2-9.魔獣の季節
本日のハンナさんの特訓は午前中のみで終えた。
第4騎士団の副団長さんから午後なら会えると連絡があったのだ。
先日、ハンナさん経由で騎士団に問合せをしてみたところ、騎士団は魔獣討伐に忙しく王都に不在であった。キャミルさん(団長さんと呼ぶと紛らわしいので名前で)からの手紙は、急ぐものでもないと言われていたので連絡待ちと言うことにしておいた。
ようやく、副団長さんは内層にある第4騎士団の拠点に呼び出されたと言う次第だ。
第4騎士団の拠点は、教団の本部から比較的近くにあったため徒歩で移動することにした。
王都の内層と外層を分ける城壁は、南北に長い楕円形をしている。高さが8メートルほどもあり、厚さも5メートルほどある。城壁は城壁でも、万里の長城のようだ。レンガや石を積み上げて作られている。
城壁の上部は外層側にせり出すように建っているため、外層から見上げると覆いかぶさられているような圧迫感を感じる。
ところどころ壁そのものに小部屋が作られているようで、小さな窓が空いている。そこから弓でも射るのだろうが、今は兵士の休憩場所であったり、倉庫であったりするのだろう。
町が拡大するにつれて外層側では壁伝いに建物が作られていったようで、壁だけが見える場所はそんなに多くはない。教団の建物も壁にはりつくように建てられているし、外敵からの守りと言うより、内層と外層を分ける壁になってしまっている。
内層は貴族の住む場所。外層は平民の住む場所。そう認識されているらしく、外層から内層に行くには、門番のいる門でチェックを受けてからしか入れない。教団のように入口が両層にあるのは特別だ。
では、内層には貴族しか住んでいないのかと言うと、そうでもない。元々は、内層だって下町だったのである。古くからの住民や貴族相手に商売をしている平民も多く暮らしている。一方、外層であっても壁の近くには一部の貴族も住んでいる。
それなりに入り混じっては居るようだ。
俺たちは、内層の綺麗に整備された街路を歩き、指定の場所へと向かった。
外層は王都に来た時に幌馬車の中から見た程度だが、さすがに内層は見た目が綺麗である。建物も一軒一軒がゆとりをもって建てられており、道幅も広く作られている。道は最低でも馬車の1台が通れる幅があり、大き目の通りとなると馬車がすれ違うこともできるほどだ。
俺が驚いたのは道が全て石で舗装されていることだ。
いや、ゲームなんだし、ヨーロッパ感を出すならこうだよねと言うのは分かる。分かるんだが、つい、舗装に必要な人工を考えてしまう。どれだけの人数で、どれだけの時間をかけて町全体を舗装したんだろうと。王都の広さは半端ない。それを全てとなると、気が遠くなるようだ。
人通りはまばらである。
外層では昼間ともなれば人で溢れかえっているが、内層は空いている。みんな引きこもっているのだろうか。
ハンナさんによると、壁に近い側は比較的庶民(と言っても王都に古くから住む住人か裕福な人間)が住んでいることが多いらしく、徒歩の者も多いとのことだ。普通は裕福な人や貴族は、馬車や騎獣に乗って移動するので、歩いているのは平民くらいらしい。
ハンナさんから町の説明を聞きながら歩いていると、低い垣根で囲まれた学校の様な場所が現れた。どうやらここが第4騎士団の拠点のようだ。
垣根の中は、見た目がまさに学校だ。校庭のように広く整地された庭と、壁に対して直角に校舎のような建物がひとつ建っている。校庭を挟んだ反対側には、やはり壁に対して直角に体育館のような大きな建物が建っている。
ハンナさんは迷いなく校舎のような建物に向かって歩いていくので、俺は付いて行く。
校舎に着いてみると、校舎は内層と外層の門の脇にあるのだと分かった。
門を挟んで向かい側の建物は検査場らしい。外から入ってくる馬車が検査場に誘導されているのが見える。
検査を受ける人を横目に、俺とハンナさんは校舎に入っていく。来訪目的を告げると、応接室に案内された。
