2-7.ハンナさんの特訓
ハンナさんの力任せに振り回した拳が俺の右肩を強打した。
バランスを崩すほどではない。
ステータスを確認すると、生命力が1削られている。
有効打だと言うことだ。
ハンナさんは続け様に、同じ場所を同じように打ち付ける。
俺はなるべく体の力を抜き、ダメージを受けやすくする。
「良い感じだ。そのまま続けて。」
「はい!」
ハンナさんは真剣な顔つきで、俺をサンドバッグにして拳を打ち続ける。
ここ最近は、ハンナさんに殴られる日々を送っている。
言っておくが、若い女の子に殴られて悦ぶ性癖を持っているわけではない。
また、ハンナさんがもやもやしているのでストレス発散をさせていると言うわけでもない。いや、少しはその意図もあるがメインではない。
ハンナさんの各種スキル上げ、ひいてはレベル上げのためである。
レベル上位者の俺を殴らせることで、ハンナさんのレベルアップを効率的に行っているのである。
「よし、格闘はそろそろ良いかな。次はメイスで。」
「はい、ケージ様。」
ヒロモンの世界では、レベルもスキルレベルの亜種と捉えることができる。
スキルは、レベルアップによって技の効果が上がるもの。
レベルは、レベルアップによって肉体の性能をひとつ上げられるもの。
スキルは、スキルを使うことによってレベルアップするもの。
レベルは、経験値が一定の値に達することによって上がるもの。
そして、経験値はスキルのレベルアップでも貯まる。
ハンナさんには、ひとつのスキルのレベルを上げるのではなく、様々なスキルを少しずつ上げ、経験値を貯めてもらっている。
「ケージ様、準備ができました。」
「よし、かかってきなさい。」
「はい!」
最近、すっかり体育会系のノリである。
そして、嬉々としてメイスを振り回すハンナさんが怖い。
スキルはまだまだ俺の方が上なので致命傷を受けることはない。
ハンナさんの攻撃を受け流すこともできるし、当たらないように躱すこともできる。
しかし、これはスキル上げのためのトレーニングである。
俺がダメージを受けないと、効率的にハンナさんのスキルを上げることができない。俺は気持ち体を掠るように攻撃を受け、ダメージを1程度もらうようにしている。
ハンナさんの棍棒スキルが上がってきているのか、振り下ろされる木の棍棒から風切り音が聞こえる気がする。俺の体に少しは当たって威力が落ちているはずなのに、振りぬかれた棍棒は地面にどすんと言う音を立ててめり込む。
怖すぎる。
「よし、次は剣だな。」
「はい、ケージ様!」
一応、訓練用に刃を落とした直剣を使っている。
が、剣は剣だ。
気を抜くと腕の一本くらい斬り落とされてしまう。剣を相手に1のダメージを受けるのって、かなりのユーザースキルが必要だ。
何度かダメージを5以上受けてしまい、流血沙汰になったこともある。
今では、俺の方もある程度ダメージをコントロールできるようになってきた。
これが人を教えることによる教える側の成長なんだな。
何か間違っている気がするが…。
ハンナさんが怒りを爆発させた次の日、俺は非常に憂鬱な気分でログインした。
つい1時間半前(リアルの時間で)にハンナさんが爆発したばかりである。
ハンナさんが君たちに対して切れていたぞとミホークこと鷹野君に話したら、彼女がいるなら女性の扱いは慣れているだろう、何とかしろと言われてしまった。
彼女がいようが、女心は男にとって永遠に手に負えないものだと思う。
ハンナさんとどういう顔して会えば良いのか、何を話せば良いのか、まったく思い付かない。
それでも朝はやってくる。
いつものように教団の食堂で食事を済ませ、外層側の事務室に行くとハンナさんが席に着いていた。
「おはよう。」
「ケージ様、おはようございます。あの、昨日はすみませんでした。」
ハンナさんは、開口一番、謝ってきた。
「うん、ちょっと驚いた。あと、ミホークを始め、我々もお役目があるとは言え、無神経なところもあったと思うので、謝るよ。ごめん。」
