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1-8.宿屋

 俺は宿屋に帰ると、ケイトさんに後からロイスさんが訪ねてくることを伝えてから自室に戻った。

 情報画面を見るとヒロモン時間の17時過ぎだったので一人の時間はあまりなさそうだ。

(どこかでヒロモンの勉強時間や操作の練習時間を確保する必要があるな。)

 NPCとの交流がミッションとは言え、そもそもカードやスキルの使い方を知らないのでは、文字通りお話にならない。会話でボロが出ても困る。

 本当はWikiや掲示板サイトの巡回をしながら操作の練習をしたいのだが、テスト環境はクローズドLAN(注4)の中にある。どちらも見ることもできない。マニュアルとヘルプはそれなりに分量があるようなのでそれらを見ながら試行錯誤するしかないだろう。

 練習するにも場所が居るが、明日以降にヤーゴンさんの家の庭でも使わせてもらうことにする。練習は人に見られずに行いたい。どうせお弁当を届けに毎日のように行くことになりそうだし、ヤーゴンさんの家は村外れなので人に見られることも少ない。ユアンちゃんは傍から離れないだろうが、致し方あるまい。複数の村人に見られるリスクより、ユアンちゃん一人に見られる方がリスクは少ない。

 本格的な練習は明日からするとして、まずはロイスさん対策だ。色々と話題に上るだろうから、予め調べておかないとならない。

 俺はヘルプを開き、格闘スキル、ジュージュツ・スキルの項目を開いた。


■格闘スキル

<概要>

 素手で戦う技術。

<獲得条件>

 人またはモンスターを1回素手で攻撃する。

<使用条件>

 素手であること。

<特殊技>

 特になし。


■ジュージュツ・スキル

<概要>

 上位格闘スキル。

 ヒノモト国にて発展した格闘スキルのひとつで、主に接触時・近接時に格闘するためのスキル。

 高レベルになると中距離での格闘も可能となる。

<獲得条件>

 格闘スキルLv30以上であること。

 ジュージュツの入門書を使用する、または、ジュージュツ・スキルにてクロオビの称号を持つ者と1ヶ月間修行する。

<使用条件>

 素手であること。

<特殊技>

・Lv1

 格闘スキル+補正(N/A)

・Lv5

 寝技(N/A)

・Lv8

 絞め技(N/A)

・Lv15

 関節技(N/A)

・Lv20

 身体+補正(N/A)

・Lv25

 返し技(N/A)

・Lv30

 クロオビの称号(他者への指導)

 ジュージュツ・スキル+補正(N/A)

・Lv40

 自然体(MP:0/0.1)

・Lv50

 白刃取り(MP:1/0)


 格闘スキルについては何となく分かった。

 基本の格闘スキルがあり、一定のレベルを超えると上位格闘スキルが覚えられる。上位格闘スキルは覚えるためにアイテムか修業が必要のようだ。

 カラテも上位格闘スキルだろう。上位格闘スキルは、レベルを上げると特殊技が覚えられるようだ。どうやら俺は白刃取りなどと言う漫画のような技が使えたらしい。ヤマイヌ相手には関係なかったけど。

 俺が持つスキルは、確かほとんど全てだったはずで、しかもレベルが50となっている。スキルのレベル上限が100とは言え、ジュージュツではレベル30で黒帯だ。黒帯と言えば充分に強く、そして他者へ教えることができるとある。それを大きく超えるレベル50となると、ちょっとした強者なんじゃなかろうか。操作を失敗してヤマイヌと相打ちになったが、操作に慣れていれば勝てたはずだ。

 生産系のスキルは順次試してみるしかないが、レベル50あれば日用品の一通りくらいなら自作できそうだ。

 次に、ヤマイヌについて開いてみた。

 だが、しかし、開けなかった。

 モンスター情報を開こうとして気付いたが、ほとんどのモンスターは名前が「???」となっており、どれがどれだか分からない。

 もしやの、カード化しないと情報が開示されないのか。

 これはちょっと不便だ。

 山際さんに言って、ヘルプは全部見られるようにしてもらうことにしよう。Wikiも掲示板も見られないのだから、それくらいの配慮(チート)は許されるはずだ。

 後は、俺の故郷の話だが、これはもう考えてある。

 俺はヒノモト国出身と言うことで良いだろう。ジュージュツの説明にも出てくるくらいだから実在する国に違いない。しかも、言わずもがな、日本のことだろう。どこにあるのと聞かれると辛いが、今日のところは遠くの方とだけ言っておこう。

 少ない時間で調べ物をしていると階下からお呼びがかかってしまった。

 色々と考えておいた方が良いこともあるのだろうが、時間切れだ。

 