応接室は簡素な内装だが、部屋の中央には向かい合って革のソファが置かれている。このソファがあまりにも立派なので商人スキルの鑑定を行ってみた。暴れ水牛の革ソファ/金貨50枚相当。高級品だ。
俺が高価なソファにびびって立ったままでいると、扉がノックされた。
「はい。」
返事をすると、大柄の野性的な顔つきの男が入ってきた。
「失礼する。私はオービニ国第4騎士団副団長のガルガン・バーチェスだ。」
俺はガルガンさんの方を向き、軽くお辞儀をした。
「ケージです。初めまして。」
「幸運の光教団のハンナです。本日はお忙しいところお時間をいただきありがとうございます。」
ガルガンさんは軽く頷くと、俺たちの正面に立ち、ソファに座るよう促した。
ガルガンさんは赤毛の髪をオールバックに纏め、軽く無精ひげを生やしている。スウェット素材だろうか、厚手の長そでのトレーナーを着て、下は革製の長ズボンと言う謎の恰好をしている。衣服は洗いざらしで綺麗にはしているようだが、大分、使いこんでいるもののようだ。
向こうがラフな格好なので、こっちも気後れも遠慮もしなくても良さそうだ。
俺は促されるままソファに座った。
「こちらこそ、わざわざ足を運んでもらってすまなかった。色々と時間が取り辛くてね。」
「いえ、俺は今のところ急ぐ用事もないですから。」
「それと、こんな恰好ですまない。これから、また鎧を着て出かけなければならないんだ。」
俺の視線に気づいたのだろうか、ラフな格好の理由を説明してくれた。
「魔獣の討伐ですか?」
ハンナさんが質問をする。
「うむ、今回の魔獣の季節はかなり酷い。今までも魔獣の季節には家にも帰れないことが多かったが、今回は寝る暇もない。」
「そんなにですか。」
「ああ、幸いにも王都の被害は出ていないのでな、内層に居ると気付かないかも知れないが。」
ガルガンさんの言い方に少しだけ棘を感じる。
内層どころか、外層であっても教団に居ると外の情報は入って来ないですよね、確かに。
「申し訳ございません、騎士団の皆様のお陰で平穏に暮らせております。」
慌ててハンナさんが謝った。
「いや、あなた方に言ったわけではない。少々、私も疲れが出て来たかも知れないな。」
ガルガンさんは失言をしてしまった自分に、やれやれと思ったようだ。
魔獣の季節。
魔獣の繁殖期であるとともに、魔獣の活動が活発になる時期のことを言う。
元々ヒロモンの世界観に組み込まれていたものではなく、運営側の勝手な要望をOASISが世界の枠組みに組み込んだ結果らしい。
ヒロモンのヘルプを検索すると、以下のような説明があった。
『魔獣の季節とは、世界の魔素が濃くなる時期のことです。モンスターの活動が活発になります。一定期間、特定の場所で、特定のモンスターとの遭遇率が高まります。
また、時期によっては、モンスターが増えすぎることにより、モンスターの群れが暴走しながら大移動を行います。この際、都市防衛イベントが発生します。皆さんは、モンスターの群れの襲撃から所属都市を守り抜いてください。
(都市防衛クエストは、冒険者ギルドに所属している場合は強制参加となります。その他のギルドへ所属では、ギルドごとに異なったクエストが発生します。)』
日本では冬休み(12月中旬から1月中旬)、春休み(3月中旬から末まで)、ゴールデンウィーク(4月末から5月頭)、夏休み(7月中旬から8月)と年4回ほど長期休暇が訪れる。長期休暇にはモンスターのポップ率を上げ、戦闘の機会を増やすことでプレイヤーが楽しめるようにする目論見だ。
このリアルの都合をゲームの世界に持ち込むために、OASISが考え、適用したのが魔獣の季節である。
リアルのカレンダーをヒロモンの季節に当てはめるとこうなる。
ある年の秋から春先にかけての半年間、寒さに強い魔獣が活性化する。次の1年は何もない。翌年の冬の終わりから春の間、草原の魔獣の活動が活発になる。その年の冬、人の生活圏に生息する魔獣が暴走する。また1年ほどは何もない日々が続く。そして、今度は、春からその年の終わりまで長い魔獣の季節が訪れる。この長い魔獣の季節では、アンデッドも含め全てのモンスターの活動が盛んになる。そして、それが終わると1年半ほど平安となる。
