2-6.初めてのモンスターカード
俺は、今日もハンナさんと事務室に居た。精霊語のお勉強である。
ハンナさんは相変わらず距離感を感じさせる態度であるが、会話の相手はしてもらえている。
ハンナさんのカード作成ノルマ20枚は朝一で俺が済ませておいた。1ヶ月分くらいまとめて作成しても良いのだが、素材は毎週仕入れの商人が届けに来るらしく、大量生産は無理とのこと。
なので、俺は毎朝、その日の分のノルマを肩代わりし、ハンナさんの時間を空けた上で精霊語を教えている。
教えていると言っても、ハンナさんが書きためた魔道具の設計図の解析と解説をしている。
プログラミング言語を学ぶのに構文から始めても面白くない。ハンナさんは、目的意識がしっかりしている人なので、退屈な構文の授業から入っても挫折しないだろうが、教える俺の方がめげることが分かっている。
プログラミング言語なんて、学校でも習ったような、習ってないような記憶の彼方のものだ。俺が習うより慣れろで覚えた口なので、同じ方式で行かせてもらう。
魔道具の設計図とは、要は、完成されたプログラミングであり、ファンクション集みたいなものだ。将来、オリジナルの魔道具を作るのであれば、ファンクションを組合わせた方が効率的に作成できる。完全にゼロからコードを書くなんて、時間の無駄である。
それに、魔道具に使われているファンクションの組み合わせには定石がある。魔力の供給、魔晶石から魔法の読み込み、魔法の発動と制御が基本構成となっており、ファンクションに工夫が見られるのは魔法の発動と制御部分だけである。
ハンナさんが書き溜めた設計図の数々は、工房によって書式の癖があるようだが、ファンクションとして見た場合、機能に大差はない。どれも似たような形をしている。
ハンナさんに聞くと、設計図の大きさが小さいほど優れているらしい。魔道具に彫刻を施さなければならないので、小さい方が彫る面積が少なく済むので当然の評価だろう。
ただ、経験則と言うか、見よう見まねでカスタマイズしているため、コードとして無意味な文言が入っていたりもするのだが。動くから良いか、みたいな感じで作られているのだ。
俺が魔除けの設計図をいくつか解析していると、ARに潜伏者を発見したと言うアラーとが表示された。
きっとミホークだろう。
「何か用か?」
そう言うと、ハンナさんが俺の方を見てきょとんとした表情を浮かべた。
「渡したいものがある。」
背後からミホークの声がかかると、ハンナさんは、びくっと反応し、ミホークの方を見た。
ミホークはハンナさんの斜め前に居るにも関わらず、声を掛けられるまで気づいていなかったと言うのだから隠形系のスキルは恐ろしい。
「ミホーク、ハンナさんをあまり驚かすのは良くないぞ。」
ミホークはハンナさんをちらっと見て言う。
「修行だ。気にするな。」
普通は気にすると思うけどね。
それに、修行しているのはミホークであってハンナさんじゃないでしょうが。
「渡したいものって、教団の会員証か。」
「正確には会員証ではなく、身分証だ。」
ミホークが斜め掛けした革バッグから革ひものネックレスを取り出した。縦長の金属板がぶら下がっている。
金属板には、教団の名前と俺の名前が刻まれている。
「幸運の光教団内のランクで、第二階位の身分証だ。上から2番目だ。」
「何か偉そうだな。」
「精霊語の本を始め、教団が秘匿する情報を渡したりする都合上、それなりの地位が必要だと言うことだ。」
「ちなみに、ミホークの階位はいくつなんだ?」
「一番上だ。」
だよね。
「それから、これを。なるべく常時、呼び出しておいて欲しい。」
ミホークがカードを一枚取り出した。
ミホークの手からカードを受け取る際に、ARに契約譲渡の許可を求められた。
とりあえず許可しておく。
すると、モンスターカードの契約が完了したと言う通知が表示され、モンスターカードの情報が見えるようになった。
■クロスケ(UQ)
<カードNo>
58001UQ
<概要>
無属性。
精霊。球体。
<生息地>
町、森、迷宮等、どこにでも生息する。物陰に潜んでいることが多い。
<性格>
非常に憶病で逃げ足が速い。
知能は高いと言われているが、球体のため詳細は不明。
<体格>
体長5cm~10cm(直径)。
<能力>
何のために存在するか不明。
増殖する際に、周辺の魔力を1吸収する。
物理攻撃は無効。攻撃力もほぼゼロ。
魔法耐性はないため、魔力による攻撃で消滅する。
プレイヤーは、クロスケUを使役することで、身の回りの情景を記録(撮影、録音)することが可能となる。
<スキル等>
C:増殖、自爆
U:記録
UQ:通信、転送
<備考>
一般的には、CとUのみ。
クロスケUQは契約が必要な特殊カード。
増殖させたクロスケ間での通信及び転送が可能となる。
名前はどうかと思うが、どうやらプレイヤーのためのツール系モンスターのようだ。
カードのレアリティがUQになのは、俺仕様だろう。
