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2-8.エグザミネーション

 山際さんは今日もにこやかだ。

「函崎さん、なかなか面白いことをされていますね。」

 俺がNPCであるハンナさんのレベル上げを手伝っていることを言っているのだろう。

「ハンナさんの件ですか。ええ、今のところ上手くいっています。」

「多数のスキルを少しだけレベルアップして経験値を稼ぐと言うのは、面白い方法ですね。」

「俺が考えたわけじゃないですよ。プレイヤーの中では割と有名な方法のようです。ビギナーズ・ブートキャンプと言うらしいですよ。」

 俺も詩織から聞いたのだ。

「プレイヤーの創意工夫には、いつも驚かされます。それに、NPCがプレイヤーキャラクターと同じ方法でレベルアップできることを実際に示したことは貴重なデータです。」

「あれ、でも、プレイヤーがNPCを雇って戦闘したりもできるんですよね。NPCであっても、普通にレベルアップしていくんじゃないですか?」

「NPCのレベルアップは可能です。ただ、函崎さんのやり方を通常の環境で行うことは難しいと思います。」

「どのあたりが、ですか?」

「プレイヤー環境のNPCに実装されているAIですと、自分の職業に関係のないスキルを習得させることが難しいでしょう。()()()()のです。戦闘職のNPCに洗濯や掃除をさせるのは、まず無理でしょう。」

「なるほど。」

 一瞬、いかつい禿げ頭の戦士がエプロン付けて竹ぼうきを持っている姿を想像してしまった。

 ハンナさんみたいに女の子がメイスを振り回すのは絵になるのに、逆は見られないとは不思議なものだ。

 相対したくない点では一緒なのに。

「レベル上げまでは成功するとは思っていたんですが、魔力量が上がるかどうかは賭けでした。」

 プレイヤーはレベルアップ時に好きなパラメーターを選ぶことができる。しかし、NPCのパラメーターは自動的に上がるようだ。そもそも、NPCはレベルを自覚することすらできないようだ。

「あくまでも推定値ですが、函崎さんが手伝いをしたNPCは、レベルが10上がり、魔力量が8上がったと見ています。戦闘系スキルばかり習得したにも関わらず、主に魔力量が上昇しているのは不思議ですね。」

「レベルは俺もそれくらいかなと思ってましたが、魔力量はどうやって調べたのですか。」

「函崎さんが鬼畜にもNPCが意識を失うまで魔力を消費させたじゃないですか。カード作成は、1枚につき魔力量1を消費します。初期は16枚まで、先日は24枚まで、8の上昇です。」

 鬼畜って、酷い言われ様だ。否定はできないけど…。

「なるほど。それは分かりやすい指標ですね。」

「私は、最初、NPCの職業に関連するパラメーターが上がると考えていたのです。魔道具の作成であれば器用度も上がっていないとおかしいですが、魔力量のみ突出して上昇している理由が分かりません。」

「他のパラメーターも実は上がっていたとかじゃないんですか?」

「レベルが1上がるごとに、生命力、魔力量等のパラメーターのうち1つ、1だけ上がるのはプレイヤー、NPCに()らない仕様です。」

 レベルが10上がったなら、パラメーターの合計も10しか上がらないと言うことだ。そのうち魔力量が8も上がったのか、確かに偏りが大きい。

「ハンナさんが、魔力量を上げたいと強く願っていたから、とかではないですよね。」

「それはないでしょう。プレイヤーキャラクターにしろ、NPCにしろ、人が何を願っているかは()にも分かりません。考えられるのは、函崎さんが行動する前に、トレーニングの目的は魔力量を上げることだと宣言したことを()が聞き入れた、でしょうか。」

「神様って、OASIS(オアシス)ですか。」

「はい、または彼女の眷属(けんぞく)のことです。」

OASIS(オアシス)って、そこまで優秀なんですか?よく、神様が願いを聞き入れてくれたとか表現しますが、そんな神様を作ることを考えると、実現するのはかなり大変ですよね。人間一人一人の願いを判断し、対応するなんて。俺はアプリ屋じゃないですが、そんな判断思考をプログラミングする方法なんて、まったく思いつきませんよ。」