 1階に下りると、階段前のテーブルにロイスさんが居た。

 そして、少し間を空けて赤毛のショートカットで、目鼻立ちのくっきりとした派手な顔立ちのなかなかの美人さんが居る。そう、団長さんだ。

 さらに、ロイスさんと団長さんの間には小さな男の子がちょこんと座っていた。

「ケージさん、こんばんは。」

 ロイスさんが片手を挙げて俺を呼び、挨拶をしてくる。

「こんばんは。ええと、状況が分からないのですが。」

 俺が戸惑っていると、ロイスさんが半ば予想していたが、言葉で聞くと衝撃的なことを言った。

「家族で来てしまいました。」

 団長さんことキャミルさんが何故かドヤ顔で俺を見ている。

「ケージさんと会うことを言ったら、妻がついてくると言って聞かないものですから連れてきてしまいました。顔合わせも終わっていることですし、良いですよね。」

「え、ええ。」

 ロイスさん、さっきのは顔合わせと言うのでしょうか。団長さんを紹介していただきましたが、ロイスさんの奥様はまだ紹介していただいておりませんが。そもそも、ロイスさんと団長さんは夫婦だったんですか。

 俺の、ええには色々な意味が込められている。

「ケージ殿、今日は色々と話をしよう。座って、座って。」

 キャミルさんが席を薦めてくる。

 俺は半ば流されて席へと着く。

 思わず目の前の男の子と目が合う。

「こんばんは。」

「こんばんは。」

 男の子らしく元気よく返事をする。

「息子のガイです。ガイ、ケージさんだよ。」

 ロイスさんが男の子を紹介してくれる。

 ケイトさんがテーブルに来ると、陶器のジョッキを3人分と小ぶりのコップをひとつテーブルに置いた。

「ガイくんも大きくなったわね。今、何歳だっけ。」

 ロイスさんが、ガイ君の背中に手をやり促す。

「3歳です。」

 ガイ君が元気よく答えると、みんなの顔が笑顔になり、それを見たガイ君もちょっと誇らしげな笑顔になる。

 子供が居るって場が和むなぁ。俺の頭はまだ混乱中だけど、気分だけはほっこりしてきた。

 ケイトさんが俺に向かってエールを薦めてきた。

「うちのエールは自家製だよ。ケージに出すのは初めてだったわね。最初の一杯だけ私の奢りよ。」

 ジョッキを手に持つと、意外にも冷たかった。

「簡単に乾杯しますか。」

 ロイスさんが場を仕切る。

「ケージさんとの出会いに、乾杯。」

 俺は乾杯をすると、ごくごくと飲んだ。フルーティーな香りが鼻先をくすぐるが、味覚も食感も当然ない。

「美味しいですね。」

「そうでしょ。」

 俺が言うと、ケイトさんは満足そうに頷いてからカウンターの方へ戻って行った。

 俺は大人として空気を読んだ対応ができるのである。味覚や食感なんぞなくとも、味を褒めることくらいできるのだ。

「色々と驚きました。」

 俺がロイスさんに向かって言うと、ロイスさんがにやりと笑う。

「私は、ちょうど結婚して子供が産まれると言う時期に冒険者を引退してこの村に越してきた話はしましたよね。それがキャミルとガイですよ。」

「あの時はワタシはまだ騎士団に居たんだけど、騎士団は頭固くてね。女のワタシが騎士団に居ることもそうなんだが、子供ができたら尚更出ていくことが当たり前の雰囲気だったよ。冒険者にでもなるしかないかなって考えていたんで、自警団で働くってのはちょうど良かったのさ。」

 確かに、団長さん、もといキャミルさんが主婦をしている姿はイメージできない。

「何でキャミルさんが団長で、ロイスさんが副団長だったんですか。」

「まず、夫婦とも実績からして自警団の団長候補、副団長候補と言うのが最初に決まったんです。村長は男性である私の方を団長にと考えていたみたいですけどね、キャミルを団長にしておかないと、大きなお腹で前線に出かねないじゃないですか。」

 そうですよね。キャミルさんは、そういうタイプだとよく分かります。

 キャミルさんは、そんなことないぞと文句を言っているが、日本でも武士の時代からヤンチャな人間を結婚させたり家督を継がせたりして重石をつけていた。団長と言う肩書なら後方での指揮が求められるのだろうし、重石としてちょうど良かったのだろう。

