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2-10.出発準備

※2013/10/29 加筆してしまいました

「ケージ様、なぜすぐに出立されないのですか?」

 教団に戻ると、ハンナさんが聞いてきた。

 オーソン村は結界の一部が壊れ、怪我人も出ていると言う。

 一刻も早く行き、この目で事態を見極めたいとも思う。

「俺も一刻も早くオーソン村に駆けつけたいところだけどね、焦りたい時ほど一息いれて落ち着くべきだ。師匠の教えさ。」

 俺は、自分が落ち着くためにも力強く言った。

「お師匠様のですか。そうですね、そうかも知れませんね。今、私たちが焦ってもしょうがないですものね。素晴らしいお師匠様のお言葉です。」

 ハンナさんは勝手に納得したらしい。

 お師匠様の言葉と言うか、俺が新入社員の時のスーパーバイザーだった人のだけどな。


 IT業界で数年も働けば、何度か修羅場を経験するものだ。

 俺は、入社して1年も経たないうちにトラブルに見舞われた。とある開発プロジェクトで、俺の管理していたサーバーが突然落ちて、一部のデータが吹っ飛んだのだ。

 当然、アプリ屋(開発チーム)から批難やら怒号やらペンやらあらゆるものが飛んできて、俺は一瞬でズタボロになった。

 俺は少しでも早くデータを復旧しようと、涙目になりながらコンソールに向かおうとした。

 その時、俺のスーパーバイザーだった先輩は、俺を外のカフェに連れ出し、ケーキとコーヒーを奢ってくれた。急いで戻らないとと焦る俺に対して、まずは落ち着こう、そして対応策をちゃんと考えてから動こうと言った。焦ったまま動くと、連鎖的に失敗をしてしまうよと。

 俺と先輩は喫茶店で、何が起こったかを確認し、対策を一緒に考えた。データの復旧方法の案を出し、どうしてもロストしてしまいそうな部分を洗いだし、誰に謝れば良いか、次に問題が起きないようにどうすれば良いかを考えてからオフィスに戻った。

 システムトラブルが起こったのにも関わらず、1時間以上、コンソールに触らずに過ごしたのだ。

 結果、大部分のデータを復旧し、関係者から許してもらえた。

 この経験から、俺はトラブルが起こったらお茶を飲んで落ち着くことから始めるようになったのだ。

 お茶の部分は験担ぎなんだけど。


「今、俺が村に行ってできることと言ったら魔獣相手に戦うことくらいだ。それだけでも役に立つのかも知れないが、他にもできることがあるかを考えないとならない。」

 俺はハンナさんに話すと言うより、自分の考えをまとめるために独り言のように話し始めた。

「まず、オーソン村では結界が破られ、怪我人が出ていると報告があった。なので、結界と怪我人について考えてみよう。」

 ハンナさんは俺の方を見て相づちを打っている。

「村へと入っていく街道の脇に魔除けの杭が立てられ、それは結界だと聞いた。それ以外は村全体を木の柵で囲っていると聞いた。俺が村について知っているのはこれだけで、どこに結界が組まれているかわからない。ハンナさん、どういう種類の結界か分かるか?」

 俺はヒロモンの世界の知識が無いのを自覚している。

 なので、疑問点は全部、ハンナさんに聞いてみる。

「そうですね、恐らく、杭、または丸太かも知れませんが、立てられたものが一定範囲に魔獣を寄せ付けない効果を持つ魔道具だと思います。何ヵ所かに魔道具を置いて、囲われた範囲全体に結界を作るものもありますけど、違うと思います。」

「どう違うんだ?」

「前者は、村を囲う柵に沿った線での結界です。後者は、囲われた中身全体を覆う面での結界です。オーソン村は線の方だと思います。」

「なんでだ?」

「村全体を覆うほどの大きさの結界ですと、かなり高価なものになります。この手の結界は、部屋とか、せいぜい家を覆うのに使われます。それに、一ヶ所でも魔道具が壊れると結界全体がなくなりますから、もっと大ごとになっていると思います。」

「なるほど。ハンナさんは結界の作り方は知ってる?」

「はい、作ったことはありませんが、作るところを見たことはあります。」

 これですと、ハンナさんはノートから結界の魔道具の設計図を見せてくれる。

「こういった紋様は村では見たことないんだよな。これを木とかに直接彫れば結界になるんだよね。」

「魔道具ですから魔石と魔晶石が必要ですよ。それと、一般的には精霊語を彫った面を隠します。例えば、丸太を半分に割り、断面に精霊語を刻んでから元の丸太状に戻すとかです。」

「なるほど、雨や風で魔道具が破損しないようにとかかな。」

「ええ、それもありますが、どちらかと言うと、精霊語の設計図を隠すためです。設計図は工房ごとに秘密にしていますから。」

「中に魔石と魔晶石の両方とも入れてあるのか。魔石で動いているなら、いつか効果が切れてしまうんじゃないか?」

「そうですね。ですので、魔石は交換できるようになっています。また、非常に高価になりますが、自然界の魔素を取り込んで、半永久的に使えるようになっているものもあります。オーソン村のように、村で使われているのは魔石交換型だと思いますが。」