「正直、私にも分かりません。私にもOASISが優秀なのは分かっています。しかし、OASISの能力を測定する方法がないので、どれだけ優秀かは分からないのです。」

「AIの能力は測れないのですか。」

「そうですね、知性があるかないかを測定する方法はあります。チューリングテスト(※)の発展形が有名です。ただ、そのテストで分かるのはAIに知性があるかないかだけです。AIにどれだけの思考力や独創性があるかを判定する確立された方法はないのです。」

「クマムシと人間を区別することはできるけど、トーマス・アルバ・エジソンとレオナルド・ダ・ヴィンチを区別することはできないと言うわけですか。」

「その通りです。分かるのは、自我エンジンを組み込んだAIは自律的に動いているらしい、までです。」

「なんとも曖昧(あいまい)ですね。」

 最後が、らしいで終わってるし。

「函崎さんは、World of Heroes & Monsters Onlineが持つ資産のうち、最も価値のあるものは何だと思いますか?」

「資産ですか?」

「そうです。売却するとしたら何が高値で売れるでしょうかと質問を変えても良いです。」

 これは難しい問題だ。

 ヒロモンを動かしているサーバーはとても高スペックだ。自我エンジンを組み込んだAIもあるだろうし、(キム)さんが言っていた文明シミュレーターと言う装置もそうだろう。色々とありすぎて、何とも言いようがない。

「NPCのAIもそうですし、色々ありそうですね。」

「その通りです。World of Heroes & Monsters Onlineと言う世界そのものは、大人たちの夢が詰まったおもちゃ箱として価値があります。プレイヤーのほとんどは子供ですが、私は大人のためにあると思っています。函崎さんの仰る通り、自我エンジンを組み込んだNPCにも価値があります。あれらは極めて人間らしい。そして、OASIS。環境を構築するAIはNPCのAIよりも()()()でしょう。」

「価値あるものが多いですね。」

「実際、価値があるから出資者も多いのです。検証チームですが、彼らにもスポンサーが付いています。スポンサーの思惑によって研究対象が異なるのですから面白いです。」

 面白がってて良いのだろうか。

「検証って何を検証しているのですか。詳しく知らないのですが。」

「先ほど言ったAIの成熟度を測るのを目的としたチームが多いです。例えばNPCのAIであれば、知性とは何かを定義し、それをどのように測定するかの手法を確立する。私から見ると、会話が成立する時点で充分だと思うのですが、彼らに言わせると、会話が成立しないAIが重要らしい。」

「会話が成立しないって、どういうことですか?未成熟とは違うんですよね。」

「例えば、子供。子供は言っていることがコロコロと変わります。どちらかと言うと感性的で論理性が少ない。例えば、盲目的な宗教家。こういうタイプの人間は、何を言っても自説に誘導しようとして、会話が()()()()()()()。」

「ヒロモンのAIって、そこまで行っているのですか?」

「充分に到達しています。アカデミックな観点から、論理的でないAIの成熟()を数値化するとどのようになるのか、数値化するための手法を確立するのが目的になります。商業的な観点からは、特定の性格のAIを作成する手法を確立するのが目的になります。慈愛に満ちた性格のAIを介護ロボットに組み込めば受けが良さそうです。どちらの研究も、既に研究者ないしは研究チームがテスト環境内で活動していますよ。」

「AIは既に人間に近いですよね。」

「ですので、人工知能の研究者より、人間の研究者の方が多いです。心理学者、社会学者等です。」

「そうした研究者ごとにスポンサーが付いていると。」

「出資額1千万につき1アカウントを発行しています。」

「いっせんまん…ですか。ちなみに何人くらいがテスト環境に入ってるんですか?」

「約100人です。」

 合わせて10億だと。

「AIを作り出す技術、AIの性能を測定する技術、AIを使いこなす技術、すべてが価値あるものです。研究者が成果を出せば元は回収できます。安いものですよ。ゲーム会社として言わせて貰うならば、まだまだ元は取れてませんので、もっと研究用のアカウントを売りたいところです。」