「ケージさんは、ご家族は?」

「俺は独り身です。両親も他界してるので、旅をするにはちょうど良い感じですね。」

 リアルでは恋人は居るし、両親も生きている。生きているが、まあ、死んでいてくれた方が都合が良さそうだったので、そう答えてしまう。

 俺のちょっと思案している顔を見て、ロイスさんとキャミルさんは納得してくれたようだ。

 この世界では冒険者でなくても人間が簡単に死にそうだし。

「ケージ殿の故郷はどこなんだ?」

「ええっと、ヒノモト国と言うずっと遠くにある国です。」

 俺がキャミルさんに答えると、二人はぎょっと驚いた顔をした。

「実在したんですね…。」

 ロイスさんが呟く。

 何かまずったことを言ったのかも知れない。

 しかし、ジュージュツ・スキルのヘルプはヒノモト国原産って書いてあったし、あるんじゃないのか。

「いや、でも、もう帰ることは難しい状況なんです。あまりにも遠いので。」

 俺はしどろもどろに弁解する。

「ヒノモト国と言えば、独特な武器や格闘スキルがあると聞いたことがあります。ほんの(まれ)に王都でヒノモト国の物だと言う装飾品が持ち込まれることもあります。しかし、世界地図にも載っていないので、神話時代の亡国か何かなんじゃないかと思ってました。」

 そんなに大層な国だったのか。

「いや、ありますよ。海の向こう側なので地図にないのかも知れませんが。」

「海の向こうなんですか!?」

 ああ、えっと、そう言えばヒロモンの各大陸は海で隔てられているんでしたね。

「そんなに遠くじゃないのですが、島国ですよ。」

 適当なことを言ってるけど、ヒノモト国を実装するならそうに違いない。多くのゲームで名称は違えど東洋の島国は必ずと言って良いほど存在するのだ。島国でないはずがない。

「そうですか、海に船を出さないとならないなら、なかなか行けるところじゃないですよね。」

 海には何がある設定なんだろうね…。

「ケージ殿のジュージュツもヒノモト国のものなのか?」

「そうですよ。ヒノモト発祥のものです。」

 キャミルさんの質問には自信を持って答える。こればっかりは、ヘルプに載っていたんだから間違いない。

「やはり一度じっくり見せてもらいたいな。」

 俺は逃げ出した、しかしキャミルさんに回り込まれて逃げられない。

 頭の中でそんなナレーションが流れた。

「そうですね、今度、見せますよ。手合せと言うか、実演と言うか。」

「よし、約束だぞ。ワタシは事務所に居るから、いつでも来い。なんなら明日でも良いぞ。」

「明日は予定がありますから、今度は今度です。」

 どうせスキルの練習も一人ではできないこともあるのだ。キャミルさんから逃げられないなら、練習相手になってもらおう。

 そんなことを考えてジュージュツを見せることを約束してみたが、吉と出るか凶と出るかは分からないな。多分、凶の方に傾いている。

「そんなことより、ロイスさんとキャメルさんはどうやって知り合ったんですか?」

 俺は強引に話題転換した。

 ロイスさんは中々の腕利きの冒険者で、犯罪者の討伐や危険な魔獣討伐で騎士団に協力することも多かったとか。騎士団と冒険者は仲はあまり良くないのだが、何度かキャメルさんとも一緒になり、あとはキャメルさんが真っ赤になってごにょごにょと言う話であった。どうやら、キャメルさんからロイスさんにアタックをかけたようだ。

 俺はヒノモト国のありそうなことを色々と話し、たまにケイトさんも会話に入りつつ楽しい食事の時間を過ごした。

 20時を過ぎる頃、会はお開きになった。

 田舎と言うか、中世ヨーロッパの時代はと言うか、夜は早いのである。


 三人が帰った後、部屋に戻って考えた。

 ロイスさんは、自警団の副団長として俺がどんな奴か探りに来たんだろうなと。

 当たり前の話で、俺が他国のスパイである可能性があるわけだ。むしろ、冒険者や商人でもないのに旅人をしているなんて怪しさ万点だ。かといって、俺が何かをやらかした訳ではないので、自警団の事務所に呼んで尋問とかをするわけにはいかない。

 だからこそ、プライベートに会いに来たのだろう。 

 ま、痛い腹はないわけだし、探ってもらって構わない。

 ロイスさんが良い人なのは間違いなさそうだし、この点は大人としてスルーしておこう。

 それにしても、酒をいくら飲んでも酔わないので腹芸でボロが出ることはないが、飲まず食わずの飲み会は辛いなと強く実感した夜であった。



注4:クローズドLAN

 インターネットに繋がっていないローカルエリアネットワーク。

 企業の開発環境では、インターネットに繋がっていると情報漏えいやハッキングを受ける可能性があるためネットに繋がないことが多い。

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