俺が情報を読み終えるタイミングを見計らっていたのだろう、ミホークが説明をしてくれた。
「クロスケのユニークカードだ。本来、プレイヤーがこの世界の中で動画を撮影したり、お互いに見せたりするためのツールとして存在するモンスターカードなんだが、ケージさん用に改造させてもらった。バードの替わりに連れ歩いてもらいたい。」
「なるほど。バードじゃ、建物の中とか苦手そうだものな。で、モンスターカードの使い方を教えてもらいたいのだが…。」
「呼び出し方は、魔法カードの使い方と変わらない。カードを手に持ち、モンスター名を呼ぶかメニューからカードを使えば良い。後は、モンスターが勝手にケージさんから魔力を吸収し続けて存在するようになる。」
「コントロールは、そっちで出来るのか?」
「それはできない。記録情報の保存先を決めて、フォルダを我々に公開して欲しい。」
「了解。後で試してみる。」
「もちろん、不都合なタイミングでは切ってくれて構わない。」
「あんまり不都合なタイミングってないけどね。」
「対応は今日中に頼む。では、失礼する。」
渡すものを渡し、言いたいことを言うと、ミホークは部屋から出て行ってしまった。
相変わらずせっかちである。
俺が苦笑いしていると、目を白黒させているハンナさんと目があった。
「あんまり気にしないで。」
ハンナさんは、手元のカップからお茶を飲むと、大きく息を吐いた。
「驚くなと言うのは無茶な話です。ミホーク様もケージ様も非常識過ぎて、どうすれば良いのか分かりません。」
ハンナさんは怒り気味である。
「落ち着いて、ハンナさん。どの辺に問題があったかな?」
「いろいろです。」
かなりご機嫌斜めである。
「そもそも、教団の身分証は本人が精霊様の加護を受けてランクアップするものです。最初は木から始まり、良いカルマを溜めて鉄、銅、銀、金と上がって行き、ようやく魔銀がいただけるのです。それを、ケージ様は最初から魔銀のプレートだなんて、どうすればそう言うことになるのか理解できません。」
ごめん、俺も作り方なんて知らないので、理解してません。俺がそんな大層なものを貰ったのも、きっと大した理由じゃないです。
と言うか、俺の身分証は魔銀製だったんだ。
「それに、ユニークなモンスターカードってなんですか。モンスターカードそのものだって貴重なものなのに、その上、ユニークってあり得ません。」
ハンナさんは、俺に向かって話をしているうちにヒートアップしてきたようだ。
「大体、ミホーク様がお連れになる方々は、皆さん、非常識なんです。どこの国の方々か知りませんが、いきなり現れたり、いつの間にかいなくなったり。私にだけでなく、信者の方々にまで失礼な言動をしたり、物を壊したり。」
ああ、今までの研究者の悪行ね。
ごめん、でも、俺には関係ない…。
「ミホーク様もミホーク様です。なんでそこに居るのに私は気づかないのでしょう。私はいつだって、突然、声を掛けられて驚く羽目になるのです。ケージ様もです。私を驚かせて、からかって、何が楽しいんですか。」
ごめん、驚かせるつもりはないんだけどね。
俺の返事を待たずに、ハンナさんは声に怒りを滲ませながら話を続ける。
「カードの作製だってそうです。確かに私は才能のある方ではないのは自覚しておりますが、それでも頑張って一日かけて何とか作っているのです。それなのにケージ様は、あっという間に私の一日分の作業をしてしまいます。どうすれば、そんなことができるのですか。」
ごめん、俺の魔力は無限大だから…。
「こんなに色々と変なことが起こるのは私のせいですか。私が教団に来る前はご神託を受けることもなかったし、色々な人が来ることもなかったと聞いています。教団長様に相談してみても、気のせいだと言われるけど、誰だって気になると思います。私のせいなんですか。」
ハンナさんは、目に涙を浮かべながらも、俺の方を睨むように見る。
俺は勢いに押されて何も言えないでいた。
しばらく、緊張の時が続く。
居たたまれない。
ハンナさんが息を吐き、俺から目をそらして、うつむいた。
「すみません…。」
ハンナさんは物事を抱え込み、溜め込むタイプのようだ。
以前聞いた話では、魔道具職人になろうとして父親と喧嘩し、教団に来ることになったらしい。今の話を聞くと、ごく最近の出来事のようだ。
そして、教団に来てみたら、慣れないうちにミホークが現れ、研究者達が好き勝手な振る舞いをし、もの凄くストレスだったのだろう。
俺が、本来なら長大なステップを経ないと入手できない身分証とレアなカードを得たのをきっかけに、とうとう爆発したようだ。
「ハンナさんも大変だったんだな。悪かったね、ミホークを始めとして、勝手すぎたよな。」
「いえ、ケージ様には関係のないことでした。」
「そうは言ってもね、ミホークとか俺の知り合いだし、俺以前にお世話になった人々も、まったくの無関係と言うわけでもないし。迷惑かけたことを、皆に代わって謝るよ。ごめん。」
