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1-7.村の人々

 ヤーゴンさんの家に行くと、案の定、ユアンちゃんが纏わりついてきた。

「ケージ、山は危ないんだよ。」

 俺が、先ほど、自警団と一緒にヤマイヌの死骸を始末してきた話をすると、ユアンちゃんが真剣な顔をして言ってきた。

「そうだね。でも自警団の人と一緒だったから大丈夫だったよ。」

「うん、一人では行っちゃダメだからね。」

 心配されるのは嬉しいが、俺は旅人だよ。

「ケージ、今日はお弁当じゃないの?」

 情報画面に目をやると11時だった。もうこんな時間か。

「ごめん、今日は朝早くに宿を出たからお弁当預かってないや。」

「ケイトさん、ケージの分も持ってきてくれるかな?」

「どうだろう。俺がここに居るって知らないだろうからな。」

「わたし、ケージとお昼いっしょに食べたいなぁ。」

 ユアンちゃんが、とても可愛いことを言う。

 俺は、ユアンちゃんの頭にぽんと手を置いて、よしよしと撫でた。

 もし俺に娘が居てこんな可愛いことを言われたら、娘は嫁になぞやらんとか言い出すだろう。それくらい可愛い。

「そうだな、じゃあ、今から宿に行って、俺の分もお弁当を作って貰おうかな。」

 今から戻っても、お昼には間に合うだろう。

「うん、それが良いよ。」

 ユアンちゃんは笑顔になる。

「じゃあ、今から宿に行ってくるよ。」

 俺がそう言うと、ユアンちゃんは、ちょっと考えて言った。

「ケージ、わたしが付いて行ってあげるよ。一人は危ないからね。」

 昨日の今日なので、ユアンちゃんを連れ出したくはないのだが、ユアンちゃんは話を勝手に進めてしまう。

「おじーちゃーん、ケージと一緒にケイトさんのところ行って、お弁当もらってくる。」

 奥の部屋から、ヤーゴンさんが顔を出してきた。

「これ、ユアン。ケージさんにご迷惑だよ。」

「ケージが一人だと危ないから、わたしが付いていくの。」

 ユアンちゃんが強情を張ると、俺もヤーゴンさんも何も言えなくなる。

 可愛い子供ってのは、ずるいものだ。

「ヤーゴンさん、ユアンちゃんをお借りしますね。今日は村の方に行くから、危険はないですから。良いでしょうか。」

「ケージさん、ご迷惑をおかけします。今日くらい家に居ても良いのでしょうが、ユアンはどうやらケージさんと一緒に居たいみたいなので。」

「本当、気を付けますんで。」

「おじいちゃん、行ってくるね!」

 さすがに今日は何もないだろう。

 俺は、ユアンちゃんと一緒に宿に戻った。


 宿に戻ると、ケイトさんが開店前の支度をしているところだった。

 俺がユアンちゃんと手を繋いで帰ってきたのを見て、ずいぶんと仲良いのねぇなどと言っていた。

「ケージは一人だと危ないから、わたしが付いてきたの。」

 ユアンちゃんが何やら自慢げに言う。

 ケイトさんも、あら偉いのねなどと答えるのだった。

 俺は、俺の分の弁当を注文すると3銀貨を支払った。1食3銀貨だとすると1銀貨200円くらいだろうか。そうすると、金貨は20,000円くらいになって、ヤマイヌの魔石は10万円くらいの価値になる。ヤマイヌ1回倒して10万円は高いのか安いのか。いまいち金銭感覚が掴めない。