つまり、ヒロモンの世界では1年ごとに中規模、小規模、小規模、大規模な魔獣の季節が順繰りにやってくるのだ。
ヒロモンの正式サービスが始まってから半年と少ししか経っていないため、プレイヤーは全ての魔獣の季節は経験していない。しかし、OASISによって作られたヒロモンの歴史では魔獣の季節は定期的にやってくるし、NPCにとっては昔からある天災と認識されているはずだ。
ただし、俺が思うにヒロモン時間で3年前を境に、魔獣の季節は激しくなっているはずである。
ヒロモンのサービス開始の前後で激しさが違うと言う意味である。
サービス開始前は、ヒロモンの住人(NPC)だけで対処できるレベルのモンスターの数だったろう。そうでなければ人類(NPC)が全滅してしまう。
サービス開始後は、ヒロモンの住人が10万人単位で増加したはずだ。そのプレイヤーの討伐欲(?)を満たすだけのモンスターの数が必要になるため、今までとは比較にならない数のモンスターが投入されただろう。
プレイヤーの居ないこの国の騎士団が寝る暇もないのも頷ける。プレイヤーが居ない地域のモンスターポップ率は調整されているだろうが、世界全体で増えているのだとすると、大幅に増加したに違いない。
と言うか、俺のせいじゃないけれど、とても申し訳ない気分になってくる。
気まずい雰囲気が漂っていたので、気分を変えるために本題に入ることにした。
「時間が随分と経ってしまいましたが、キャミルさんから預かった手紙になります。」
俺は蝋で封をされた手紙をガルガンさんに手渡した。
「確かに、キャミルからだな。」
ガルガンさんは、受け取ると同時に頷いた。
シーリングスタンプが押されているので、中身を見なくても誰からの手紙か分かるのだろう。
「開けさせてもらうよ。」
ガルガンさんは胸ポケットから小さいナイフを取り出すと、封を破り、中の手紙を斜めに読みだした。
ぱらぱらと手紙をめくっている。
一通り目を通し終わると、俺の方を見て今更ながら値踏みするように見た。
「ケージ殿。いくつか聞かせてもらいたい。」
「はい、良いですよ。」
「ケージ殿は旅をしているそうだが、旅の目的は何なのかな。」
俺も思い出したが、キャミルさんと会った時は、旅の目的をまだ設定していなかったのだったな。
「そうですね、目的と言う程の目的ではないのですが、各地の幸運の光教団を回ることになっています。」
「ケージ殿は幸運の光教団の関係者なのかね。」
「ケージ様は、幸運の光教団の第二階位をもたれており、学者の称号をお持ちなのです。」
ハンナさんが俺の身分の説明をしてくれる。
「オーソン村に寄った時には身分証を持ってなかったのですが、王都に来て受領したんです。」
「では、キャミルと出会った時は王都を目指していたのかね。」
「まあ、そうなります。」
「各地の幸運の光教団を回って、何をするのかね。」
ガルガンさんは、さらに質問をしてくる。
「そうですね。」
俺は少しだけ考えるために間をとった。
「隠すようなことではないのですが、できれば内密にお願いします。」
「うむ、もちろん他言はしない。」
「幸運の光教団では、教団独自の魔道具を持っています。俺は、それらの魔道具の調査をするとともに、壊れている場合は修復を試みることを役目としているのです。」
「教団の魔道具と言うと、あれか。」
ガルガンさんは、そう呟くと俺の方をじっと見つめた。
俺の言ったことが本当かどうかを探っているのだろう。
俺の理由はとってつけたようなものだが、元々、裏の目的などない上に、嘘などついていないので平然としていた。
「なるほど。そう言った理由であれば、あまり人には言えないであろうな。」
ガルガンさんの言うあれがカード作成機なのか別のものなのか分からないが、とても貴重なものだと考えたのだろう。