「いえ…。それに、ケージ様に対しては八つ当たりをしてしまい、本当、すみませんでした。」
「うん、お互いに謝ったと言うことで、この話はこれで終わりだ。まあ、ミホークにだけは、これから注意はしておくよ。」
「はい…。」
正直、助かった。
ハンナさんは自分で反省してくれたようだ。
話のとっかかりをどうしようとか考えていた俺は、話が勝手に終わってくれて助かった。また、いつぞやのように無言で向き合う時を過ごさないとならないところだった。
職場での人間関係って難しいよね。
「今までのことは終わったこととして、これからの話をしよう。ハンナさんには、少し実験と言うか、訓練に付き合ってもらいたいんだ。」
「訓練、ですか?」
「うん、ハンナさんの魔力量を増やせないかと思ってね。」
「そんなことができるのですか!?」
「不確かな方法だから実験ってことなんだけどね。それなりに時間もかかるし。」
「お願いします。魔力量が増やせるなら何でもやってみます。」
とんとん拍子に話が決まってしまった。
俺はハンナさんのストレスの原因について考えた。
前日までのハンナさんの言動から、自分は頑張っているのに上手く行かなくて、それなのに余所者が来て楽々と自分を追い抜いて行くような気分だったんじゃないだろうか。
ハンナさんは小さいころから努力して魔道具に関する知識や技能を身に付けたのに、父親の反対でその道に進めていない。運良く幸運の光教団に勤めることができ、カード作成と言う魔道具作成に近い仕事をしているのだが、自分では満足のいく仕事ができていないと思っている。自分では、1日がかりでやっとノルマをこなせるのに、余所から来た人(ミホークや俺)は、あっという間に仕事を片付けてしまう。何でなのよ、と。
もしかしたら、魔道具を作成する力や技能を身に付けて一人前になれば父親に認めてもらえると思っているのかも知れない。一人前には、そう簡単にはなれないだろうから、今の自分がもどかしいのもあるのだろう。
ハンナさんは色々と行き詰っているのだ。。
魔道具の作成に関して、俺が手伝えることのひとつは精霊語を教えることである。これはこれで役に立つはずだが、役に立っている実感を得るまでに時間がかかるだろう。
じゃあ、どうすれば良いか。
そこで魔力量の増加計画である。
魔力量が増加すれば、カード作成のノルマももっと早くこなせるようになり、上達したと言う実感が得られやすいんじゃないか。日々のカード作成が軽くこなせるようになれば、ハンナさんも自分に自信が持てるようになるんじゃないかと。
もちろん、魔力量を増やす試みが成功するかは分からないし、成功した後もハンナさんが自分を卑下してしまわないとも限らない。そこまでハンナさんの性格を把握してはいないのだから。
それでも、やってみる価値はある。
では、どうやってレベルを上げるか。
詩織から聞いたスキルレベルを上げることによる経験値稼ぎである。
詩織は、どうやら初心者の育成をしてくれるギルドに所属したらしい。初心者のレベルを早急に引き上げるブートキャンプが開かれており、ゴールデンウィークで急増した初心者をまとめて一人前に育てあげたらしい。
後から判明したことによると、ギルド単位で受けられる初心者を育てるクエストの一環だったらしいが、実際にレベルを上げることが出来た詩織はギルドに感謝していた。
ハンナさんはNPCなのでこの方法が使えるかはやってみないと分からないが、上手く行きそうな気はしている。
不確定要素がもう一つあるとすると、プレイヤーはレベルが上がると強化するパラメーターを選べるが、NPCの場合はどうなんだろうと言う点だ。せっかくレベルを上げてもランダムにパラメーターが増え、魔力量に振り分けられなければ意味がない。
こればっかりは運任せになりそうだ。
「よし、まずは現状を把握するために、限界までカードを作ってみようか。」
「えっ?」
そうして俺は、ハンナさんが魔力量ゼロになり気を失うまでカード作成をさせてみたのだった。
