間、二人はあの話題には触れなかった。


 お互いふざけあったり、日々の他愛も無いことを話したり、楽しく時を過ごした。


 ソファに寝転がり、布団を被ると、永遠は急にあの夢を思い出した。


 隣のベッドで横になっている波留馨を見た。


『波留馨』とは波留馨のことなのだろうか?


 そして急にたまらなく不安になった。


「どこへも行くなよ」


 ぼそりと永遠は呟いた。


「何?」


「いや、別に……」


 俺を置いて行かないで欲しい。


 これじゃまるで恋人同士のセリフだな、ひとり永遠は自嘲した。


「大丈夫だよ、俺はどこへも行かないよ」


「なっ何だ、聞こえてたのか」


 永遠は耳まで真っ赤にし、波留馨から視線をそらした。


 その姿を見て、波留馨は穏やかに微笑んだ。


 このまま時が止まればいいのに、と永遠は心の底から思った。


 何も余計なことは考えたくなかった。


 波留馨は部屋の明かりを消した。


 闇が訪れたが、この闇は夢と違って、恐くはなかった。


 波留馨が側にいる。それだけで、闇は闇でなくなるようだった。


「俺を置いてどこへも行くなよ」


「あぁ、お前もな」


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