「ケイトさん、お弁当箱、やっぱり駄目でした。すみません。」

 俺は、ヤマイヌの周りに散乱していたお弁当箱のなれの果てを思い出して言った。

「良いのよ、お弁当箱なんて消耗品なんだから。」

「お弁当箱って弁償できますか。」

「弁償なんて気にしないで。ヤマイヌに襲われなくたって、お弁当箱なんて返ってこないことなんてざらなのよ。」

「そうなんですか。」

「そうなのよ、洗って返してくれるヤーゴンさんが真面目なだけよ。」

 まあ、リアルでもお弁当箱なんて使い捨てだからな。

「そうね、そろそろ数も減ってきたのは確かね。ケージ、午後に細工師のプリウムさんのところに行って、お弁当箱を10個ほど注文してきてよ。」

「良いですよ。場所は、どこでしょう。」

「村の中央に寄り合い所があるのだけど、その2軒隣りがプリウムさんのところよ。看板が出ているから分かると思うわ。」

「分かりました、後で寄ってきます。」

 昨日に引き続きお使いジョブをいただきました。


 ヤーゴンさんの家に戻り、お弁当を食べ終わると14時を過ぎていた。

 今日のサンドウィッチは、白身魚のフライが挟まっていた。これまたハーブで香りづけされており、美味しいそうな匂いだった。リアルでお腹いっぱいだったことと、肉でなかったために、とても美味しくいただきました。

 お弁当を食べ終わった後、俺は一人で細工師のところに行くことにした。

 ユアンちゃんがかなり愚図ったが、明日も来ることを条件に解放してもらった。

 今日の天気も快晴で、世はなべて平穏である。

 昨日のことがあったため草むらや木の向こうをつい気にしてしまうが、村の中なのでそこまで神経質になっているわけではない。

 村の中心部は、昼下がりと言うこともあり、人は少なかった。

 農業が中心の村なのだから、村人は農作業でもしているのだろうか。

 細工師の店もすぐに見つかった。ケイトさんの言うとおり、入口の上に大き目の看板が掲げられていたからだ。

 ただし、文字は読めない。

 ヒロモンの世界では独自の文字と言語を作っている。酔狂なユーザーは、ヒロモン文字をネイティブで読めるよう解読と学習をしているようだが、普通は読めない。その代わり、自動翻訳機能(?)があり、文字に重なるように情報画面が現れ、ユーザーの選択した言語に翻訳されるのだ。

 ちなみに、ヒロモンは当然のように音声の自動翻訳にも対応している。機能をオンにしておけば、ユーザーの言語が異なっていても会話可能である。ヒロモンのNPCと会話が成立するのもそのおかげだとマニュアルに書いてあった。

 細工師の店に入ると、すぐが板間のようになっていた。壁際に木の机が置いてあるが、反対の壁には木材が立てかけられている。商品が陳列されているわけでもなく、店と言うより工房そのものなのだろう。