教団が大事に守っているものを見て回ると言うことは、俺がそれだけの地位を持ち、重要な役目を担っていると考えられる。そのことが外に漏れると、よからぬ出来事に巻き込まれる可能性も高くなるだろう。旅の目的を言わない理由としては、我ながらもっともなことである。
「ケージ殿。色々と詮索するようなことを聞いてしまい、失礼だったな。」
「いえ、気にしてません。俺みたいにふらふらと旅をしている人間を見かければ、騎士団としては当然、調べるでしょうから。」
「失礼ついでに、ケージ殿に頼みたいことがある。」
ガルガンさんの態度に真剣みが増したのを感じた。
「俺にできることならば。」
「オーソン村に行って貰えないだろうか。」
「オーソン村ですか。」
「そうだ。確認するが、ケージ殿は冒険者ギルドには入られていないと思うが、間違いはないか。」
「ええ、どこのギルドにも所属していません。幸運の光教団だけですね。」
「今回の魔獣の季節は、いつになく激しく酷いものなのだ。そして、オーソン村では、魔獣どもの暴走の被害を受けたと報告が挙がっている。」
俺は思わず息を飲んだ。
当然、その可能性だってあったのに、思い至らなかった。
「実はな、ケージ殿からキャミルの手紙を受け取る前に、早便でキャミルから別の手紙を受け取っていたのだ。そこには、オーソン村の結界が壊されたことが書かれてあった。本来であれば、オーソン村の若い者がうちの騎士団に入る予定だったのだが、そう言った事情で時期を延期すると言ってきたのだ。」
「結界まで破られたのですか。」
俺は段々と不安になってきた。
結界が破られると、どのくらい村の守りは弱くなるのだろうか。
「その手紙に、ケージ殿に託された手紙のことも書いてあったので、慌てて王都に戻り、連絡を取ったのだ。」
「オーソン村の様子はどうなんでしょうか。」
「いくつか畑が荒らされ、建物も一部壊れたようだな。けが人も出ているらしい。」
「村へ騎士団は派遣するのでしょうか。」
「無理だな。人は出せない。」
ガルガンさんは即答した。
「なんでですか。」
「騎士団の職務は、王都を守ることにあるからだ。王都の防衛ですら人が足りない。魔獣の季節には、冒険者ギルドに所属している者を傭兵として強制的に徴用し、それでも足りないくらいなのだ。」
そこまで聞いて話は分かった。
騎士団や冒険者を王都以外へ派遣することは不可能である。
これは都市防衛戦なのだ。
逆に言えば、俺じゃないと王都を出てオーソン村へと向かえないのだ。俺が王都を守る義務を負わないフリーの人間だからだ。
「分かりました。オーソン村へ行きます。」
「助かるよ。ケージ殿は学者だと言うが、戦うこともできるのだろう。」
「ええ、そこそこは。」
「キャミルが認める者だからな、強いんだろうと思っていた。」
戦闘狂ですからね、キャミルさんは。
「キャミルも王都からの増援を望めないことは分かっているだろう。それでも連絡を寄越し、ケージ殿の名前が書いてあったのだ。私としては、ケージ殿を探し出し、会わねばならないと思ったのだ。キャミルを、オーソン村のことをお願いする。」
ガルガンさんは俺に対して頭を下げた。
ああ、ガルガンさんはキャミルさんのお兄さんみたいなものだったんだっけ。
妹さんが心配なんだろうな。
「できるだけのことはしますよ。俺もオーソン村にも、キャミルさんにもお世話になりましたから。」
「必要な物資はこちらで用意する。ケージ殿には依頼料を出させてもらう。こちらの準備はすぐにでも整えられるが、いつに発てるだろうか。」
このせっかちなところはキャミルさんにも通じるところがあるな。いや、焦っているのか。
俺も実は気が急いているが、ちょっとだけ準備もしておきたい。
「2日ほど時間をもらえませんか。明後日の午前中には、こちらに伺います。」
「ありがとう。頼む。」
俺は、王都をゆっくり見て回る機会もないまま、オーソン村に戻ることが決まってしまった。