「そうか。設計図は見れば分かるけど、魔晶石はどうすれば良いんだろ。」

 魔晶石とは魔法そのものだ。魔晶石に魔法が登録されており、発動する装置も兼ねている。これがないと結界を新しく作ることは出来ない。

「魔晶石は魔石から精製することが可能ですが、あくまでも空の魔晶石しか作れません。魔法を込めることはできませんわ。」

「魔晶石に結界用の魔法を込めるのって、どうやるんだ?」

「魔法を手に入れるには、精霊の力を借りなければなりません。教団で空のカードを作っていますよね。空のカードを手に持ち、教団にて精霊に祈りを捧げると魔法カードが現れるのです。これは、一人の人間が何度でもできるのではなく、普通は6日に1度できる奇跡になります。カルマが貯まると魔法が授けられると言うのが一般的な考え方になります。」

 ハンナさんは丁寧に説明してくれた。

 あれか、ユーザーはリアルの1日に1回カードを引けるというやつか。ヒロモン時間に換算すると最大で6日に1回だから計算は合っている。

 教団に寝泊まりしていながら、カードを一度も引いたことがないので知らなかったな。

「結界のカードや魔晶石は入手できないのかな。」

「今は魔獣の季節ですから、かなり品薄だと思います。」

「入手が難しいとすると、オーソン村の結界の魔道具の魔晶石が壊れてなければ、直せるかもというくらいか。」

「そうなりますね。」

 ちょっと先行きが暗い。

「とは言え、結界の魔晶石を増やせないかは、もう少し考えてみよう。後で、ミホークに聞いてみよう。」

「ミホーク様ならここ数日見かけませんが。」

「ああ、大丈夫だろ、いざとなれば裏技がある。」

 直接席に殴り込めば捕まえられるだろう。あるいはコーヒーメーカーの前だ。

「そうなんですか…。」

「明日で良いので、魔石から魔晶石を精製する方法を教えて欲しい。念のため覚えておきたい。」

 ハンナさんは、少しだけ何かを言いかけたが、了承してくれた。

「次は怪我人対策だ。俺は医術も少しはできる。包帯があれば治療も少しはできるけど、医療道具は手に入らないかな?」

「医術もできるんですか…。何でもありですね。」

 テストプレイ用の特別(チート)キャラですから。

 ハンナさんは呟くと、気を取り直すように頷いた。

「魔晶石やカードもそうですが、医療道具の様に魔獣の季節では入手するのは難しいです。どこでも不足していますから。」

「そうか、だとすると、ハサミと布くらいか。」

 布はハサミで切れば包帯になる。

「物資で欠かせないのは魔石かな。武器や食糧はどれくらい必要かな。わからん。」

「物資については騎士団で用意するとおっしゃってましたから、大丈夫ではないでしょうか。」

 むこうはプロだしな。

「そうだな、任せてしまおう。ハンナさん、明日の朝、騎士団に行って欲しい。こちらからの要望は、できるだけ上等な魔石を入れておいて欲しいのと、医療道具や結界のカードまたは魔晶石が入手できるのであればあるだけ欲しい。武器や食料の量は任せると言うのを伝えて欲しい。」

「分かりました。」

「物資は良いのだが、移動はどうすればいいんだ?ミホークが使っていた幌馬車は借りられないのかな?」

「幌馬車はミホーク様個人の物ですので、ミホーク様にお聴きください。教団でも馬車を一台持っていますが、借りることは難しいのです。」

「そう言えば、教団って、魔獣の季節に対して、なにかしてないのか?」

 ヒロモンの住人にとって、魔獣の季節とは天災だ。

 災害が起こると宗教団体は何らかの行動を起こすイメージだったが、違うのだろうか。

 ハンナさんは少し困った顔をして説明してくれた。

「幸運の光教団では、よほどのことが起こらない限り何かをすることはありません。教義としましても、幸運の光は自らを助くるものに幸運は訪れるというものです。教団から人々に対して積極的に働きかけるものではありません。それと、実情としまして、幸運の光教団は小さな教団ですので、お役に立つことができないというのがあります。」