 でも、俺って何も研究してないよ。

「俺がそんな中でプレイしていて良いんですか。無目的に動き回っているだけなんですが。」

「函崎さんは、そのままで構いません。我々は我々で、ゲームとしてのテストもする必要がありますから。」

 つまり、俺のプレイはゲームとしてのテストと言うことか。だとしたら、何も気にすることないな。

 これが心理学のテストだとか、文化人類学的な実験だとか言われると身構えてしまうが。

「そう言えば、この間のサイバーテロの事件、うちも被害にあったと聞いたのですが、大丈夫だったんですか。」

「問題ありません。単なるWebサーバーが踏み台に利用されただけですから。」

 それだけでも問題だと思うのだが、情報流出とかに繋がってないから良いのだろうか。

「道尾が、インフラチームの後輩がこの一週間家に帰れていないって愚痴ってましたよ。」

「お気の毒ですが、仕方ないですね。影響範囲が確定するまでは現場の方に頑張ってもらう必要がありました。おかげ様で我々の責任範囲では被害を受けてないことが分かりました。」

 確かに、これがうちのインフラ内のサーバーだったらもっと大げさなことになっていただろう。Webサーバーは他所のサーバーだからな、うちのせいじゃないと。

「OASISが暴走したみたいな話も聞きましたが。」

「サイバーテロとは無関係ですよ。恐らく、OASISが何らかの実験を行ったんでしょう。」

「実験ですか?」

「ええ、理由は不明、Webサーバーも再起動の憂き目にあいましたが。OASISはセキュリティ検証のひとつだと言っていましたが、別の理由があると考えています。不明なのですが。」

 OASISはインフラを管理している。セキュリティの脆弱性のニュースを拾ってきて、影響度合いを検証すると言うのはなきにしもあらずだが、本番サーバーに向かって検証する必要はないはずだ。

 だけど、AIが裏の理由を隠して行動するって、あるのか。

「OASISが嘘を付いていると?」

「あるいは隠し事です。」

 と言うか、OASISも自我エンジンを組み込んでるのか?

 それは、あまりにもリスキーな気がするが、いや、何が危険と言ってもすぐには思い付かないが。

「OASISに理由を聞いたんですよね?」

「彼女の追及には、ふたつ問題があります。ひとつ目は、OASISからはセキュリティ検証だと既に回答があること。彼女が嘘を付いていると言う証拠もないので、これ以上問い正すことはできません。相手がAIですと、嘘発見器を取り付けるわけにもいかないですから。」

 最後のは冗談か?冗談だよね?

「嘘を付けるAIって、厄介ですね。」

 インフラの管理者は嘘を付いてはならないのに、嘘を付く可能性があるなんて、何を信じて良いのやら。何のために管理者をさせているのか分からなくなる。

「ふたつ目として、OASISは人と会話するためのインターフェイスを持ってないんです。」

「あれ、俺がインフラチームではコマンドラインで命令してましたが。」

「コマンドでOASISが何をしたかったのか聞く手段がありますか?」

「ないですね…。」

 コマンドで実行時のログを吐き出せとか命令できても、なぜ実行したんだと尋ねるコマンドは存在しない。

「どうやってOASISから理由を聞いたんですか?」

「我々は、OASISとは通訳を介して意思の疎通を図っています。」

「通訳ですか。それもサブモジュールと言うか、AIですか?」

「AIです。我々がOASISと意思の疎通を図る際は、World of Heroes & Monsters Onlineにログインし、通訳者を介して行います。面倒な方法ですが、担当者は面白がってます。私としては、直にインターフェイスしたいのですが、OASISの特性上、難しいらしい。」