 板間の真ん中に置かれた木の切り株に座り、小さな腰掛椅子を作っている男が居た。

 カーソルを当てると「プリウム」と名前が出た。

「すみません、注文をしたいのですが。」

 俺が声を掛けると、プリウムさんがこちらを見上げた。

「見かけない顔だね。何が欲しいんだい。」

 同い年くらいだろうか。いや、今の俺は26歳なので年上か。30前後だろう。

「旅人です。ビルさんとケイトさんのところにお世話になってます。」

「へえ、どこの出身だい?」

「ちょっと遠いところです。海の方ですよ。」

「この国の者ではないのか、珍しいな。今は忙しいけど、話を聞きたいなぁ。」

 村の人は、そもそも村の外に出たりはしないのだろう。ユアンちゃんも俺の話を聞きたがる。

「ええ、良いですよ。しばらく村に居ますから。」

「いつまで居るんだ?」

「あと3週間ほどですかね。」

「おお、随分と長居するんだな。今度、宿に寄らせてもらうよ。」

「夜なら居ると思いますよ、今日はダメだけど。」

「分かった、飯を食いに行かせてもらうよ。」

 俺も色々な人と話をしたいのでちょうど良い。それが仕事でもあるし、俺自身もNPC達に興味が湧いてきている。

「注文良いですか。」

「ああ、何が欲しいんだ。」

「ケイトさんからの注文で、お弁当箱を10個ほど頼みたいそうです。」

「そうだな、今入っている注文をこなしてからになるから、5日後くらいになるかな。できたら届けに行くと伝えておいてくれ。」

「分かりました。ケイトさんに伝えておきます。」

 俺は注文を終えると、店の中をぐるりと見渡した。

「プリウムさんは、普段、何を作っているんですか。」

「いろいろだな。今作っているように小さい椅子もあれば、棚とか机とか。村のあちこちから注文を受けてるかな。」

「木工ですか?」

「いや、石を使う場合もあるぞ。石や大型の家具なんかは、店で作らず現地で作る場合が多いよ。」

「細工と言うから小さいものかと思ってましたが、家具を作るんですね。」

「いやいや、色々さ。ブラシや櫛を頼まれることもあるし、何せ農村だからな。頼まれれば何でも作るってのが本当のところさ。」

 なるほど。細工師のスキルの用途は範囲が広いらしい。

「ええと、名前はなんて言うんだい。」

 おっと、失礼。名乗ってなかったようだ。

「ケージです。」

「ケージさんの故郷や旅の間で見つけたもので、何か面白い細工はないかな。何か、新しいものも作ってみたいんだが、こんな田舎の村じゃな。」

 プリウムさんは俺と喋る間も椅子を作り続けている。

 椅子は板を組み合わせただけのシンプルな作りだ。

「そうですね、次にお会いするまでに考えておきますよ。」

「ああ、よろしく頼むよ。」

 俺はシンプルな椅子を見て、装飾とかしたら良いのにと思った。木彫りの模様を付けるくらいなら、直ぐにでもできそうだ。ただ、どんな模様が珍しいのか分からなかったので、次回まで先延ばしである。

 俺は、ではではと店を出た。


 細工師の店を出ると、見覚えのある集団に出くわした。

「おーい、ケージさん。」

 パーンが手を振って近寄ってきた。

 人の通りが無いとは言え、公道で呼ばれるのは迷惑である。恥ずかしいじゃないか。

 俺はパーンを軽く無視して、ロイスさんに話しかけた。

「お帰りですか。」

「山には軽く入っただけで済みましたので、予定より早めに終わりました。」

 ロイスさんによると、罠は山に入った比較的浅い所のものだったそうだ。

 猟師のバーネスさんが周辺を見回ったが他の魔獣の痕跡はなく、恐らく俺が倒したヤマイヌだけであろうとのことだった。

 バーネスさんは念のため数日は罠の巡回をするとのことだった。

「今から自警団の本部に戻るのですが、ケージさんも少しだけ寄りませんか?団長に紹介したいので。」

 自警団の本部は村の中心にあるらしい。

 と言うか、良く見ると細工師の店の真向いである。

「分かりました、少しだけなら。」

 団長は元騎士団とのことなので少しだけ興味がある。

 俺は、ロイスさんの後に付いていき、自警団の本部へと入って行った。

 自警団の本部は、比較的大きな建物であった。入ってすぐが土間のような造りになっており、壁に槍、ロングソード、楯等が立てかけられている。入口のそばに四角いテーブルと椅子が置いてあり、店番よろしく若いのが腰かけている。

「お帰りなさい、副団長。」

 若いのが立ち上がり、びしっと直立した。

 軍隊のようだ。団長が元騎士団とのことだから、規律も軍隊式なのだろうか。

「ただいま、ゴルディン。団長は居るかい?」

「はい、執務室に居られます。」

 話し方もびしっとしている。パーンと同い年くらいか。

 ロイスさんは後ろを振り向くと、他のメンバーに解散と伝えた。

「ケージさん、団長に紹介しますので、付いてきてください。」

 俺はロイスさんに付いて建物の奥の階段から2階に上がった。

 団長の部屋は、2階の一番奥にあった。

 ロイスさんは、コンコンコンとドアを叩いた。

「団長、ロイスです。入ります。」

 ロイスさんの後から部屋に入ると、正面に大き目の事務机があり、大柄の女性が書き物をしていた。女性は赤毛のショートカットで、目鼻立ちのくっきりとした派手な顔立ちである。なかなかの美人さんである。