 確かに、人数は少なさそうだからな。

 建物は比較的大きいが、いつも建物の内部に人が少ない。廃れて居るのだろうか。

「聖光教会や炎の信仰者などは魔獣討伐を教団自らが行って居ますので、今回の魔獣の季節にも協力しているはずです。」

「だとしたら、そう言う教団にオーソン村のことを頼めないのか?」

「それも難しいかと。」

 ハンナさんは申し訳なさそうな顔をした。

「オーソン村は、成り立ちが王都の商工会によるものです。実は商工会は騎士団を始め、聖光教会などとは仲が良くないのです。」

 幸運の光教団は商人御用達だったか、そうなると教団同士の繋がりも期待出来ないな。

「何で仲が悪いんだ?」

「その、商工会は魔獣討伐に必要な物資を扱っています。それで、その…。」

「物資をもっと寄越せとか、不当な金額を吹っ掛けてるんじゃないかと文句を言う奴らが多いと。」

「はい、そんなことは無いのですが、そう言われることも多いそうです。」

 日本でも江戸時代は武士階級と商人は仲悪かったとも言うしな。

「騎士団も人を割けない、教団の力もの借りられない、オーソン村は孤立無援だな。俺が行ったところで多勢に無勢だろうけど、一人でも居ないより居た方が良いよな。」

 俺がひとりごちると、ハンナさんは泣きそうな顔になった。

「お役に立てずにもうしわけございません。」

「ハンナさんはオーソン村に義理はないんだから、気にしなくてよいさ。むしろ、準備を手伝ってもらって、助かってるから。」

 そう言っても、ハンナさんの気が晴れるわけでもないけど。

「やることは見えてきたし、やってしまおう。俺は今晩に結界の魔道具を解析しておきたいので、ノートを貸りていくよ。ハンナさんは明日の朝、騎士団へのお使いと魔晶石の精製を俺に教えるのだけ頼むよ。」

「はい、お手伝いさせていただきます。」

 俺は準備に取り掛かった。


 準備の結果、用意できたものは、予定通りだったのでかなり優秀な結果である。

 まずは、移動手段としての幌馬車。

 ミホークから借り受けたものだ。

 驚いたのは馬である。馬は実はモンスターだった。

 モンスターと言うか、カードから呼び出すタイプだった。一般的に、馬車の馬や騎士団が使役する騎馬はカード化するものらしい。カード化することで餌や世話や置き場所が不要になる。その代わり、魔石や呼び出した者の魔力を提供する必要があるとのこと。もちろん、食用としての家畜や魔石よりも餌代の方が安くすむ動物はカード化などせずに飼われている。

 幌馬車そのものは道具なのでカード化できない。これは教団に置きっぱなしだったので、そのまま使って良いと言われている。

 次に、物資。

 食料、武器、医療道具、魔石は幌馬車に積めるだけ詰め込めた。特に魔石は、上等な物もあるらしい。

 騎士団も魔石はそんなに潤沢に持っているわけではないそうだ。確かに魔獣の季節により魔獣を討伐する回数は多い。多いが、討伐している時は戦争状態なのだ。いちいち魔獣から魔石を回収している時間なんかないわけだ。ごもっともな話だ。

 それに、回収した魔石も、騎士団の騎獣の餌になるし、魔道具的な武器を使えばそこでも消費される。手元には残らないのが騎士団の魔石なのだ。

 それなのに、かなりの量の魔石を用意してもらえたのはガルガンさんの厚意である。ありがたいことだ。

 最後に、魔道具の設計図や魔晶石の精製方法については簡単に入手しておいた。設計図なんて、書士スキル(注)を使ってハンナさんのノートを丸写しである。精霊語の辞書は絶賛、借りパク中。魔晶石の精製はどのスキルかを見つけるだけと言うお手軽さである。

 そして、結界魔法を込めた魔晶石。これの入手方法は、まさにずる(チート)と呼ぶにふさわしい方法であった。

 ユーザーが特定の魔法を入手する方法は限られている。店で売られているのを買うか、カードを引き当てるかが一般的な手法である。多少、難易度の高い方法では、魔晶石の複製があるらしい。魔晶石の精製スキルがレベル80超えるとできるようになるとのこと。残念ながら俺はレベル不足でできなかった。

 ここまでは、ユーザーでもできる方法だ。

 俺が使ったのは、ユーザーはまずできない方法。作製機(クリエーター)の裏機能を使って魔晶石に好きな魔法を込める方法があったのだ。

 以前、鷹野君が言っていたように、魔法は精霊層にライブラリとして保存されている。これを作製機(クリエーター)から呼び出し、空の魔晶石に書き込んでしまうのだ。ライブラリ名や魔法名をコマンド入力する必要があるので、パスは当然のごとく鷹野君から入手した。開発者だからこそできる裏ワザ中の裏ワザである。

 結界魔法も、入手した魔石の質の関係で最上級のものは作れなかったが、恐らく、オーソン村で使われているのよりは上等なものを10個ほど用意できた。

 贅沢を言えば、もっと準備できるものもあっただろう。

 かけられる時間と俺の能力では、ここまでが最大と言えるだろう。

 後は出発するだけである。


 そうそう、一番大事な俺の準備は、会社へ残業&泊まり申請をだしたことだろうか。

 今晩は徹夜でプレイである。



注:書士スキル

 書類を作るスキルと言う意味では、ノートの丸写しもそうなんだが、本来はクエストを発行するとか契約書を作成するためのスキルである。

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