「特性ですか。」

「OASISは元々がインフラ管理AIだったため、自我を与えても人間よりもコンピュータ寄りなのです。つまり、思考が人間の言語で行われてはいないらしいのです。例えば、函崎さんは物を考えるとき、日本語で考えませんか。人間は、大抵、言葉で思考します。AIも人間の思考を元に作られているため、言語で思考しています。ところが、OASISは、人間の言語ではない言語で思考しているため、人間の言語に翻訳することが難しいのです。」

 アンドロイドは電気羊(オートマトン)の夢を見るってことか。

「それで考え出された苦肉の策が、通訳を置くこと。OASISの思考をある程度理解し、人間の言語に翻訳できるものの設置です。」

「通訳を置くことは可能だったんですか?俺には、通訳をするAIを作るイメージが湧かないのですが…。」

「OASIS自身に作らせました。OASISはWorld of Heroes & Monsters Online内のキャラクターであれば自分で作れます。」

 自分の代弁者を作らせたのか。確かに、人間には作れない。

「まるで神様ですね…。」

「唯一の絶対神ですね。World of Heroes & Monsters Onlineの中では何でもできる。」

「次のログイン時からはOASIS教の信者にならないとだめですかね。」

「残念ながらWorld of Heroes & Monsters Onlineの世界観では神は存在しないことになってます。神を置くと、その神は何教の神だと言うことになってしまうので、あくまでも力を持った精霊しか置いてません。」

「それは残念。信者になれば神様の加護を得られると思ったのに。」

「World of Heroes & Monsters Onlineには存在しないはずの神と言うわけです。なのに、通訳は巫女姿です。アプリチームの人間がわざわざ専用の神殿まで作ってしまいました。」

 担当者はノリノリだな。

「OASISはWebサーバーなんかに何の用事があったんですかね。」

「分かりません。ただ、OASISはWebサイトのアドミン権限を持っているので、サイトの改竄(かいざん)が目的じゃないことは確かです。」

「ヒロモンのサイトはOASISが更新(アップ)しているんですか?」

「そうです。日々の不具合やアップデート情報は人手で管理するのも手間ですから。最近では、イベント情報やトッププレイヤー情報等も載せてます。」

 OASIS優秀すぎやしないか。

「人件費が浮いて助かってます。」

 これは、そのうちインフラチームそのものが無くなる日も近いな。

 と言うか、今の段階で既に不要だろ。

 俺が身売りされるわけだ…。

「OASISはWebサーバーに対して、具体的に何をしたのですか?」

「アタックと言って良いか、魔法をかけようとしたと言うのが正確な表現でしょうか。」

「魔法って、ヒロモンの魔法ですか?」

「魔法です。管理用ポートからアクセスし、魔法で使われているコードを大量に送信していました。」

「意味のないコマンドですよね。」

「その通りです。ログインすらしていないのですから。仮にコマンドが通ったとしても、Webサーバーにとっては無意味なコードなので実行されることもない。ですので、目的が不明なのです。」

「それでも再起動が必要だったと。」

「OASISとWebサーバーの性能差が大きすぎました。Webサーバーが負荷に耐え切れず固まり(ハングアップ)ました。」

「サイバーテロとは無関係なんですよね。」

「無関係とみてます。アプリチームのメンバーには、魔法が外の世界に対しても有効かを試したんじゃないかと言うものも居ましたが。」

 誰もOASISの気持ちは分からないと。

「OASISって、実は厄介な存在なんじゃないですか。」

 俺の問いかけに対して、山際さんはにこやかなまま言い放った。

「女性はじゃじゃ馬なくらいがちょうど良いとは思いませんか?」

 いやいや、乗りこなせていないから、管理AIが暴走しているの止められてないから!

 管理AIが自我を持つ、非常に未来的ではあるが、現代人としては不安を抱かずには居られないのであった。




※チューリングテスト

 チューリングさんが提唱したコンピュータがどれだけ人間に近づいたかを調べてみようと言う手法。実効性は否定されてたりする。

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