俺とハンナさんはヒロモン時間で3日トレーニングをしては、3日休むと言うのを4セットほどこなした。3日の休みは、俺の帰宅してから出社するまでの時間である。ハンナさんには、ミホークのお手伝いと言って誤魔化してある。
世間で言うゴールデンウィークも終わり、ヒロモンの世界でも大規模イベントが終わるまでの間、二人で戦闘系スキルのトレーニングをしていた。
ハンナさんは、元々、父親と二人暮らしで、工房に入り浸っていたため、生産系、生活系のスキルは色々と身に付けているようだった。なので、身に付けてなさそうな戦闘系の基本スキルをやたらめったらトレーニングしたのだ。
おかげで、的となる俺の体はぼろぼろだ。いや、体はそうでもないのだが、リアルな精神がぼろぼろだった。
だって、女の子とは言え、武器を持った人間が嬉々として襲い掛かってくるんだ。しかも、逃げることもできず、ぎりぎり当たらないとならないんだ。
昔の偉い人は、当たらなければどうということはないと言ったそうだが、当たるんだからどうということがあるんだよ。
いずれにせよ、二人の努力が報われたのか、それは確認してみないと分からない。
「ハンナさん、そろそろ特訓の成果が出たかを見てみるか。」
「はい。もしかして、また倒れるまでカードを作り続けるのですか。」
「仕方ないだろ。他人の魔力量は分からないんだから。」
「うう、気が乗りませんが、やってみます。」
ヒロモンでは、他人のパラメーターを見ることはできない。
ミホークこと鷹野君いわく、現実では他人の能力を数値化して見ることなんてできないだろ、とのことだ。
それでもいくつかのパラメーターを判別することは可能だ。
レベルとカルマ値だ。レベルは人物鑑定系のスキルで大まかに分かる。カルマ値は教会や門番が持っている裁定の石を使って、プラスなのかマイナスなのかを色で識別することができるらしい。
俺が人物鑑定系のスキルを使ってハンナさんを見てみたところ、トレーニング開始前は「22~27」だったものが、今では「32~37」になっている。
戦闘系のスキルは順当に身に付き、レベルが10前後上がったと見てよいだろう。
工房に行くと、ハンナさんは続け様にカードを作成する。
前回の連続作成枚数は16枚だった。
14枚、15枚と作成するハンナさん。
運命の16枚目が作成できた時、疲労は見えるが気絶せずに立っていた。
「ケージ様、やりました。」
「おめでとう、ハンナさん。順調に成長できているようだね。」
ハンナさんは自分に驚きつつも笑顔を見せていた。
「よし、じゃあ、もうちょっと続けて見ようか。」
「はい。」
ハンナさんは真剣な顔つきで、再度、作成機に向かってカードを作成する。
20枚目が連続作成に成功すると、ハンナさんは俺の方を振り向いた。
「ケージ様、できました。」
そう、ハンナさんは一日分のカード作成を一気にすることができたのだ。
ちょっとうれし涙を浮かべたハンナさんは、とても良い笑顔をしている。
「まさか、こんな短期間でケージ様やミホーク様みたいになれるなんて、すごく嬉しいです。」
「ハンナさん、頑張ったからね。よくやったね。」
「はい。ケージ様、本当にありがとうございました。」
部下の成長は俺にとっても嬉しいものである。
「うん。じゃあ、限界値をみるために、もうちょっとだけ頑張ってみようか。」
「え?」
「前回からどれくらい成長したかを正確にみたいしね。」
「冗談じゃ、ないですよね?」
「もちろん、最後までやってしまおう。」
「一日のノルマが達成できたのですから、私としては充分なのですが。」
「今日の目的はハンナさんの成長度を測ることだからね。最後までやってもらわないと。」
俺はハンナさんに心からの笑顔で続きを促した。
会社では新人研修の講師をしたりするが、笑顔の鬼教官と呼ばれてます。
それにしても、プレイヤーが魔力量ゼロになったらどうなるんだろうかと、気を失ったハンナさんを見ながら思った。
ちなみにハンナさんの本日の最高記録は24枚でした。