ハンナさんは、うつむいたままである。
「いえ、良いです。こちらこそ、ケージ様には失礼なことを申してしまいました。すみません。」
「それは気にしないで良いよ。」
「いえ…。」
ハンナさんが突然ぶち切れたのには驚いたが、ハンナさんのせいではない。
どちらかと言うと、研究者を始めとした運営側が迷惑をかけたと言える。
俺も、テストプレイヤーとして迷惑をかけてしまっていたと理解した。
まずは謝るしかないのである。
「あの、本日は気分が優れないのでお休みさせてください。失礼します。」
俺の返事を待たずにハンナさんは小走りに建物の奥に行ってしまった。
まあ、仕方ないよね。
それにしても、いつまで経っても俺との間に壁があったのは、俺のせいじゃないんじゃなかろうか。
このもやもやはミホークにでもぶつけておこう。
ハンナさんが居なくなってしまったため、俺も自分の部屋に戻った。
ハンナさんが明日には復活してくれることを祈りつつ、俺は俺のできることをするしかない。
俺は新しく手に入れたモンスターカードを取り出した。
俺にとっては初めてのモンスターカードである。
ベッドに腰掛けたまま、カードを目の前に差し出す様に持ち、魔力を込める。
すると、カードの魔晶石が淡い光を放ち、カードからころりと黒い物体転がり落ちてきた。
黒い物体は、カードの説明にもあるように手のひら大の毛玉である。
手足もなければ、目や口もない。立派な毛玉だ。
「やあ。」
俺は何となく声を掛けてみた。
毛玉はふるふると震えると、床からゆっくりと浮き、ふわふわと漂い、俺の左肩に乗っかった。
重さは全く感じない。
指でつついてみると、すごく柔らかく、指が突き抜けるくらい深く入っていく。
手で掴もうとするが、するりと抜けて、今度は俺の右肩に乗っかる。
何度か俺が掴もうとし、クロスケがするりと逃げると言うことを繰り返し、最終的に俺の左肩に居ることで良いと合意することにした(?)。
俺は、視界に映るカードのアイコンを見る。
モンスターカードを使用したことで、ARにカードのアイコンが現れているのだ。
アイコンに意識を向けると、スキルメニューがある。
物は試しと、記録を実行してみる。
俺はクロスケを肩の乗せたまま、部屋の中を一周してみる。
そして、記録の停止。
俺は、ちょっとだけわくわくしながら再生を実行してみる。
すると、クロスケは俺の肩から降り、壁の方に漂っていくと、おもむろに壁に向かって映像を投射しはじめた。
部屋を一周する動画が再生される。
再生が終わると、クロスケは、また俺の肩に戻ってくる。
なるほど、これが記録スキルか。
まるっきりカメラである。
クロスケと言う実体(?)があるにはあるが、盗撮とかも可能そうで怖い。
実体化するのに魔力を消費するので長時間の記録は難しいのかも知れないが、スパイ活動とかにも使えそうだ。
次に、増殖スキルを使ってみる。
ころんと言う感じで、毛玉がふたつになる。
しばらく見ていると、今度は4つになる。2つばかり俺の肩から転げ落ち、足下に転がった。
しばらくすると、さらに倍に増える。
俺は魔力が無限大のため実感がないが、恐らく、俺から魔力を吸い取って増えているのだろう。
頭の中でカウントしてみると、10秒に1回の割合で増殖するようだ。
1分もすると、足下が毛玉だらけである。
このままいくと部屋が毛玉で溢れそうなので、増殖を停止する。
そして自爆を発動する。
床に溢れていた毛玉が一斉に俺に向かって飛んできた。
手で防ごうとするが、これまたするりと手を躱して俺の胸元に次々と飛び込んでくる。
毛玉が俺の体に触れる瞬間、ふわっと発光して消えて失せる。
消える瞬間、やはり魔力を消費しているようだ。
俺の生命力は、全く減っていない。
クロスケは魔力を吸って生まれ、魔力を消費して消えると言う、完全に魔力依存のモンスターのようだ。
カードの説明に、精霊だとか書いてあったからな、そう言うものらしい。
肩に乗っている1匹(?)を除き、全ての毛玉が俺の体に当たっては消えて行った。
それを見て、ふと思いつく。
このクロスケ、見た目は毛玉のくせしてかなり強いモンスターなんじゃないかと。
だって、自爆で相手の魔力をゼロにできるのだ。人間の魔力がゼロになると気絶するらしい。対人戦においては、クロスケが相手の体に触れれば無力化できることを意味している。
後は、モンスターがどうかだ。モンスターが人間同様に魔力をゼロにすることで無力化できるのなら、これほど強いモンスターは居ないことになる。
ミホークは俺の行動ログを記録するためにくれたようだが、思いがけず良いカードをもらったようだ。
もっとも、クロスケの自爆攻撃は俺かミホークのように魔力無限大じゃないと使えないので、一般プレイヤーにとっては、記録ツールでしかないんだろうな。
俺は、一通りクロスケを試してみて満足した。
「これからよろしくな。」
俺はクロスケに一声かけると、カードを終了させ、俺自身もログアウトした。