「ロイスか、お帰り。」

 声はハスキーだ。

「団長、こちらがヤマイヌを退治してくれたケージさんです。ケージさん、団長のキャミルです。」

「初めまして。」

 ロイスさんの紹介を受けて、俺は軽くおじぎした。ヒロモン世界のマナーは知らないが、日本人はおじぎ大事である。

 それにしても、騎士団出身の団長が女性とは思いもしなかった。

「あなたが噂の旅人か。よろしくな。」

 団長さんは気さくに挨拶をしてくれた。

「ロイス、ヤマイヌはどうだった。」

 団長さんは、俺のことはそのままにロイスさんに報告を促した。

「きっちりと死んでました。道の脇で焼いてから埋めて来ました。」

「特に変わった様子はあったか?」

「山に入りましたが、一匹だけのようでした。今回、街道まで出てきたのはたまたまでしょう。結界も問題ありませんでした。特に警戒するようなことはないと考えます。」

「そうか、信頼しているよ。」

「はい。それから、団長、ケージさんはヤマイヌを素手で仕留めたそうです。ヤマイヌはDランクと言ったところでしょうか。」

「ほう。」

 俺は急に話題が自分の話になったので、思わず身構えてしまった。

 ランクと言うのも知らないし、ヤマイヌの強さ、ひいては俺自身の強さを知らないのだ。それに、ヤマイヌとは引き分けだ。何を言って良いのか分からなくなるので、もうしばらくはこの話題を避けたい。

「ケージ殿は強いんだな。」

「いえ、たまたまです。」

「たまたまにしろ、ランクDの魔獣を倒したのだ、普通よりは強いだろうよ。」

 誰かにも同じようなことを言われた気がする。

「はぁ、ありがとうございます。」

「そもそも、普通ならモンスターのランクに関わらず、魔獣と素手で戦おうとは思わないだろう。」

 言われてみれば、そうかもしれませんね。

「ケージ殿は、格闘をやっているのか?」

「ええと、ジュージュツを少々。」

「ジュージュツと言う技があるのか。どういったものなんだ。ケージ殿、私と手合せなんぞどうか?」

 団長さんはジュージュツ・スキルは知らないのか。そして、格闘マニアだな。

「いえ、ジュージュツは護身のための技ですから、対戦は遠慮します。」

 護身は合気道の方だったっけ。まあ、大して違いはないだろう。

「じゃあ、ワタシが襲うから、身を護ってくれ。」

 団長さんの食いつきっぷりがすさまじい。

「団長、ケージさんに迷惑をかけないでください。魔獣を退治してくださった村の恩人ですよ。」

 ロイスさんが助け舟を出してくれる。

「むぅ、よし、この場では勘弁してやろう。ケージ殿は、村にいつまで居るんだ?」

 それを聞いてどうする。

 毎日、対戦を申込みに押しかけてきそうな勢いだ。

「内緒です。」

「隠し事はいかんぞ。ワタシとケージ殿の仲ではないか。」

「ええ、初対面と言う名の仲ですね。」

 俺が関わりたくないと言う雰囲気を全開に醸し出しながらいうと、団長さんは渋い顔をした。

 ロイスさんは苦笑いを浮かべながら、助けてくれた。

「では、ケージさん、行きましょう。団長も挨拶を済ませましたから、もう良いですね。」

 俺はロイスさんに強引に部屋から連れ出してもらい、事なきを得た。

「団長は、強い人と戦うのが趣味なのです。ところがこの村には団長より強い人は居ません。なので、冒険者や旅人が村を訪れるたびに手合せを申し込んでるのです。実は昨晩、ケージさんがヤマイヌを退治したという話を聞いてから、団長が宿屋に飛んで行こうとするのを止めるのが大変だったんですよ。」

 そう言えばケイトさんが自警団の人が俺を訪ねてくるタイミングで揉めたとか言っていたな。

 子供っぽい団長に、しっかり者の副団長。典型的だが良いコンビなのだろう。

「ケージさん、今夜は予定通り宿屋に伺ってよろしいでしょうか。ヤマイヌの話もあるのですが、今ここで話をするより、食事でもご一緒させていただきながらと考えているのですが。」

 確かに今はイレギュラーな遭遇だったからな。

「ええ、良いですよ。では、宿に居ますので、いつでもどうぞ。」

 俺は宿に帰ることにした。

 ちょっとした疲れを感じる。

 よくよく考えると、ロイスさんが俺がヤマイヌを殴り殺したことを団長さんに言ったんじゃなかったっけか。

 団長さんの性格を知っていて話題を振ったのだ。ロイスさん、意外と黒いかも知れない。

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